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2015年6月10日 (水)

お隣の女の子

「おはようございます!」

朝、玄関先のお掃除をしていると、

お隣の女の子が挨拶をしてくれた。

ふっと、私はあることを思い出した。

    confident

夫が亡くなった時、その女の子はまだ小学校低学年でした。

女の子は私に 「おじさん、死んじゃってかわいそー」 って、言ったんです。

<子供は、感じたことをストレートに表現するのね> と 私は ドキッと したのです。

それと同時に 夫を亡くしたとはいえ、

他人から「かわいそう」と 思われたくないと思いました。

 

・・・そんな事があったな~。

    confident

しかし、今になって考えてみれば、

これが夫を亡くして初めに得た、

それからの道を一人で歩かなければいけない私への生きる目標というか、

エネルギーになったのかもしれないと思います。

他人からどう思われようと関係ないけど、

「可哀そう」は 嫌だな。

やつれた顔はマズイから、朝のゴミ出しの時もちゃんとお化粧していかなくちゃ!

着る物にも気を使って、「ご主人が居なくなったら、あの人服装に構わなくなって・・・」

なんて言われないように 以前のようにおしゃれも楽しまなくちゃ!

 

そう、やるべき事はきちっとやって、

悲しみに浸ろう。

そして、顔を上げて、背筋を伸ばしってしっかり歩こう!

他人から可哀そうと思われない人生を送っていこう。

ある意味、あの一言に奮起して頑張って来たところも有ったかも・・・なんて。

意地かな。

あれからもう7年半経つ。

あの女の子ももうすっかり、大きくなって・・・。

時は、過ぎたんだなー。

 

今はそんな気負いもなく、普通に毎日が過ごせている。

でも、これから先も、

自分の人生をかわそうなものにしたくない気持ちは持ち続けていくかもね。

そして、充実感を楽しんで、生きていくんだから。

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死別後の心の動き」カテゴリの記事

コメント

おめめさん、お久しぶりです。
私も同じように考えていて、思わずコメントをしちゃいます。

私の場合は誰に言われたわけではないですが、かわいそう、と見られたくないと思いました。だってこんなに愛し愛されて、幸せだと思うから。確かに離れてしまったことは悲しくて寂しくてならないけれど、こころの中には、それまでもこれからも彼は中心にいるのです。世の中には一緒になんていたくないのにそうせざるを得ない人たちもいたり、比べても仕方ないけどやっぱり私は幸せなのです。だからかわいそうなんかじゃない!!!

そして身だしなみ。主人のせいにされたくないと思いました。だから小綺麗でいるよう心がけています。そして人前では(知り合いの前では)笑っていようと決めました。

私なりに譲れないこと、です。

mandmさん、こんにちは!
おっしゃるように、心が充実していたら、幸せですねconfident
そう思います。
心が追いつかない時は、衣装を整え周りから攻めるというのも有り。
着る物によって、気分変わりますからねgood
他人がどうこうよりも、自分の為なんですね。

寂しさはあるけど、私も今は充実の日々を過ごせています。

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