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2011年3月

2011年3月31日 (木)

眠れぬ夜

昨夜は眠れぬ夜だった。

というのも、昨日実家に寄った時、母が具合が悪いと寝込んでいた。

その前の晩から、胃の調子が悪く何も食べられなくて、

その夜、吐いてしまったという。私が立ち寄った時には、

”吐いてしまったら、少し落ち着いて良くなったけど、

 まだ、何もする気にならず横になっているの”

と、生気のない顔で訴えた。

年も多いので心配になった私は、医者に診てもらった方がいいとアドバイスして、

そのままお医者さんの所に連れていった。

原因は検査をしてみなければ分からないということで、尿検査と

現在の症状の胸やけ落ち着かせる薬を処方してもらい、

来月初めのMRIの検査予約をして家に帰った。

母もその頃にはだいぶ気分も良くなってきたというので、

仕事もあった私は、自宅に帰ってきた。

”心配いらないよ!ちょっと胃が疲れていたんじゃないの” と 母には言ったものの、

家で一人でいたら、当の本人の母より、私の方が心配でたまらなくなった。

     

夜、ベッドに入ったら、私の頭の中にはいいことが浮かばない。

取り越し苦労と分かってはいるが、

<何かあったどうしよう>

不安が頭の中を渦巻いた。

<縁起でもない、そんな事を考えるのは止めよう!>と 考えるそばから、また、

<どうしよう!>と 考えている。

「困ったことは起こらない。すべて上手く行く!」

不安なことがあった時に唱えるいつもの呪文を心の中で唱えた。

(大きな声で唱えるのが本当は効くんだけどね)

また変なことを考えないように、子守唄を自分の為に歌っていたら、

いつの間にか眠れたようで、大きな目ざまし時計の音で今朝は飛び起きて、

出社した。

    

昼過ぎ、仕事を終えて、実家に電話を入れたら、

母が明るい声で、電話に出た。調子を聞くまでもなく、その声に安堵した。

”今日は、薬も効いたのかもしれないけど、

 とてもスッキリしているので、朝から仕事をしてるよ!”

と言う。

・・・良かった!

    confident

「検査も健康診断のつもりで気軽に受けたらいいよ」

と 私は電話を切った。

今日はゆっくり眠れそうだ。

2011年3月30日 (水)

自粛ムード

あまりにも大きな大災害にいろいろな行事の自粛の動き。

我が県でも各自治体で、お祭りや花火大会の中止が相次いでいる。

   

確かに、災害に逢われた方々の心情を察すれば、

それどころではないだろうという気持ちは、みんなが持っているのだろう。

中止と聞けば、<あー、そうだよね> と思う。

実際問題としても、運営に当たる県とか市の職員も災害復興支援の為に

動いているので、行事に費やす人手も足りないかもしれない。

祭りや花火大会には欠かせない企業の寄付も、

企業自体が地震の影響で休んでいるところもある位だから難しいし、

そのお金を災害復興への寄付に回した方がいいということもあるのだろう。

やっぱり、中止は当然なのかな。

    

でも、すべてを自粛することもないかななんて、個人的には思うけど、叱られるかな。

中止したある花火大会の起源は、

戦火で焼け野原になってしまった街にあふれた死者の弔いの為に始まったと聞いている。

大空に舞い上がる花火の中に、私も亡くなった夫への想いを乗せている。

今回の災害で亡くなられた方への弔いと復興に向けて頑張る方々へ応援の為の

祭りや花火大会があってもいいのではとも思う。

落ち込んだ気持ちを吹き飛ばす様な、パワーも少しは必要なのでは。

    

でも、今は自粛の時なのかな、やっぱり。

難しいね。

2011年3月29日 (火)

ほころび始めた桜

ひとつふたつとソメイヨシノの花がほころび始めた。

まだ、陽だまりにある木だけだけど、花開く桜にカメラを向ける人の姿。

    

花が咲くと人は何故か感動するんだよね。

    ・・・私もそうだけど。

毎年のことなのに。

でもその毎年が続くとは限らないことを知っているから、

人は今咲いた花に感動するのかな。

今日ある幸せが、明日あるとは限らない。

だから今日の幸せがとっても愛おしい。

目一杯、感動したいんだ。

この花の美しさをみんなに見せたくて写真に収めたくなっちゃう。

お花見したくなっちゃう。

とっても感動して幸せな気分になっちゃう。

     

いいんだよね、それで。

    

毎日を生きることもそれと一緒かな。

今日ある自分が明日存在するとは限らない。

今、生きている事に感動して、今日を目一杯生きる。

どんなことをして一日を過ごしてもいいけど、満足の日を送る。

    

ウォーキングの途中で桜を目にして、こんなことを考えた私でした。

2011年3月28日 (月)

携帯の待ち受け画面

 私の携帯の待ち受け画面は横浜球場で、野球観戦の夫の写真。

”ハイ、こっち向いて!” で、「パチリ!」のいい笑顔のベストショット。

   

朝起きて一番に携帯の電源を入れると、待ち受け画面の夫に

”おはよう!”

メールを知らせてくれるのも夫の笑顔。

”○○ちゃん、メールが来たよ!”

眠りに就く前にも、ご挨拶。

”じゃあ、また明日ね!” と 携帯の電源を切る。

    

ある時、友達に携帯を覗かれて、

”ヤダ!○○ちゃんの待ち受け、旦那さんじゃん、・・・恥ずかし~い!” だって。

大きなお世話よ。

・・・私、全然恥ずかしくなんてないもん、大好きなんだから。

いつも一緒に居るんだもんね。confident

2011年3月27日 (日)

東電さん、お願いします

 計画停電の影響で電車が止まったり、動き出しても本数の大幅削減、それに

今回の大震災で自分たちばかり行楽気分でもないだろうという人々の心理状態も加わり、

伊豆や箱根の観光地からお客様の姿が消えてしまったという。

 電車が動かなければ、お客様を運んで来てくれない。

電気が止まれば、ホテルや旅館は大打撃。

照明が消える、温泉をくみ上げるポンプが使えない、

大量の食材を冷蔵庫で保存することが出来ない。

いつまで続くか分からない計画停電で、このままでは経営がままらないという。

   

計画停電で困るのは、病院も切実らしい。

真っ暗の中で、病人の不安は増す。しかし、ナースコールは使えない。

だから、看護師もいつより頻繁に病室を巡回する。

しかし、エレベーターは使えないから階段を上ったり下りたり。

人工透析などは、停電時間を考慮して通電中に行わなければならない。

いろいろなことのやり繰りがかなり難しいらしい。

   

各企業の生産現場でも、工場の電気がストップしてしまうことで、

ラインをストップさせ、従業員を自宅待機などとしているところある。

災害復興住宅の資材にも影響が出ているものもあるらしい。

   

もう少し、いい方法で計画停電出来ないのかな。

このままでは、患者さんや病院も大変だし、

地域経済も成り立たなくなってしまうような気がして。

東電さんなのか、政府なのか?

どちらもお願いします。何とかいい方法を見つけ出して下さい。

2011年3月26日 (土)

凹んでも一歩は一歩

いろいろな事がぶり返すように思いだされて、全然気が乗らなくなって、

思い切り凹んで、内に閉じこもりたくなる。

そんな日も一歩は一歩。

晴れて風が気持ち良くて、快適に走れる時ばかりが、前に進む一歩じゃないものね。

前を見ていたって、何も進めない一歩もあるんだ。

    

見方を変えてみれば、こんな時は案外、次のステップに進める時なのかもしれないね。

    

丘の上から、今まで歩いた道を見て、

<あー、よくここまで頑張ってきたじゃん!>

<あそこのカーブはきつかったよね。あの坂では思いっきり泣かされたよね>

なんて、振り返っている時。

ゆっくり休んで、一呼吸おいて、

<さあ、また頑張ろうか!>

   

春が来たかと思ったら、思いっきり寒い今日この頃、

そんな季節の行ったり来たりと似てるかな。

・・・それにしても今日の風はとっても強くて、冷たいよ。

   

2011年3月25日 (金)

不完全燃焼

いいデザインが思い浮かばない。

いつもならひらめきが来るのに・・・。

ちょっと刺激をと、街を歩く。

・・・ダメだ! 

 ・・・気分が低迷している。

    

いつもならこんな時は「走って!」と なるけれど、

最近この走ることが出来ない。

 <こんな時に のんきにジョギングでもないだろう>という気がしてダメなのだ。

自分の中では、心の平静を保つのに必要なのだから、

決して「のんきに」とい事ではないのだけれど、

何処かでそんな風に見られている気がして走れない。

    

<最近、笑ったことないよなー!

     いつ、大声を上げて笑ったんだっけ?>

気が付けば、ほとんど無表情の毎日だ。

   ちょっとだけ、口角を上げて笑顔を作ってみた。

    心にちょっとだけ、潤いの風が流れた。

     

  でも、・・・流れ出る涙が止まらない。

   

    

2011年3月24日 (木)

そこには あなたがいた

お洗濯をする私。

洗面所で顔を洗う夫。

    

脱水に入った洗濯機が中身が偏ってしまったせいで、

大きな音をガタガタ鳴らせ、洗濯機が大きな振動を始めた。

夫は慌てて、洗濯機を両手で押さえつける。

”ダメだよ、そんなことしても。ちゃんと一時停止を押して、止めなくちゃ!”

大きな音に気が付いて、朝食の支度をしていた私が慌てて駆け寄り、

ちょっと強い口調で夫に言う。

”そっか!” と言いながら、また歯磨きを続ける。

優しくない私に、優しい夫。

どうして、私は ”ありがとう!”って言ってあげられなかったのだろう。

せっかく夫は、何とかしようとしてくれていたのに。

     

今、洗濯機の前に立って、こんな些細なことが思い出された。

 私は夫に対してすべてがそうで、

優しく何でもやってくれることが当たり前のように受け止め、

いつしか、感謝の気持ちが薄れてしまっていたのではなかったのだろうか。

   

生活の中でいろいろ出来事を思い出す度に、

今は、夫の優しい笑顔しか浮かんでこない。

それだけに、夫の優しさに素直に答えることが出来ていなかった自分がいたことが

申し訳ない。

「ごめんなさい」

こうして、あなたに謝りたい事がいっぱいあります。

    

・・・冷たい風が吹く中、今お洗濯物を干し終わりました。

2011年3月23日 (水)

歌ってる場合でもないけど

今日はコーラスの練習日。

先週すっかり気分が落ち込んでしまった私にとってのいい気分転換の場。

こんな大災害で大変な思いをしている人々がいる中で、

のんきに歌など歌っていう場合でもないかもしれないことは、十分承知だけど、

日頃のストレスの発散場にもなっている私の場合は(他のメンバーもそうかも)、

やっぱり練習に参加してきた。

   

練習曲はミサ曲2曲。

なかなか上手く歌えなくて苦労しているけれども、

思い切り気持ちを込めて、歌ってきた。

歌の中に入り込んでいくうちに、心の霧が少しづつ晴れていく気がする。

キリスト教徒でもない私が、

♪・・・Jesu Christe!(主なる神よ!)♪とか、

♪・・・miserere,miserere,nobis!(我等をあわれみたまえ!)♪などと、

神をたたえる歌や平和への賛歌を祈りながら歌っているのだから変な話でもあるが、

そこは音楽の世界ということで、神様も大目に見てくださることだろう。

   

心の叫びが歌声に乗って、天に届くといいなー。

みんなの所に少しでも癒しの時が届けられますように!

2011年3月22日 (火)

モクレンの涙

街路樹では白モクレンの花が満開。

昨日の雨で花弁が少し散り始めているほど。

早咲きの桜の花も咲き始めた。

   

東北関東大震災とその後の各地の地震、災害復興の行方、原発事故、物不足など、

ここのところすっかり平静な世の中ではなくなってしまっていて、

季節の便りも置き去りになっていた。

   

被災者された方の肉親、家族などとの無念の別れのニュースや映像を見るごとに、

自分自身、みんなを励ます方に回らなければいけないのは分かっているけど、

どうしても自分の事と重なってしまって、肩の重みが増してくる。

”辛いよね!”

被災した方にお会いする機会があったら、私にはこの一言しか言えないだろう。

「悲しい」の簡単な一言では言い表せないということを知っているから。

無念さや切なさ、苦しさが私の肩に乗ってくる。

    

突然夫を亡くしたあの時の春と一緒だ。

春の温かい風も、

きれいなお花たちの風景も、

みんなガラスの塀の向こうの風景みたいで、

こちらに居る私には、匂いも、空気の動きも感じられない。

季節はただ通り過ぎていくだけ。

    

・・・春だというのに

2011年3月21日 (月)

友よ ありがとう!

”ありがとう!

 そのちょっとした思いやり、なかなか出来そうで出来ないんだよね。

     とってもいいお墓参りになったって、 私の母はとっても喜んでいましたよ。”

   

 私のすぐ上の兄の墓は、小高い山の中腹にあり、墓地へは石段を上がっていく道と、

車のすれ違いは出来ないが車用の細い道がある。

先日、母が彼岸の墓参りに行った時の話だ。

母はもう八十歳を過ぎている。車に乗れない母は、いつもは、私やもう一人の兄の車で

お墓参りに行くのだが、一人で行く時は、

墓地へあがる坂道の下まで自転車で行き(自宅から5分ほど)、

そこに自転車を置いて、石段を休みながら登り、お墓参りに行く。

 (この石段が結構急で、折れ曲がって長い)

その日も歩いて墓地まで行ってお墓参りをしていたら、

偶然、私の幼なじみの夫婦と逢ったという。

今はちょっと離れたところに住んでいるが、当時、その子(今ではおじさんだが)とは、

お隣同士だったから、母もよく知っていた。そしたら、

”おばさん!下まで車に乗せていってあげるよ!” って、声をかけてくれたという。

そして、坂下まで来ると、普通ならここで、

”じゃぁ!おばさん、さようなら!” となるだろうけど、

その幼なじみの友は、交通の邪魔にならないように、広場の端の方に止めて置いた

鍵のかかった母の自転車を、担いで、車のところまで持って来てくれたんだって。

これには母も感謝しきりで、

”坂下まで車に乗せて来てくれただけでも有難いのに、

 自転車をすぐに乗れるところまで持って来てくれた。

  しかも自転車には鍵をかけてあったから、担いで持って来てくれたんだよ!

                  ・・・そこまでは普通なかなか出来ないよね。

                     ○○ちゃんは優しいし、よく気が付く子だねー!” 

     

人の優しさに触れて、母もとてもいいお墓参りになったようだった。

その話を聞いて、自分の母に接するように、私の母に優しくしてくれた幼なじみに、私も

心の中で感謝の気持ちを呟いた。

  < 優しい思いやりを ありがとう! >

      今度会ったら、真っ先にお礼を言わなくちゃ。

2011年3月20日 (日)

反省の日曜日

先週は職場に新人が入って、何日かその新人と二人で仕事する事になった。

自分自身もこの仕事を初めて4カ月目でやっと全容が見えてきたかなというところで、

余裕のない仕事をしている中で、新人に教えるのはなかなか難しい。

   

ふだんのアトリエでの仕事もそうだが、私は一人で仕事をしている事が多いので、

何でも一人でこなしている。

・・・そういえば普通の生活もそうだ。

こういう生活をしていると、どうしても我がままになるのか、

自分のペースで仕事が出来ないことにストレスが生じてくる。

おまけに私は人に物事を教えて、育てていくのが苦手らしい。

優しく手を取ってみたいな教え方が出来ない。

一度教えて、次に同じことをしてもらった時に出来ないと

忙しく動いている時は、つい強い言葉が出てしまう。

その度ごとに、

<そう簡単には覚えられないよね> と 自らを振り返っても感じるところもあるので、

強い言葉を発した自分を反省して自己嫌悪に陥る。

 (少し、愚痴を言わせてもらえば、

  こちらが丁寧語で教えているにもかかわらず、

  タメ口で呟きのように言葉が帰ってくるので、ついイラっとしてしまうのだ。)

その繰り返しが大きなストレスとなり、肩にずっしり重荷を背負ってしまったような感じで、

先週はとっても疲れた。

    

今回の大災害の復興へ向けての支援の動きもそうだが、

一人で出来ることは限られている。

だからみんなで助け合って、それぞれが出来ることをすることで、大きな力となり、

社会が成り立っていく。

何でも一人でやろうとしないで、動いてくれる人があるのであれば、

上手に仕事を教え、その人を育て、

仕事を分け合える努力をする事が大切なんだよね。

    

夫が亡くなって、ある意味普通の社会生活から離れてしまって、

引きこもるように一人で動く生活に慣れてしまった自分に、

”許される場であれば、仕事を分け合うことが出来るんだよ!”

”その為には、自ら相手に溶け込む努力も必要だよ!”

と 教えてくれているように感じている。

   

<自分自身も精神的にもっと育たなきゃダメだな!>

と 今日は少し反省の日曜日です。

  それにしても、自ら歩み寄る努力は私にとって、大きな課題です。

2011年3月19日 (土)

懐かしの家族団欒

昨日の彼岸の入りに墓参りに行く途中、

頭に浮かぶのはもう二度と味わうことのない夫と夫の両親との家族団欒の場面だった。

    

朝早くから私が張り切って作ったぼた餅を重箱に詰め、

夫と二人、夫の両親を迎えに行き、みんなでお墓参りをした。

お墓参りの後、夫の実家に行き、楽しい語らいの中でぼた餅を食べた。

みんな笑顔の家族団欒のひととき。

    

その後、夫の両親が相次いで亡くなり、夫と二人の十数年、私の家族団欒は夫と二人で。

それでも夫との家族団欒のひと時は楽しかった。

    

今は一人だけど、私はもう大丈夫!

だけど・・・。

    

今回の災害で共に生きる大切な方を亡くされた人々も、

こんなふうについこの間まであった家族団欒の楽しかった日々を想うのだろうか。

そんな事を考えたら、とても辛かった。

位牌堂で、手を合わせてお参りしていたら、涙がこぼれた。

ありし日の幸せな日々は、思い出となってしまうと、本当に切ないです。

     

<今回被災された多くの方の心の痛みが少しでも和らぎますように!>

再び手を合わせた。

2011年3月18日 (金)

一緒に歩いていきましょう!

大災害の動揺で落ち着きのない日々ではありますが、

今日は春の彼岸の入り、午後からの仕事に出かける前にお墓参りに行ってきます。

今回はいつもとは少し違った意味のお参りになりそうです。think

    

災害でご家族と離ればなれになり、安否不明で不安を抱えている人々、

大切なご家族を亡くしてしまった人々の報道を見ていると、

心の痛みが他人ごとではなく、私の中に入ってきます。

災害と突然の病死による別れという違いはあるけれども、

正直、自分の時のことが思い出されて、夫と死別した時の自分が重なってしまいます。

    

こういう時に前向きに考える大変さは、一筋縄ではいかないものがあります。

自分で自分を励まして、<負けないそ!頑張ろう!> と やってはみても、

その気持ちを持ち堪えるのは、かなりしんどいです。

萎えてしまいそうになることもしばしば。

悔いる気持ちで押しつぶされそうになる時もありました。

それでも、人は自分が思っているよりも強いものらしいです。

前に向かって歩く努力をしようとするみたいです。

行ったり、来たり、

何度も何度も悲しみと苦しみの涙を流しながらも歩こうとする自分がいます。

   

大震災に見舞われた皆様、

厳しい状況で苦しいことと思います。

今、傍に行って手を取り合うことは出来ませんが、

取り合えず今日を!そして、

   明日に向かって、一緒に歩いていきましょう!

  (ライフラインの寸断された中、ブログでこんなことを言っても無駄かもしれませんが、

   私の心の声として、被災地に向け送り続けたいと思います。)

   

2011年3月17日 (木)

今、私に出来る事

東日本大震災の復興に向けて、今私がすぐに出来る事。

必要以上の買いだめはしない

  被災地から離れたこちらでも、スーパーやドラッグストア、ホームセンターから

 いろいろな物の品切れが極端に増えた。

 あえて品名は書かないけど、<こんなものまで?> と 思うものまで棚に並んでいない。

 自分たちの所にやってくるかもしれない災害に備えてというものもあるだろう。

 被災地の親戚に送ろうとする人達もいらっしゃるのだろう。

 連日のTVの報道で、被災地と関係のない地域の人までもが必要以上に

 危機意識をもってしまったこともあるのだろう。

 どれも、悪い事ではないけれど、

 「必要以上に」というところが問題で、

 今、私たちは出来るだけ平常心でいつものような行動をとることが大切なんだと思う。

 

2011年3月16日 (水)

ビックリした―!

昨夜大きな揺れが私たちの所でもあった。

震源地の震度は震度6強、私のところはそこから離れているので、

後で確認したところでは大したことはなかったのですが。

    

昨夜は、今日は朝早く出かける予定があったので、22時頃ベッドに入った私だったが、

なかなか眠つけなかった。

しばらくして、「ゆさゆさっ!」と大きく横揺れが来た。

いつものガタガタとサッシが鳴るような地震ではなく、

大きく横に何度も揺れた。

   

揺れと同時に、自分の所にも大きな地震がきたのかと思い、

慌ててパジャマの上にジャージの上下を着て、逃げ場の確保の為に、

地震の揺れによたりながらも、吐き出し窓の雨戸を開けて、サッシを開けた。

外を見ると、向かいのお宅では玄関からご夫婦が飛び出てきていた。

「東北関東大震災」のすぐ後だけに、

みんな地震にはかなりの恐怖感を持っているらしい。

   

こんな時、夫がいなく自分一人だと思うと非常に心細い。

    

TVで震源地と震度の確認をしようと、

待機電力の節電の為はずしてあったTVのコンセントを差し込もうとしたが

地震の恐怖で手の震えが止まらず、なかなか上手く差し込むことが出来なかった。

幸いにも、いつ襲って来てもおかしくないと言われている

この地域にやってくるかもしれないという大地震とは直接の関連はない地震ということで、

取り合えず安心して眠りについた。

2011年3月15日 (火)

いち早い支援物資の援助を願う

地震の大津波で何もかもを失くし、避難所生活している多くの人達の所に

なかなか救援物資が届かないという報道を耳にすると、

本当に何とかならないものかと思います。

   

輸送路が寸断されているから、思うようにいかないのでしょうか。

空路はヘリで可能みたいけど、各避難所への輸送手段が難しいのでしょうか。

何とか、早く届けられることを願っています。

   

個人では何も出来ませんが、私もいろいろな物の無駄遣いは止めて、

少しでも多くの物資が被災地にまわるようにと願っています。

 

2011年3月14日 (月)

申し訳ないような思いで

今回の東日本大震災の報道で実態を知るに従って、

こんなふうにのんきにブログを書いている自分がいていいのだろうかと、

申し訳ないような気がしてくる。

でも、同情だけでは何の助けにもならないのかなとも思いながら、

こうして書くことを続けている私だ。

     

あまりにも大きな災害に個人の中では出来ることは限られている。

そんな中、ある意味、被災地以外の人が普通に暮らす事は大切なことなんだろう。

被災者の救出や救済、被災地の復旧の為にも、

健康な心と体を持った人の力が必要なのではないだろうか。

   

もちろん、今回の大災害で被災された方々の喪失感を思うと、心が痛すぎる。

そんな簡単な言葉で表すのも申し訳ない今回の大災害。

しかし、ここから先、何かのお手伝いが出来るかもしれない。

その時の為に、自分自身の心と体の体調を整えておこう。

今までどうり、普通に仕事をすることで、本当に微力ながらも、

日本経済を支える努力も必要だろう。

とにかく、何も出来ない今は、

募金はもちろん、こうして私たちがみんなで復旧に向けて出来ることをするのが、

個人の役割のように感じている。

2011年3月13日 (日)

あまりにもスゴすぎる

今回の東日本大震災、被災された方々に 心よりお見舞い申しあげます。

      

被災から昨日今日と時がたち、被害の実態が分かってくるに従って、

本当に恐ろしい災害が起きたことを知らされ、壊滅的な状況を目にするにしたがい、

被害に遭われた方々の心情を察するに、言葉を失ってしまいます。

   

決して他人ごとではありません。私の住む地域も巨大地震がいつやってきても

おかしくないと言われつ続けている所です。本当に明日は我が身という心境で、

災害の報道を見続けています。

    

一刻も早く、被災された方々の元に

      支援と復旧への道が開けていくことを祈るばかりです。

 

2011年3月12日 (土)

明日晴れるといいな!・Ⅱ

夫を亡くして初めて、伊豆にドライブしてきた。

夫と出会って初めて、ドライブした伊豆。

それから何度、夫と出かけただろう・・・。

目に入る、何処の景色も懐かしいconfident

    

20110310_dvc00128_2

海岸線の道、海の岩の一つひとつ。

       山の中を走る道にお花畑。

          あの干物屋さんも、あっちのお店も。

             confident

             ・・・ think

             confident

河津の桜並木を歩きながら、川のせせらぎに目をやると、

水辺から、こちらに微笑みを贈ってくれる夫の姿が見えるようだ。

鼻の頭がツンっとする。

寒さと切なさで、体の芯までブルブル。

    ・   ・   ・

  ・・・何で一人でこの道を歩いているんだろう。

   

    

満開の桜にカメラを向けたら、厚い雲の隙間に青空が見えた。

        shine

今こうしてPCに向かうテーブルの上にある夫の写真は、

伊豆の○○川のほとりで、こちらを振り返り無邪気に笑う夫の姿。

        shine

   <明日晴れるといいな!>

       ・・・ いや、明日はきっと晴れる! good

2011年3月11日 (金)

明日晴れるといいな!・Ⅰ

昨日、河津桜祭り行ってきました。20110310_dvc00124

最終日、滑り込みセーフ!・・・でも、ブルブル。

         厚い雲がかかり寒~い!

葉っぱが出てきちゃったところもあったけど、何とか間に合いましたhappy01

  ・・・観光客が途切れたところで携帯でパチリ。

この桜並木の土手をジョギングしたいね。

気持ちいいだろうなー!

   

あ! 少し陽が射して来たよ!

ほ~ら、満開です! 20110310_dvc00126

2011年3月10日 (木)

大人だなー!

何気なく死別ブログのネットサーフィンをしていて、とあるブログにたどり着いた。

 (最近はあまりしなくなったけど、今でも心に隙間が出来ると、私は

   <みんなどうしてるかな?>って、こうしていろいろな人の死別ブログを読み歩く)

同じく最愛の御主人を亡くされた方のブログだ。

そういう訪問の時はブログ名とか、URLにあまり注目しない私なので、

何処の誰のブログかは、分からなくなってしまったけど、

ちょっと気に留まったのでその人の記事を読みあさった。

    

<この人には敵わないなー!> と 思った。

夫の死を上手にとらえて、自分の中で御主人を生かしながらも、

亡くなったという事実はちゃんと抑えている。

心のメンテナンスの上手な人だと思った。

どんなとらえ方かって、

そのとらえ方が自分に合っているかどうかは、疑問なところなので

ここであえて書かないけど、

自分の信じるところがしっかり出来ている。彼女の生き方には敵わないと思った。

こんなにしっかり生きている人もいるんだと感じた。

   

もちろん、人にはそれぞれ自分に合った生き方がある。

身の回りの条件も本人の人間性も違うから、生き方はマネする必要もないし、

比較して落ち込む必要もない。

ただ、その人のブログを読んでいるうちに、

<もうブログを書くのを止めようかな!> と 何となく思った。

2011年3月 9日 (水)

空がピンク色

大きな桜の木の下で、お空を見上げたら、

空がうっすらピンク色。

まだ固く閉じた桜の花芽だけど、何となく色付いている。

無数のつぼみが見上げる空をピンク色に染めているようだ。

     

<季節の移りは、行ったり来たりしながらも速いなー。>

なかなか追いついていけないよ。

     

一面を黄色に染める川岸の菜の花。

枯れ草の冬景色が春色に変わっている。

<悔しいなー!>

こんなに素敵な景色を一人で見ているなんて。

     

桜の花が開花して、華やかな彩りを見せてくれる時、私は

密かに、桜の木の根元に目をやるんだ。

そこにあなたが眠っているような気がするから・・・。confident

   

そうそう、お庭のクロッカスね、今年も今 黄色い花を咲かせているんだよ!

              ” 見てくれた? ”

 

2011年3月 8日 (火)

年月の基準は、やっぱり・・・

通りがかりの美容院の入り口に花かごがいくつも飾られていた。

<何かな?> と メッセージに目をやると、

「祝開店5周年」 と 書かれていた。

    

<そうなんだー! この美容室もう5年になるんだ。

       5年前か・・・5年前は夫はまだ生きていたんだよね。>

何の気なしに考えていた。

他にもこんなふうに「何年目」とか「何周年」なんていう文字を目にしたり、

話の中に出てきたりすると 自ら考えるともなしに、

<その時夫は・・・> と 思ってしまう癖がついてしまった。

あの時から、私の年月の基準が夫の没年になっているようだ。

     

何年前、確かに夫は生きていた。

そして二人で手を繋いで、この通りを歩いたんだ。

       ・・・confident

何年か前、確かに夫はここに居て、笑顔で私に語りかけてくれたんだ。

    

でもね、3年前、

    ・・・2年前、

      ・・・1年前、

       5か月前、一か月前、一日前は、

  もう夫の笑顔も 夫の声も もうそこにはないんだよ。

    

”おめめちゃん、今日は春を探しに行こうか!” って、

                 前みたいにドライブに誘ってよ!

       

 何処からも聞こえてこないのは分かってるけど、

 そっと目を閉じて

       ・・・私はあなたの声を待っている。confident

   

2011年3月 7日 (月)

平穏無事ということで

昨日は早朝ランニングの後、亡き夫の月命日のお墓参りに行って来た。

     

あまり夫の死にいつまでも寄り添っているのは止めて、少し距離を置いていこうと、

それまで毎月欠かさずに行っていた月命日のお墓参りを止めてから、かなりになる。

でも、こうしてたまに<いかなくちゃ!>っていう気分になる時があるので、

そういう時は、何かがあるような気がして、行くようにしている。

      

午後になって雲が多くなってきたけど、お墓参りに行った午前中は青空のいいお天気。

春らしいピンクや黄色のお花をお供えしてきた。

法事も葬儀も何もない日曜日だったらしく、お寺はひっそりとしていたが、

境内の片隅にある桜(河津桜?)が満開で明るく出迎えてくれていた。

      

軽くお墓のお掃除をして(本当はもっと丁寧にしなくちゃいけないけど、ちょっと手抜きcoldsweats01

持ってきた春のお花と香花をお供えして、

お米とお水をお供えして、

ろうそくに火を灯し、お線香を上げて手を合わせてた。

何となく <今日はお墓参りに行こう!> と 思っただけなので、

特別な報告はないけど、無事に春を迎えられたことに感謝して、合掌。

(・・・ホントはね、とっても夫の声が聞きたくて、聞きたくてちょっとストレス溜まってるけど、

   泣きごとを報告したらいけないから 何も言わずに帰ってきたんだ。)

      

”今度はお彼岸に来るからね!”って 言いながら寺を後にした。

帰りの車の中では、早朝のスロージョギングが効いてきちゃったのか、

時折、睡魔が襲ってきた。

 車で一時間近くかかるお寺は、やっぱりちょっと遠いなー!

でも、お寺とこれくらいの距離感を持つのは、私にはちょうど良さそうだ。

2011年3月 6日 (日)

早朝のスロージョギング

いつもは仕事が終わってから夕方走っているけど、

今日は早朝のスロージョギングに初挑戦。

ネット検索によると、

脂肪の燃焼には朝食前に走るのが最も効果があるということなので、

一度試してみようと思って走ってみた。

   

まずは走る前に寝ている間に減ってしまった水分を十分に補給。

準備運動をして体を起してから、スタート。

6時30分頃から走り始めた。

走り始めは、歩くほどの速さの超スローモード。

20分ほど走ったら、体が温まってきたので少し速度を上げる。

今朝は霜が降りたようで、公園の芝生が白っぽくなっていたが、ほんのり汗ばんできた。

マスクをして走っていたけど、頬に当たる朝のひんやりした空気が気持ちいい。

陽が昇り、柔らかな日差しが注いでくる。

湖面がキラキラ輝いてとてもきれいだった。

空気が違うだけで、夕方の景色とは全く違う。

とても、さわやかな気分。

体も軽くて走り易い。

<夕方走るより、気持ちいいな!> 

脂肪燃焼がどうのこうのよりも、この新鮮な空気が体に入ってくる感じが

何とも心地よい。

<う~ん!・・・今日はいい日になりそうな>

そんな気分になってくる。

30分位走ろうかなと思って出かけてきたけど、

結局1時間ちょっと走って、ストレッチをして帰って来た。

    

朝食が美味しい。

なかなか朝は時間が取れないけど、週に何度かは、

朝のスロージョギング取り入れたいな。confident

2011年3月 5日 (土)

今日の音楽発表会

今日はコーラスの先生のグループの合同音楽発表会でした。

下は幼稚園から、上は○○歳?までの幅広い年代の出演者。

音楽経験もピアノを習い始めて半年から、経験○○年?までさまざま。

色々な意味で楽しかったです。

小さな子供が一人でピアノを弾く姿は、思わず応援したくなってしまう。

たどたどしい指の動きで、次の音になかなかたどりつけなかったりすると、

心の中で、<頑張れ!>と声援をかけていました。

久しぶりに自分の心がheart04温かくなった瞬間です。

それでも、みんなちゃんと最後まで演奏してきちんとお辞儀をして舞台を降りていきます。

こうして、経験を積んで素敵なピアニストに成長していくのでしょうね。

    

そんな中、素晴らしいピアノの演奏をした小学校低学年の男の子がいました。

ピアノを弾くタッチがとても力強く、曲の楽しさを私たちに伝えてくれました。

小気味よく弾むリズムもしっかり自分のものしている。

実に楽しそうに演奏しているのが、見ていても好感が持てた。

大人顔負けの演奏でした。

・・・・会場からは、”おー!”と言うざわつき声と共に大きな拍手が湧きましたよ。

本人の演奏前の自己紹介コメントは、”イタリアンのシェフになりたい!”でしたけど。

素敵なピアニストに成長していってくれるんじゃないかなと思いました。

     

さて、本題の私ですが、午前10時のリハーサルでは、

声が思うように出なくて、かなり焦りました。

変なところに力が入ってしまって、喉は絞まっちゃってるし、声が前に出ていかない。

<何だ、何だ!> 

<今日はマズイぞ!>

<でも、この時間はまだ体が完全に起きていないから> と 午後1時の

本場に合わせて、楽屋で声出しをして、体のリズムを本番モードに持って行きましたよ。

これでも、何回か経験を積んできたから、自分なりの調整の仕方が

最近それなりに分かってきている。

スポットライトを浴びた本番は、ちゃんといつもの感覚が戻ってきて、

肩の力も抜け、体を使った声が出せて、

特に2曲目に入ったら、いい感じで歌えたと思います。

  (後で録音を聴いてみないと分かりませんけどcoldsweats01ね!)

つい調子に乗って、

今度はnote独唱なんていうのにも、挑戦してみようかななんて思っちゃったりして。happy01

やっぱり、舞台の上で歌うのは気持ちがいいです!

  

今度の舞台は、別の団体で出場する来月の合唱コンクールです。

さあ、ここからまた気持ちをコンクールモードにして頑張るぞー!dash

2011年3月 4日 (金)

自分流がいい

夫が逝ってしまってから、私がずっと続けているウォーキングをスロージョギング。

最近はスロージョギングの比率の方が多いかな。

何度も記事に載せたけど、歩き始めたきっかけは、

何処にぶつけていいのか分からない切なさ、嘆きを何とか発散したかったから。

大声で泣きわめいても、切なさや苦しさが消えてくれない。

当初はただ、ただ当てもなくあちこちを歩き回った。

体を動かすことで少しは気がまぎれて、何とか落ち着きを取り戻す事も出来た。

一人で居るといろんな事を考えてしまって、落ち込むばかり。

かといって人と会うほどの気力はない。

     ・・・というよりは誰とも会いたくないし話をしたくない。

そんな自分のストレスの発散がウォーキングだった。

   

歩き始めて一年後位経って、

ウォーキングに、今度はTVで紹介されていたスロージョギングが加わった。

ゆっくり太ももの筋肉(速筋)を使わないように走る。

脈はくが速くならないように、呼吸が苦しくならないように!

ゆっくりマイペースでというのが私に合っていたようでその後ずっと続けている。

20~30分ぐらいで効果があるそうだが、私は今1時間位走っている。

誰が決めた訳ではない私の決めたゴールだから、

苦しくなったらその時点でいつでも止めていいんだけど、

あそこまでと決めたら、大体そこまでは頑張っている。

     

昨日、ゴールまでまだかなりの距離を残したところでかなり疲れてきた。

足を止めてしまえばそこで終わる。

湖の周遊コースを昨日は2周。ゴールは対岸、まだ半周ある。

対岸のゴールに目をやると、<もう歩いちゃおうかな>と思った。

でも、足元に目を移し、もう一度呼吸を確認して、

スローペースをさらに緩め、一歩一歩と足を運んで行くうちに、

疲れが取れてきた・・・そのまま私は走り続けた。

<これって、我が人生と一緒だな!>と思った。

     

夫の死後、何をどうしていいのか分からず、夫がいないこの先の日々を思うと、

恐怖でいっぱいになり、明日があるのかさえも不安になった。

当然未来なんてとっても考えられなかった。

 「取り合えず、今、この時を生きる事。

  取り合えず今日を一生懸命生きる事。

   ゆっくり、ゆっくりマイペースで。

         不安をあおるから、先を見過ぎない事。」

足元を見ながら一歩一歩がいい。

人生の一番苦しい時は、ゆ~っくり、足元を確認しながら歩けばいい。

人生のゴールは自分には分からないけど、

悲しみがあっても一日、一日を悔いなくというか自分が今出来ることをやって

生きられれば、

それが明日に繋がっていく。

    

ただ、前向きに歩いていくというのはいいんだけど、一つ問題があった。

走りぬいてゴールにたどり着いたところでそれが何になるというのがあるように、

<ここで一人になってしまった私が生きていって、そこにいったい何があるんだろう?>

と 思ってしまったことだ。

夫が亡くなって、子供もいない私は一人残された訳で、

「こんな私の生きる意味って何なのだろう?」というのが頭の中で渦巻いた時期があった。

いろいろ考えたけど、なかなか見つからなかった。

何もかもがだんだん虚しくなってきて、やる気さえ消えうせていくようだった。

    

でも、こうして毎日を生きながら、いろんな事を考え、いろいろ思い悩みむことが

生きることであり、生きる意味なのかなと思った。

確かな生きる意味というか、生きた意味は自分がこの世を去ることになった時に、

結果として現れると思う。

つまり、意味を求めて生きるんじゃなくて、何でもいいから今を一生懸命生きる事、

そして辛い、悲しい、幸せ、楽しい、嬉しい、美しいetc.などいろいろな感動を得る。

それが生きる事のすべてじゃないかと自分流に解釈した。

     

だから、今は何があっても、一歩いっぽ歩く。

辛い時は目の前だけを見つめて、ゆっくり、ゆっくり。

マイペースで!

 自分の人生なんだから、自分流でいいんだ。

2011年3月 3日 (木)

何かが足りない

葉っぱをキラキラ照らす明るい日差しがあるのに

   

   何かが足りない

    

見上げれば青い空に真っ白な雲

  

   だけど何かが足りない

   

春の花が咲き始めた

   

   でも何かが足りない

   

何もかも忘れて大きな声で歌って

  <アー楽しかった!> ひとしきり歌って我にかえれば    

   やっぱり何かが足りない

   

何をやっても、何処に言っても、何を食べても

    

   何かが足りない

   

こんなこと言っちゃいけないのは分かってる

<つまんない!> なんて思っちゃいけないことは分かってる

みんな・・・みんな分かってる

3月に入ったんだ、お花が咲く春が来たんだ、明るく生きるんだと思ったばかりなのに

    

でも、自分を押し殺し過ぎるのもいけないんだもんね

だから、言っちゃうよ

   ・・・何かが足りない!

   

2011年3月 2日 (水)

頑張っているのだ!

もうすぐコーラスの発表会。

今回は私たちのグループは4曲しか歌わないけど、自分としては結構気合を入れている。

久しぶりに頑張って練習しているのだ。

久しぶりというのが笑っちゃうけどね。

   

昨夜、発表会前の最後の練習をしてきたけど、

はっきり言ってグループとしての仕上がりは今ひとつ。私の耳にも

決して合格点は出せない。

でも、自分としては結構調子がいいのだ。

ここのところ、今まで注意を受けてきた所が上手く直せて、

先生から求められているものに近い声が出ているような気がしている。

 (自己満足かもしれないけど、本当に自分ではいい感じで声が出ている)

こんな時は歌っていても実に楽しい。

練習に参加する前に自宅で1時間ほど練習していった効果が出てるかも。wink

        

少なくとも数か月前よりは、絶対上手くなっていると思うので、

夫がいてくれたら、

”おめめちゃん、上手くなったね!”って言ってくれると思うんだけどな。

とにかく自分自身が自分のパートを納得できる声で、思う存分歌えたらいいなと思う。

     

今日も別の合唱グループの練習に行ってきたけど、

やっぱり調子がいい。

体の力も上手に抜けて、思うように声が出る。

こちらはみんなの調子もいい感じで出来あがってきているので、

練習もかなりの盛り上がり。

思いっきり体を使って歌ってきた。happy01

みんないいぞ!good

この調子で、もうひと踏ん張り頑張って練習して、こちらのグループで出場する

コンクールではいい結果が欲しいです。

     

2011年3月 1日 (火)

焦るゥー!

今度のコーラスの発評会で着る新しく作ったドレスの丈直しが出来あがったので

試着してみた。

”ウッ!これはマズイ!”

丈の方はピッタリになったものの、

お腹がぽっこり膨らんでいるのがバッチリ分かっちゃうのだ。

スリムなラインのドレスなのでこれは困る。

   

・・・最近、ちょっと食べ過ぎだったからねー。

食べ過ぎでお腹が膨らんだのがまる分かり。

慌てて、腹筋運動を開始したものの、それよりも食べ過ぎしないように注意しなければ!

まだ贅肉が付いているところまでいっていないから、

食べ過ぎさえ気をつければ何とかなる。

でも、ドレスを着るまでに一週間を切っている。

     間に合うかな?think・・・難しいところね。

   

最近どうも食べ過ぎの傾向にあったが、こんな所で反省させらるとは、

痛いところを突かれた感じです。

せっかく、スリムなドレスをカッコ良く着て、バッチリ歌を決めようと思ったのに、

これじゃぁ、カッコ悪ゥー!coldsweats01

    

あと数日間は、健全な食生活で、この膨らんだ胃だけは何とかしなくては。

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