« 灯りの付いた部屋 | トップページ | 掛け声かけて »

2012年2月20日 (月)

私を支えているもの

「生きていく」上で おめめさんを支えているものは何ですか?

コメントで問われた質問に、<何だろう?> と 自分でも考えてしまった。

夫婦二人だけだったから、「子供」という答えは無いし、

いつも「これだ!」と 胸に置きながら生きている訳ではない。

 

夫が逝ってしまった時、

<ここから、何のために生きたらいいのだろう?>

<私が生きる意味は何なのだろか?>

そんな疑問が頭の中で渦巻いた。

自分なりにいろいろ調べてみた。ある本に、

「生きているのではなく、生かされているのだ」書かれていた。

<そうだ!夫のように死は自分の意志とは無関係に突然やってくることもある訳で、

 生きるというよりは、生かされていると考えるのが良いのかもしれない>

そう思った。

そう思った時、「生かされている」間は、私にやるべき事があるから生かされている訳で、

<何のために?>と<生きる意味は?>と問うことも不要で、今、私には分からなくても、

生きる意味があるから生かされている、それでいいと思えた。

        confident

そう、生かされている間は、一日一日を精一杯生きたらいいんだ!

そうすることがすべてなんだ!

何も考えなくたっていい。

一生懸命生きたら、結果(生かされた意味)は後からついてくる。

自分を否定的に考えるより、自分を好きでいよう!

 

こんな考え方が、私の「生きていく」上での支えかな。

 

もちろん、こんな気持ちが挫けそうになった時、夫が残してくれた家や庭、思い出が

大きな心の支えになっていますけど。

 (あえて、人を支えに持ってこないのは、その人がまた逝ってしまったら、

  再び支えを失ってしまいそうで怖いから)

« 灯りの付いた部屋 | トップページ | 掛け声かけて »

死別後の心の動き」カテゴリの記事

コメント

そうですね、100歳まで生きる人もいれば夫のように44歳で去ってしまう人もいる。
なぜ病気になってしまったのか?
彼の両親は健在なのに、なぜ息子の彼が先に?なぜこの日だったの?
なぜなぜなぜ・・・?
本当に、「生きる」というより「生かされている」と考えたほうが納得いくことばかりです。

去年彼が入院してる時、「生きてる」って「死ぬ」って何だろう?と悶々としたことがあります。きっと暑いとか寒いとか、頭で考えるより体で感じることのほうが「生きてる」ことに近い気がしました。命の問題だけは、どうしても人のちからではどうにもならないですもんね。
わたしの支えは、今のところ娘が成人するまでなんとか育て上げなければ!という使命感くらいかな…。やりがいはありますが、一人で育てる不安もあるし責任も感じてます。
時が経てば、もう少し考え方が変わるような気もしますが。

時々こちらのブログで元気をもらってがんばります!
お互い、体にだけは気をつけて明るくがんばりましょう!

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533735/54033762

この記事へのトラックバック一覧です: 私を支えているもの:

« 灯りの付いた部屋 | トップページ | 掛け声かけて »

2015年12月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ