無料ブログはココログ

« 静かな朝 | トップページ | お雑煮と七草かゆ »

2011年1月 6日 (木)

「生きる」

コメントに「生きていきましょうね」と何気なく打ち込んだ後、

この「生きる」ということばが自分にはとって、とても重いということを感じて

心が震えた。(少し怖かったと言った方が正確な表現かも)

    

病に倒れながらも、執念で生きようとした夫の姿。

突然明日が無くなることがあると知ったあの日思った、「生きてるって、なんだ?」。

夫の死後、何もかもが無くなってしまったように思った私の生きる意味を考えた日々。

   

何気なく、生きていることが当然のように過ごしていた毎日が、

突然いちばん身近なところにいた「夫の死」を突きつけられて、

「生きる」事の重さを叩きつけられた感じがした。

それがまだ、私の中で消化しきれていないからなのだろうか。

「生きていきましょうね」 

この言葉を決して軽々しく使った訳ではない。

だけど、言葉として書き記したことへの戸惑いのような、心の震えを感じ、

その言葉がコメントを書いた後、「生きる、生きる」と 心の中で何度も反復された。

   

<まだまだ、自然体じゃないんだなー、私の心は!>

   

夫の命日に再び、「生きる」ことについて考えさせられるとは。

少々胃が痛い。

« 静かな朝 | トップページ | お雑煮と七草かゆ »

死別後の心の動き」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。ちるると申します。ブログを読ませて頂いて涙が止まりませんでした。大きなおめめさんが綺麗なお花を沢山咲かせてくれる事を願います。

今日はご主人のご命日ですね。

大きなおめめさんのありのままの気持ちを聞かせていただき大変感銘しました。ありのままだから感銘したのだと思います。あなたの赤裸々なことばのおかげさまで私を含め世界中に散らばっている悲しみをもったたくさんの人が癒され、生きる勇気をもったことでしょう。
あなたを慰めることばを私はもっていません。ただ見守ることだけが私にできることだと思っています。そしてこんなに素敵なブログを開設してくれた大きなおめめさんに感謝を申し上げます。ありがとうございます。
今年も大きなおめめさんのおはなしを楽しみにしています。大愚

追記: あなたの 「大慌て!」はとても楽しかったです。


ちるるさん 初めまして。
ブログ読んで下さってありがとうございます。
そして、コメントありがとうございます。

夫の死を通して、「生きる」こと「生きている」ことの大変さ、大切さ、
自ら生きているのではなくて、「私たちは生かされている」という事の重みを
知ることとなりました。
人生の終わりは、誰もが志半ばで終わることになることになるのかもしれないけど、
その時に「私は精一杯生きた。悔いはない!」 と 
思えるような生き方がしたいと思います。
だからといって、変に気負うことなく、肩の力を抜いて自然体でいきたいです。
悲しみを背負っても、幸せは見つけられる。
涙を流しても、笑顔は決して失われない。
一人になっても、私は決して一人じゃない。
諦めない限り、道は開けていく・・・そんな感じで過ごしています。
今、少しずつ、
  まいた種が種が芽を出してきたところでしょうか。confident

大愚さん コメントありがとうございます。
夫の命日に大愚さんのコメントが頂けて、本当に嬉しいです。
皆さんのお役にたっているなんて、申し訳ないようなブログで
お恥ずかしいです。coldsweats01

夫の死後、私の一番の仕事(やるべき事)は、
何を置いても、悲しみと向き合うこと、自分のこれからを見つけることとして、
やってきました。
大愚さんをはじめ、見守って下さっている皆さんの励ましや、
亡き夫のサポートがあって、何とかその仕事は今、達成しつつあるように思っています。

本来の仕事(アトリエの仕事、会社の仕事)が楽しめるようになってきました。
おかげさまで仕事での充実感も味わえるようになりました。
自分をもっと磨きたいという欲も出てきました。
<ここからだ!>と 今は思っています。

時に、寂しい、悲しいは事実ですが、「前を向いて笑顔で!」歩いています。happy01
相変わらず、そそっかしい私ではありますが。coldsweats01

おめめさん
おつかれさまです
この日まで本当にすごい!です
きっとご主人もありがとう・・ってほめてます
安心しています

悲しみと向き合う
自分のこれからと向き合う

今の私はできていないです
悲しみに浸り
・・・せいにして
これからを踏み出す努力せずに怖がって

主人は戸惑っているかと思います

生きる・・ことをもう一度見つめなおしながら進みたいです

 墓前で笑顔イッパイみせてらしてくださいませね

いつも本当に有難うございます

mmさん こんにちは。
夫は本当に褒めてくれてるかなー。confident
”おめめちゃんなら出来ると思ってた。”って 言ってるかしら。
本当はそんな言葉より、傍にいて欲しかったけど、
安心して、安らかに眠ってくれているのなら、
それは何よりいいことなのかもしれませんね。
 
mmさん あまりご自分を責めないで下さい。
mmさんはmmさん流に悲しみと向き合っていらっしゃるのではないですか。
ゆっくり、自分流に確実なものを掴んでいったらいいと思います。
着実な地固めが、今後やってくるかもしれないいろんな波から、
わが身を守ってくれるのだと思います。

初めまして
昨年の暮れ、12月27日に夫を3週間の闘病の末、亡くしました。12月4日に救急車で病院に搬送され7時間に及ぶ緊急手術も無事終え、順調に回復してきていたのに、27日の朝、容態急変の電話があり駆けつけましたが旅立ってしまいました。私も来年の3月で結婚20周年を迎えるところでした。夫の死を現実ではわかっているのですが、もう夫はいないという事が辛く悲しく、私は生きていけるのか早く迎えに来て!とばかり言っています。何か救いはないかと、ネットを検索していたところ、あなたのブログに行き当たり(まだ一部分ですが)拝見させて頂きました。時の経過により、立ち直る事は出来ますよね、今は心の底から笑えますか?

大きなおめめさんの三年間、私の1ヶ月間。

もう少し時がたてば少しは癒やされるのでしょうか?
本当になくしたものが大きすぎて先がみえなくなってます。
この14年間いろいろあったけど、いつも心のどこかにあった孤独感は消えてました。
楽しい日々でした。
またあの孤独感が広がってどうしようもありません。

昨日 小5の次男が

お父さんはもっと生きたかったのに。

と言いました。
本当にそうだと思います。
突然 何もわからないまま明日を失うなんて悲しすぎます。

大きなおめめさん。
3年前の昨日今日のことは、おめめさんにとっていくつかの忘れられない場面のひとつなんでしょうね。
私は、今「生きている」ことを大事にしようと思う一方で
夫がいないのに私だけが生きているなんてとまだまだ苦しくなることも度々です。
そしてこの先何十年か自分が生きることを考えるとぞっとすることも・・・
点が線に、線が面になることを祈りつつ、何とか一日一日を乗り切っていきます。
大きなおめめさんがよくおっしゃっている「前向きに」を胸に。

大きなおめめさん、ご命日、ご主人様のお心とお過ごしになられれたことと思います。

> 微笑みを忘れずに生きていきましょうね。

このコメントを頂いたとき、未だ心の表情が乏しい私は、心から微笑むことができるってほんとうに大切なことだなあと思いました。
ただ時間だけ過ぎるようにと思っていたけれど、それは「生きている」ことですね。
こんなに悲しいのは夫が私と一緒に生きてくれたからこそです。
私はなんで生きてるのかな、これからどうやって生きるのかなと、ときには静かに、ときには鬱々と、いろんな思いで考えます。

上のおめめさんのコメントの

> 一人になっても、私は決して一人じゃない。

この言葉も今の私にはとても大きいです。
いつも、いろんなことを教えていただいています。

クマちゃんさん 初めまして。
悲しいお別れの時から、まだ日も浅く、
とてもお辛い事とお察し申し上げます。
悲しみの中、お話し下さってありがとうございます。

7時間にもおよぶ長い手術で頑張ったのに、本当に残念なことと涙します。
最期まで本当に頑張って生きてくださったのですよね。
それは、ご主人様のあなたへの想いだと思います。
言葉で伝えられなかった愛なのかと思います。

今はただ、”思い切り涙を流して下さい。” としか私には言えません。
たくさん涙を流し、たくさん御主人の事を想ってあげてることが一番です。

結婚20周年 いろんな事があった事と思います。その一つ一つの思い出が
今は愛おしい。私も同じ思いです。
<二人が一人になってしまったんじゃない、私の中で一つになったんだ。>
と 感じて今私は過ごしています。
 今は、私が生きることが夫が生きる事なんだと思っています。
そして、私が楽しむ事が夫が楽しむ事に繋がると思っています。

みりゅーさん こんにちは。
突然の予期しない別れ。
<嘘みたいだ!>
 私も何度思ったかしれません。
<ウソだよー!>って言って、笑って夫が何処からか出てくるような気もしました。

なかなか現実として受け入れられませんね。
ずっと夫の帰りを待ち続ける私もいるような気もします。
   ・・・それはそれでいいのかなとも思っていますが。

本当に 夫は「もっと生きたかったsign01」でしょうね。think
それを想うと、夫の分も一杯いろんな事して楽しんであげようと思います。
それが出来るのは私しかいないのですから。confident

kacocoさん こんにちは。
子供がいない私たちにとって、夫との二人の生活がすべてでした。
その夫が逝ってしまって、
 <私がここから生きる意味はあるのだろうか。>
と、一人生きる人生に何を求めていったらいいのだろうかと苦しい日々が続きました。
 私には何もない。・・・いや、私には夫の残してくれたものがある。
 でも、それが何になるというのだ。・・・それを守っていかなくてはいけない。
夫を亡くした悲しみと生きることへの心の葛藤。
まったく、頭の中がパンクしてしまいますよね。coldsweats01

それでも時が過ぎ、私はこうして生きている。
少しづつ、自分の人生を楽しみつつある。
それはすべて、夫の影なる導きを感じるところです。confident

 

ウ525さん こんにちは。
夫の命日にこうして、コメントを頂いてわが身に降りかかったいろんな事を思い出し、
今一度、考える時間を持たせて頂けて、本当にいい命日になったと感じています。

<何のために生きていったら>と悩んでいた時に、読んだ本の中に、
「私たちは生きているのではなくて、生かされている」という一節を見つけました。
これを見た時、スーっと重荷が取り除かれた気がしたのを覚えています。
生きる目的は今は見つけられないかもしれないけど、
何らかのやるべき事を持たされて、私は生かされている。
生かされている以上、とにかく生きて、そのやるべき事にぶつかったら
一つ一つこなしていけばいい。
<とにかく、毎日毎日を精一杯生きたらいいんだ!>
あの時感じた、こんなことが私のエネルギーになっているのかもしれません。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533735/50504872

この記事へのトラックバック一覧です: 「生きる」:

« 静かな朝 | トップページ | お雑煮と七草かゆ »

最近のトラックバック

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30