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死別後の心の動き

2017年12月12日 (火)

思い出は心の中に

今日は燃えるゴミの日。

大きなごみ袋2つ分を満タンにして出しましたよ。

亡き夫のコート2枚、背広2着も その中に。

      good

もう9年、着る人のない服が洋服ダンスに・・・。

これまでは、処分しなくてはと思うものの、

何回も何回も手に取っては、またしまって・・・その繰り返し。

今回も一度は、またしまいかけたけど、

今年一番の寒波が来て、<あちらの夫もきっと寒いだろう> と、

またまた処分出来ずにいる自分を後押しする理屈をつけて、

思い出に区切りをつけた。

まだたくさんあるけど、こうして向こうで夫が着ていると思えば、

何とか自分の気持ちに踏ん切りをつけることが出来るようになった。

9年の歳月は こういうことなのかもしれない。

     confident

そう、私の心の中にあれば、そこに思い出の物がなくても、

もう大丈夫・・・かな。

全部出来たところで、このセリフを言わなければ、

説得力無いけどねcoldsweats01

2017年12月 8日 (金)

号泣

 寒い冬の夜のお楽しみは、タブレットで映画を見る事。

そんな中、先日久しぶりに感動の映画に出会って号泣してしまった。

何気なく選んだ映画だったのだが、今の私が求めていたものが

描かれていたせいなのだろうか?

何であんなに感動の涙があふれたのだろうと昨夜もう一度見直してみた。

 映画の題名は「天国は、本当にある」だ。私はクリスチャンではない。

亡き主人はお仏壇の中に眠っている。でも、夫を亡くしたころから、

<死んだら人は何処に行ってしまうのだろう。いや、どうなるのか>と 

漠然とした疑問を持ち続けている為か、

こういった題名の映画や本には、自然と手が出る。

 さて、号泣と映画の話に戻ることに。

 牧師さんの息子さんがある日、命をも脅かす病に侵され、難しい手術が行われる。

牧師さんは 立場も忘れ、神に怒りをぶつける。母親は教会に集う仲間からの、

息子さんを心配する電話に「息子のためにみんなに祈ってほしいと伝えて!」と話す。

その声を聞いて、祈りを捧げる人々の姿。

 そんな中、手術中の男の子は不思議な体験をする。

手術をされている自分の姿を上から見下ろしたとか、

天国に行って、天使の歌を聞いたとか、色んな人あったとか・・・

 無事、手術も終わり命の危機から救われ、元気になった息子の口から、

にわかには信じがたいそんな話を聞いて、その道のプロである牧師のお父さんは

自分の信仰、解釈に悩み、苦しむ。

大筋はそんな内容だ。

 再び映画を見て涙のツボはこれだったのかと思ったところを見つけた。

神や天国の存在、解釈に悩み、考え続ける事で、この牧師さんが導き出した解釈を

教会に集う人々に伝える映画最終の山場のシーンのこの言葉。

 「LOVE、人は孤独ではない!」 

       これだったんだと 思った。

 夫の突然死から9年、一人になった私の最大の理解者であり、相談相手であった

大きな支えの母を昨年亡くし、私の中には もう誰もいないと大きな孤独感があった。

それでも、生かされてこの場にいる以上人生を意義あるものにしたいし、

充実感を持って生きたいと仕事に、趣味に普段の生活の中に

それなりに楽しみを見つけ、毎日を過ごしていると

心の隅にその孤独感も追いやられていたのだろう、最近は孤独も気にならなくなっていた。

そこを突かれたみたい。

家族無くとも 仕事に趣味にと 人にかかわることで、失くした愛を感じ、幸福感を得る。

自分の生き方に 間違いないが無かったことがうれしかった、うれし涙だたのかな。

 今度は どんな感動の涙を流すのだろう。

 

 

2015年6月10日 (水)

お隣の女の子

「おはようございます!」

朝、玄関先のお掃除をしていると、

お隣の女の子が挨拶をしてくれた。

ふっと、私はあることを思い出した。

    confident

夫が亡くなった時、その女の子はまだ小学校低学年でした。

女の子は私に 「おじさん、死んじゃってかわいそー」 って、言ったんです。

<子供は、感じたことをストレートに表現するのね> と 私は ドキッと したのです。

それと同時に 夫を亡くしたとはいえ、

他人から「かわいそう」と 思われたくないと思いました。

 

・・・そんな事があったな~。

    confident

しかし、今になって考えてみれば、

これが夫を亡くして初めに得た、

それからの道を一人で歩かなければいけない私への生きる目標というか、

エネルギーになったのかもしれないと思います。

他人からどう思われようと関係ないけど、

「可哀そう」は 嫌だな。

やつれた顔はマズイから、朝のゴミ出しの時もちゃんとお化粧していかなくちゃ!

着る物にも気を使って、「ご主人が居なくなったら、あの人服装に構わなくなって・・・」

なんて言われないように 以前のようにおしゃれも楽しまなくちゃ!

 

そう、やるべき事はきちっとやって、

悲しみに浸ろう。

そして、顔を上げて、背筋を伸ばしってしっかり歩こう!

他人から可哀そうと思われない人生を送っていこう。

ある意味、あの一言に奮起して頑張って来たところも有ったかも・・・なんて。

意地かな。

あれからもう7年半経つ。

あの女の子ももうすっかり、大きくなって・・・。

時は、過ぎたんだなー。

 

今はそんな気負いもなく、普通に毎日が過ごせている。

でも、これから先も、

自分の人生をかわそうなものにしたくない気持ちは持ち続けていくかもね。

そして、充実感を楽しんで、生きていくんだから。

2015年6月 4日 (木)

明日への一歩

日が西に傾きかける頃、いつものジョギングスタイルにお着替え。

軽い準備体操をして、いざ、出発。

 

夫を亡くし、持って行き所のないどうしようもない感情をぶつける為に始めた

ウォーキング。

それが一年ほどしてから、スロージョギングへ。

無心に歩く(無心と言ってもなかなかそうもいかず、何かを考え続けているけど)、

呼吸を整えることにだけ集中して走る。

体を動かし、汗を流すと心のもやもやが消える。

走りきった達成感が 前向き思考を呼び起こす。

それがもう7年も続いていると思うと 我ながら感心する。

 

初めの数年は 流れる涙を包み込むかのように汗が流れた。

負けないぞ!> と 自分に檄を飛ばしながら走った時も。

いろんな汗を流してきたけど、

たくさんの涙と汗が 私の悲しみを明日への活力に変えてきてくれた気がする。

走りに行けない日が続くと 立ち直りが遅い。

結構、単細胞な私なのかもしれないcoldsweats01

 

今は 一人生きていく為には体が基本と 体力作りの為に走る。

夢に向かって生きる為の一歩、一歩はたとえ疲れても、その足取りは軽い。

 

今日も頑張りました!scissors

と 声を上げ、玄関の扉を開け、帰宅の挨拶。

誰の返事も無いけど、私の心の中には

[お帰り~!] と 笑顔で迎えてくれている夫の声が聞こえる。

 

2014年4月 5日 (土)

逢えたかなー

今度の月曜日に先日亡くなったお友達のお悔やみに

歌の仲間たちと行くことになった。

葬儀は身内だけでということだったので、遠慮させて頂いた。

それでも、夢を同じくして一緒に歌ってきた友を送りたくて、

喪主の息子さんにお願いし、お線香を上げさせて頂けることになったのだ。

 

40代でご主人を亡くし、

50代で自らも癌と戦いながらも いつかは復帰したいと

ヴォイストレーニングまで受けていたという。

療養中、何度か歌仲間の家に出向いてくれ、

お食事をしながら、楽しい会話に花が咲き、

メンバーのピアノの伴奏でいろいろな歌をみんなで歌った。

彼女の歌声はとても力強くて、言われなければ病気だなんて思えないほどだった。

本当に楽しそうに歌っていた彼女の笑顔は 

そこに居たみんなの胸の中に焼き付いているだろう。

 

今、私が時々思うのは 

<先に逝かれた御主人様に逢えたかなconfident> ということ。

    (それは、私にもしものことが有った時の 自分自身の願望かも)

他人への心配りが行き届いていて、

病にも負けず明るく生き、

誰からも好かれた、あんなに素敵な彼女だもの 

きっと逢えたと思いたいな。

ご主人様を亡くされた後、辛いことも半端じゃなかったと思うけど、

よく頑張ったものね。

今は、苦しみからも病からも解放されて、

     ご主人様の前で お得意のオペラの♪アリアをご披露してるのかも。

 

歌仲間のみんなと違って、私はほんの数回お会いしただけの彼女だけど、

心が通じた大切なお姉さまみたいなお友達。

こんなに早く、お別れになってしまった事は とてもとても寂しいけど、

彼女が今、ご主人様とお会い出来ていると思うと、

涙も微笑みに変わる。

 

「 本当によく頑張って来られましたね。

 あなたの生き方から 多くのことを私は学ばせて頂きました。

 そして、あなたの言葉から、生きる勇気を分けて頂きました。

 どうも ありがとうございました」

と 手を合わせてきたいと思う。

2014年3月17日 (月)

約束

”辛いけど、頑張ろうね!”

彼女と昨年7月、最後にあった時の別れ際の約束。

歌仲間数人とのお食事会の帰り、私の耳元でそっとささやいた。

彼女の心からの言葉がとても嬉しかった。

 

共に夫を突然の病で亡くし、同じ趣味を持ち、

一昨年、初めてお会いした時から心が通じた気がして、

彼女も、

「もうずっと前からのお友達みたいな感じがするわねhappy01

って、私を受け入れてくれた。

彼女の言葉、一つ一つに優しさが感じられ、彼女の笑顔を見ていると、

心が温まった。

 

突然の訃報が飛び込んできた。

彼女が逝ってしまった。

夫を亡くして、自らも癌と戦いながら頑張って生きてきたのに・・・。

また一緒に歌えることを楽しみにしていたのに・・・。

残念でならないthink

 

<約束守るよ!>

あなたと笑顔で交わした約束。

あなたの笑顔とあなたの優しさはずっと、ずっと忘れない。

2014年3月 8日 (土)

過ぎてしまえば

大きな心の凹みも 過ぎてしまえば、

「何であの時、こんなことで凹んでいたんだろう」 と 思う。

でも 鬱っぽい時は、些細な事も心に大きな動揺をもたらす。

 

どうやっても 笑顔が出ない時もある。

そんな時も 過ぎてしまえば、

「何でこの笑顔が出来なかったんだろう?」 と思う。

でも 笑えない時はどうしても笑えないどころか、涙がこぼれる。

 

過ぎてしまえば、

「何であんなに落ち込んでしまったのだろう?」 と 思うだろうけど、

その時は どうしてもダメなのね。

   ・

   ・

   ・

皆さん 温かいコメントありがとうございました。

もう少しで、抜けだせそうな気がします。

2014年3月 2日 (日)

7年目の春

突然夫を亡くしてから 7年目の春を迎えようとしている。

 

今、私はとても落ち込んでいる。

孤独をひどく感じ、今まで楽しんでやってきた何もかもが楽しくない。

孤独を感じていて 本当は寂しくて人恋しいはずなのに、

仲間の中に入り込む事を拒否する自分がいて、

輪の中から離れようとする少し嫌なひねくれた自分になっている。

 

仲間の笑い声が不快だ。

<何がそんなに楽しいんだろう?>と 一人シラケテしまう。

 

<病んでいるなー> と 思う。

夫が亡くなって、悲しみ・恐れ・悔しさ・・・etc.と一人で向き合い、

自分なりに闘ってきた。

一人ではどうしても気分転換出来ないこともある。

やっぱり外に出て、人と触れ合うことも必要と

いろいろなことに挑戦してきた。

しかし、そこに問題があったようだ。

 

夫と死別から7年も経っていると周囲は

「この人は完全に立ち直っている」と思っている。

そう言う私自身も大きな凹みもないし、夫のことを想っても泣くこともないから、

完全とは言えないが、自分なりの道を見つけることが出来て、

着実に歩みが出来ていると思ってた。

でも、違ってた。

 

仲間の何気ない会話の中に、私は感じる。

「うちの主人、もう○○で嫌になっちゃう」・・・夫がそこに居る幸せがあるから

                            そんな事、言えるんだよな~

「うちの子供が~」・・・子供のいない私たち夫婦、夫が逝ってしまった今、

              「お母さん、どうしてる?」なんて気遣ってくれる存在は無い。

                 私は独りぼっちだ。

妬む訳ではないが、何気ない会話のあちこちに、

自分には家族が無く一人きりなんだという現実を突きつけられるようで、

心が重くなってきて、会話から少しずつ離れて行く私がそこに居る。

 

いつまでも悲しみを抱えていたり、引きずったりしている人を

周囲は受け入れてくれない。

初めのうちは同情もしてくれるが、いつまでも引きずっている暗い人は

ウザい人だなという事になりかねない。

 

死別を引きずった私よりも、

「もう大丈夫! 一人でもこうやって人生楽しんでいるんだよ」

という明るい自分が迎えられる。

自分自身も他人に対して同情してくれることを望んではいないし、

いつまでも暗い自分でいる事は望まない。

だから私は 明るく陽気に振舞う。

事実、楽しい時もあったが、自分に気合を入れてそうしてた時もかなりあった。

そこに無理が有ったらしい。

だから、ここにきてのこのひどい落ち込みを感じているのではと思う。

 

ここ数日、私は数年遠ざかっていた私と同じく子供のいない夫婦だった人の

死別ブログを開いて読んでいる。

読みながら いつしか私は 夫と過ごした無くなってしまった時間をそこに感じていた。

このご夫婦の愛の深さを感じ、自分たちにもあった愛の深さを感じ、

大泣きしながらも心が安らいでいる自分がいる。

何年分かの涙が流れた気がする。

 

やっぱり、心のどこかで無理してたんだな~。

だから、こうして自分の世界に帰った時、こんなに涙が出るんだ。

 

また、頑張れる日もやってくるだろう。

それまでちょっとゆっくりしよう。

2013年12月 7日 (土)

また新たなスタートだね

数日前まで天気予報では傘マークついていたにもかかわらず、

今日は澄み渡る青空のいいお天気sunとなり、

無事、夫の七回忌法要を済ませてきました。

      confident

昨日まで肩に重くのしかかっていたおもりが取り除かれような気分です。

やはり、こういうことを施主として取り仕切るのは、気分的に重圧ですね。

今はひと仕事終えたような、安堵の気持ちです。

      confident

夫亡き後、また一つの区切りを迎え、

ここからまた何度目かの「新たなスタート」を感じています。

 ”思い出を大切にしながらも、

 後ろを振り返ることなく、

 過ぎ去った事に振り回されることなく、

 心の安定を保ちながら、「私のこれから」を行く。

 

 行く先の不安を考え始めたらきりがない。

 不安になったら足元を見て歩こう。

 足元の一歩が明日に繋がっていくんだ。

 一人を恐れるな。

 人は何処かで誰かと繋がっている。

 安心して!

 そして、何よりも私には何処かでいつも見守ってくれている

 強い味方がついている。

 

 「明日はどっちだ!今、私はどうしたらいいんだろう?」と

 心迷い、自分の歩むべき道が見えなく、

 下半期は逃げ道を必死に探し続け、全然進む事が出来なかった今年だったけど、

 今日を機にまた新しいスタート切ろう!”

 

などと 心の中に今の想いが湧きあがりました。

今日の法要で、夫や義父母たちに「生きる勇気」をもらったようです。

 

 

2013年11月 9日 (土)

過ぎ去りし日々

今年のカレンダーも残り少なくなってきた。

年が明ければ、夫の七回忌。

あれから、丸六年が過ぎようとしているのかと思うと 

<過ぎ去り日々は早いものだな> と 思う。

 

松の内に法要というのも慌ただしいので、七回忌も年内に行うことにした。

(三回忌の時も年内に行った)

今年は12月に亡くなった夫の母の二十三回忌もあるので、

和尚様と相談して、夫と義母の法要を12月の初めに一緒にということになった。

本来なら七回忌までは法要を単独で、というのがいいのかもしれないけど、

母思いの夫だったから、「僕もそれでいいよ」 と 言ってくれていることだろうと思う。

 

7年を迎えようとするのに 夫のことを思い出さない日は無い。

日常のちょっとした場面で夫が思い出される。

さすがに涙に明け暮れることは無くなったけど、

<あー、夫が傍に居てくれたらなー!> と 思う事は、よくある。

何気ない話が心を和ませてくれた夫と一緒に居た日々は、

今私の心の中だけのものになってしまった。

一人で起きて、

一人で食事をとり、

一人で買い物に行き、

一人で庭の手入れをし、

仕事が休みの時も一人で過ごす。

感動を分かち合うことも無く、家の中で笑うことも無くなった。

それでも毎日、夜寝る時にはクタクタでベッドになだれ込むような状態まで体を動かし、

夫のいない味気なさを埋めるがごとく、仕事に趣味に運動にと時間を埋めている。

 

楽しいことが無い訳ではないが、

気分が盛り上がらない日も多い。

いろんな事をして、心の隙間を埋めようとしてもそう簡単ではないようだ。

「何かを求めて、空回り」 今年後半の6ヶ月はこんな感じだったかな。

 

そんなこんなの日々だけど、夫を亡くした後の数年間に比べれば、

ここ数年間は どんなにか人生を楽しめるようになったことかと思う。

<でも、ここに夫が一緒だったら・・・>って つい思っちゃうんだよね。

 

まあ、ここから先、楽しめても楽しめなくても、

自分で「これでいい!」 と 思える日々を送っていきたいね。

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