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2010年6月30日 (水)

何故、私には許されないの?

いつだったか、忘れてしまったが、たぶん高校生ぐらいの頃だったと思うけど、

夫が逝く一年前に亡くなった兄から、

”お前は、いじけっぽいんだよ!” と 言われた事がある。

確かに、自分の置かれた状況をひがむ訳ではないが、

いつも、自分は人とは違うみたいなことを思って、どこかでひがんでいる部分がある。

実によくない性格だ。兄に指摘されてなるべくそういう考え方を捨てようと思ったけど、

なかなか性格というものは変えられない。

でも、夫と出会って、そんな性格、何処かに消え去っていたのに・・・。

   

幼稚園に通い始める前位から、私の家には父の存在が無い。

その頃ははそんな生活も当たり前だったから、何も感じなかったけど、

小学校低学年の頃、普通に父の居る家庭が欲しくて、時々一人布団を被って泣いた。

・・・母や兄たちに、泣いているところを見られたくなかった。

母の大きな愛を感じていたから、

子ども心にも、母を泣かせてはいけないと、父の居ない寂しさを、一人堪えてきた。

  

母が一生懸命頑張っている姿を見て育ったから、私たち兄弟はそれぞれに、

自分の道は、自分で切り開くという生き方をしてきた。

 甘える事は許されない気がして、自分の事は自分でするのが当たり前になった。

”あれ、買って!” と おねだりした経験も小学校の低学年以降無い。

何か欲しいものがあっても、お小遣いで買う。

自分の稼ぎで手に入れる。

人に何かをしてもらうという、おねだりもした事があまりない。

      

 夫と出会って、初めて甘えられる相手をやっと見つけた気がした。

自分をさらけ出すことが出来る相手に出会え、それが何よりも嬉しかった。

夫にもおねだりはなかなか出来なかったけどね。

 それまでの肩の重荷のすべてから解放されたような、安堵感を感じたのを覚えている。

   

あこがれの普通の家族が作れる喜びを手にした。

でも、残念ながら子供を授かる事は出来なかったので、家族を手に入れる事は

また夢に終わちゃったけど。

それでも夫婦二人で楽しくやっていけたし、

「お互いに歳がいっても手を取り合いながら、仲よく老後を!」

                   ・・・だけは、許されると信じて、疑わなかった。

   

しかし、普通の家族を持つことがやっぱり許されなかったみたいだ。

  (今更、いじけてどうするんだって思うけど、事実だし・・・)

   

 人に甘える事も・・・。

  誰かの胸で、泣く事も・・・。 

ここに来ても、私には、一人で耐える事と、布団を被って一人で泣くことしか・・・。

   

強がりを言って、肩肘張って、

     寂しさとお友達になって・・・。

  普通っていったい何なの・・・(?)。

   

 普通って 私にとっては幻でしかないみたい。

  ・・・今は、いじけてる訳ではなくて、ただ、そう思うだけ。

     

       普通の道を歩くことが許されないのなら、

          回り道をしてでも

             私だけの素敵な道を見つけよう!

            ・・・私だって、私の前にある幸せに出会うために歩きたい!

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