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2010年4月24日 (土)

受け取り方一つ?

 自分でも言う事があるし、周りからもよく言われる事に、

  「物事は受け取り方一つで、良くも悪くもなる」 と 言うことばがある。

  特に夫と死別からの私はこのことを考える場面が多くなった。

  

  本当にその通りなんですが、自分自身もそうだと思っているにかかわらず、

 時として、<そんなこと言ったって!> と 思いっきり、悪い方に考えて、

 メチャクチャ凹みたくなる時があるのは何なのでしょう。

  それは、そんな時の私というのは多少無理をしている自分がいるようで、本当は

 落ち込んでいる私が真の姿であるからであるようだ。だから、思い切り凹むことにより、

 その偽りの仮面を剥がし、真の自分をさらけ出す事で気楽になれるというのが、

 ホントのところだからだと思う。

  

  物事をいい方に受け取るには、強い(前向きな)自分が残っていないとダメみたい。

           (・・・夫との死別を背負ってしまった私にはだけど)

    少し、気合を入れて、フー吐息を吐いて、

                ”よ~し!” と いかないと なかなかいい方に取れない。

 ・・・背筋を正せる時でないと上手く受け取れないです。

 だから、少しパワー不足になると、楽な道を選びたくなる。

   悲しみの中にどっぷり漬かっている方が、心が休まるという、

                   一見 矛盾したような現象が起きてくる。

  

  「受け取り方一つで人生明るく楽しく生きられる」 って、分かってる。

    しかし、良い方に受け取る事が、出来る出来ないではなくて、

              ・・・私の心がそれを望まない時もあるようです。

    夫と死別後の私の心の中は、複雑でなかなか一筋縄ではいきません。

  

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死別後の心の動き」カテゴリの記事

コメント

大きなおめめさん、こんばんは。うちは今日三回忌法要でした。昨日までの寒さがおさまり、今日はお日様も顔をのぞかせてくれてほっとしました。来てくださった皆さんから「もう2年なのね」という言葉を沢山頂きましたが、その度に私の時間の経過との違いをつくづく思いました。

私は自分でも不思議なくらい二つの相反した気持ちを行ったり来たりしているようです。
悲しくて当たり前と居直って暗い方へ暗い方へ自ら行く自分、目の前の情報に敏感に反応して結構新しいところへも出て行く自分・・・どうもよく分かりません。
心から人の幸せを祈れるときと、そんなきれいごともいえないや!と妬んでいる醜い心の時と・・・・全く、扱いにくい「私」です。

主人の思いを出来るだけ感じ、それを実現するだけを考える・・・そうすれば、少し穏やかになれるかなあな。今日の日が終わって、ちょっとぬけ殻のようです。

masaさん、またひとつの区切りですね。
心の揺れ動きは、ここからまた一歩を踏み出すことへ序章かもしれませんね。

凸も凹も、どちらの心も自分自身です。
そんな揺れ動く波の幅が少しづつ小さくなって行って、そしてだんだん穏やかに
暮らせるようになっていくのでしょうね・・・いつかきっと・・・。
    

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