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2010年12月22日 (水)

三年前の一ページ

「2008・1

  本当に死んでしまったのだろうか。

        私との生活がもういやになって逝ってしまったのではないだろうか? 

  とにかく急な話でうそのような 夢の中の出来事のようだ。

  ” ごめんね。ごめんね。” と何度も何度も夫に謝りました。

  あれをしてはダメ、これをしてはダメ、こうしなければダメ。

    愛が世話やきに変わるとはいえ、ちょっと細かく言い過ぎたよね。

  仕事の愚痴も聞いてあげずにごめんね。

    家はくつろぐものだから、仕事をなるべく持ち込まないでと、あなたを気遣った

    つもりだったけど、あなただって、愚痴のはけ口が欲しかったよね。

  あなたへの体の気遣いが足りなくてごめんね。

    こんなに体に負担があったなんて気がつかなかったよ。

        ~   

           ・・・ 中略

                  ~

  もし私が嫌になって逝ってしまったのなら、これから私は償いの人生を送る。

  この悲しみも罰だというのなら体いっぱいで受けてたとう。一生懸命頑張って、

  頑張って疲れ果てるまで出来る限りの事をやって ”もういいよ。頑張ったね!” と

  許してくれた時、私の償いは終わるんだね。その時まで頑張ろうと思う。

  こう考えると何か変だが、力が湧いてくる。とにかく何かをやっていようと思う。

  ○○さま(夫の呼び名)の出来なかった仕事を私が妻としてしっかりやる。」

     

これは、夫が亡くなった一ヶ月後から、書き始めた亡き夫への想い。私の手記の

一ページです。

      

今読み返してみると、あの頃の震えるような想いが薄暗い中でもがき、あえいでいる

自分が思い出される。あの時はとにかく訳が分からなかったから、すべての出来事が、

自分のせいだと思った。何もかもが私が悪かったから、神様が罰を私に与えたんじゃ

ないのか。夫は私が嫌になって最後の時に”もういいよ!”って踏ん張ってくれなくて、

逝ってしまったのではないかって。

  でも、この病気だって誰もその時まで見つけることが出来なかった訳だし、多少の

事はあっても夫とはとっても仲良くやっていた訳だし、

             誰の罪でも無いんだよね、本当は。

ただ、あの時はそうでも思わないと、やっていけないような状態だったんだ。

罪でも背負わないと、その場に立っていられない気がしたんだ。

     

今は、夫の死が私の罪だとは思っていないけど、自分では分からないところで、

夫を傷つけていた所があったかもしれないというところは、もう遅いけど、反省している。

疲れ果てて、”もういいよ!よく頑張ったね!”って、夫からいってもらえるまで頑張ろう

という気持ちは、今も何処かにある。しかし、これは夫への謝罪ではなくて、

夫からわたしへの課題みたいなものを受けたような気がするからだ。

    

こうして、死別直後ともうすぐ死別後3年を迎える今では、夫の死の捉え方が少し

違ってきている。自分のせいだ、罪なんて考えることも、必要ないことも分かった。

あんなに私を想ってくれていたのだから、夫が私に罪など背負わせるはずがない。

もしまだ、そう思うのだったら、その分自分がここからの生き方で見せていけばいい。

明るく生きることだって 許されるというか、夫がそうあれと望んでいる。

今はそんなふうに思う。

  (多少、自分にいいように捉えるようになったのかなと思うけどね、

            間違ってはいないかなとも思うよ、たぶん)

 

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死別後の心の動き」カテゴリの記事

コメント

今 夫の写真を見ながら ごめんね、ごめんね って泣いていました。
この所、ずっと体調があまり良くなさそうだったし、頭が痛いとも言ってたのに、私は自分も体調がよくないとかお金の事言ったりしてました。
8ヶ月の子供の世話もあり夫は寂しい思いもしてたでしょう。
突然こんな事になるなんて。
よそのご主人はみんな元気なのに、なぜ夫だけが…。
こんな思いがグルグル巡り、正気を保つのが精一杯です。
それでも生きて行かなければならないのですね。

みりゅーさん 辛いよね!
自分のしてきたことへの後悔もとってもよく分かります。

些細なことなんだけど、<あの時なんであんなこと言っちゃったんだろう> って。
その些細なことが、すべてであるかのように感じてしまった私もその一人だけど、
今思うことは、そんな事、夫は全然気にしてなかったんじゃないかということ。
たとえ気にしたとしても、愛がいっぱいで、信頼し合った夫婦だったんだから、
許してくれていると思います。
 
だって、もしそんなことを怒って、嫌な事を考えながら旅立ったとしたら、
あまりにも夫の最期の時が寂し過ぎる。そんなこと絶対にない。
夫は、幸せだけを抱えて逝ったのでなければいけないんだ。
そうだと思いませんか。
 都合のいい考え方かもしれないけど、それ位は許されるのでは!
本日の記事にも書いたけど、みりゅーさんが後悔の念を抱えて生きるような事、
ご主人様は望んでいないと思います。confident
  (自分の場合、私はそう思うことにしました)

元気でいる人を見て羨ましく思うのは本音ですね。
そんな時いつも私は、
<幸せいっぱいの日々が私たちにもたくさんあったんだよねー!> って
心の中で夫に言ってますよ!wink

3年前から読ませていただきました
 お腹も目頭も熱くなります
流れる涙は癒しです
おめめさんの頑張り踏ん張りはどれほどすごいことか
とてもわかります
歩いているお姿!かっこいい
私は外に出れず歩くこともできませんでした
意気地がないです。いまだに・・・

 コメントに触れ心が痛いです
コチラに痛みが飛んで少しでも和らいでくれたらいいのですが

チームおめめ(師と仰ぐmm) 

大きなおめめさん、こんばんは。
今日のブログ見て思わず泣いてしまいました。
今の私の気持ちは3年前のおめめさんの心情に近いです。

ひたすら「ごめんね」って思う気持ち。
自責の念。
なぜもっと違う対処ができなかったのかという後悔。

今朝も通勤途中で、そんなことがグルグルと頭の中を巡り、
また夫の入院中の言動を思い出し、
涙してしまいました。
今の私にできることは、夫に対するそういった今の気持から逃げることをしないで
頑張って生活するのみです。

私もチームおめめ入れてもらっていいですか?
そうでした、夫は私の小言なんてあまり気にしない、なんでも自分に都合よくとらえる人でした。
大きなおめめさんが思いださせてくれました。
そうですよね、絶対に私に後悔して苦しんで欲しいなんて思ってません。
ありがとうございました。
すごく救われました。

mmさん こんばんは。
たくさんこのブログ記事を読んで下さって、ありがとうございます。
気持ちを分かって頂けて、嬉しいです。

しかし、「師と仰ぐ」は恥ずかしいですね。coldsweats01
全然立派な生き方ではないですから、それは止めておいてください。

いろんな人がいろんなお別れのし方をして、
それぞれの立場の中で、
泣きながらも ”何とか立ち直ろう!” と 頑張っている。
mmさんのように、苦しみながらも 
”このままじゃいけない!” と 自分に言っている。
そんなみんなの姿をこのブログを通して接してきました。
mmさんを含め、いろいろな方から頂いたものがたくさんあると思っています。
それが私を支えてくれていると感じています。

mmさんがカッコよく歩ける日が、実はすぐそこに来ているかもしれませんね。

kacocoさん こんばんは。
自責の念があの時の私のように、
頑張る力となっているのかな。
でも、あなたの心は、ご主人様に十分伝わっていると思います。
これだけ苦しんで、涙を流しているんですもの。

愛したご主人様を信じましょうconfident
 ご主人様はkacocoさんをなにも責めてはいないってことを。
 頑張っている姿を優しい微笑みで包んでくれているってことを。

そう信じるとまた違った意味で頑張れるような気がします。

みりゅーさん ちょっと元気になったみたいでホッとしました。
チームおめめですか。
おめめはまだ、試運転中ですからねー。
時々、大きく凹んで脱線するし。coldsweats01
難しいところでね。

あっ!そうだ。
ここに居るみんなが笑顔になって、夫たちの事を語れるようになったら、
チームを組むなんていうのもいいかもしれませんね。happy01
その時は最強のチームですね。good

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