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2014年3月 8日 (土)

過ぎてしまえば

大きな心の凹みも 過ぎてしまえば、

「何であの時、こんなことで凹んでいたんだろう」 と 思う。

でも 鬱っぽい時は、些細な事も心に大きな動揺をもたらす。

 

どうやっても 笑顔が出ない時もある。

そんな時も 過ぎてしまえば、

「何でこの笑顔が出来なかったんだろう?」 と思う。

でも 笑えない時はどうしても笑えないどころか、涙がこぼれる。

 

過ぎてしまえば、

「何であんなに落ち込んでしまったのだろう?」 と 思うだろうけど、

その時は どうしてもダメなのね。

   ・

   ・

   ・

皆さん 温かいコメントありがとうございました。

もう少しで、抜けだせそうな気がします。

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死別後の心の動き」カテゴリの記事

コメント

こんにちは
また、私ごとを書かしてもらいます。
私の日課は
彼の写真に向かって投げキッス
そして「ごめんね」と言う
ついて行くことが出来なくってごめんねと
彼の死に直面した時、死にたくないと思った。
自分が存在しない、明日がないという事の恐怖が襲ってきました。
自分のことが一番だったんです。


「生」と言うことを考えるようになりました。
自分の触れた中で引っかかったものを書きます。

東北の被災された高校生の俳句

   夏雲や
   生き残るとは
   生きること

ドラマ「ごちそうさん」で
〈見送る人〉という言葉に反応してしまった。

大切な人を亡くすということは、慣れるのに10年、20年
人によっては一生かかる
生きる力が強ければ、見送って、見送って
最後は一人で生きることになる。
一人に慣れた方がいい

明石家さんまさんの

   生きてるだけで丸儲け

寝て、起きて、働いて、ご飯食べて幸せなことです。
生きていこうconfident

名前i忘れてました。

おめめさん、こんにちは。母のことも聞いていただいて、ありがとうございましたweepとても優しい方だな、と改めて感じました。

皆さんのコメントを読んでいて、自分のモヤモヤとしてきた思いを聞いていただきたくなりました。自分のことですみませんが、少し書かせて下さい。

勤務先は個人主義的な所で、普段私事を持ち出す人が少ない代わりに、お祝い事でもあれば、私のような経験をしている者の気持ちなど、お構いなしです。万事において、それはそれ、これはこれ、気にする方が器が小さいね、という社風です。

最近、同僚には結婚やご主人の海外転勤に伴う退職が相次ぎ、お祝いのコメントなど求められることが多くありました。それはそれで良いのですが、複雑な思いが沸き上がる自分がちょっと嫌でした。

でも先日、職場には珍しく、「うちの〇〇(←ご主人の名前)が」といつも連発してくる同僚に、「〇〇って誰ー?」と、あんまり考えることなく言ってしまいました。一瞬キョトンとした同僚が、「えー、うちの旦那だよ、ひどーい。この人〇〇知らんだって」と周りにいた人々に向かって言うので、「会ったことないし見たことないから知らんよ!」と返してみました。
そのやり取りを聞いてた職場の人々は無言でしたが、オープンにやり取りしたことで、分からない人には分からないし、分かる人には分かる‥そのことが目の前でハッキリしただけで、私は胸の内の風通りが少し良くなった気がしました。
おめめさんと、おめめさんのブログを読んでいる皆さんには分かってもらえる気がしたし、無神経な人にがまんばっかりしてほしくない!と思って書かせていただきました。

家族がいる人も、そうでない人も、たまたまそうなっているだけ。意思も努力もあんまり関係ない。どんな状況でも受け入れて生きて行く以外ないのが人間なのだから、自分の状況も他の人の状況も自然に受け入れて、普段いちいち立ち入らなくても、もし何か困った時にはお互い助け合おう。それが独立した一個人同士の社会的関係だ、と思います。

本当に全くの私事になってしまい、ごめんなさい。ちょっと力が入りすぎてるかもしれませんsweat01

ka-koさん こんにちは。
>彼の写真に向かって、投げキッス
なんと微笑ましいことheart04
>そしてごめんねという
>いっしょについて行けなくてごめんねという
そうなんですよね。
残された時、私も死の恐怖を感じました。
夫のすべてがこの世から無くなってしまう恐怖と自分もそうなる恐怖。
自分が恐怖を感じたという事は、
残されたものにはまだやらなくてはいけないことが、有るってことですよねthink

 私がやらなければならないことっていうのが、
ここにきてちょっと、よく分からなくなってしまったことですがcoldsweats01

考えがまとまらない時は逆に、 極力何も考えず、ただひたすら歩いて、
気持ちを整理するという自分のやり方で過ごしていこうと思うところです。

tomcatさん こんにちは。
>複雑な思いが湧き上がる自分が嫌・・・
この辺の感情、分かるような気がします。
今まさにそんなことを感じているのです。
こういうことを感じるっていうのは、
何があっても動じない自分になりたがっているところに、
今私はいるのかななんて思ったりします。

職場での「知らんよ!」事件、はっきり言ってやって良かったんじゃないですか。
たまには 同じ土俵に立って、
こちらの存在をアピールするのも必要だと私は思います。

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