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2011年10月12日 (水)

同じなんだ

先日、100歳になられる日野原先生のドキュメントをTVで視た。

その中で、私が興味をそそられたのはやっぱり夫婦のあり方。

日野原先生は100歳、奥様は92歳。

奥様は認知症の症状が出て、自分で動くこともままならず、

自分の意志を上手く伝えられなくなっておられる。

 

日野原先生は皆さんご存知の現役のお医者さん。

講演活動も積極的にやっていらっしゃる。

先生がお仕事から帰るとまずする事は、

車いすに座り食卓に着く、奥様の手を握り、”ママ、今帰ったよ!”と 挨拶をすること。

笑顔でやさしく語りかける。

 

奥様が肺炎をこじらせて、入院された時、日野原先生はつぶやいていた。

”この時間(奥様の手を握る)が、持てなくなる日が近づいているということを

 覚悟しなければいけないのかもしれない・・・think

その言葉の中に、

いくつになっても 何十年夫婦をやっていても 配偶者との別れには

同じ思いがあるんだと私は知った。

(もっとも、私は日野原先生のご夫婦の事について深く知っている訳ではないので、

 ここで同じという表現は大変失礼にあたるのだろうし、適切でないかもしれない。

 ただ、私が夫への想いの中で、<もう少し夫婦でいたかった> と 

 夫の死後、何度も思ったことへの自分への返答的な感想だ。

 もうたくさんの時を一緒に過ごし、ここまで来たからいいという事は無いんだと知った。

 いくつになっても、夫婦歴が何年であろうとも愛する人の死は心に大きな打撃なんだね)

幸いにも今回は奥様は無事回復され、その覚悟も無用なものになった。

・・・私もホッと胸をなでおろしたconfident

 

何千人と患者さんの死に立ち会い見送ってきたお医者様でも、

自分の配偶者となると、違うらしい。

そう、自分の一部を失くしてしまうような配偶者の死別は

どんな言葉を使っても言い表せないくらい悲しく寂しく、辛く切ないんだよねーthink

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死別後の心の動き」カテゴリの記事

コメント

おめめ様こんばんわ

もう少し夫婦でいたかった

ホントにそうですね

それがいつであっても、あと一年でも、もう少しでも、って思ってしまうのかもしれませんね。
数年前に80歳の伯父を見送った伯母が、今の私をとても理解してくれて、やさしいことばをかけてくれます。伯母がどんな気持ちで伯父の闘病に付き添っていたか、いまごろ知りました。その伯母の言葉は、私もとても素直に受け止められます。

夫が亡くなってもう少しで、1年と1ヶ月ですが、最近、おめめさんのブログタイトルの「Lowからスタート」、よく思い出します。
まだまだグチグチしてるんですけど、少しは変化したかなと思います。

nonannさん おはようございます。
 夫たちへ、私たちはこの言葉を送り続けるのでしょうねconfident

おめめさん、皆さん。
私も、もう少しでもいいから一緒に居たかったweep亡くなって、4ヶ月経ち、今すごく恋しく、愛しく思います。主人も、子供達と酒を飲む、子供達の結婚、孫の顔を見る…etc、まだまだやり残した事沢山あったから、私が主人の分まで長生きして見届けなくちゃと思っています。すごく寂しいし、ホームセンターとかで並んで歩いているご夫婦を見かけると、うらやましく思うけどグッとガマンして玄関の電球の替えを買う私gawk
さぁ、脚立に乗って交換だpunchsign03

ウ525さん おはようございます。
体験者の伯母さまのお言葉は有難いことですね。
伯母さまのように温かい心で見守ってくれている方がいらっしゃると思うと
「一人じゃないんだから」と思えますね。
伯母さまの言葉の中にはいつも、
”くじけないで!”のメッセージがきっと隠れているのでしょう。

ブログ毎回読ませて頂いてます。
時に、<そうそう!>と思ったり、<頑張れ!>と心の中で励ましたりしてます。
ウ525さんの中で、最近何かが掴めかけているのかなと感じるところがあるので、
ここで私ごときが余分な事を言ってもいけないとコメント出来なくて、
ゴメンナサイ。
何があっても、うつむいたままでなく顔を上げようとするあなたに拍手です。

まゆりママさん おはようございます。
一緒に体験して行きたかった事、まだまだ本当にいっぱいありましたね。
思い始めると尽きなく出てきます。

<・・・頑張るしかないか!>
夫と共に過ごしたかった夢を追いながらもそう思って、
動きだす私たち。
本当に頑張ってるよねgood

仲良しのご夫婦を視れば、どうしても目がいってしまうのは私も同じです。
<自分にもあんな時があったんだなーconfident> と 今は過去形です。

おはようございます。私もちょうど観ました。静子、静子!って呼びかけられてるのが心に
響きました、、。私ももっともっと夫と一緒に歩きたかったな、、痛切に感じました。
その日は初めて夫を看病している夢見ました。突然だったから、意識ない夫のそばには
いましたが、なぜか、看病していて何か夫も言ってたような夢でした、、。
皆さんのコメント読ませていただいて、ほんと、同じなんですよね!自分の体の半分の夫
だったから本当にどうしようもなく辛いし、しんどいですね。それでも、何とか前向いて、って自分に言い聞かせてですね。
ただ、残念ながら私は今も夫婦連れはダメ!で、見るのもそば通るのも避けています。 そろそろこんな気持ちから卒業しなくてはいけないんのでしょうが、ごめん、まだ無理!
って、無理しなくてもいいかな、って、。

こんにちは (o^-^o)

今まだ彼が生きていたとしたら ”死”を深く考えもしていなかっただろう。
年を重ねるとやってくるもので、受け入れなければ仕方のないものと思っていたとおもう。

突然やってきた。
私はこの年まで近親者を見送ったことがなく、
はじめてが彼だった。
別れがどんなにつらいものか知らなさすぎた。
経験しないと分からない事で、それが何歳であっても同じなんですね。
”もうすこし”なんていうのは無いものねだり、きりが無い事ですね。つらいことですが


でも人間てすごいですね、痛みは和らいでくるんです、
決して消えることはないけど・・・
まだ四六時中彼のことが頭から離れません、
これって不自然な事ですよね。
彼がいたころは考える必要がなかった、だって必ず隣に彼が居てくれていたから。
まだまだ不安定ってことですか。


何かで結婚は一番好きな人じゃなく、二番目の人とするのがいいと聞いた事がある。
このつらさを経験するとそうかなって・・・・
でも私たちは無理ですよね。

matuiさん こんばんは。
限りなく一緒に居る事は不可能と分かっていても、
自分の夫とだけは一緒にいたい…居たかったというのが本音ですね。
でも現実はそれを許してくれませんでした。
何を考えても、私たちの目の前にあるのは現実だけ。
その中でここから先を生きていくしか道はないのね。

その道をどうやって、歩いていくかは自分次第、すべて自分にかかってる。
初めは、重く真っ暗な闇の中の道で、
止まったり、泣き叫んだり、目をつむりながら恐れをやり過ごしたりしてきた私だけど、
そんな事をしているうちに少しずつ闇が明けてきた。
今もゆっくり、足場を確認しながら、一歩づつ。
一人の寂しさも、重圧もみんな背負って。
ヘロヘロになったって、歩くよ!
だって、自分の人生だもの。
    ・・・意気込みだけは立派なんだcoldsweats01
 こういう張ったりも時には必要ってことでお許しを。

ごめんなさい、コメントの返事からちょっとずれちゃったね。

ka-koさん こんばんは。
 私も夫の死で、より深く死というものを考えさせられました。
こんなにも考えた事は無いくらい考えたかな。
頭の中を巡るのは、夫の事と<死ぬってどういう事?>ってことばかりの毎日。
本当に四六時中考えてた。

でも、これだけ死というものを考えたから、逆に生きる事についてもいっぱい考えた。

とにかく夫が逝ってしまってから、本当に頭を使ったかな。
無い頭でいろいろな事を理解するのはとっても大変!

だけど、そんな私もある時、<もう考えたくない!>と思った。
本当に何も考えたくないと思った。
こうして、忘れようとしているのかな人間って(私だけかも)・・・防衛本能が働いて。
そう思うと、今度は決して忘れまいと無理にでも夫の事を考えようとする自分がいる。
変な話ですね。忘れる事は無いのに。

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