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2010年7月

2010年7月31日 (土)

孤独が違う!

   

何人かの同じく夫と死別した人から

”子供がいたって、夫とは違うから、私だって、一人ぼっちよ!” って言われたけど、

<やっぱり、違う!> と 私は心の中でいつも反論している。

  

確かに一人になってしまった事には違いない。

 しかし、二人のDNAを受け継いだ子供がいるという事実が精神面から

生きる活力みたいなものを バックアップしてくれるのではないだろうか。

血が受け継がれていくという事実があるという事は二人の生きた証が

目の前に見える事で、それぞれがこの世に生きた事、生きる事に

大きな意味を見いだせるのではないのか。

  どちらも、子供を持った事ない私の推測なので、間違っているかもしれないが・・・。

  

しかし、確かな事は、

年老いた母に逢いに行く私のように、私に何かあった時、尋ねてくれる子供はいない。

”お母さん、元気!” 何て電話やメールをもらえる事もない。

もちろん、気軽に言いたい事を言ったり、買い物に行ったり、食事に行ったりする事も

出来ない。(今は、母が元気でいるから、母に付き合ってもらってるからいいけど・・・。)

たとえ、時々であっても、子供がいればそういう時間が持てるだろう。

   

子供は夫とは違って、すべてを包み込んでくれ、一緒に生きてくれる訳ではないけれど、

たとえひと時でも、心に 「ポッ!」 と 灯を灯してくれるだろう。

子供がいないというのは、そんなひと時もない。

   

別に自分の方がどれぐらい寂しいのか・・・などと 力説している訳ではない。

感じる孤独感には、ずれがあるから、この立場の私は私なりの今後の生き方が

要求されているという事を言いたい。

   

本当に何も無くなってしまったという中で、一人で生きていかなくちゃいけない。

         (親、兄弟が生きているうちは、それでもまだ救われるけど・・・)

一人がこれから先、どんな不安をもたらすのかは、考えれば計り知れなく恐ろしくもある。

孤独に負けそうになってしまうかもしれない。

   

そうならないように、一人でも頑張れる今のうちから、

適応できる自分になっていかなくてはと思う。

 仕事に、趣味に、自分の居場所を確保したり、

多少の事ではへこたれない自分になりたいとも思う。

    孤独との戦いの中で、最後に問われるのは、自分の精神力だから・・・。

  

そうかといって、力んで生きようとも思わない。

リラックスした柔軟な生き方が出来たらと願う。

「暗黒の中の灯り」 を 私もちゃんと見つけることが出来る心の余裕を持ちたいと思う。

そんな私が これからぶつかる不安を取り除いてくれるだろう。

  

自分が死んだ時に、

”可哀そうに・・・、御主人を亡くされてから、寂しい人生だったよね!”

何て、憐みのことばは、絶対にかけてもらいたくない。

やっぱり、”最期まで、あの人らしい人生を送ったよね!” って、言われたい。

   

 自然体で私らしく!

 自分を変えるのは難しいけど、理想に近づく事は出来るはず。

  ・・・どんな人生になってゆくのだろう。

      どんな人生にしていくことが出来るのだろう。

            楽しみ、楽しみ confident !

  

  

2010年7月30日 (金)

アバターを作ってみた

自分の顔に似せたアバターを作れるというので、早速挑戦してみた。

鏡も見ずに作り始めたところ、自分の顔って、毎日何度も鏡を見ているのに、

意外と知らないものだと分かった。

 ・・・というか、あまりにもブスで極力見ないようにしてきたのかな。

     現実逃避の冴えたるもの!

   

顔の形は?、口はどの辺に?、目と眉のバランスは?・・・疑問だらけ。

便利な事に、画面上で試作品をあれこれ修正できるので、色々なサンプルパターンを

持ってきて置いてみたり、大きくしたり、小さくしたり、上下させてみたりと

いろいろ試みた。髪や顔、唇の色まで、変えられる。

<こんな感じかな(?)、この方が私らしいかも> 何度も調整する。

・・・作りながら、<こんな髪型は似合うのかな?> 何て、いたずらもしてみたりして。

<まあ、こんなものかしら!> と 出来あがったものが画面上のアバター。

似ているようでもあり、全く別人でもあり。

   

しかしこうなると、アニメの中の登場人物になった気分になる。

”さ~て、このアニメの私が、これからどんな事を楽しんでいくのでしょうか”・・・みたいな!

こんなお遊びも、ちょっと心がほぐれて、たまには面白い。

  

クリック一つでいろいろ変えられるような、こんな気楽な生き方もいいかもなんて思った。

あまり、あれこれと縛り付けることなく、自由に自分を変えてみる。

「たった一度の人生なんだから、やれそうな事は何でもトライ!

                                 気楽に、気楽に!」

それが出来たら、きっと違う世界が見えてくるんだろうな confident 。

2010年7月29日 (木)

音の響きの中で

コーラスの練習で 「J.Pachelbel (パッヘルベル) の カノン」 を歌った。

徐々に重なり合っていく音に とても心地よい響きを感じた。

・・・notes 音の中に自分が溶け込んでいく。

   

以前、亡き夫との出会いを語った時にも書いたかもしれないけど、

夫も私も、学生時代に吹奏楽でクラリネットをやっていた。

二人の共通の趣味は音楽。

夫と二人で 音楽に触れ合っている時間は、私の大好きな時間だった。

夫に ”吹奏楽の何が好き?” っていう質問をした事はなかったけど、

夫はどんなところが面白かったのだろう。 私は楽器を演奏していて、

「重なる音と音が響き合う時の 体も一緒に共鳴するような感覚」 が好きだった。

何もかも忘れ、音の世界にスーッと溶け込む瞬間、

音の波の中で漂えるそのひと時は 至福の時!confident

   

吹奏楽で使われる楽器は、夫や私の演奏していたクラりネットを含むほとんどの楽器が

息をそれぞれの楽器(筒)に吹きこんで音を出す。

腹式呼吸で息を吸い、その息が体という管を伝い、楽器を鳴らす。

 (  クラリネットやオーボエはマウスピースにリードというものが付いていて、

     息で それが振動することにより、あの優しいまろやかな音色が生まれる)

・・・この感じは声楽で発声する時と同じようなところもある。

それぞれの楽器から出る音の波長が 上手く重なり合った瞬間は、

ゾクゾク!っとする。

  ・・・体も一緒に共鳴している感じが何ともいい。

   

今日、コーラスの練習をしていて、久しぶりにその感覚が蘇った。

それだけ、音楽に集中出来ていたんだなーと思った。

純粋に音楽を楽しむ事が出来てる。

  

<これでいい・・・こういう時間が私には必要だったんだ!>

   

一人の生活は 残念ながら共鳴する相手が傍にいない。

でも、そんな事、もう嘆かない。

 「好きな音楽の中で、こうして共鳴するその瞬間を味わう事が出来る」 

2010年7月28日 (水)

いろいろな道もそれぞれに

今走っている公園のジョギングのコースには、一コースに いろいろな道がある。

土の道から始まって、アスファルト、砂利道と続き、木道に入る。

そしてまた土の道になるが、今度は木の根があって、凸凹道になっている。

ちょっと油断して走ると足が奪われそうだ。

               。 。 。 shoe 。 。 shoe 。

   

木立の間を抜ける土の道・・・・・・時に ぬかるんだ道は、慎重に大地を踏みしめて

                    走る事を教えてくれる。

硬い感触のアスファルトの道・・・平で刺激のない分、足裏全体、5本の指で

                    しっかり地面をとらえているか、確認。

石がゴロゴロの凸凹の舎利道・・疲れた足に刺激を与えて、足つぼマッサージの癒し。

水辺の木道・・・・・・・・・・・・・・・・・優しく跳ね返る木の感触が足に優しい。

木の根の張り出した道・・・・・・・・木の根の凸凹に足をとられ、ヨロヨロと倒れそうに

                    なっても、バランスさえしっかり保っていれば、

                    今までと同じ速度で走り抜けられる。

     

いろいりな道もそれぞれに、足の裏に感じる感触が楽しい(もちろん靴は履いているが)。

疲れて、<もう歩こうかな!> と思っても、それぞれの刺激が

「もう少し頑張ろう!」 という気持ちを 私に与えてくれる。

すべてを走り終えてみれば、毎回心地よい達成感だけが残る。

   

人生の道も もしかしたら悪路なんてないんじゃないのかも・・・って思った。

ただ、いろいろな事、私に伝えたいだけなのかも・・・って。

  (学習しないとなかなか何を伝えたいのか、理解できないけどね)

   

<しかし、何故こんなに頑張れるのだろう> 

・・・きっと、何処かでそっと見守りながら、応援してくれている誰かがいるんだね。

2010年7月27日 (火)

夫の思い出話

自分の中では、相変わらずいつも私の傍に居て、

考えないようにしようと思っても、時々出没する・・・夫。

でも最近は、外で人と夫の思い出話をする機会はほとんどない。

そんな中、先日、夫の友人がブログの中で、夫の事を語ってくれていた。

夫の生きていた証が確かにそこにあり、何とも嬉しかった!

・・・何度も読み返してしまった。

夫の学生時代のエピソード、その中に微笑む夫の姿が見える気がした。

                ・・・confident

  

 夫は生前、私が友達とメールのやり取りをしているのを見ては、

”大きなおめめちゃんはお友達がいっぱいいていいね!” と 羨ましがった。

 (数少ない友達とのやり取りだったのに・・・)

”○○さま(夫の愛称)だって、いっぱいいるじゃない” と 私がいうと、

”僕には、いないよ!” って・・・。

でも、夫の最期のお見送りには、ビックリするほど、大勢のお友達が来てくれたよね。

<やっぱり、お友達いっぱい いたんだね!> 

             ・・・変なところで確認出来ちゃったけど。

そして、亡くなって2年7か月になる今も、こうして夫の事を思い出してくれる友人がいる。

懐かしい友人との語らいに、夫も喜んだ事だろう。

 久しぶりに私も、夫の思い出話が聞けて嬉しかった confident 。

     

お皿に山ほど盛った枝豆を口に運び、

”おいし~い! やっぱりこれが いいね!” といいながら、

ビールを飲み干す夫の姿を思い出した暑い夏の日。

    beer・・・happy02

 夫は今あちらで、友人のお母様が湯がいてくれた枝豆を頂いていることだろう。

    

2010年7月26日 (月)

「くじけないで」

くじけないで」 これは詩集としては、今、異例のベストセラーになっているという

栃木県宇都宮市に住む、98歳になる柴田トヨさんの処女出版の詩集のタイトルだ。

  

90歳から始めたとは思えない表現力と説得力に 心を打たれるものがある。

同じく詩を書いていた息子さんの勧めで始めたそうなのだが、

次から次にトヨさんの手から生れる詩を新聞に投稿したところ、

話題になって本の出版に繋がったという。

  

人生の大波、小波ををいくつも乗り越えてきた女性が、淡々と語る詩には、

ふと思いついた事を語っているようでありながら、

何気ないことばの一つ一つに深みがあり、説得力がある。

  

時に母を慕う子供であり、時に少女であり、

時に夫を愛する妻であり、時に子供を想う母親である。

そして、また夫に先立たれた一人の女性として綴られた詩。

・・・自然な語りが、心の中にスーと入ってくる。

肩の力の抜けた前向きに生きる姿勢が みんなの共感を呼ぶのだろう。

くじけそうになった人がこの詩集を読んで立ち直れたというのも、分かる気がする。

生きる力が湧いてくる。

  

98歳になられた今も、この詩集を読んだ人達からの手紙に励まされて、

毎日を楽しく過ごされているそうだ。

 「九十八歳でも、恋はするのよ 

  夢だってみるの 雲にだって乗りたいわ 」 

 と 詩に綴れるなんて、何と素敵な生き方だろう。

   

心の中にさわやかな風が流れてくるような詩集、

         「くじけないで」 は、何度も読み返してみたくなる。

2010年7月25日 (日)

アツ~い! 汗びっしょり

昨日は夜中に汗びっしょりで、目が覚めた。

「大暑」のこの時期、暦どおり日中は これでもかと言わんばかりの暑さに

ぐったりだったけど、夜中にも、こんなに汗をかくとは・・・ね。

タイマーを入れていたエアコンも切れ、ちょうどいい具合に部屋が暑くなっていた。

パジャマを着替えながら、汗っかきだった夫の事を思い出した。

   

寝る前にはエアコンをかけて、寝室を冷やしておき、

ベッドに入る時には、アイスノンをタオルで巻いて枕の上に置き、

汗拭き用タオルを2枚用意し、寝ぼけていても手で探れば見つかるよう枕の両サイドに。

そして着替え用のパジャマをベッドサイドに置き、

汗で濡れたタオルやパジャマをを入れるかごまで用意して・・・これは私が。

エアコンのタイマーを2時間かけ、扇風機を1時間セットして、

万全の備えでベッドに就く夫。

それでも、エアコンが切れてしばらくすると、汗びっしょりになるので、

またエアコンタイマーを・・・。

   

相変わらずの暑い夏の夜だけど、

あの頃と比べると、もの静かな夜だ・・・。

2010年7月24日 (土)

ブログ散歩にて

ブログ散歩をしていて、ひょんなことから偶然、

知り合いのものと思われるブログに遭遇した。

プロフィールと記事の内容から、たぶん(?)そうかなと思う。

まあ、違っていても、私が勝手にいろいろ想像するだけの話だから、

そこは、御愛嬌という事で・・・。

  

奥様の事が書かれていた。

奥様は一度だけだが、お会いした事があるので、

ブログを読みながら、優しく、朗らかな奥様のお顔が浮かんだ。

ご夫婦の和やかな日常の雰囲気が伝わってくる記事だった。

ほのぼのとした気分にさせて頂いた。

   (でも、正直いうとチョッピリ羨ましいかな)

・・・思わず、コメントを入れたくなったけど、IDがどうやらこうやらって、

   PC勉強不足の私には、よく分からなかったので今回はパス。

  

記事そのものを楽しむのがブログ散歩の楽しみなんだけど、

顔も、素性も知らない方のブログを見て、

<この人はどんな顔をしているのだろう?、どんな性格のなんだろう?>

と 色々推測しながら読むのも、ブログ散歩の楽しみの一つ。

また、こうして知人の意外な一面に触れることが出来るのも楽しい。

 

また散歩で寄り道する所が、一つ増えた。

2010年7月23日 (金)

いい声出てるかな?

久しぶりにコーラスの練習を録音した。

   notes

 夫の事がある前は、積極的な練習をしていた私がいた。

毎回練習の録音をとって、

毎日仕事をしながら、それを聞き、先生から言われた所を見直し、

<ここはもう少し高めに歌った方がいいかな>とか、

<この部分の声の出し方は、もっと喉を開けて歌った方がいいかな> と 反省し、

後で、楽譜を見ながら次の練習日まで、何回もおさらい練習をする何ていう事をした。

      

 なのに、死別後しばらくは、

<趣味を楽しんで一体何になるんだ。そんなことしたって、何の意味もない。> 

という気持ちになってしまい、鼻歌すら、無くなってしまった。

 それでも、今これを止めてしまったら、私には本当に何も無くなってしまう気がして

ボイトレやコーラスを続けてきた。

そんなだから、これまでは、積極的練習までにはなかなか至らなかった。

   

しかし、最近少し欲が出てきた。

<もっと、上手くなりたい!> 

「上手になって何になる」 という疑問は相変わらずあるけど、

何よりも・・・上手く歌えたら、自分が嬉しい。とりあえずはそれでいいかなと思う。

・・・もっともっと練習をしたくなった。

自分が今、どんな声を出して歌っているのか、気になった。

あんなに辛い中で、再開したボイトレやコーラス。それも家での自主練習無しだったが、

録音したものを聞いて、それなりに、声が出るようになっていると思った。

 自主練が無い分、練習日には出来るだけ歌う事(基本に忠実な発声)に集中して、

練習に取り組んできたのが良かったのか、

気持ちだけで、続けてきた歌だけどそれなりに上手くなっている。

<家での自主練をきちっとしたら、結構いけるかも!> なんて、やる気を感じた。

  (やる気を感じただけで、実行には至らないところが、現状だけど・・・)

  

やる気が無い時だって、こうして一歩一歩でも歩いていれば、

少しは、前に進めるっていう事なんだよね。

あの時、止まってしまっていたら、今の私はここには存在しない。

こうして、すぐに人生論に結びつけてしまうのは、

死別後を苦しみ、迷いながら生きてきた中で身についた癖(持ち前のものかも)だけど、

確かにそのことは言える。

  

今年は、コーラスのコンサートは無いけれど、

9月・10月に、市の音楽文化祭への出場が予定されている。

曲は、9月に4曲、10月は2曲披露する事になっている。

  (ソロパートが私のところに回って来なかったのが残念)

  

 それとは別に、先生が、シューマンの合唱曲をやりましょうかと提案してくれた。

女の愛と生涯(恋愛から結婚、そして最愛の人の死による別れまで)」という曲集で、

何曲かで構成されている大作だ。

その中の「私の指にはまっている指輪よ」というのだけは、聞き覚えのある曲だった。

抜粋を先生がピアノで弾いてくださいましたが、

素晴らしい曲集に、メンバーも皆 賛同して早速、曲集を注文する事になった。

譜面を手にする日が待ちどうしい (* ̄ー ̄*) 。

   この時期に こういう曲に巡り合えるのも何かの導きでしょうね。

   (先生は、私の個人的な事まで知っている訳ではないのですから・・・)

2010年7月22日 (木)

小さな楽しみ

なかなか人生楽しめないと言っても、全く楽しめていない訳ではなくて、

たとえて言うならば、大きなキャンバスがそこにあるけど、絵描かれている部分が

ほんのチョコッとで、後は何も描かれてない感じ。

・・・背景が無い。背景があっても色が無いのだ。

白いキャンパス地がそのままむき出しみたいな状況なのかな。

背景のない空白だらけの絵は、つまらない。

   

夫が逝ってしまった今だって・・・小さな喜びはある。

小さな喜びも、そこだけで終わってしまったら、

すぐに何もないという感情に押しつぶされてしまう。

押しつぶされてはなるものかと、両手で小さな喜びをすくい上げ、天に向かってかざす。

夫に、<ほら、こんな楽しい事があったんだよ!> って報告すると、

小さな喜びは何倍にも膨らみ、何もない空間が色づいていく。

    

「楽しい」っていう感情は、もしかしたら、面白いと感じた感動を人と共有することで

生まれてくるのかもしれない。そう考えると、一人いる私にはそれが出来ないから、

「本当は楽しんでいるのに、楽しくないと感じてしまう」 ということになる。

それならば、要は簡単、本当は楽しんでるのだから、「楽しい、楽しい」 と 思い続け、

「楽しくない」 と思う余裕を無くしてしまえばいいんだ。

楽しんだ後、その勢いで背景に一気に色を描き込んでしまえばいい。

・・・もしくは、次から次へと続けて楽しんで、数で勝負すればいいのかも。

夫と日々の小さな感動を分け合って楽しんでいたあの頃より、ちょっと労力がいるかな!

                                      ・・・wink

 一度に大きな絵を完成させる事が出来なくたって、

   少しづつでも、色が増えていったら、

    キャンバスいっぱいに広がる、楽しい絵が展開されていくのだろう。

   

2010年7月21日 (水)

「二人の私」の口論

今日は何だか、どうしても逢いたいの!

     <そんな事言ったって、どうしようもないじゃない

だけど、逢いたい!

     <だって、もう・・・いないんだから

分かってるよ! そんなこと。 ・・・でも、逢いたの!

     <分かってるなら、そんな事考えるのは止めようよ。

       向こうで、○○さま(夫の愛称)も 

       ”そんな事言うなよ” って困った顔してるよ

そうかもしれないけど、逢いたいんだから、”逢いたい!” って言ってるだけ。

それに、いつもそんな事言って困らせている訳じゃないし・・・。

もう決して逢えない事は十分承知しているんだから、

せめて、そういうことを 考えることぐらいさせてよ!

      <そうだよね、もう考えることしか出来ないものね・・・

   

突然、無性に夫に逢いたくて、逢いたくて、たまらなくなった。

・・・心の中で「二人の私」が、口論を始めた。

   言い争う二人の意見は、どちらも正しい。

       

2010年7月20日 (火)

スロージョギング

続けているスロージョギングだが、TVで得た情報だけで、

きっとこんな感じなのだろうと自己流で走っていたので、

果たして、自分の走り方は正解なのかと疑問を持った。

それで、インターネットで検索して、動画を見ながら、

もう一度ジョギングホームをチェックした。

  

☆ 腹筋、背筋を意識した前傾姿勢。

☆ 左右対称になるような動きで、バランスの良い姿勢を保ち走る。

☆ 太ももの筋肉を出来るだけ使わないように、地面を蹴って走るのではなく、

   地面を押さえつけるように足を運ぶ。

☆ あまり早いスピードで走らない・・・お話が出来る位の程度のスピード。

★ 腕を直角に曲げ、交互に後ろに引く。

   前に持ってきた手は、あまり前まで運ばず、体の側面あたりまでとする。

  

最後に記した★マークの腕の振り方が、今回のチェックポイント。

疲れて、足の運びが重くなって来た時に、これを意識して、腕を振ると

腰骨が動くので、足が自然に前に出てくる。

 (疲れが出て来た時に足を前に出そうと思うと、結構キツイけど、

   腕を後ろに大きく引く事なら気分的に楽に出来る。

   それを意識的にすることによって、足も前に出て、気が付かないうちに走れる感じ。)

いいホームが出来ていると、同じ距離でも足取り軽く、快調に走ることが出来る。

やっぱり、基本は大切です。

          動きに無駄がありません。

・・・おまけに、腕を大きく後ろに引く事で、肩甲骨が良く動いて血行が良くなるのか、

  肩こりが少なったようです。

   

走る前に準備運動とコップ一杯の水を飲んで水分補給。

ウォーキング、スロージョギングの終わった後は、

体全体、足をしっかりストレッチをして、体をほぐしておく事も忘れずに!

おかげで、疲れが翌日まで残る事は今のところありません。

2010年7月19日 (月)

分かってるけど、難しいんだよ

久しぶりに母と食事しての別れ際に、母に

”ここからは楽しく生きなきゃね!” って言われた。

”分かってるけど、難しいんだよ!” 

母には、出来るだけ心配をかけたくないから、

そんなことばを発するつもりはなかったけど、思わず、本音がポロリと出てしまった。

  

  <同じ生きるんだったら人生楽しもう!> と 思ってもなかなか楽しめない。

  <楽しいんだ、今が楽しいんだ!> って、思おうとしてもやっぱり盛り上がらない。

  自分の中でもある意味そんないら立ちを、日頃から感じていたから・・・。

   

”もっと、時間が必要なのよね! 人生楽しむには・・・。

 上手く気持ちが切り替わっていけば、楽しむ事が出来る。

 もう少し、もう少しで何かが見えてきそうな気がしているんだ。

 決して、人生捨てている訳じゃないから、もう少し待ってね!”

フォローにならないフォローを母に告げ、私は車に乗った。

   

夫と二人の生活から一人になって、

「楽しむ事がこんなに難しいものなんだ」 という事を知った。

何でもない事も楽しかったあの頃は、もう決して繰り返す事はないけど、

何でもない事があんなにも楽しかった思い出は、私の宝物として輝いている。

そのエネルギーは私の中に眠っている。

楽しめるはずのものが、楽しくないと感じても、

何もしないで居るよりは、色々な事に挑戦して今の自分の殻を破る事をした方がいい。

そうやって、もう少しあがき、自分の気持ちの整理が付いたら、

今、生きている事が、こんなにも意味あるもので、こんなにも楽しいものなのかと

きっと気付くのだろう。

2010年7月18日 (日)

子供の心を持った夫

以前写真の整理をしていて、夫の子供の頃の写真に号泣した事がある。

     ・・・。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 

とても、あどけなくて、可愛くて、一緒に写っている周囲の人達から、

いっぱいの愛情を注がれている幼少時の夫を、たまらなく愛おしく思った。

・・・そんな夫の人生が終わってしまっている事に、止めどない涙がこぼれた。

 

 私と出会った時の夫は、当然、そんな幼児ではなかったが、

何処か純粋で、無邪気で子供の心を持った人だった。

   

男だから、必要以上に辛かった事はあまり口にしなかったけど、

もちろんたくさんの人生の波も越え、苦労もしたようなだ。

しかし、夫の根底に流れているものは、いつも心穏やかで、澄み渡っていた。

美しいものを素直に”美しい!” と 言える純粋さだった。

ひねくれ者の私には備わっていない、そんな夫の人柄が 私は大好きheart04だった。

  

そんな夫が逝ってしまってから、街であどけない幼児の姿を見かけると、

瞬間、その中に私は夫を見てしまう。

愛情をいっぱい注がれて、満面の笑みを浮かべてヨチヨチと歩くその姿・・・。

澄んだ目をして、未来をいっぱい背負って・・・。

 あの写真の夫と同じだconfident

   

・・・今、ここにある私と出会ってからの写真の夫も、

    そんな純粋な目をして、いつも私に微笑みかけている。

       あの時、シャッターを押した私に微笑みかけてくれた時のように!

         ・ ・ ・ このあどけない笑顔には弱いんだよね!

2010年7月17日 (土)

梅雨明けかなー!

朝6時少し前、日差しは梅雨明けを告げるかのようなさわやかさ。

何処からか、蝉の鳴き声も聞こえてくる。

  

昨日は仕事の打ち合わせが有り、雨の中のドライブだったので、

日差しが強くなる前に洗車をしようと、

朝一で作業開始。

ボディーのコーティング加工してあると、洗車が楽なので本当に助かる。

水洗いをして、セーム皮で水分をふき取って、ドア回り、トランクのふき取り。

窓ふきをして終了! 所要時間30分から40分位かな。

車がピッカピカになると、心まで洗われた気がする。

  

朝食前にもう一仕事。

大物のお洗濯・・・ベッドパットとシーツを!

洗濯が終わる頃には、日差しがかなり強くなってきた。

しかし、南の方には厚い雲。  ・・・雨大丈夫かな?

  

今日で梅雨明けかなー!

やってくるのは、いよいよ夏本番。

よーし! 頑張るぞ~!(何を頑張るんだって・・・coldsweats01) 

    ・・・青い空が何か嬉しい。

2010年7月16日 (金)

もう、働かなくていいのに!

夫の夢を見て、今日は5時少し前に目覚めた。

  

”あれっ! 帰って来られたの!”

”うん! ちょっと・・・ね!”

   ・・・

夫は仕事が終わったら、二人で出かける約束をして、

お昼ぐらいまでちょっと仕事に行って来ると言って出かけた。

いつものように、私は家で仕事から帰ってくる夫を待っていた。

午後2時を回っても夫は仕事から帰って来ない。  

・・・いつものことだ。

<あっ、そうなんだ! もう、退職してるんだから、

  仕事に行かなくたっていいのに・・・。

      せっかくだからそれよりも、二人で旅行にでも行けば良かったんだ>

と 夫を待ちながら 私は思っていた。

夫にその事を告げようと会社に行くと 

夫はYシャツの袖をまくり、生きいきと働いていた

そんな夫を見て、私は何も言えず家に戻って夫の帰りを待った。

夫が帰ってきたのは午後3時過ぎ。

”お待たせー! じゃあ、 何処に行こうか!”  

     ・・・目が覚めた。

     

・・・そういえば、

夫がICUに緊急入院して、最初に私にこう言ったんだった。

”お金かかるよね、どうしよう!”

   (自分の病気の事よりも、そんなこと気にして・・・think )

”大丈夫だよ! こういう時の為に 貯金してあるんだから!

   そんなこと考えなくてもいいよ、ゆっくり、休んで病気を治そうよ!”

    ・

    ・

    ・

男として、夫として、一家の主として、常に在りたかったんだよね。

でも、もう大丈夫だから、自分の好きな事してね!

そう言っても、夫は仕事に行くんだろうなー。。。

お仕事、楽しいって言ってたもんね!

     そんな彼方は とってもかっこよかったよ!

2010年7月15日 (木)

検索恐るべし!

色々なところから、「Lowからスタート」の このブログに訪問して頂いて、

日頃から、本当に嬉しいなと思っています。ありがとうございます。

  

 昨日、リンク元が[Google]で検索「」で訪問して下さった方がありまして、

思わず笑ってしまいました。

<ヘェ~!・・・「」で検索出来てしまうんだ!>  私も早速、検索してみたら、

7ページ目の3番目に「Lowからスタート」の記事が載っていました。

<あった、あった! 「努力がチャンスを呼ぶ」>

  ・・・数ある「」の中から、7ページもページをクリックして、

       このブログを訪問して下さったことには、お礼を申し上げます。

   

この私も、色々な検索をして、ネットを楽しんでいる一人でありますが、

」の検索には参りました m(_ _)m 。

2010年7月14日 (水)

努力がチャンスを呼ぶ

サッカーW杯日本代表ゴールキーパーだった川島選手の事がTVで放送されていた。

W杯では全試合フル出場で好セーブを連発した川島選手だが、

当初、先発メンバーではなかったというから驚いた。

それでも、川島選手は 

”ピッチに上がる望みは捨てないが、チームの為に自分の出来る事で貢献する!” と

頑張ってきたそうだ。

 そんな中の 川島選手であったが、W杯前のイングランド戦に出場。

そこで見せた好セーブがきっかけで、W杯での先発が決まったという。

   

チャンスは何処にあるか分からないのだと思った。

・・・もっとも、

いつ来てもいいチャンスの為に、日頃から努力してきたからこその結果なのだろう。

サッカーで勝負する強い意気込みも感じる。

  

巡って来たチャンスに答えるW杯での好セーブ連発!は

にわかサッカーファンの私も、大声を上げて、拍手を送ってしまった。

  

そしてまた、チャンスがチャンスを呼ぶ。

いや、このいい方は間違えてるね、言い直して、

              ・・・川島選手の前向きな努力がチャンスを呼ぶ!

W杯好セーブが認められ、海外移籍へ!

どんな状況でも頑張る川島選手の海外でのご活躍を祈りながら、

これからも応援したくなった。

   

2010年7月13日 (火)

その時がきたら・・・

夫と死別したばかりの頃、読んだ本の中にこんな話が載っていた。

 (内容は正確に覚えていなくて、概略だけど・・・) 

       ・・・book

夫と死別したある女性が、まだ夫が帰ってくるような気がして、

夫の着ていたコートと帽子が捨てられなく、そのままずーっと何年もの間、 

コート掛けに掛けたままにして置いたそうだ。

そんなある日、コート掛けに目をやると、カビが生えて凄い事になっていて、

”私は、長い間、何をしていたんだろう” と そのコートを処分したという話。

   

この本を読んだのは、夫と死別して間もない頃だったので、

<自分にも、こんな気付きの時が来るのかなー!> と 感想を持ったのだが、

最近、時々この話が思い出される。

 未だに、夫のものの多くを持ち続けている自分にも 思い当たる節があるからだろう。

この私が使えるものは使っているので、消耗して自然な形で処分出来ていくけど、

ただ、傍に置いておきたくてというものは、まだ、カビが生えるには至っていないものの、

このままではそのうち、それに近い状態になる。

    

しかし、それもいつかは、自然な形で決別出来るその時が来るだろうけど。

   

   

2010年7月12日 (月)

映像の保存

ここ数年で映像の保存方法がずいぶん変化した。

ビデオテープからDVDへ、そして最近はHDDにBD。

見るのも録画も編集も、いろいろ便利になった。

先日もHDDにTV番組を留守録して置いた物を編集して、BDに移す作業をしたが、

HDDに一度入れてある事で、編集作業が非常に手軽に出来る。

   confident・・・夫にも教えてあげたいぐらいだ。

   

 20年前、夫と結婚した頃は、ビデオテープの全盛期。

お休みの日には、二人で映画のビデオを借りて来ては、

家でビールを飲みながらの映画鑑賞。

 当時からのTVの映画放送を撮りためたビデオテープもたくさんある。

お気に入りの映画は、市販のビデオテープまで、買ってある。

整理していたら、結婚式の2次会のビデオまで出てきた。

 

全部合わせたら、かなりの量だけど、

これまたそれぞれに思い入れがあるので捨てられない。

そこで、ビデオテープをすべてディスクに移す事にした。

   ・・・DVDならかなり片付くだろう。

   

という事で、昨年ブルーレイディスクを買ったばかりだけど、テープは使えないので、

この際、編集用デッキを買う事にした。

最近はブルーレイデッキが主流の為、ビデオテープをDVDにダビング出来るものは、

2・3種類しかなくて 選択の余地があまりない。

とりあえず編集に便利なように、HDDの付いたものを購入したものの、

在庫が無かったので来週までお預け。

   デッキがきたら、時間の空いた時に少しずつ移していきたいと思っている。

 (そういえば、機械物が苦手な夫は見るのが専門で、

     これまでのビデオは全部私が撮ったものだったなー・・・)

    

夫の亡くなった当初は、夜なかなか寝付けなかったので、思い出の映画のビデオを

よく見ていたが、その後はあまり見る事も無く棚に置かれたままのビデオテープ。

ビデオも新しい形に生まれ変わって、これからの私の楽しみに また加わることだろう。

   

何回も見た映画のそれぞれに、

それを見た時の夫の反応や二人で交わした会話が蘇る。

         こんなところにも、私たちの思い出がいっぱい詰まっている・・・。

2010年7月11日 (日)

夫の足音

ジョギング中、後ろから足音が聞こえてくる。

走る速さの遅い私は、追い抜てもらおうとコースの端を走った。

しばらく走っても、追い越す様子が無い。・・・振り返ってみると 誰もいなかった。

<な~んだ、○○サマ(夫の呼び名)一緒に走ってるの!> と 心の中で声をかけた。

そこから、私たちは一緒に走った。

   

<普段、コンクリートの上ばかりだから、こうして土の上を走るのは、気持ちがいいね!>

<今日の風は さわやかだね!>

夫はいろいろ話しかけてくる。私もそれに答えて、いろんな話をしながら走った。

   ・・・confident

途中からまた一人になった。

   ・   shoe   ・   shoe   ・

< そーなんだよね!、夫との出会いが合って、一緒に過ごした日々があったから

   こうして、夫がいなくなった今も夫といろんな話が出来るんだよね。 >

   そう考えると 幸せな気分になってくる。(宝物、タ・カ・ラ・モ・ノ!)

       ・・・こういう事が、一人じゃないってことなのね。

            (* ̄ー ̄*)

 初めから、夫と 出会いも結婚も無く、私一人でいたら、

同じ一人でも、こうして会話する相手もいない本当の独り言になっていたのだから・・・。

   

また何処かで、夫の足音が聞こえてくるかもしれないなー。。。shoe。。。shoe。。。

2010年7月10日 (土)

心の綱引き

ここで、いつも前向きにといっている私がこんな事を言うのも矛盾しているけど、

そんな時もあるということで。。。

   

別に毎日を楽しくやっていない訳ではないし、嘆いている訳でもないのに、

突然にその時はやってくる。   

     心の中で綱引きが始まるのだ。

前向きに物事を考えようとする私と、

<もう どうでもいい!>などと現実から、逃げ出そうとする私と。

自分はそんなことをする人間ではないと分かっているから、

結果は、前向きな自分が当然いつも優勢に終わる。

   

”助けて~!” と 誰かに助けを求めたい心境にもなるけど、自分の中では、

何をどうしてもらいたいなんていうのは、実は何にもなくて、

だた、今の状況だけが時として、嫌になっちゃうだけ。

 でも、<嫌だ~!> といったところで、何も変わる事はないから、

やっぱり、前向きに考えなくてはというところで、心は落ち着く。

    ・・・夫と私の宝物の存在は大きい。

   

今まで、何度も繰り返された心の綱引き。

余計なところでエネルーギーを使わずに、

前進の為にアクセル踏めば、いいのにね!

    ・・・ロスが多過ぎる。

     それとも、心遊びをしながら、これも人生を楽しんでいるというのか。

 ずいぶん歪んだ楽しみ方だけど・・・こんなことで、ストレス発散できるならOK!かな。

    (でも、そんな歪んだ考えが浮かばないように過ごせた方がいいけど・・・)

   

根底には、やっぱり ”前に向かって!” が 夫との約束事としてある。

「もう、どうでもいい!」という気持ちも、裏返せば、

「もう、そろそろもっと違う事に目を向けて、

       心から、明るく楽しく生きたい!」 という気持ちの表れであるかもしれない。

               ・・・confident

    

2010年7月 9日 (金)

やっぱり、私のせい?

今日は、泣きの目覚めだった。

夢を見た。突然夢の中で責められた。

 weep  とても悲しかった。・・・返すことばが無かった。

  なんで今更・・・!

   でも、一時は・・・自分でも <そうかも・・・> と 思うところがあったから。

  

○○○(夫の名)さんは、私のせい(所為)で逝ってしまったのだと言われた。

「・・・私がストレスを与えて追い詰めていったからからって。

       傍に居ながら、病気のサインを見逃したからって・・・。」

自分自身、夫が亡くなった当初は、その通りかもしれないと自分を責めた。

原因不明の突然の病は、自分に責めを負わせるのに、十分な要素だった。

自分を責める事で、死別の悲しみを噛みしめ、受け入れようとしたのもあるけれど、

本当にそうかもしれないという、自責の念があったのも事実。

 しかし、時が過ぎゆく中で、少しづつそんな気持ちも薄れ、

誰のせい何ていう事はないんだと思うようになった。

         (罪から逃げる訳ではないけど・・・)

    

あんなにも、罪の意識を持っていたのに、時と共に自分の都合のいいように考えを

変えている私に対する警告なのか、もっと反省しなさいと言っているのか。

・・・私の中での中で自分を許していない自分が存在しているのか(?)。

   

まったく~!・・・前に進もうとする私の足を引っ張る夢だ。

気を取り直す為に、また余分なエネルギーが使われる。

  

2010年7月 8日 (木)

この悲しみは私だけの宝物

夫と死別しての この悲しみは、誰に話しても結局、心から癒える事はなく、

最終的には、自分自身の問題なんだと思った時、

この悲しみも切なさもすべて、「私だけ(二人だけ)の宝物」に 思えた。

このブログの中でその宝物を語る事により、

宝物は一つ一つ整理・確認されながら、私の心の中に納められていく。

   

悲しみが「宝物」っていうのも何か変ないい方だけど、

死別の悲しみという夫への想いは、それがどんなに悲しい想いであっても、

夫が私に最期のメッセージとして残してくれた尊いものなんじゃないかと思った。

    

 夫との最期の思い出・・・それは本当に言葉で表せないほど色々な感情が入り乱れ、

               これまでの我が人生の最大の危機的状況、

               夫の居ない生活が どういうことなのかが本当に恐ろしくて・・・。

でも、そんな辛い「永遠の別れ」のあれこれも、

それまでの幸せいっぱいの結婚生活も

        ・・・すべて今は、本当に夫と私の二人だけの宝物なんだ!

  

だから、その宝物は今、ひとつひとつ大切に私の心の中にしまっていく。

宝物の在処は 夫と私だけが知っていればいい。

   

そして・・・、

 shine宝物の輝きが感じられれば、寂しさも 涙も 少しづつ私から遠ざかっていく。

    

2010年7月 7日 (水)

知らない事、まだまだいっぱいある

昨日記事の「キノコが冷凍保存出来、しかもうま味が増す」ではないけれど、

考えてみれば知らない事、私にはまだまだいっぱいある。

これまでの私の経験した世界はまだ、狭いものだ。

   

夫が逝ってしまって、夫が恋しくて、寂しくて夫の影を追って、

夫と行った場所、夫と食べた料理、夫と一緒にやってきた事などをする事で、

今までは、自分の気持ちを落ち着かせてきたけど、

最近はこうして、今まで自分が作った事の無い料理に挑戦してみたり、

時々は、行った事のない所に行ってみたいと思う。

    ・・・confident

気持ちが落ち着いてきた証かもしれない。

夫と暮らした頃と同じ事をしなくても、自分でいることが出来る。

一人立ち出来るようになったというところまでは いっていないかもしれないけど、

色々な事に目を向けられるようになった気がする・・・興味が湧いてきたんだ。

<まだまだ、自分には知らない事がいっぱいあるなー!> って。

    

出来れば、「夫と一緒に!」 が 良かったけど・・・think

<一人でも、やってみていいんじゃない!> って、私の心が言っている。

2010年7月 6日 (火)

なるほど、キノコの冷凍

寝坊してTVを見ながら遅い朝食をしていたら、

tv はなまるTVでキノコ料理の特集をやっていた。

この時期キノコが底値でお買い得だという。確かにスーパーでは特売のキノコに

遭遇することが多い。・・・いい利用法があるのならと思いメモを手に見た。

    ☆  ☆  ☆

キノコは何種類かのキノコを混ぜ合わせて使う事で、互いにうまみ成分を

引きだして美味しくなるそうだ。(例えば、しめじ・エノキ・生シイタケなど)

一種類で調理するより、抜群にいいだしが出るらしい。・・・なるほど!

 もっとうま味を引き出すには冷凍することなのだそうだ。

   

キノコのうま味はキノコの持つ酵素によって引き出される。

普通に調理しても、炒めたり、煮たりと熱を加える事により、キノコの細胞が壊れて、

酵素が働くが、調理時間が短い為に、酵素が十分な働きをしないうちに食べる事になる。

   

そこで、よりおいしく頂く為に、冷凍保存が力を発揮。

キノコを冷凍する事により、細胞が壊れ、再び熱を加える事で、酵素が働き

うま味成分をより多く引き出すそうだ。

<ミックスキノコの冷凍保存法>

    しめじ、えのき、しいたけ、エリンギ等、お好きなキノコを用意。

    (ポイント・・・キノコは水で洗わずに使用。

      洗うと水分が残り、冷凍した際に氷でガチガチになってしまう為。)

   洗わない事には、私としては少々不安も残る所だが、いい方法を考えてみよう。

  ・石づきを取って、それぞれ適当な大きさに切る。

    しめじ房分け、えのき三分の一位、しいたけ薄切り、エリンギ薄く手でさく。

  ・キノコを混ぜ合わせ冷凍用のストック袋に入れ、余分な空気を抜き、平にして冷凍。

 以上、これだけ。

調理の際は、冷凍したものをそのまま、炒めたり、煮込んだりする。

冷凍で一カ月位は保存が効くという事です。

一人暮らしの人にはとってもいい情報です。

後の調理も、パパッと出来るし、おいしそうだし、

何よりも、多過ぎて使い切れないなんていう事もないしと いい事づくめ。

 

これを使って、ミックスキノコのナムル・鶏ささみとミックスキノコのゆずこしょうあえ、

ミックスキノコのチャプチェ、ミックスキノコカレーといろんな料理が紹介されました。

今まで知らなくて損した感じです。

どれも美味しそうで、作ってみたくなりました。

中でも、「ミックスキノコカレー」は超簡単!

  鍋に水とミックスキノコを入れ、沸騰させ、

  おろしにんにく・おろし生姜を少々加え、ミックスビーンズを加え少し煮込み、

  カレールーを加え、最後にお好みでガラムマサラを適量加える。

    (トロトロ派、サラサラ派かで、水の量、カレールーを好みで調整)

 材料を切る手間も、炒める手間もいらなくて、炒め油も使わないから、

 夏場に適した、あっさりとしたカレーらしいです。

 お肉を使ってないけど、キノコのうま味がたっぷり出ていけるそうです。

   

知らない料理がまだまだたくさんあって、いろんなものに挑戦してみたくなりました。

考えるだけで楽しくなってきます。

いい傾向です!

    

     

2010年7月 5日 (月)

身だしなみを整えて

結婚したばかりの頃、夫の母に言われた事がある。

”どんなに忙しくても、○○○(夫の名)の前に立つ前には身だしなみを整えてね!”

”時間がなかったら、口紅を付けるだけでもいいのよ!・・・顔色が良くなるからね。”

   ・・・wink

<あれ! こんなことまで言われちゃうんだ>なんて、思いながらも、

<確かに、あまり締まりのない恰好で接する事は、いくら夫婦でも失礼かも> と

母の忠告は守ろうと思った。

別に、夫の前で化粧をしていない素顔を見せないでということではなく、

「いつも明るくあって欲しい!」 という

母から私へのお願いだったのだと思う。

   

夫が亡くなってからの私は、特に このことに気を付けている。

目の前に夫が立つ事はもうないが、身だしなみだけは特に気をつけようと思っている。

いつ、どこから、誰に見られているか分からないから。

”ご主人が亡くなったら、急にやつれたね!” なんて、哀れみの目で見られるのも嫌だ。

こんなところで見栄を張る必要もないが、

ある程度の線は保っていないと、自分からダメになってしまう気がした。

    

だから、朝ゴミ出しに行く時だって、きちっとお化粧はする。

いつも、背筋を伸ばして、シャキッと歩く。

それなりの服装を意識して、身づくろいをする。

外出時は特に、TPOに気をつける。

   

側から入ると、気持ちも変に落ち込まないで、持ちこたえることが出来る。

それどころか、自分に自信が持てる時もある。

身だしなみを整える事は、心を整える事にも繋がっている。

     ・・・confident

結婚した直後、夫の母に言われたあの教えは、今も私の中で生きている。

2010年7月 4日 (日)

今日は元気な朝です

スッキリお目覚め!

やっぱり、朝は、こうでなくては・・・。

   

めまいが続いたらという不安もあったけど、気持ちよく起きられてよかった。

昨日のめまいの事などすでに、頭の中から消えている。

コメントでも頂いたけど、「気持ちが弱ると体も弱る」 っていうことが

よ~く分かりました。

気持ちを支えるべく 頑張り過ぎてもいけないけど、

なえない程度に、張り詰めていたいですね。

   ・・・病が入り込む隙を、与えてはいけませんから。

   

体が教えてくれたのかもしれませんが、気持ちも上手く切り替えられたようです。

(心の中は、いつも、コロコロ変わります)

気持ちの良い朝を迎えて、

「幸せ一つ、み~つけた!」 って感じかな。

   

2010年7月 3日 (土)

めまい

朝いつものように目が覚めて、起き上がろうとベッドの上で体を横にしたら、

目の前が、静かに上下に揺れている。目を閉じて、もう一度トライしたが、

やっぱり、上下に揺れている。

今度は仰向けになり、天井を見た。照明器具が動いてる。

何だか気持ちが悪くなってきた。

しばらく、起き上がる事も出来ず、そのままめまいが治るのを待った。

      (@Д@;

少し、落ち着いたところで、携帯mobilephoneを持ってトイレに・・・。

いつもは携帯mobilephoneなんか持ってトイレに行く事はないけど、

今日は何となく不安で、もしもの時を考えて、すぐに誰かに連絡が取れるようにと思った。

    (・・・こんな時、一人暮らしは結構不安)

何事も無く、用を済ましてまたベッドに横になった。

やっぱりいつもと違う。・・・気持ち悪い。

<いや~な感じ!> 

      despair

朝食をとる気分にもならないが、とりあえず起きて着替え、1Fへ。

いつものようにパパッと動けなくて、慎重に移動。

<何なんだろう、この気持ち悪さは?>

<もし、このままひっくりかえちゃうなんていう事になっちゃったら、どうしよう。

  やっぱり救急車かな?>

もしかして・・・、

 自律神経失調症(?)・脳の血管が詰まってる(?)なんていう不安も出てくる。

もしもの時の事まで考える。(・・・一人だと本当にロクな事は考えないthink

        coldsweats02

いや、昨夜の夕食が軽過ぎて、しかも早い時間の夕食だったから、

単に エネルギー切れかもしれない。(・・・車でいうEmpty状態?)

まずは、何かお腹の中に入れてみようと、

水を一杯飲んで、口当たりの良いバナナとヨーグルトを食べた。

 ソファーにまた横になり、気分が良くなるのを待つ。

    ・・・think

<今日はお客様の所に行かなければいけないのに、困ったなー。>

そんな事を考えていたら、バナナが効いたのか 少しづつ、調子が戻って来て、

<海苔の佃煮とご飯なら食べられそう!> と 少し食欲が出てきた。

これなら、食べたら治るかも知れないと思い、何とか支度して食事をとる。

  ・・・やっと、めまいのいや~な感じが無くなってきた。

     な~んだ、やっぱりエネルギー不足だったのか!

  こんなの初めてだったので、少し焦ったよ、しかし、お腹すき過ぎなんて!(笑)

   

6時少し前に目が覚めたが、結局9時頃まで、気持ち悪く、

非常に不調な朝だった。

   

でも、本当に食べる事は大切ですね!

健康の有難さも身にしみる。

2010年7月 2日 (金)

思いっきり後ろ向き

朝 目覚めたら、夫が隣で静かな寝息を立てて寝ていて、

<な~んだ、すべて夢だったんだconfident!> なんていう事にならないかな~!

  

夫の為にお弁当を作り、夫のお洗濯ものを洗濯機に入れ、

心穏やかな空気が流れる中で、コーヒーの香りが漂い、

二人分の朝食の支度をして、

”ア~よく寝た!” と あくびをしながら起きてくる夫が居て、

”おはよう!” って挨拶して、

”今日のご飯もおいし~い!” って、夫が喜んでくれて・・・・・・・。

   

大した事 望んでないのにな~!

平凡な毎日でいいのにな~!

   

”今日は何処に行こうか?”

”今日は何食べる?”

”どの服着てくの?、僕はこれでいいかな?”

   

   ”今日は僕が運転していくよ!”

     助手席の私はいつものように歌を口ずさんで・・・notes

          ・ ・ ・ confident 

     思いっきり後ろ向き・・・か(?)

        たまには、息抜きもないと・・・ね。

 ( * 関係ないけど、後ろ向きで歩くというような普段と違う事をすると、

       いつも使わない筋肉が使われて、脳にもいい刺激になるとか。)

2010年7月 1日 (木)

いつかは・・・

”いつかは、一人になるんだから、その時がちょっと早く来すぎたと思えば!”

こんな慰めのような、慰めにもならない言葉をこれまでに何度かかけられた。

これは自分が 自分にこう言って気を静める言葉であり、

夫を亡くして、ガックリ来ている人にいうことじゃないよと思った。

   

その時が早く来すぎちゃったから、ショックなのに・・・。

もっともっと、二人の時間があると思ったから切なくやりきれないのに・・・。

  

 私だって、夫と幸せに暮らしている時に、

<二人だけなのに、夫が先に逝ってしまったら、どうしよう・・・。>

なんて思ったことがある。

 そう思いながらも、そんな事、もっともっと先の事だと思っていた。

不意打ちを受けたようにやってきた別れが、こんなにも自分からすべてを

持っていってしまうとは、想像を超えるもの。

世間一般論のことばかけなど、かけて欲しくなかった。

   

「いつかは、やってくるものだから、仕方ないさ!」 なんて、

スッパリ割り切れたら、どんなに気持ちが楽なんだろう。

  

 ア~!

   自分が思うように、「ケセラセラ~」 と 生きられたら・・・。

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