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2010年5月

2010年5月31日 (月)

クジャクサボテン・・・今咲いたよ!

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お隣の奥さんが、”もうすぐだね! いつ頃咲くかしら?” と 声をかけてくれた。

”そうね・・・この感じだとあと二日後位かしら!” と 私が答えたのが二日ほど前。

つぼみがだいぶ膨らんできたクジャクサボテンを見ての会話。

   

予想通り、今日夕方からつぼみがかなり膨らんできて、先ほど開花しました。

毎年の事ながら、こんなにきれいに咲いてくれて、誰かに見せたいぐらい美しい。

花の大きさは直径10センチ位です。

ここからさらに花開き、深夜には20センチ弱の大輪の花になるでしょう。

・・・誰も見ていない深夜が一番美しい花となるなんて、何と意味深いこと。

夫がいたら、きっとお花と一緒に写真を撮ったと思います。

あまりの美しさに毎年、この花が咲くと つい写真に収めたくなる。

花の命は短くて、二日ほどでしぼんでしまうのですが、

           その間は花が閉じる事はなく、咲き続けます。

   

このクジャクサボテン私が嫁いで来た時、庭に放置されていたんです。

ほとんど枯れかけて! 私がそれに救いの手を!

それからずっと手入れしてきて、

花が咲き始めたのが、13年前今の家に引っ越してきてからです。

その時の感激は忘れません。。

”あのクジャクサボテンが・・・!”  と 夫はとても喜んでくれました。

        ヽ(´▽`)/

  ・・・明日、お隣の奥さんに報告しなくちゃ!

微笑み失敗(?)

ウォーキングをしながら、<口角を上げて微笑みを!> 何て考えていたら、

一年ほど前に起きた、こんな事を思い出した。

    

夫との死別後の私を心配してくれて何度か自宅に招いてくれた友がいた。

その人の家に遊びに行った時の話だ。

   

その日の私は、少し凹んでいて、正直言うとあまり人と会いたくない気分だった。

夫と死別して一年後ぐらいの時で、元気になったとはいえ、まだまだ死別の悲しみが

癒えなくて、時としてこのようにひどく落ち込む日があった。

それでも、今まで良くしてくれた方のお誘いを断れず、

<作り笑顔でも、微笑みを作れば少しは心が軽くなる!> そんな事を思い出かけた。

   

 その人のお話を聞いている時に、突然その人が

”何がそんなにおかしいの!” と 少し憮然とした口調で言った。

どうも彼女には私の作り笑顔が気に入らなかったらしい。

自分では自然な微笑みのつもりだったが、そんなに嫌な空々しい笑顔だったのだろうか。

 その時の私は、テンション下がり気味の自分を隠すために、確かに、

変にニコニコと作り笑いをしていたのかもしれないが、

そのような言い方をされるほど、相手を馬鹿にした笑みを浮かべたつもりは決してない。

(当の本人にしてみれば、かすかな微笑みで必死にテンションを上げようとしていたのに)

<エッー!何!私何か悪いことした?> って感じ。

   私は何か突き放したように言われた気がして、その人が急に遠くの存在に感じた。

      

<こちらは、必死になって悲しい気分を悟られないようにしているのに・・・>

<分かってよ! この気持ち!> という気分だった(・・・我がままだけど)。

 (笑顔も人を不愉快にする時があるらしいから、気をつけなければ!)

   

彼女の憮然とした口調に、夫と死別した私への、今までの彼女の優しさは、

ただ、私が勝手に作り上げていただけだったのではないかと思った。

そう思ったら、その後の彼女の話は私の耳には入って来なくて、

無性に切ない気分になった。

      ・・・think

その時の私は、そんなつもりはなかったけど、

人を馬鹿にした様な笑いをしていたのだろうか(?)

         本当にそんなつもりはなかったのに・・・。

  

「微笑み」で叱られた・・・帰りの車の中は何かとても悲しかった。

<死別の喪失感による落ち込みが来ても、そこに家族が居れば、

     色々なお話をして気がまぎれる事もあるかもしれないが、

 一人でいる私は自分自身でこうやって笑顔を作ったり、

    ウォーキングをしたりして、気分転換を図るしかないんだ>

   

微笑みは心を落ち着かせてくれる。心を穏やかにしてくれる。

     たとえそれが、作り笑顔でも・・・。

 

   私がが微笑むと・・・その瞬間、

  ”そうだよ! 大きなおめめちゃん” と、

「いつも笑顔だった夫」の心が少しだけ感じられる。

 夫亡き後はそんな瞬間でも夫の気配が感じられると嬉しい。

          いつも、笑顔の効用を感じている私です。

今なら、”何がそんなにおかしいの!” と言われたら、

”今、夫が傍に来てくれてるから、嬉しいの!” と本物の笑顔で答えられる。

2010年5月30日 (日)

今年もありがとう!

6月に入る頃から、気温が上がってきそうな予報なので、暑くなる前の

晴天が続いたところで、チューリップの球根の掘り上げをした。

 ” tulip 赤・白・黄色の可愛い花をつけて、

      素敵な春を連れて来てくれ、今年もどうもありがとう!” 

    

花壇を耕しながら、茎の枯れた球根を丁寧に掘り出す。

枯れた茎が付いているのは掘り易いが、もうすでに茎が取れてしまって、

見た目に何処にあるか分からなくなっている球根もあるので、

シャベルで傷つける事の無いように、気を配りながら少しずつ掘っていく。

掘り上げた球根は、いくつかまとめてネットに入れ、

ベンレート液」に漬け、殺菌消毒をする。

球根を水溶液から出し、ネットに入れてたまま陰干しにして乾かす。

乾いた球根を風通しの良いところで10月の植え付け時まで保管して置く。

作業終了。

  

ついでに、花壇に入り込んだ芝生を取り除く。

花壇の周りの芝生の根切りをして、囲いの石を取り、入り込んでいる芝の根をすべて

取り除く。思いのほか深い所からも芝の根が出てくる。

すべて取り除くと、花壇が生き返ったように見えた。

     

毎年のこの作業を終えるとそろそろ梅雨の便りが届き始める。

ここからは色とりどりの春の花から、ブルー系の花が多くなり、

梅雨のジメジメした季節にさわやかさをもたらしてくれる。

我が家の庭も、キキョウ・ブルーサルビア・アメリカンブルーが次の出番を待っているが、

ブルー・白の代表で 紫陽花が一番乗りの花を見せ始めた。

   

<空いた花壇に、confident 何のお花を植えよう・・・>

そういえば夫の亡くなった年は、初盆で来てくださるお客様をもてなすために、

お花いっぱいのお庭にしようと、色々な種類のお花の苗を植えたなー confident 。

2010年5月29日 (土)

あれからまた考えた・・・遺品の整理(Ⅱ)

なかなか出来ない夫の物の整理だが、考えてみれば、私はこれまでにかなりの大物を

処分しているではないか。

★ 夫と20年間通い、手入れし続けた夫の実家を親族に引き渡した。

   これは自分で色々な方面から考えてこれが最良の決断と決めた事なのだが、

   それでも私にとっては、肩の荷が下りたという気持ちと共に、

                      夫の死次ぐ大きな喪失感をもたらした。

    その喪失感を背負いながら、その時 同時に、

         実家にあったかなりの量の夫の物も処分した。

★ 夫の車 夫がとても気に入って買った車。なかなか踏ん切りがつかなくて、

    手放すのに1年半かかったけど、昨年6月 夫の下へ送った。

★ 夫の本と仕事の書類。

    「仕事が楽しい!」 と言っていた夫の書類の整理は、

    かなりの量であったが、一つ一つ目を通しながら、

       ”よく頑張って、お仕事したね!” と 言いながら・・・。

   

<結構やっているやっているじゃない!>・・・エライ、エライ!

   

出来る事からやっていけばいいんだ。

何もすべてを一度にやらなくたっていい。

別に私は、毎日それを見て泣いて暮らしている訳でもないし、

今は、それなりに自分の生活の基盤も出来つつある。

何も絶対に処分しないと思っている訳じゃないんだ。・・・時期が来ていないだけの話。

置いておく場所があるんだから、そんなに慌てる事はないのかもしれない。

早く夫の下へ送るのがいいのは分かっているが、私が使わせてもらう物、使わない物を

よーく 吟味してからでも遅くはない。

  

confident こんな事があったのを思い出した。

夫の亡き母の物を私が使っていると、夫が必ず口にしたんだけど、

” 大きなおめめちゃんが使ってくれて、おふくろもきっと喜んでいると思うよ!” って。

だから、私が夫の物を一杯使ってあげたら、夫は喜んでくれていると思う。

出来る限り使ってあげよう!

そういう供養のし方があってもいいよね。

 

夫へ

    「自分の持ち物がなかなか来ないから、足を引っ張られている」

     なんて思わないでくださいね。

    だってあれだけ大きい物をそちらに送ったでしょ!

         ・・・私だってそれなりに努力しているんだから。

    一度にそんなすべての事をなんて、私の心がつぶれてしまいます。

  

    「すべての物を整理しないと本当のあなたの葬儀は終わらない」 

     という考え方もあるけど、私が生きている間には、必ずやり遂げますから、

    まあ、長~い目でみてやってください。

       

   もう少しあなたの物を使わせてくださいね。あなたもその方がうれしいでしょ!

                                    大きなおめめ

2010年5月28日 (金)

意気込みだけ・・・遺品整理(Ⅰ)

遺品(?)という言い方には、やっぱりまだ抵抗があるなー!

  

夫と死別して2年半、今私の中での残された大きな課題は、夫の物の整理。

仕事関係の書類はほとんど処分したが、生活用品はまだほとんど手付かず。

衣装持ちの夫の衣類は、死別直後、半ば自棄になって少し処分したが

まだかなりの量が残っている。

色々な方のブログを読んでいて、夫の遺品の整理をしっかりしている人に接すると、

ほとんど何もしていない私は、何なんだろうと思った。もちろん人のペースと自分を

比較する問題ではないけれど・・・。

   

これまでにも何度か処分しようと思ったが、いざ手に取るとなかなか出来なくて、

また洋服ダンスに納めてしまう事を繰り返している。

夫の残した物に対する執着があって、処分する心の整理がなかなか出来ないのだ。

元来、物が捨てられない性分も手伝っているので、ダブルパンチみたいなものだ。

   

どう自分の気持ちにけりを付けたら良いのだろう?

「夫の物の天国へのお引越し」 とでも思って、思い切ってすべての物を一気に

片付けられたら一番良いのだろうが、なかなかそう簡単には割り切れない。

  

  私自身が使える物、着られる物は残して、後はすべて処分してしまおうか。

・・・でも、一度処分したら、もう二度と私の手元には戻らない!> と思うと、

やっぱりダメだ! 煮え切らない状態が繰り返される。

<あー! 何と情けない> 片付け一つ出来ないのか・・・。

  

「いつまでも手元に置いておくことは、夫の成仏の足を引っ張る様なものだ!」 

聞いた事がある。そんな風に思えば、

何とか自分の心を納得させられそうな気もするけど、あまり自信がない。

・・・本当に困ったものだ。

しかし、

<これが出来ないと、。夫の葬儀自体が完全に終了しない気もしないではないし・・・、

 本当の意味での ”前を向いての一歩” が踏み出せない気もする。> と いうように 

最近私の頭の中に「遺品の整理」の文字がちらついている。

   

そろそろ、時期が来たのかもしれない。   吹っ切れるかな・・・。

「夫の物の片付け、私がやらずに誰がやる!」 

何度も自分に言って聞かせて、気持ちを固めてみよう。

そうしたら、 近いうちに出来るかもしれない。

   

一度に出来ないのなら、手始めに、せめて少しでもと、

今回は、ごみ袋(夫には失礼な言い方で申し訳ないが)2袋分を夫の元へ送った。

2010年5月27日 (木)

緑本番

5月もあっという間に過ぎてしまった。

垣根の白樫の若葉も赤っぽい緑から、薄緑色に変わりたわわに茂り風にそよいでいる。

気温も上昇してきたから、そろそろ虫の対策をしなければ・・・。

  もうすでにアブラムシが所々に発生していてる。虫も気温に敏感だ。

   

この冬にかなり大胆に剪定をしたマテバシイも、切り口から新芽がいっぱい出てきて

かなり茂り過ぎで少々重苦しい。そこで、白樫とマテバシイの枝抜きをした。

重なり合う枝を落として少し風通しを良くしてあげる。

強風で木の幹が折れるのを防ぐ為とアブラムシ虫やイラガの発生を最小限に止める為に

この時期の欠かせない作業だ。(茂り過ぎていると予防の薬剤も届かないしね!)

この時期は、まだ虫も発生していないので早めの対策が有効だ。

 

剪定後の今日早朝、風のない時間に予防の薬剤散布。

とりあえず、オルトランの水溶液を水で薄めたものを電動噴霧器で散布する。

第一次発生期のこの時期と第二次発生期の8月頃の2回散布で毎年やっている。

後は、虫がついたのを見つけた時点で、部分的に殺虫剤を散布するか、

火ばさみなどを使って刺されないよう注意しながらゴム手袋はめて、手作業で対応する。

(イラガは触れてしまうと強烈に痛いし、その後腫れがなかなか引きませんから注意して)  

   

梅雨入り前の庭木の大切な作業。

きれいな緑の庭を楽しむ為に、草取りと同様欠かせない作業です。

夫と作った庭を守るのは、やっぱり私の大事な仕事です。

2010年5月26日 (水)

その瞬間毎日思う

夫は男だから、やはり私より力が強い。

重たい荷物、開けにくい瓶のふたも夫の力を借りれば、なんなく事が終わった。

   

バスタイムにいつも思い出す事がある。

実につまらない事なのだが、お風呂で使用するタオルを絞る時だ。

亡き夫は、いつも、私が絞ったタオルを ”貸してごらん!” と受け取ると、

「再びギュッ!」 っと絞る・・・案の定 水が滴り落ちる。

夫はキッチリ絞り終えたタオルをタオル掛けに掛けた。

こんな些細な事も、私には幸せを感じる時であり、ちょっぴり夫の

存在の大きさみたいなものを感じる瞬間だった。

    (ホント、つまらない事で大げさなと笑われちゃうかもしれないけど・・・)

   

しかし、夫の死への導きとなった腹部の激痛を訴えた前夜の事。

夫がお風呂から上がった後、私はお風呂に入った。

何の気なしに夫のタオルに手がいった。

いつもなら「ギュッ!」 と絞られているはずの夫のタオルが、

その時は、私が絞ってても水が滴り落ちた。

・・・その1年前の膠原病の強皮症発症以来、

  「手のひらをギュッと握るのが最後まで上手く握れない!」 と こぼしていたけど、

  だいぶ、症状が進んで来ちゃったのかなと その時は単純に思った。

   

その翌日、緊急入院事件が起こり、その次の日 夫は逝ってしまった。

   

あれから、お風呂のタオルを絞る時いつも、

あの夜、夫のタオルが上手く絞れていなかった事を思い出してしまう。

柔らかくしか絞れていなかった夫のタオルは、膠原病の強皮症が原因などではなく、

あの夜から、夫の体調に重大な変化があったのではと・・・。

  後になって気が付くのも、結果が出たから結び付くものであって、

         ・・・すべてはもう遅い!

   

それでも私は、毎日のように、

「あの日、夫の絞ったタオルを私が絞り返したら、水が滴り落ちた」

その事実が ショックだった事を思い出してしまう。

2010年5月25日 (火)

図書館

 本を読む習慣はあまり無かった私なのだが、夫が亡くなる数年前から、

図書館で本を借りて読むという事にハマり、結構まめに図書館通いをしていた。

時には図書館の自習室に一日籠り、調べ物をしたりもした。

   

 夫と死別した時も、自分と同じ経験をした人はどんな想いで過ごしているのか、

自分はこれから何をどうやっていったらよいのかを探すべく、図書館で本を読みあさった。

   ・・・book

 夫が亡くなる10日ほど前、12月20日頃、図書館から電話があった。

”御予約の本の順番がきましたので、どうぞ!” と いうものだった。

その半年ほど前にこの本が読みたくて図書館にいったら、

その時の人気の本だったそうで予約がいっぱいで、だいぶ待ちそうだということだった。

「新書を買って」 というのもまた家の中に本が増えてしまうし、

別に待っても構わないと思い予約した。

その本がやっと借りられるということなのだ。

   

その本の題名は忘れてしまったが、男性の脳と女性の脳の違いについて書かれた物で、

根本的に男性と女性では考え方と行動に違いがあるという事が書かれている。

「男性と女性との脳の働きの違い」 それを知る事で、

お互いにもっと思いやる事が出来るというのである。

 結婚して20年ともなると、私たち仲良し夫婦でも時には沈んだ雰囲気の時もある。

<何とかしなくちゃ!

    ・・・前のように楽しく過ごさなくちゃ!夫に笑顔を取り戻してもらわなくては>

そんな時、偶然ラジオで紹介されたのがこの本で 早速読んでみようと思った。

<自分の考え方、夫への接し方が間違っているのならば、直さなければいけない!>

<どうせ過ごすのならば、心から楽しい毎日を送りたい!>

この本を読んで、一層良い夫婦になりたいと思った。

   

 しかし、待っていた貸出が年末の忙しい時期と重なり、落ち着いた雰囲気の中で

読む事が出来ず、結局拾い読みの様な感じで年明けの返却日を迎えてしまった。

その返却日は夫が突然の腹痛を訴えた前日だった。

だから、夫と読んだ本の内容について語り合う事もなかった。

  

後になって、思えば半年ぐらい前から夫から、表情筋が働かなくなってしまったかの様に

笑顔が少なくなってしまったのは、私の接し方が悪かっただけでなく、

夫が体の何処かに何か少しづつ不具合を感じていたからなのだろう。

      それは、夫に聞いた訳ではないから分からないけど・・・。

時折あった、あの重たい雰囲気の二人の時間は誰のせいでもなかったかもしれない。

 どちらにしても、私が読んだ本の知識を実践で生かす相手は居なくなってしまった。

   

夫の死でそんな事があった事も何処かに置き忘れて来てしまっていたが、

今日 図書館の前を通りかかったら、あの時の本のことが思い出された。

2010年5月24日 (月)

雨が降れば・・・

雨が降れば あなたが泣いているのかなと思う。

 そよ風が吹けば あなたが語りかけていると思う。

   強風が吹けば あなたが何かを訴えているのかなと思う。

      穏やかな晴れの日は あなたがのどかな一日を過ごしていると思う。

   

紫陽花の花が 咲き始めました。

あなたと一緒に選んだ 「墨田の花火」 です。

何もなかったら・・・今頃 二人でこの花を見ていたんだよね!

”・・・たら” と また思ってしまいました。

”ダメだなー!” と あなたの声が聞こえます。

本当にそんな仮定には意味がないですね。

     死別、それはどうあがいても戻れない現実なのだから・・・。

   

風と雨の一日は あなたが泣いて私に何かを語りかけているのだと思う。

静かに目を閉じて 耳を澄ましていましょう。

 

今日は あなたと一緒に車に乗って、兄のお墓参りに行った夢を見ました。

2010年5月23日 (日)

最初から何もなかったような

夫へ

あなたは、ご自分のもとへ、私の中の二人の思い出を運び出しているのですか?

・・・こうして私が記憶の中の思い出をたどった時、

           最初から何もなかったように感じるのは。

思い出の箱の中身が少しづつ運び出されて、

気がつけば、私の中ではあなたとの思い出が、

    その気配だけになってしまったように思う事があります。

  

あなたはそちらの生活に慣れ、少し余裕が出来て、

今、先に逝った人達に私たち二人の思い出を語っているのかしら。

・・・あなたの所に思い出が行ってしまったことで、私は少し変な感じです。

「最初から何もなかったような・・・」 そんな感じさえします。

決して消えないと思いながらも、あなたとの思い出が少しづつ消えて行く。

  

これはあなたの仕業で、私に「振り返らない生き方」を導いてくださっているのでしょうか。

   

あなたの教えは良く分かりますが、

少しは私の所にも思い出を残して置いてくださいね。

たまには、立ち止まって思い出に浸りたい事もありますから・・・。

                                 大きなおめめより

2010年5月22日 (土)

「あかいくつ」のバスで!

昨日、夫が逝ってしまってから初めて、横浜の街をゆっくり歩いた。

行きたいと思いながらもなかなか行けなくて、2年半が過ぎてしまった。

  

真っ先に、「港が見える丘公園」の庭園のバラを見に行った。

バラは今年も見事に咲いていた・・・色とりどりのバラに囲まれ嬉しくて胸が一杯になる。

青空をバックに広がる横浜の港の景色は素晴らしい!

   

3年前のちょうど今頃、夫と二人でこの街を歩いた。

港の見える丘公園のイギリス館の庭園のバラが咲き誇り、見事なバラをバックに、

2人で写真を取り合った。<その時の夫の笑顔はいい顔してた・・・>

・・・横浜の景色や雰囲気を気に入っていた夫。

      横浜の色々なお店を二人で見て回るのが好きだった夫。

   

結婚して2年目の冬、初めて二人で横浜に出かけた時は、

ブロンズ色の皮のパッチワークの素敵なバックを夫が見つけ、

”これは絶対大きなおめめちゃんに似合うと思うよ!” と 私にプレゼントしてくれた。

最期になってしまった3年前は、織り糸のきれいなロングスカーフだった。

  

この街を歩いていると、あちこちに夫の姿が見える様な気がする。

”大きなおめめちゃん、素敵なのがあったよ!” と

何処からか、夫の声が聞こえてくるような気がする。

   

何度となく、楽しませてもらった横浜球場。

ビールを片手に、何とも楽しそうな顔をして、ベイスターズに声援を送る夫。

しばらくの間、球場を見上げて想いにふけってしまった。

   

すべてが ついこの間のようであり・・・、しかし・・・ずーっと昔の事のようであり・・・。

       すべてが最初から何もなかったようでもあり・・・。

               think

でも、この街を歩きながら私は、何かに包まれている様な confident 気もしている 。

  

横浜に出かける前夜23時過ぎに、私の携帯が「ジ~・ジ~」 っと震えた。

”もしもし” と出ると、向こうの相手も ”もしもし” と言って数秒後、電話は切れた。

<ドキッ!> 男性の声だった・・・間違い電話か!

・・・短過ぎて分からなかったが、 でもちょっと夫の声に似ていた様な。

   ”気を付けて行っておいで!” と 夫からの電話だったのかもと思う。

2010年5月21日 (金)

練習済みの自分を信じる

先日、「今日はリハーサル」のブログ記事で頂いたコメントを受けて、

あれから、ちょっと考えた。

      

>この世に生きる事が本番ステージだとしたら、この世に生まれる前にその何倍もの

>リハーサルをして私はここに立っているのかも知れない。

>だから、「いいところを見せよう」 と気負う必要もないし、自分を卑下する必要もない。

> 後はただ、淡々と生きれば・・・。

   

そんなものかも知れないと思うと、

<ここからは何でも来い!> みたいな気持になる。

・・・不思議な気持ちだ!

<私はこれまでに、それなりの練習をして、今ここに立っているのだ。

           だから、ここからやってくるすべての事は、受け入れられる>

妙な自信も付いてくる。 後は、そう・・・淡々とこなしていけばいいんだ。

   

夫の死の時だって、私は、心の中では訳の分からない混乱があったけど、

その様子を傍から見ていた兄に言われた。

「あれだけ、しっかりといろいろな対応が出来るのなら・・・これからも大丈夫!」 と。 

確かに、今自分で振り返ってみても、一人で色々それなりにやる事が出来たと思う。

・・・あれも、これまでの自分の積み重ねの結果だったのか。

  

死別という人生で最悪の事にも対応できてここまでやってこれたのだから、

ここから起こるどんな事にも、対応できるのではないか。

そんな事を思うと、今まで持っていた先への不安も薄らぎ、肩の力も抜ける。

   

見栄張らなくても、肩肘張って生きなくても私がこれまで積み上げてきたものを

ただ信じて生きればいい。

そしてさらに、余裕があって出来るのであるならば、また練習を積み重ねていけばいい。

・・・練習だから、失敗もありなのだ。

    気負いが抜けると「忘れていた楽しく生きる生き方」を思い出す。

  

教えるヒントを頂いたコメントでした。

 

2010年5月20日 (木)

また、いつもの毎日が

時間に追われた仕事も、一区切りし、

趣味のコーラスのイベントの仕事(一応団体でギャラをもらったからね!)も終わり、

また、いつもの静けさが戻って来た。

   ・・・時間に追われない生活に戻るとホッとする。

{時間もさることながら、移動距離が多い(2日間で400キロ)のもあったかもしれないが}

  

夫が逝ってしまってから、時間で動く事が減ったので、このように、

何時までに・・・とか、何日までに・・・とか、

仕切られる(自ら仕切っている部分もあるのだが)と、

それをする事自体は楽しいのに、やらなければいけない事が気になって、

それだけで、プレッシャーがかかる。

結構小心者というか、心配性な私なのだ。

結果、朝の目覚めが早くなり、睡眠不足の日々が増える。

(ここの所4時30分から5時起きというのが普通になっていた)

   

しばらくの間は、ゆっくり出来そうだ。

時間が出来たら、やろうと思っている事はたくさんあるが、

案外忙しくしている時の方が色々出来て、時間が空くと何もしたく無くなってしまうものだ。

とりあえず、庭仕事が待っている。

・・・しかし、今日は雨。

やはり、ゆっくり休む事にしよう。

久しぶりに予定の無い一日・・・こんな日があってもいい。

2010年5月19日 (水)

は~い! 本番です。

今日は、イベントのオープニングセレモニーが9時45分なので、8時30分会場入り。

会場は他市の為、車で2時間弱。自宅を朝6時ちょっと過ぎに出発。

  

全国からお客様がいらっしゃるという事で、会場の前は、この地域の産業や文化を

紹介する色々なコーナーが設置されていた。

そんな光景を見ながら、楽屋入りすると自分の気持ちも少しづつ盛りあがってくる。

今日は何となく楽しく歌えそうだ。気持ちもリラックス出来ている。

  

アナウンスが流れ、開会式の始まりを告げると同時に私たちのコーラスグループの入場。

舞台から、見渡す風景は会の内容がビジネス関係なので、

背広姿の男性がほとんどで、いつものコンサートやコンクールと様子が違う。

<どうぞ、これから歌う歌で、私たちの住む県の良さを感じてください!>

会場を見渡して、こんな事を心の中でメッセージを送った。

「自分たちの大好きな故郷を紹介するために、歌を歌う」 そんな事で、

自然と体の中から喜びと笑顔が湧き出てくるような気がした。気持ちよく歌えた。

   

もう一団体が歌っている間、私たちは、次に合同合唱する歌の為に舞台上でスタンバイ。

舞台上だから、誰かに見られている緊張感を感じながらも、

スタンバイだから、ちょっと余裕で会場に目を配る。

<何処かに夫に似ている人はいないかな? 

      見つけたら、次の曲はその人の為に歌おうかな>なんて、思ったりして。

歌い始めたら、歌に入り込んでそんな事もすっかり忘れちゃったけどね。

         

また一つ歌う楽しさを教えてもらった出演でした。

こんな穏やかな気持ちで、また歌が歌える日を亡き夫が再び与えてくれた事に

今、本当に感謝している。

”ありがとう!○○さま!”

   

2010年5月18日 (火)

今日はリハーサル

明日本番を前に今日は、本番会場にてコーラスのリハーサル。

本番の衣装を着て、舞台に上がる。

この会場で歌うのは10年ぶりになるのかなー。

  ・・・あの時はコーラスを始めたばかりの頃だった。

    本番の緊張で、歌いながら頭の血が引いていくのを感じ、

          貧血で倒れるかと思った。

あの頃と比べると、だいぶ場数を踏んだから今は落ち着いて歌える。

     

 私たちのコーラスに乗せて、バックに地元の景色の紹介のビデオが流れる。

歌う曲も、地元を歌った歌詞がついている。

今日のリハでは、曲の内容とビデオの内容が上手く合うように調整を行う。

<やっぱり、本番の舞台は気持ちがいいなー!>

   

明日の今会場のイベントのオープニングセレモニーでは、昨年コーラスの全国大会に

一緒に出場したもう一団体と出演する。私たちが先に舞台練習で、その方たちが客席で

聞いていた。

<いいとこ見せて!>なんて、間違いなこと思っちゃったものだから、変な力みが入って、

間違えちゃった。・・・常にリラックス、余分な闘争心は持ってはいけませんね。

本番では、気持ちよく歌えるように、自分の歌に集中しなければ!

   

舞台練習の後、出入りの練習と照明のチェック、スライドと歌い始めのチェック、

立ち位置のチェックを終え、ゲネプロをして、リハーサル終了。

本番10分のステージに、3時間のリハーサル・・・少々お疲れです。

2010年5月17日 (月)

一本取られました

ウォーキングで街中まで出かける途中、住宅街の車がほとんど通らない道に入った。

少し前方に、自転車で買い物にでも出かけるのか、

今まさに自転車に乗ろうとする年配の女性がいた。

   

20インチの自転車のサドルは一番低くしてある。

<体が小さな方だから、ここまでしないと足が届かないんだ!> と 

自転車のサドルにまたがろうする女性の行動に目がいってしまった。

ヨイショ!って感じでサドルに腰かけた女性の足は、つま先がやっと地面についた。

<ギリギリセーフというところかな>

<かなりのお歳の様だから、

  もう自転車は危ないからやめた方がいいと思うけど、歩くのも大変なのかな?>

ヨロヨロと走り始めた。

<・・・大丈夫かな?>

大きなお世話よろしく、私の心配は尽きない。

  

歩くスピードの速い私は、走り始めたその女性に追いついてしまった。

女性が隣に来た私を見て、何を言うのかと思ったら、

”歩く人は右側!” と ボソっと言って、走り去った。

     オッと!・・・一本取られましたcoldsweats01

       <人生の大先輩、失礼致しました!> 

 (あまり日差しが強いので、日蔭のある左側を歩いていた私は、すぐに右側通行に!)

  

その後、その女性は道路の真ん中を堂々と走っていった。

”おかあさ~ん! あぶないよ~!”

    

2010年5月16日 (日)

凄い生命力!!

門の横にあるレンガの塀に 20100515_dvc00076 ちっちゃなお花を発見!

             土のないコンクリートの隙間から、一輪の白い花。

もの凄い生命力です!

20100515_dvc00077 近くに寄ってみると、ノースポール。

                  花壇のお花が、風に乗ってこんな所に着陸!?

   

こんな所でも育っちゃうんだ・・・植物って凄いね!

このお花はだ~れ!

    ・・・お父様?・お母様?それとも・・・あなたですか。

   

毎日ポストに新聞を取りに行ってたけど、気が付かなかったなー!

   何だか「幸福」を見つけた気分です。

2010年5月15日 (土)

公園の深い懐

お天気が良いと日差しが鋭くて、お肌を刺すような感じがする。

     紫外線バッチリっていう感じ・・・

ここ数日は気温が低めで4月並みの気温なのだが、日差しだけは確実に5月半ばだ。

   

確実に季節が移っていく。新緑から深い緑に変わりつつある木々に囲まれた湖には

ボートの練習をしている中高生のボートが何艘も浮かび、

強い日差しを受けキラキラ輝く湖面をスーッ、スーッ!っと ・・・なんと 気持ちよさそうな。

いつもなら、スタスタと歩いている私も、

    木陰で足を止め、しばらく眺めてしまった。

  

湖の向こう岸には夫が入院して最期の時を迎えた病院が見える。

<もし、そこに夫の魂が残っているのなら夫もそこから見ているかも知れない>

などと 思ったりする。(もう、そんなところにはいないかな・・・)

この公園の景色はとても好きだ。

14年前、夫と家を探し、あちこちを見て回ったが

夫がこの公園の近くにある今の住まいを気に入った理由が

今になって分かった様な気がする。

   

街中から少し離れているが、自然を感じられるこの湖のある公園に、

夫の死後、私はどれだけ救われてきた事か。ウォーキングにジョギングに、

自分のやり切れない想いを公園の深い懐にぶつけて、ここまで来れた。

もちろん、夫は自分が先に逝く事を予想してここに決めた訳ではないと思うが、

今は、残された私にこの景色をプレゼントしてくれたように感じている。

  

美しい景色を眺めながら、この景色をプレゼントしてくれた夫に

   心の中で、感謝のことばを並べていた私した。

2010年5月14日 (金)

自治会カード

自治会の班長さん(今年はお隣さん)が自治会費徴収のお知らせと

自治会カードの記入をお願いしますという事でやって来た。

自治会カードは、ここに引っ越して自治会に加入する時に提出してあるが、

今度改めて、みんなに書き直してもらうという事らしい。

  

<こういうのって、いやだなー!・・・今度は私一人の名を書かなきゃいけないんだよね>

カードを見た瞬間にそんな事を思った。

些細なことなんだけど、こういうところに 「世帯主○○」 と記入する度に、

ズシッ!と 来るものがある。

 そんな事を考えながら、お隣さんに、

”ここに一人の名を書くと、一人暮らしがバレちゃうね!” と 言うと、お隣さんは、

”いいじゃない、2人の名前を書いておけば!” と 言う。

  (これは、防犯上の問題として

     誰が見るか分からない名簿に記入するのに抵抗があるということからの会話)

”そうしたいところだけど、やはり、そういう訳にもいかないでしょ!

    だって、災害が起きた時に「あそこは ご主人が居るから丈夫!」 と言って、

                          助けに来てくれなかったら困るもの・・・”

  

・・・これは自治会カードがどのように利用されるかという問題。

 「自治会カードは自治会長の責任において保管し一切他に公表致しません」

ということが書かれているが、それを信用して、本当の事を書いた方がいいのだろう。

  

自治会カードは記入後、茶封筒に入れて封をして提出する事になっている。

2010年5月13日 (木)

ギョッ!・リアルな場所

お客様の所に完成品をお届けしようとメール入れた。

  

「ご注文のお品が出来上がりましたのでお届けします。

 お届け先はお勤め先がよろしいですか、それともご自宅へ?」

「勤め先の方へ お願いします」 と 返信メール。

   

「それでは、お勤め先の方に伺います。

   先日打ち合わせの時にお会いした場所でお待ちしています」 と 私は

街中にあるお客様のお勤め先の近くで 待つ事をお伝えした。

すると、こんなメールが、

 「ゴメンナサイ! 明日の勤務地は火葬場なの」

         ”ギョッ!” リアルな場所。 一瞬目を疑う。

    w(゚o゚)w <・・・それは無いでしょ!> って感じ。

  

でも、このお客様の勤務先はセレモニーホールだから、そんな事もあるよね、確かにthink

「それでは、そちらに!」 と 返事をしながらも、

<魔除けに、数珠を持って行こうかな> なんて、真剣に考えてしまった。

   

こうして、私は16時過ぎ、人気の全くない斎場前のセレモニーホールの駐車場にて、

何だか複雑な気分(お客様には全く罪はないのにね!)で 

                      お客様が仕事を終え出てくるのを待った。

  ・・・雲一つない澄んだ青空の天気で助かった wink 。

     このような所で さわやかな青空が無かったら気が滅入る。

    

16時20分 お客様に完成品をお渡しして、お仕事終了・・・無事帰途に!

2010年5月12日 (水)

今度の舞台は

再来週、合唱の舞台本番が待っている。

今度の舞台は、大ホール。ある会社の会のオープ二ングで2曲歌う。

昨年全国大会に行った事で、私たちの団体にお声がかかったようだ。

 

音楽とは全く関係のない集まりだから、観客になるのは

         合唱に興味のない人達もたくさんいることだろう。

でも、そんな人たちにも こちらを振り向いてもらえるような演奏が出来たらいいなと

団員のみんなで心を一つに手を抜く事なく練習している。

最近私は、ちょっとヴォイトレの効果が出て来ているのか、自分としてもいい調子なので、

広い会場だが最後列の人にまで届くような声(大声というのでは無く、遠くまで通る声)を

出すつもりで、歌いたいなと思う。  (・・・一番後ろで夫が聴いていると思って)

   

「・・・何気なく聞いた歌に心洗われる時もある。

    ・・・思いがけない歌に励まされることある。」

そんな歌になるかは分からないけれど、私たちのやるべき事はただ一つ。

        「素晴らしコーラスを聞かせる事」

いいハーモニーが出れば、きっと会場のみんなに私たちのメッセージは届くはず。

そして、私たちの次に繋がるチャンスも、またきっとそこから生まれる。

 

2010年5月11日 (火)

バラが咲いた

20100510_dvc00075 夫との思い出がいっぱい詰まったバラが咲いた。

       ほんのり甘い香りが幸せな気分を運んできてくれる。

  

   夫が旅立った年に夫の実家を夫の親族に譲る事になった。

  実家は結婚してすぐに夫の両親が相次いで亡くなって、その後20年間夫と二人で

  仕事休みのほとんどを費やし、畑の草刈りや庭の手入れをして私たちが守ってきた。

  夫の実家には、夫の両親の思い出と共に、私たちの思い出もいっぱい詰まっていた。

   親族に譲る決断、それは私にとって 夫との結婚生活の一部を失うかのような

  心をえぐられる無念の思いがあって、今でも考えれば色々な意味で悔しいが、

  自分で いろんな方面から一生懸命考えて決めたことなので、

  <これが一番いい決断だった。これで良かった。> と 思っている。

  

 実家を引き揚げる際に、荷物と共に、私たちの思い出の詰まった植え木も

何本かを我が家に引越しさせた。

 「この植木たちが我が家にあれば、

     思い出を手放した悔しさも無念の思いも・・・すべて諦められる。」

そんな事を考えながら一人で、スコップで掘り上げ、車に乗せて・・・。

       今考えれば、<あの時は何かに取りつかれたように必死だったな> と思う。

   

話は戻るが、その中の一つがこのバラ。

以前このブログでもこの事は記事(2009/3/5 バラは強し!バラは私のお手本です)に

しているが、一時は枯れそうになったものの あれからしっかり根付いている。

  

このバラは夫の母が植えたもので、夫も大切にこのバラの世話をしてきた。

”今年も咲いたね!” 

そんな事を言っていた夫がどんな想いでこのバラの花を見てきたのか、

聞いてみた事はなかったけど、心の何処かに

          きっと母の優しい微笑みを感じていたのだろう。

そのバラが今我が家で 私に優しい夫のほほ笑みを蘇らせてくれている。

               ・・・昨日までの仕事の疲れも、一気に吹き飛ばしてくれた。

  夫とお母様からのご褒美のようです。

   

  heart04 ○○さま(夫の呼び名)、お母様 バラの花をどうもありがとう!

           とっても、うれしいです。

2010年5月10日 (月)

いやー、疲れました

今回の仕事は本当に疲れました。4月の中頃から取りかかっていたのですが、

思うように仕事が進まなくて、苦労しました。

  <普通だったらこれで上手くいくのに> という所が、材料の質の違いで、

<こんなにも大変なのか!> と大いに勉強させてもらいました・・・って、感じです。

大変な上に、自分が求める結果が出せなくて、何度も何度も挑戦なんていう個所もあり、

途中、投げ出したくなるほどキツイ仕事でした。

    <・・・こんな時もあるよ! 仕事だからね>    

   いやー、疲れました (;´д`)トホホ…。 

   

おまけに、ここの所のハードスケジュールのおかげで、軽い風邪まで私の所に

滞在している。寝込むほどではなかったけど、ティッシュが手放せない状態が続き、

<こんな時は、食べる事!> なんて思いこんじゃったものだから、体重まで増えた。

   ・・・これだけ、食べられるのだから体は大丈夫なんでしょう。

   (でも、この食欲は、難しい仕事をしているストレスのような気もするけど)

      

今日でようやくこの仕事から解放されます。(・・・ホント解放されるとことばがピッタリ)

  < 解放感が、うれし~い!> というところまで あと一歩です。

            最後まで・・慎重に・・・慎重に!

2010年5月 9日 (日)

感謝・・・母へ

お母さん、ありがとう!

この言葉だけでは、言い表せないぐらい本当に感謝しています。

夫が突然の入院となり命の期限を突きつけられた時、私は

あなたに真っ先に知らせました。

その一年前の兄の死から まだ完全に立ち直っていないあなたに、

こんな辛い事を話さなければいけない事に、少し躊躇したのですが電話してしまいました。

           ・・・一人では、崩れてしまいそうな私だったから。

お母さんはすぐに駆けつけてくれましたね。とっても心強かったです。

何をしてくれなくてもいい、お母さんが傍に居てくれるだけで・・・大丈夫!

   

意識が遠のく夫の手をずっと握り締めていてくれた母。

”○○さん、○○さん!” と 声をかけ続けてくれた母。

母と一緒に泣き、母と一緒に乗り越えてきた夫の死。

あなたは今も、誰にも言えない私の嘆きも苦しみも・・・すべてをいつも無条件で

                               大きな愛で受け止めてくれています。

 ここまで頑張ってこれたのは、あなたの支えがあったからです。

 崩れないでいられたのは、お母さんのことばの一つひとつがあったからです。

 

 お母さんありがとう!heart04 

  先日約束した横浜行き、楽しみにしています。

          夫が好きだった景色とお店を案内しますね!

2010年5月 8日 (土)

木々のトンネル

湖のある公園に新緑のこの季節から、私の好きなウォーキングコースが出来上がる。

緑がより深くなり、木々に挟まれた小道がトンネルのようになるのだ。

   

木漏れ日を浴びながら芝生の中の小道を歩き、しばらくすると遠くに見える

100mほどの、そのトンネルは周りと比べると少し薄暗い。

   ・・・何か別世界への入り口のような感じが気に入っている。

<このトンネルを走り抜けたら、夫に会えるかもしれない!>

       そんな事を心の何処かで思う私がいる。

「森林浴をしながら、自然と一体になれるひと時は、自然に帰った夫との触れ合いの場。」

そう考えると、私がその道を走り抜けて行く時はいつも夫に会っている事に

なるのかもしれないが、そうではなくて、

本当に夫の居る世界へ繋がっているような気がするのだ。

  (当然の事ながら、そこを走り続けてそろそろ一年になるが夫には出会えない。

                ・・・しかし、そんなことを想像出来る事が どこか楽しいconfident

    

何処に繋がっている訳でもなく、その木々のトンネルを抜けると現実の世界へ再び・・・。

    日差しを受けた湖面がキラキラ輝く。

  

       でも、一生懸命歩き続けたら、いつかきっと・・・。

2010年5月 7日 (金)

5月の蒸し暑い夜

この時期にしては何か蒸し暑い夜で、寝苦しく夜中に何度も目が覚めた。

おまけに変な夢を見て、今朝は早朝4時半の起床になってしまった。

今朝の最低気温は18度を超えていたというから、驚きだ。

   

本当に変な夢を見た。亡き夫の夢なのだが、後味の悪い夢だった。

寝苦しい夜には、決まって変な夢を見る。

  

・・・私の隣で夫が寝ているのだが、その夫はもう死んでいる。

夢の中では夫に触れる事もなかったので、冷たくなっているかどうかは分からなかった。

何故、そこに亡き夫が横たわっていたのかも定かではない。

それとは別に、部屋の中には、亡き夫の上半身が銅像のように立っていた。

(夫が二人いる訳ではないのに、両方とも本物の夫だった。)

   ・ ・ ・

すると、警察の人が部屋に入って来て、

死んだ人をそのまま何年も放置していた罪で、私は捕まるはめになる。

<・・・おかしいなー! 夫は火葬して、きちんとお葬式も済ませているのに> と

夢の中の私は考えているが、そこに横たわっているのも、銅像の様な夫の上半身も

確かに夫だった。

その時、銅像のように立てられた夫の体が 「ドロッ!」 と 崩れ出しそうになり、

<2年半もそのままにして置いたから、そうなってしまったんだ。どうしよう?> と

慌てる所で目が覚めた。(気味の悪いことを書いてゴメンナサイ)

   

何なのこの夢。目覚めた時の気持ち悪さ。

<エッ! もしかして私のベッドにまだ、夫の死体が横たわっている?>

寝ぼけながらも、周りを見回し手探りをして、何も無い事を確認し、安心した私だった。

   

夫のものを片付けないでいる事に対して、最近、<こんなんじゃ、いけないな!>と

思っていたから、きっとこんな夢を見てたのだろう。

警察に捕まらないまでも、夫が”成仏出来ない!” と 私に告げているような気がした。

2010年5月 6日 (木)

~しなければいけない(その2)

昨日の記事「~しなければいけない!」を書いていて思ったんだけど、

次の一歩が出る時は、このことばが、

~しよう!」 と 考えられるようになった時なのかな・・・。

<頑張ろう!> とか、<一人でもやってみよう!> となれば、

次に続くことばに、

<楽しもう!> とか、<明るく生きよう!> とか 前向きなことばが付いてくる。

  

ことば尻を取るような考えだけど、この二つのことばは受け取る側からすれば、

雲泥の差がある。自分で自分に言ってる事だけど、押し付けられるような考え方より、

自発的な考え方の方が気持ち良く受け取れる。

<出来るかどうか分からないけど、まずはやってみましょう!> と 快くスタート出来る。

  

「~しなければいけない!」 と 自分を追い詰める私から、

「~しよう!」 と 自発的に動ける私に変われるのは、いつかな?

 ・・・その時は、私の過ちに対して、夫の許しが得られた時かな?

     自分の心がけ一つという気もするけど・・・。

2010年5月 5日 (水)

~しなければいけない!

色々な事に <~しなければいけない!> と思って、過ごさざるを得ないこの生活。

     ・・・ストレスの根源は、このことばなのかもしれない。

  

夫亡き後も頑張って生きなければいけない・・・立ち直らなければいけない。

いつまでも嘆いていてはいけない・・・強く生きなければいけない

一人で何でもしなくてはいけない・・・なんでも一人で決断しなくてはいけない

人前では元気な自分で居なくてはいけない・・・いつまでも愚痴ってはいけない

夫のものを片付けなければいけない(まだ出来ないのだが、気になり続けている)。

一人でもけじめある(メリハリのある)生活を送らなければいけない

食事はしっかり取らなくてはいけない

細かいことだが、

一度に食べきれない物があれば、賞味期限までにこれを食べなければいけない

             ・・・etc.

     私が「~しなければいけない事」は、日々の生活の隅々にまで潜んでいる。

  

こうした考え方も、夫の死から始まったものではなく、私の性格から来るものだろうが、

自分で自分の首を絞めているようなものだと思う。

それと同時に、こうした物の考え方を夫にも押し付けてきた自分があって、

夫に余分なストレスを与え、夫は突然の病を引き起こしたのではと思った。

   

しかし、何もかも、もう過ぎてしまった事で、夫には心の中で詫びるしかない。 

夫が許してくれるかどうかは分からないが、私は、こうして自分を縛りつける事で、

罪を軽くしようとしているのかもしれない。

                  どこまで、自分本位なのだろう・・・。

こんなだから、やっぱり私は、夫亡き後の一人の生活に耐えていかなければいけない

  

2010年5月 4日 (火)

仕事がはかどらない時

手仕事で一つのものを仕上げる私の仕事は、自分が動かない事には、

仕事は決して終わらない。

気分が良くて乗っている時は、仕事もスムーズに進んで良いのだが、

当然いつもそんな時ばかりではなく、<やらなきゃ!> と 自分を奮い立たせて

アトリエに向かう事もしばしば。(たとえば、こんな連休中の仕事wink

そして、そんな時に限って、苦手な仕事ややり難い仕事が待っている。

         ・・・一気にペースダウンだ。

 私にとって苦手な仕事、やり難い仕事とは、未知仕事で作り方の計画が

立てられなかった物。(未知の仕事でも、完成経路の予測のつくものは仕事がし易い。)

つまり今まで作った事もないようなデザインの物(自分でデザインして置いて変な話だが)

を作る時で、模索しながら仕上げる時だ。・・・上手く出来るか予測不可能だが、何としても

                            想うように仕上げたい。

そんな事がプレッシャーになるので、気が重くなる。

仕事を放り出して、何処かに行きたくなるが、後で困るのは自分だと思うとやるしかない。

<少しでも、仕事を進めて置けば、後が楽!> そんなことを思い自分を励ましている。

しかし、気の乗らない時に難しい仕事をすると、なかなか上手くいかないのは経験上承知

しているので、自分のエンジンが温まるまで、暖気運転ではないが、その時に出来る、

取りかかり易い個所を見つけて、そこから仕事を始める。

 

そのうちだまされた様に、乗って来て、困難な個所も何とか切り抜けられる。

      ・・・やり始めれば、いつしか仕上げ方は見えてくる。

  

<生きるというのは、私のこの仕事ト共通するものがあるなー> と 思う。

自分の身に起こった事は、良い事も悪い事も投げ出す事は出来ない。すべて自分が

背負わなければいけないし、自分で処理しなくてはいけない。

一気に重い事項を背負う事は出来なくても、出来る事からその事にあたっていけば、

    ・・・随時、道は開けて行く。  

適応できるようにちゃんと神様が人間を作っていてくれているのかもしれない。

2010年5月 3日 (月)

「さあ、行こう!」

夫より早起きして、お弁当づくり。

 (お祭り会場でも屋台の食べ物屋さんがいっぱい出てるけど、混雑してるし、

     やっぱり好きなもので楽しみたいからね!)

焼き鮭にのり弁、から揚げにトマトと玉ねぎのマリネ、厚焼き卵。

そうそう、ビールのおつまみにソラマメを塩ゆでにして・・・と、朝から大奮闘。

         (・・・どれも夫の好きなものばかり)

缶ビールと缶コーヒーを保冷バックに詰めて、出来あがったお弁当と酒のつまみの

お菓子も少し手提げに入れて・・・っと、お祭り見物の準備完了!

   cafe

夫が ”おはよう!” と言って 起きてくる。

   ”もう、お弁当作っちゃったの! 頑張ったねー。楽しみhappy01 ”

いつもの朝食はご飯とみそ汁に目玉焼きといった和食だが、

    お休みの日はパンとコーヒー。 

  ・・・コーヒーのいい香りが 休日の二人の朝を一層ゆったりした気分にさせてくれる。

  

”それにしてもこの荷物重いね!” と 夫。

”ビール飲んだらお昼寝できるように、大きなシートも入れてあるからかな・・・”

”でも帰りは軽いからcoldsweats01 ・・・これほとんど、食糧なの。

                  ぜ~んぶ二人のお腹に入っちゃうんだよ” 

 と ・・・私は苦笑いdelicious

  

そんな会話をしながら、市内各所から出ているお祭り会場直行バスの乗り場に向かう。

   ・ 

   ・

   ・

3年前までのお祭りの日の朝の様子。

お祭り初日の今日の朝も、風もない穏やかな晴天。

         ・・・静かな朝です。

あの時と同じように、コーヒーの香り漂う部屋で、一人ゆったり。

                 ・・・あの日の朝が頭に巡る。

2010年5月 2日 (日)

お祭りの前夜祭

明日3日からの全市をあげてのお祭りを前に、夕方から先ほどまで前夜祭が行われた。

市内各町内各所で、それぞれの町内ごとに揃いの法被に身を包み、

明日からの祭りの成功と無事故を誓い一致団結。

               ・・・みんなかなり気合が入っている。

出かけた前夜祭の会場では4町が合同で、練りを行った。

大小の太鼓の響きに合わせ、掛け声が入り、全員で練り歩く。

太鼓の音が響き始めると、私の中の血が騒ぐのを感じた・・・やっぱりお祭りはいいなー!

  (気分の高まりとともに込み上げてくるものもあったが・・・)

    

普段はまじめにお勤めの人達もこの時ばかりは、

髪の毛の色が変わっていたり、モヒカンスタイルだったり、丸坊主になったり、

女性たちは3日通しで美容院に祭りのヘアーセット予約をしたりと

                            すごく気合が入っている。

この時の為に、体力づくりをしてきた人もいる。

    ・・・みんな祭りが大好きなんです。

   

明日から、3日間ともお天気に恵まれるというから、昼の祭りも夜の祭りも、

かなりの盛り上がりを見せてくれるだろう。

    仕事を早めに片付けて、私も祭りに行かなくちゃ!

           

 

懐かしいよ

夫と結婚生活を始めた町を車で通った。

元あった家の前を通り過ぎる時、ふとあの頃のことが思い出された。

     ・・・懐かしかった。 何か温かいもの包まれるような感じがしたと同時に、

                    身をえぐられるような感覚が、ズシーンと来た。

   

 こんなにも幸せな時間が続いていいものなのかというほど、

穏やかな毎日だったあの頃。・・・家の中には、笑顔と楽しい会話が満ち溢れていた。

 世間でいう嫁姑の問題も多少抱えてはいたものの、夫の両親とは、車で1時間半ほど

離れて暮らしていたので、それほど苦になるものでもなかった。

 夫は穏やかで、怒る事などほとんどない人だったが、対照的に夫の両親は、

何事においても厳しく感情をそのままぶつけてくる人たちだったので、

今となっては懐かしい思い出だが、私なりに結構神経を使って接した。

 そんな両親も私たちの結婚後、2年目、3年目で、相次いで亡くなり、

夫と二人寄り添い、支え合うような生活を営んできた、思い出の家。

  

 今、あの時の家族はみんな逝ってしまって、一人私はこうして、車を走らせている。

        時はこうして過ぎて行くものなのか・・・! think

   

そして、これからまた何年かが過ぎたら、

<あの時、こんな事を思って、この道を通ったなー!> と 

また懐かしく思い出される事なのだろう。

    

2010年5月 1日 (土)

そんなこと考えちゃダメ!

夫は発病の前日までいつもと何も変わらない生活をしていた。発病の二日後、

旅立って逝ってしまった。人の人生、本当に明日の事は分からない。

その事がどうも私の頭の中から抜けていないようだ。

   

昨日仕事スペースを広げる為に模様替えをしていた時に、あるものが必要になった。

<買いに行こうかな> と 思った次の瞬間、

<そんなに、仕事に投資したって、私が居なくなったらまた、ごみが一つ増える> 

なんて、思ってしまった。

・・・せっかくやる気になっている自分に水を差すような事が頭に浮かんだ。

   

「そんなこと考えちゃダメ!」 (・・・もう一人の自分の声)

  

自分の亡き後の事を考えたら、何も進まない。今したい事が有れば、思うようにしたら

いいのだ。  ・・・それが無駄になるその時までは、十分楽しめるではないか。

 それが一日で終わってしまうかもしれない、でも何十年も楽しめるかもしれない。

そんな事は結果が出なければ、分からないのだ。

もし、<無駄になるからやめておこう> と やらなかったら、一日も楽しめない事になる。

  自分で勝手にブレーキをかけるのは止めよう!

    なだらかな坂道のドライブは その自然な加速が心地よいのだから・・・。

   

一日でも人生を楽しめるのなら、やはり、思うようにやった方がいいよね。

何も不必要なことをする訳ではない。

   何もしなかったら、諦めざるを得なかったストレスと後悔が残るだけだ。

        

 

 

 

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