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2010年3月

2010年3月31日 (水)

退職の日

兄は教員をしている。先日、来年度の職員移動が新聞に載った。

定年退職の欄に兄の名前が記されている。・・・何とも感慨深いものであった。

  

妹として、長年頑張って来た兄に 「御苦労さまでした!」と心から思っている。 

それと同時に、定年退職の日を迎える事無く、旅立ってしまった、

二番目の兄と私の夫の事を想った。

この二人にも、この日を迎えさせてあげたかった。二人のその日の華やかな顔も

見たかったし、二人に祝杯を上げ、御苦労さまと言うことばをその日に伝えたかった。

きっと、退職の日を迎えた兄の心中にも、この二人の顔が浮かんでいることだろう。

  

兄には第二の人生をシニア海外ボランティアという形でスタートする計画が出来ている。

ここからは家族を守る事はもちろんだけど、健康に気を付けて、自分の為に、

自分のやりたい事を 思い切りやって欲しいと思う。

兄のこれまでの築き上げた人生に乗せた新たな人生へのスタートに

応援の拍手を贈りたい。

2010年3月30日 (火)

花冷え

桜の満開が近くなったここのところ、花冷えが続く。

家の中から、窓越しに庭を見れば、春の日差しが降り注ぎ、

色とりどりの花たちや、薄っすら緑色に色づき始めた芝生の庭が

温かな春を伝えている。

  

春物の軽いファッションでお出かけといきたいところだけど、

一歩外へ出れば、風が非常に冷たい。

窓越しに見る、澄んだ青空と温かそうな日差しに

そよぐ春風は・・・触れてみれば冬の様な寒さ。

すべて裏の顔を持っていた。

何となく、夫が逝ってしまって寂しくないはずはないのに、

”大丈夫だよ!”と、虚勢を張っていた頃の自分の姿と同じだと思った。

  それでも花は咲き、緑が噴いてくる。

      人も自然と一緒です。

   

今日は一転、sun

日本列島が高気圧に覆われた風の無い晴天。

裏切りのない温かな春の日差しが朝から降り注いでいる。

現在の私の心の中のように!

            ・・・あの頃の虚勢を張った自分はいない。

2010年3月29日 (月)

さすが我が同期

結婚前にお勤めをしていた会社の同期入社の仲間、

同期会という事で久しぶりに友との再会をした。

昨年この時期に20年ぶりの同期会を行い、大盛況!

”来年もやろうよ!”という事で先日の会となった。

前年同様 楽しいhappy01会だった。

 

同じスタートラインから出発した男女合わせて20名位。

当時と変わらない顔を見ると何だかホッとする。しかし、20年も経てば、

皆にそれぞれの道が開け、異なる人生を背負っている。この一年でも

いろいろな事がみんなの身に起こっている。

話が深まってくれば、ポロっと本音も飛び出してくる。

<そうかー!、大変なんだね>と いうところだ。

   

自分の苦労は他人に分からないと一緒で、他人の苦労はなかなか背負えない

ものがあるけれど、人生の参考として頭に入れておこうと思う。

  

でも、嬉しいことは、「どんな苦労があっても、みんなそれぞれの中で、

                                頑張っている事。」

・・・さすが我が同期!(拍手!)

自分の置かれた現状の中で、自分の成すべき道をしっかり歩いている。

自分も負けてはいられないと再び元気をもらって、帰ってきた。

2010年3月28日 (日)

ロングドライブ

久しぶりのドライブ。今日はいつもより、遠くまで足を延ばしてみました。

夫が亡くなってから、あまり高速道路を使っての遠出は

していなかったのですが、車にETCも付けた事だしと、今日は高速道路を

片道140キロほど走らせました。往復で280キロです。

ETCの休日割引の恩恵もありますからね。

  

以前は、高速に入ると

”僕が運転するよ!”と 夫が運転していましたが、今日は当然ながら私一人です。

・安全運転に心がけ、車間距離をしっかり取る。

・無理な運転はしない。

・休憩を定期的に入れる。

いつも助手席で私が夫に言っていた事を心の中でつぶやきながら、夫の写真を

金属プレートに転写したペンダントを胸に下げてのドライブです。

数か所のサービスエリアでの休憩もしっかり取って、

お土産物を見ながら、リフレッシュ!

大きな渋滞も無く、結構快適なドライブとなりました。

サービスエリアの桜も八分咲きくらいの見頃で、お花見も各地で出来ました。

  

こうして、些細なことでも自分一人でも出来る事を少しづつ増やしていくことで、

夫の逝ってしまったこれからを生きる自信になっていきます。

2010年3月27日 (土)

鏡の中の私

人は年齢を重ねるに従って、生活というか生き方が顔に出てくるという。

本当に同じ年でも同窓会などで久しぶりに再会すると、とても同い年に思えない位に

個人差を感じる事がある。

20代の頃は、そんなに差が無いのにね。

この歳(?)になると同窓会の様なものは、嬉しくも有、恐ろしくも有となる。

  

先日鏡の中の自分をまじまじと見て、ギョッとした。

<顔が変わってる!>

毎日鏡の前に立ち、お化粧や髪をとかしたりしているのに、気が付かなかった。

<私の顔って、こんなだったかな?> <・・・ちょっと違うよ>

ちょうどコンサートの手伝いで睡眠不足が続いた時期だったが、その分を差し引いても、

以前(夫と暮らしていた頃)と比べると、この時の顔は、私には別人みたいに見えた。

  

確かに、最近笑う事も少なくなった。(一人でいて、会話する事も無いから、

                                                                                当たり前だけど。)

顔の表情筋を動かす事も少なくなってるから、当然顔つきも変わって来るんだと思う。

<精神的な部分も顔に出るんだろうなー>と 思うと恐ろしい。

気を付けなくてはと大いに反省した。

  

とりあえず出来そうな事として、趣味の歌を生かそうと思う。

ヴォイトレやコーラスの歌を歌う時は、結構顔の筋肉をあちこち動かすし、

頬骨を上げて笑顔を作って発声する事も多いから、顔の表情筋の

いい訓練になりそうだ。

歌は心にゆとりをもたらしてくれる。

以前は、暇さえあれば歌っていた歌も、夫が逝ってしまってからは

レッスンの日しか歌っていなから、また自分の顔の為にも、心の栄養の為にも

もう少し身を入れてやらなくてはと思う。

普段の生活から、<満足した!>と思えるような毎日を過ごしたいものです。

  

久しぶりに会った人からも、いい方に「変わったね!」と見られるように・・・。

・・・というよりも、自分の為にね。

鏡を見て、<ビックリしたー!>では、困りますから。

 

今日は会社にお勤めをしていた頃の同期会、みんなの目に

この私の顔はどんなに写るのだろう・・・。

2010年3月26日 (金)

大当たり!

面白くない事があって、ウォーキングで気分転換をしようと

仕事を中断して出かけ、そのまま食品スーパーへ。

  

カラン、カラ~ンbell ”大当たりで~す!”と

定員さんの大きな声が聞こえてきた。

何、何?・・・何の福引き? 

  当然 チェック。

どうやら、ポイントカードのポイントで最高5回の抽選が出来るらしい。景品は? 

そのスーパー各店で使える期間限定の商品券が当たる。

最低でも、ポイント換金分の商品券が当たるというので、損は無いというもの。

何も知らないで来たけど、本日だけのイベントであります。

<帰りに私もやってみよう~wink> っと。

(この時点で、すっかり出かける前に面白くない事が

                  あったなんて、すっかり忘れてる私でした。)

  

買い物を終え、ポイント交換で5回の福引きが出来た。

箱の中から、5枚の三角くじを選び、定員さんに渡す。

過去の経験からいくと結構こういった軽いくじには、強い私です(宝くじはダメだけど)。

「今回は?」 と

期待を込めて、三角くじを開く定員さんを見つめます。

  

一枚目 ”おー! 一等です。”

 カラン、カラ~ン!bell ”大当たり!”

 「すご~い!(拍手) うれし~い!」 純粋にはしゃぐ私。

二枚目 ”おー!今度は二等です。”

 「やったー!(またまた拍手)連続ねhappy01」・・・すっかりご機嫌の単純な私。

 隣で福引をしていたおばさんが、羨ましそうにこちらをのぞき込んでいます。・・・coldsweats01

残念ながら三枚目 、四・五枚目は四等(最低)でしたが。

  

こんなことで運を使いたくないなと思いながらも、当たれば嬉しいのが福引ですね。

まあ、特賞が当たらなかったという事は、

「まだ運は使い切っていない」という事で良しとしましょう。

    ラッキー!得しちゃった。・・・ happy01

当たった商品券で、どんなおいしいものを頂きましょう。

2010年3月25日 (木)

桜も・・・休息

先日までの予想では、3月27・8日頃には桜はもうそろそろ満開(?)と

ニュースで言っていたけど、ここに来ての雨の冷え込みで桜のつぼみも

活動停止で、満開の桜はもう少し先になりそうです。

3月後半にきて、また冷え込んでます。

お庭スイセンも雨の重みに耐えかねて、うなだれてます。

  rain

雨音を耳にしながら、眠るのは心地よくて大好き!

その為か、ここのところ どうも朝寝坊が続き、午前中の仕事がはかどりませんcoldsweats01

おまけにmailチェックと称して、こんな風にPCに向かっているのですから、

なおさらですね・・・wink

でも、今抱えている仕事は、時間に追われない仕事なので、のんびりでも大丈夫。

・・・confident 気分はゆったりです。

ここ2・3日続いている雨がいい休息の時間を与えてくれています。

  

菜種梅雨のこの時期の雨は、ここから育つ植物にとっては

恵みの雨。無くてはならない必要不可欠なもの。

この私にとっても、とても有難い雨となっています。

 ・・・桜が満開になったら、気持ち良くウィーキングで お花見に出かけましょう!

      夫と最後にデートしたあの城跡へ・・・confident

2010年3月24日 (水)

冷え切った心の塊

充実した仕事が出来て、満足出来たと思っている気持ちも数日過ぎれば、

何処かに空白を感じている。

心から満たされたと思っても、スーッと勢いよく気持ちが冷めてしまう。

ここ半年ぐらいの私はいつもこんな事を感じてきた。

今回もまただ。

冷え切った大きな金属の塊が、表面だけ熱くなっても 中の方は温度が

上がっていなくて、刺激を止めると表面の温度が中の冷えた温度に負けてしまう。

  

< つまらないんだ! ・・・ 一人じゃ。>

  

夫の死・・・本当に重たい現実なんだと改めて思う。

  

 私のこころの隅にある空洞が 隙あればと口を広げて待っているような感じだ。

      ・・・冷えた空洞が熱を飲み込む。

ここにハマらない為には、私の場合 次から次へと色んな事をしていないとダメみたい。

心に刺激を与え続けることで、心の空洞にこちらから、色々なものを投げ込込んで

行けばいいってことかな。

なかなか、「続けて・・・」というのは難しいところだけど。

  

でも考えてみれば、熱くなれる自分が戻って来ただけでも、

死別したばかりの頃と比較したら、大変な進歩だと思う。

夫が逝ってしまった生活の中で、何かに熱くなれる自分なんて

あり得ないと思っていたものね。

  

<すぐ、冷えちゃったっていいよ!>

<最初から温められないよりはずっと、温度は上がっているはずだよ!>

前を向いて歩いている私の声が聞こえてきた。

  

・・・そうだよね。

自分の体温も上がって来ているから、冷えてしまっても、最初と比較した時の

その少しの温度の上昇に気が付かないだけなのかもしれない。

何度も何度も、こうして刺激を与えていけば、

きっといつか、冷え切った塊の芯まで熱が届いていく。

そして、温かい心の塊をいつまでも実感できる日がくるのだろう。

2010年3月23日 (火)

鳥のさえずり

庭の芝生の草取りをしていると、鳥のさえずりが近くに聞こえてきた。

ものすごい勢いでピチ、ピチ、チュッチュー・・・と鳴き続けている。

近くで聞こえるが姿が見えない。

            heart04   chick

あまり長い間、近くでずっと鳴き続けるので、鳥になって夫が来たのかな(?)と

思えてきた。(夫が亡くなってから、こんな非科学的なことを真剣に考える自分が居る。

         他の人にはきっと馬鹿げていると見えるだろう。それが普通。でも、

         こうして夢を見てる時しか、私には夫が傍に居ないから、それでいい。)

鳥のさえずりが、私に何かをしきりに話しかけている様に聞こえてくる。

   ・・・confident

しかし、相手は鳥。何を言っているのかさっぱり分からない。

<何を言ってるの?何を伝えたいの?>

            ・・・ear 

一生懸命聴き耳を立てるものの、やっぱり通訳なしにはどうにも理解出来ない。

 (鳥のさえずりをまじめに理解しようとする自分が面白い)

でも何か、夫が私に必死に何かを話しかけているのです。

  あちらでの近況を報告しているのでしょうか。

    ”あんな事があったよ、こんな事があったよ!”

 それとも我が家の春の庭で私と一緒に居られることを喜んでいる happy01 のですか。

   

・・・そんなに早口で話しかけても私にはわかんないよ~!

    ・・・happy02

<通訳が無いから何を言っているかさっぱり分からないけど、

  あなたが楽しく過ごしている事は分かりましたよ~。>

<よかったら、仕事の用件で連絡が取れなくて困っている人が

   いるから、その人に私の用件を伝えて来て!>

そんな事を思ったら、鳥になった夫に伝わったのか否か、何処かに飛んで行ったようで、

草取りをする私の耳に、鳥のさえずりは聞こえなくなった。

  

春の風は まだチョッピリ冷たい。

  

2010年3月22日 (月)

もう、すっかり春の庭

仕事も一段落し今日はかなりの朝寝坊です。

目が覚めたら、もう9時を回ってます。疲れがどっと出て、体のあちこちが痛い。

・・・結構ハードな日々が続きましたからね。

   

そんなで、お庭をゆっくり見る間もなかったのですが、窓を開け、お庭を見渡してみると、

     もう春の花が一杯咲いています。

桃の花、紫モクレン、コブシ、ユキヤナギ、スノーフレーク、

            レンギョウ、パンジー、ニワウメ、ベニバナトキワマンサク・・・etc.

色とりどりのお花が、風が、抜けるような青空が、

”春が来たよー!”と 言ってます。

   tulip

夫と植えたお庭の花たちが、夫亡き後も私に春を運んで来てくれている事が、

こころに沁みます。それぞれの庭木の花を見ながら、それを二人で植えた時のことが

瞬時に頭の中を巡ります。

”芽が出た!”、”花が咲いた!” と 

うれしそうに、ほほ笑みを浮かべながら私に報告する夫の顔が見えてきます。

  ・・・confident

誰もいない庭だけど、そこには春の訪れを喜ぶ、夫と私の会話が

飛び交っている感じがして、しばらくの間、その場に立ち続ける私でした。

2010年3月21日 (日)

「自信とプライド」と自分の居場所

今回色々な人と関わる仕事をさせて頂いて、自分の世界が少し広がり、

今までと違ったものが見えました。視野を広げる事の大切さを

実感出来た様な気がします。狭い世界に閉じこもっているだけではいけないと

ここからの自分の仕事に繋がるいい刺激受けました。

       ☆   ☆   ☆

コンサートに出演した声楽家のソリストたちの人柄や舞台に望む姿勢を

目の当たりにして、得たものは多い。

コレぺティトーアのピアニストやソリストたちはいつも同じ仲間と仕事をしている訳では

なく、いろいろな場で、色々な人達と接し、オペラを作り上げたり、コンサートを

作り上げたりしている。

いつも慣れない環境の中で仕事をするにもかかわらず、自分を思う存分表現し、

自分の持つ最高の音楽を表現しながらも、決して孤立することなく集まった仲間たちと

見事に一つになり、一つのステージを作り上げている。

そして、その一つになったステージが会場に集まった多くの観客の皆様に感動を与える。

  

それぞれの音楽家が、日頃の鍛錬で磨き上げた自分に自信とプライドを持っている

からこそ、鼻高々に振舞う事もなく、色々な人たちを素直に受け入れられ、

そこに集まった初対面のメンバーと交わる事が出来るのだろう。

しかも彼らは、何処に行っても、どの場に行っても自分の居場所をしっかり定め、

そこからオーラを放っている。・・・これって、すごい事だと思う。

   (私が今回もっとも見習いたいと思ったところだ。)

  

・・・こういう人たちと知り合えて、共に仕事が出来、こんな事を教えられるというのも

やっぱり何かの流れが自分に来ていると感じる。

  

「自分に自信を持つ事、自分を磨く事、自分を表現する事を

                         これらもっともっと追究していきなさい。」

そんな事を誰かに言われているような気がする。

卑屈な自分にならない為に、生きる事を楽しむ事が出来る様になる為に!

 

夫を亡くしてからは、何処に行っても自分の居場所が無いように感じて、ここまで私は

自分の居場所を探していた。

でも、何処に行っても、<ここは自分の居場所ではない>と思い、居心地の悪さを

感じていたのは、やはり、どこか卑屈になっている自分がいたようだ。

  

「自分に自信を持ち、プライドを持つことにより、

                自分の居場所は何処にも存在する。」

そういうことなんだろうと今は思う。

そして、自分の居場所を見つけられた時、幸福感を感じるのではと思う。

  

2010年3月20日 (土)

素晴らしき仲間

今日もコンサートのお手伝い。このコンサートが今回大仕事の〆でした。

今、コンサートの打ち上げが終わって帰宅したところです。

 今回のコンサートでは、素晴らしい演奏が聴けて良かった事はもちろんですが、

音楽を通して素晴らしい仲間に出会えたことが何よりも自分にとっての収穫でした。

お手伝いではありましたが、本物の音楽の楽しさ、心に響く歌に触れ、またさらに

自らを高めようとする声楽家のエネルギーに触れ、大きなパワーを頂きました。

  

一週間前の私だったら、”感動した!” とここまでだったかもしれませんが、今の私は

違いました。今日の自分には何とかこの人たちの仲間に入れて頂きたいと強く思う自分

がいました。自分の得た感動を素直に伝え、このチャンスを逃すまいと積極的に自分を

PRして話しかけている私がいました。

            ・・・我ながら、<自分も変わったなー>と 思います。

人と人の縁は何処からどう繋がっていくか分かりません。

せっかく素晴らしいお仲間とお近づきになれたのですから、仕事の幅を広げていく為にも

縁を繋げ、巡って来たチャンスは逃してはいけないと強く思いました。

  

ここ数日は移動が多かったので、少々不規則な睡眠時間で多少疲れを感じるところも

ありましたが、いい仕事が出来た事と、素晴らしいコンサートを作るお手伝いが

出来た事、素晴らしい仲間にめぐり遭えた事で、とても幸せな気分です。

  

何もかもが、夫の導きだと私は思っています。・・・夫に感謝です。

この導きを無駄にしないよう、これからまた頑張ります。

2010年3月19日 (金)

素晴らしいコンサートでした

昨夜のコンサートは、大変な盛り上がりでした。

和気あいあいと歓談し合う舞台裏とは全く異なり、舞台に上がったソリストたちは、

それぞれが互いに競い合うかのように御自慢のオペラのアリアを披露する。

実力派の声楽家たちの歌声はホールに響き渡り、体の芯まで伝わってくる。

・・・次第にお客様が夢の世界に導かれて行くようだった。

  

歌と並んで、いやそれ以上に素晴らしかったのは、ピアニスト氏。

コレぺティトゥーア(オペラの伴奏ピアニスト)のオーケストラの演奏を

思い浮かばせる様な音色は、ソリストの歌声を乗せて、見事に歌の世界に風景を

見せてくれた。ベテランのピアニストによる、音を自在に操っているかのような音色は 

実に心地良くホールに響き渡りました。

 会場からもピアニストへの拍手は大きかった。

  

現実を忘れてしまうかのような感動のコンサートでした。

それぞれの声楽家・ピアニストの方がたに、いい音楽を聞かせて頂いた事への

感謝しています。

・・・おまけに

生、秋川・・・さんによる、生、「千の・・」も聴けたし、少しだけお話も出来たし・・・happy01

2010年3月18日 (木)

コンサートのお手伝い

今日はオペラ・ガラ・コンサートに仕事絡みのお手伝いで、東京です。

仕事と言っても、今日はお手伝いなので気が楽winkです。

久しぶりにお会い出来る方も居て、お顔を見られるのが楽しみです。

   note note note

ソリストは男女合わせて9名の声楽家たち。

           皆さんどんなアリアを聴かせてくれるのでしょう。

それぞれの方がお得意のアリアnotesを聴かせてくれるというのが、

オペラ・ガラ・コンサートの醍醐味です。

特別ゲストに秋川さんも(?)とか聞いていますのできっと素敵なコンサートになると

期待しています。

 

裏方のお手伝いといっても、幕が開いたら、聴きに行こうと思ってます。

                   (大丈夫だと思うけど・・・wink

友人に練習風景の様子を聞いたら、ずいぶん楽しいコンサートになりそうなので

<絶対に聴きたい!・見たい!> と思ってます。

 

といっても、しっかり自分の仕事はしますけどね。

・・・happy01

2010年3月17日 (水)

一足お先にお墓参り

今日はお墓参りに行ってきました。

明日が春の彼岸の入りなんですが、明日から土曜まで、仕事が入っていて、

時間がどうしても取れないので、遅くなるよりは早めにお参りしてこようと、

今日のお墓参りとなりました。

他の家は来ているのに、うちはまだなんて、夫を待たせては、可哀そうですから。

  

今回は夫やご先祖様にいろいろお礼をしてきました。

仕事面でも支えて頂いたし、ここまで病気もせず元気に毎日を過ごせたことに

感謝してのお礼です。

  

何事も無く、毎日を過ごせることは幸せなことです。

  でも、夫が隣に居れば、もっと・・・。

        <ダメ、だめ! 「でも・・・」などと言ってはいけませんよ>

それは無いのですから、今の幸せを十分に感じて、これからも過ごしましょう!

2010年3月16日 (火)

開放感

今日は、仕事も一段落して、久々の開放感を味わっています。

コーラスの練習に行って、今帰ってきました。

<今日は、思いっきり楽しんでやるぞ!> と

意気込んで行ったものの、仕事の疲れが溜まっていて、思うように声が出ません。

肩こりと睡眠不足は体を使って声を出すのには大敵です。どうも、変な力が入ってしまい、

リラックス出来ません。自分なりに調整しながら歌って、一時間ほどしたら、

やっと変な力みが取れて、声が出始めました。

  

今日の練習曲は、カッチーニの「アヴェマリア」・シューベルトの「アヴェマリア」・

ドヴォルザークの「家路をさして」でした。

どれも、いい曲なのですが、疲れた体には、高音域がきつかったです。

最後に、少し趣を変えて、絢香の「三日月」と「I believe]を歌いました。

後半に来て、乗って来たので、この2曲は結構いい感じで歌えて、良かったです。

曲もいい曲ですしね!

何となく、この歌詞が自分を励まして、元気づけてくれているようで好きです。

   

終わり良ければすべて良し、今日はいい一日となりました。

2010年3月15日 (月)

答えは分からない

最近また、夫が死を迎えるかもしれないと思った時の言いようのない恐怖の時を

思いだす事がある。

夫がこの世から、消えて無くなってしまうって、どういう事なんだろう。 

夫が私の前から、居なくなってしまうとはどういうことなんだろう。

答えの分からないまま、私は夫の死の時を迎えた。

恐ろしい現実だけがわが身に降りかかってきた。

何も理解していないのに、夫は私の前から姿を消した。

  

夫の死から、3年目になり、私もそれなりの日々を送れるようになった。

今は悲しみに泣く日もほとんどない。でも、あの時の答えは今になっても、出ていない。

夫の死そのものについては、自分なりに色々考えて、何となく自分で

納得出来つつあるが、心の隅では夫がこの世から消えたという不思議を感じている。

夫がこの家に帰って来ないことが変な感じだ。

何時になっても、何日たっても、夫が私の前に居ないのが変な感じだ。

  

夫の死を納得しながら、矛盾している。

死んでしまったという事がやはり十分理解出来ていないのかもしれない。

  

<二人でこの道を歩きたい> そう思っている自分がいる。

  

あの時の答えが出ていないから、夫の死と私の前から消えたという事が

頭の中で一致していないとでもいうところだろうか。

  

ここまでは一人で、何とかやってきた。

・・・でも、

この先も、夫がいない生活が続いていくんだよね。

             あの日から、今日までやって来れたように、

毎日を過ごし、気が付けばもう何年も過ぎた、何ていう事になっていくのだろう。

     ・・・think

夫の写真をじっと見て、問いかけるんだけど、

確かな答えは、「夫ともう一緒に歩くことは出来ない」 っていうことなんだ。

<それって、一体どんなことなの>

心の中で問いかけるものの、この答えはここから先も出ないのだろう。

いや、その答えを出す事を自ら拒否しているのかもしれない。

いや、いや、そうではなくて、神様がその答えを用意してくれないていないからこそ、

こうして私は、毎日を過ごせている。

答えは・・・

  すべての結果が出た時に知ることになるだろう。

答えが出なくても、このまま前に向かって歩むのが 今 私のやるべき事。

2010年3月14日 (日)

頼まれると断れない

今回の仕事はかなりの大作だったけど、納期がまでの期間が短かったので、

スケジュール組が大変でした。

それなのに、後半に来て、追加で小物を2点ほど頼まれてしまった。

”忙しいだろうけど、おねが~い!” と 言われると、

<キツイなー!>と 思いながらも、簡単なものだから、入れられるかなと

受けてしまった。

お得意様から、どうも頼まれると断れない。

自分が必要とされているのなら、何とか答えたいと思って引き受けた。

    (いつもより、少し仕事時間を増やせば何とかなりそうだったのもあるけど)

 

そんな訳でかなりハードスケジュールとなってしまったが、

結構いい疲れを感じる事が出来た。

これからも必要とされる仕事が、出来る様に一つ一つの仕事に、

手抜きをすることなく、まじめに取り組んでいきたいと思う。

2010年3月13日 (土)

ホッと一息

どうやら、仕上げの目途が立って、ホッと一息です。

いつも、マイペースで仕事をしている私にとっては、急ぎの仕事は、

かなりのプレッシャーです。

毎日仕事をしながら時計を気にして、今日は予定通り出来たとか、少し遅れてるとか

失敗は許されない緊張とストレスでふだんの仕事の2倍疲れるような気がします。

でもようやく終わりが見えて,今日はいつものペースで進めても、どうやら納期に

間に合いそうなので、少し落ち着いて仕事が出来ます。

  

昨日は久しぶりにウォーキングもして、仕事で固まった体をほぐしてきました。

(疲れていたのか、甘いものが食べたくて、パン屋さんへ寄っての、

                   お土産付きのウォーキングでしたが)

納期まで、あと2日集中を切らさないようにやらなくては!

2010年3月12日 (金)

早朝の電話

電話のベルが鳴った。

慌てて飛び起きて、時計を見ると午前4時10分。

<何だろうこんな時間に?>

電話のベルは鳴り続けている。2・3回で切れない所を見ると間違い電話ではなさそうだ。

こんな時間の電話には いいことは浮かばない。

<身近なところで不幸があったのだろうか>と

不安を抱えたまま電話に出ると、聞き覚えのない男性の声で、

”○○さんのお宅ですか?” はいと答えると、

”警備会社のものですけど○○会社にお勤めの○○さん、いらっしゃいますか?” と

夫の名前を口にした。<えー!>と思いながらも、

”○○はもうその会社を退職しました”と 答えて電話を切った。

何か会社に不審な状況が発生したのだろうが、夫が亡くなって2年過ぎるのに

こんな電話が来るなんてと思った。そう思いながら、そういえばと、夫の在職中に、

こんなことがあって、夜中に夫一人で行かせるのも不安で、二人で一緒に車に乗り、

会社まで様子を見に行ったことが思い出された。

 まだ、起きるには早かったのでまた布団に入った。

・・・夢を見た。

夫が隣のベッドに寝ていた。その夫の姿は痩せて、目はどんよりと濁っていた。

体には点滴の管が付いていて、目だけがこちらを向いて、しきりに何かを訴えている。

 私は夫を抱きかかえながら、泣いてしまった。

”こんなはずじゃ無かったんだ!” と 夫が言った。

夫の目にも涙が流れ、二人で肩を抱き合いながら泣いた。

・・・夢はここで途切れた。

目覚めた時、何か夫の本音が聞けたようで、何だか嬉しくもあった。

                          (・・・あんなに夢の中で泣いたのに)

夫の最期の声を聞くことが出来なかったから、その声が聞けたようで・・・。

    

早朝の間違い電話に慌てた一日の始まりだったけど、

どんな形にせよ、夫に会えたのだから、まあ、<良し!>と しようかな。

 

2010年3月11日 (木)

白モクレン

少し仕事が忙しくなると、心の健康が揺らいでくるようで、

どうも凹みの自分が足を引っ張り始めて、少々シンドイ!

・・・<何とかしなくちゃ>と焦る。

そんな気分を抱えたまま、昨日、仕事の不足材料の仕入れに車で出かけた。

   

ここのところ、雨が降り続いていて、ウォーキングも御無沙汰していたので、

目にする事がなかった街路樹の白モクレンが雲間の太陽の光りを浴びて、

輝くように咲いていた。

<白モクレンがもうあんなに咲いてる! ・・・キラキラときれいだなー!>

その光景を見て、そんなことを思っていたら、

               凹んだ気持ちがスーッと軽くなるのが分かった。

<自然が与えてくれる癒し効果はすごい!>

ことばも理屈も何もいらない。瞬時に心を癒してくれる・・・素晴らしいなと思う。

息抜きの時間は大切なのね。何か自分は自然の一部何だと感じた。

ひと呼吸出来て、また、頑張れそう。

2010年3月10日 (水)

これも自然治癒力

 ケガをしたり、病気になったりすると、人間には

自然治癒の力が働いて、自らケガや病気を治そうする。

   

死別の喪失感や悲しみの克服とは、

受け入れられない死というものを、受け入れるのではなくて、

どう自分で納得出来るかという事なんだと思う。

         (・・・どう考えても受け入れられるものではないです)

そして、私は「夫の突然の死」を自分に納得できるように、いろいろな仮説を立てて、

死を理解しようとしてきた。この行動は、一生懸命に自分の心を守ろうとしている、

自然治癒力の仕業かなって、私は思っています。

(人の脳は心にどんな傷を負っても立ち直ることが出来る様に作られているように

  思うのです)

 

[夫は少し逝くのが早かったけど、最期まで生ききったんだ]

[短かったけど、幸せが凝縮した人生だったんだ]

[夫は遠くに行ってしまったのではなく、今も自分の傍にいつも居るんだ!]

色々な事を考えて、何とか自分を納得させようと努力します。

納得できれば、少しづつ落ち着きを取り戻せます。

  

そして、少しづつ納得出来るようになると、

[夫は、明るく生きている私を望んでいる]

[夫は私の笑顔が見たいんだ]

今度は、夫の居なくなってしまった毎日も、楽しく人生を過ごせるように努力し始めます。

落ち込んでも凹んでも一生懸命に自分に言い聞かせながら努力しようとします。

そして、少しづつ、笑顔の心地よさを思いだしてきます。

  

全てが逝ってしまって今はいない夫の事を 私が自分に都合よく考えた事なのに、

それがすべてであるかのように納得していきます。

人から言われたら、”そんな気休め言ったって!” ときっと反発してしまいそうな事も、

自分で考えた事は 本当の事になって、納得出来ていきます。

(自然治癒力がもたらしてくれた、自分が出した、

            自分の為に処方された薬みたいなものでしょう)

 

そうでもしないと、いられないから・・・嘘でもなんでもいい。

自分がそう思う事で、前に進む事が出来るのなら。

  時が経てば、きっといつか、みんな本当のことになると信じて!

 

2010年3月 9日 (火)

腹八分目は成功への道

”満腹で満たされてしまうより、少し空腹気味の時の方が上手くいくのよね!”

音楽コンクールの本番前に友人が言った。

<なるほど、確かに言える>と 私は思った。

満腹で満たされてしまうと、確かに戦う気力は失せてしまう。消化器官に

血液が集中してしまうから、脳は少し小休止って、いうところだろうか。

  

話は少し違うかもしれないけど、私は最近どうも食べ過ぎの傾向がある。

お腹一杯でもうこれ以上はというところまでにならないと、満足できないのである。

それは、上記のことを頭に入れて考えてみると、私の心が

<あえて戦う体制を作りたくない>と 言っているのかと思えてくる。

最近の私は、仕事も順調で、結構いい感じできていると思うけど、それを

受け付けようとしないとでもいうように落ち込んでいる自分も存在している。

                    (一生懸命その自分を打ち消しているのだが・・・)

そのマイナスの自分が・・・戦闘態勢拒否!ってことか。

   

これって、ストレス溜まってるのかも。心と体のバランスが取れていないのかな(?)

・・・そんなことでは困る。

気をつけよう!何とか腹八分目に抑えて、調子を整えなくちゃ。

   

2010年3月 8日 (月)

ろうそくの長さ

4年前のこと、高校時代の2年後輩が脊椎の所に出来た癌で余命宣告されて、

その後輩のお父様が言った事を思い出した。

「僕たち(お父様とお母様)のろうそくの長さより、

               娘のろうそくの方が短いかもしれないな・・・。」

お父様のやり切れない想いの詰まったことばだった。

・・・ろうそくの長さかー think

当時の私は、返すことばを見つけられなかった。

  

とても明るくて、かわいらしくて、チャーミングな後輩。いつ会っても笑顔で挨拶を

返してくれ、一人息子を自分の手一人で育てているにもかかわらず、

弱音を吐くこと無く、仕事と趣味を楽しむ素敵な生き方をしていた後輩だった。

 自分の命の期限を知って、自ら寺を探し墓を建て、戒名まで生前に頂いていたという。

身の回りの品も人にあげられるものは、差し上げ、そうでないものは処分するなど、

自ら動けるうちに色々整理していたと聞き、私は切なかった。

そんなことが出来る後輩の心の強さを感じた。

(・・・本当のところはたぶん私の推測を超える心の葛藤のなかにある

                               行動だったのだろうけど)

  

赤々と燃えるろうそくの長さ(命の長さ)は誰にも分からない。たとえ余命宣告をされた

重い病気になったとしても、宣告より何年も長生きしていらっしゃる方もたくさんいる。

こうして元気にしている私のろうそくも、もしかしたら、もう燃え尽きようとしている

かもしれない。   (そんなことは信じたくも無いことだけど・・・)

ろうそくの長さは、人には見えない・・・我が夫の時のように。

  

ろうそくの長さは 神様が決めるのだろうか。

何を基準に決まるのだろうか。

自分で変えられるのだろうか。

夫のろうそくは残りがあったのに灯だけが消えたのだろうか。

夫のろうそくに私が囲いをしてあげたら、灯は消えなかったのだろうか。

でも、見えないろうそくにどうやって囲いが出来るというのだ。

  

やっぱり [その人の寿命なんて誰にも分からない] ってことなんでしょう。

だからこそ、

 自分の寿命を考えて恐れるより、生かされている今この時を大切に・・・。

今、出来る事をやりなさいってことですね。

年齢を重ねて、経験を積むごとに生かされていることの重みを感じます。

2010年3月 7日 (日)

「やまない雨はない」を見て

テレビ朝日のヒューマンドラマ「やまない雨はない」を見た。

お天気キャスター倉嶋さんと癌でこの世を去られた奥様との実話だそうだ。

お二人の会話の一つ一つが私の心に響いた。

  

「君が死んだら、僕はもう生きてはいられない」という倉嶋さんに奥さんが言ったことば、

「私を生きさせて!・・・あなたのなかでずっと生きさせて!」

「だから、あなた!・・・死なないで!」

  

亡くなられていく奥様のことばが、私の夫の声の様な気がした。・・・泣けた。

      ・・・ 一人で大声で泣いてしまった。

でも、そんな想いで私の夫はいるのかもしれないと思うと、この私の中に今、

夫は確かに生きているような気がした。一人ではない気がした。

  

TVを見ながら、何度も写真の夫を見た。

突然の死でこれからの事を何も話す間もなく逝ってしまった夫だったけど、こうして私に

今、TVの画面を借りて、色々な事を伝えてくれているようだ。

  

奥様が倉嶋さんに

「仕事をしているあなたが好き!」と言ったことばは、そのまま、夫が私に

言ってくれているようだった。

<やっぱり、頑張らなきゃ!> って、その夫の声に反応する自分がいた。

<仕事をして頑張って、何になる> と 思う、後ろ向きな自分が 何処かに居て、

頑張って仕事をしているものの、正直なところでは、言葉に出せない何かストレスを

感じていたものが、・・・少し薄れた。

夫が「仕事をしている、大きなおめめが好き!」って、言ってくれ、

やっぱり応援してくれている。

      そう感じると・・・後ろ向きの自分は消えていく。

  

倉嶋さんが奥様の死後、喪失感からうつ病になってしまったが、その後、

奥様が自分の中で生きている事に気づくことで立ち直り、仕事に復帰し、

仕事先へ向かう列車の中で奥様が倉嶋さんに問いかけるシーン

「あなた、今、幸せ?」

「うん、幸せ!」

「よかった!」・・・安心したようにほほ笑む奥様の姿

  

それはそのまま私の夫の姿かもしれない。

”し・あ・わ・せ!” と私も夫に答えられるようになったら、

 きっと、あんなふうに夫は ほほ笑んでくれるのだろう。

  

やまない雨はない・・・雨が止んだら、そこに、きっと青空が見える

  

 あなたは私のとなりにいないけど、いつかは青空は見えるよね、きっと!

2010年3月 6日 (土)

サプリメント

最近つい見てしまう広告に、サプリメントなる健康補助食品がある。

新聞折り込みチラシ、TVCMなどで盛んに紹介されている。

気のせいかもしれないけど、以前に比べ広告が多いくなった様に思う。

ブルーベリー・・・、黒酢・・・、グルコサミン・・・とか 上げれば切りなくある。

 これだけ、情報が入ると、もし宣伝文句通りならば、<私も!>という気になってしまう。

・・・そろそろ、体の潤滑油が不足する年齢になってきたということなのかな?

しかし、よく見ると必ず小さな字で、

「これは個人的な感想ですべての人に実感が得られる訳ではありません」 と

但し書きがある。

<・・・そうだよね。やっぱりやめておこう。> そう思いながらもまたチェック!

<果たして、そんなに効くのだろうか?> と 興味深く広告を見るものの、

あの一粒、二粒でそんなに効果があるとすると 少し怖いかなと思ったりもする。

 本当に体にいいのだろうか(?)、食物で摂取するならば、何がどれくらいと

把握できるが、錠剤や液体になっていると、いくら成分の説明書きが付いていても、

知らない薬の名前があったりして、今ひとつ信用できない私。

もし、すぐに反応しなくても、蓄積することで、自分の体に合わないものが入っていたと

したら、継続して摂取することに不安を覚える。

 もう一つ思う事は、仮に、もし自分に良いと判断した場合、それをずっと

飲み続けなければ、逆に不安になってしまうのではないかという事(依存症みたいに)。

そうなると一生継続し飲み続けて、本当に安全な商品なのか。

   本当にそこまで信用していいのだろうか(?)

        本当に体に害のないものだけなのだろうか(?)。  

・・・こんな疑り深い私には、どんなにいいサプリメントも

  効果は期待できそうもないかもしれない。

  

やはり、体に必要な栄養は、バランスの良い食事を考えていろいろなお料理から

摂取した方が良さそうだ。サプリメントに頼らず、料理する事を楽しみながら、

本来の食の楽しみを味わいたいと思う。

2010年3月 5日 (金)

流れに乗って

何かこの頃、新しい波が押し寄せて来ているかのように、立て続けに新規のお客様の

仕事依頼が舞い込んだ。こんな不況のご時世に有難いことだと感謝している。

・・・何か夫が私に仕事を運んで来てくれているようだ。

  

”もっと、自分の道を歩きなさい!”と 夫が言っているみたいな気がする。

確かに、自分自身の中でこれからの自分の生きる方向が見えつつあるような

気がしない訳でもない。

何となく、<これかな?>という影の様なものが見えて来ているかも・・・とも思う。

 まだ、こんな曖昧な表現しか出来ない位、不確かなものなのだが、

「何か、私もやっていけそう!」 と、変な自信だけは、

確かに自分の中に生れて来ている。

(具体的な事に何と言えないが、また少し未来がみられるようになったという事かな)

夫との死別後の闇の中に居た頃には、持ち得なかった自信だと思う。

  

夫の死後、私にまた新たな流れが来たようだ。

「人生はなるようになる」・・・亡き夫の口癖だったが、

この新たな流れに乗って、少し頑張ってみたいなと思う。

   (死別の辛い頑張りでなく、リラックスした頑張りで・・・)

今年の初め、夫の三回忌を終え、また一つ何かが変わる様な気がしたが、

これだったのかもしれない。

  

2010年3月 4日 (木)

さあ、追い込みです

今日からは最終追い込みです。

・・・しかし、お鼻がグズグズ

 風邪のひき始めか、花粉症か(?) こんな時に、困りますね。

今月の15日納期の仕事、後二週間しかないので、

・・・少々焦り気味。

先月末、急に依頼された急ぎの仕事に落ち着かない。計画では、焦らなくても良い

時間を取ってあるものの、仕上がりの目途が付くまでは予定通り仕事が進むかと

心配になって、寝着きも悪いし、朝も早く目が覚めてしまう。

   

今日も夜明け前4時50分に目が覚め、そのまま起きた。

掃除洗濯、朝食を早々に済ませ、アトリエに入った。

  

<さあ!やるぞ~!>自分に気合を入れて、仕上げに向けて最後の追い込みに入る。

頭の中では、それぞれのパーツをどういう風に仕上げて行こうかのシュミレーションは

出来ている。

後は、頭の中でい描いたようにやって、求めるデザインのイメージが出せるかが勝負。

<・・・どうぞ、上手くいきます様に!> と 祈る。

  

今の所は順調、この調子で・・・仕上がりまでと焦る心を、

<焦るな!焦るな!>と落ち着かせる。

たまに深呼吸をして、少し離れた所から仕事を見る。

      いい物作りには、焦る心が一番の大敵ですから。

 こんなことを繰り返しながら、後二週間。出来あがったお客様の喜ぶ顔が

見られるように、自分自身も納得できる作品が出来る様に、

後半も集中して、頑張ろう!

  

2010年3月 3日 (水)

仕入れ

仕事の材料の仕入れに東京のあちこちを歩き回る。

1・2カ月に一度の作業です。

お客様の求めるイメージに合うようなものを探す。

<今日はどんな素敵な物に出会えるだろうか・・・>

   仕入先のお店に着く前は、何だかワクワクしてくる。

自分の思い描く素材が見つかるとイメージが一気に膨らんで、仕事への意欲が

沸々と増してくるのを感じる。自分にとって、非常に楽しい時間!

そして、お店の中で色々な素材を見ていると、次々に色々な構想が浮かんできて、

あれもこれもとつい買い過ぎてしまう。

 コストロスを極力少なくする為に、依頼された物に使う素材以外はなるべく控える様に

しているが、やはり、気に入った物を見ると、

<これで、あんな感じのものを作りたい!>と イメージが湧いてきてしまうので、

余分に買い過ぎるようだ。(お店の人にとっては、いいお客さんだよね、私って。)

 しかし、こうして脳を刺激することは、センスある仕事に繋がると思うと、

これも無駄な買い物ではないかなと妙に、自分で納得してしまっている。

 夫には申し訳ないが、今日は夫の事を忘れて、仕入れを楽しんでしまった。

すっかり仕事人間の一日でした。

   ・・・気に入った仕入れが出来たから、

          confident 明日からの、仕事が楽しみです。

2010年3月 2日 (火)

ただいまー!(の声は・・・)

今日は夫が帰ってくる。うれしさで落ち着かない。

あの「ただいまー!」の声を 再び聞く事が出来る。

  

・・・あっ!車が駐車場に入った。いよいよ聞ける!

いつものように夫が玄関のカギを開ける音。

バタッ!・・・ドアが開いた。私は”お帰りー!”と迎えに行くが、

夫の「ただいまー!」の声は無かった。

夫はとても疲れた様子で、うなだれる様に靴を脱いでいた。

<そうだよね! あんな大変な手術をしたばかりなんだから、

         まだ、会社に行くのは無理だったんだよね> と 私は心の中で思った。

”お疲れさまでした! 大変だったね。”の ことばをかけ 食事の支度に私は向かった。

食事をテーブルに並べたのに、夫の姿がない。

隣の部屋を見ると、夫が私のベッドで死んだように眠っていた。

  

・・・何だ!夢か。ここで目が覚めた。

  

<久々に夫が夢に出てきてくれたけど夫の声は聞けなかったし、

                  あの笑顔も見られなかったなー>と落胆した。

起きるにはまだちょっと早いなと思っているうちに、また眠ってしまった。

  

夫住むマンションを訪ねる私。夫には何も言わず着てしまった。

久しぶりに夫の顔が見られる喜びを抑えきれずに足取りが軽る過ぎて、

間違えて他の部屋のドアを開けてしまった。男子寮の様なマンションで、

その部屋には夫ではない3人の男性の姿。

”失礼しました!”と ドアを閉めると、通路の向こうのドアが開いて、夫らしき人が

出てきた。その人はこっちに居る私の存在に先に気づき、私の方を見ながら

少しだけほほ笑んで、手を振っている。

<こちらを向いて手を振っているのは、夫に似ているが私の夫なのだろうか?> 

その人は、夫と出会った頃、私が初めてプレゼントしたセーターを着ていた。

夫の顔を忘れてしまった訳ではないが、初めは分からなかった。

・・・どうも夫のようだ。

<ちょっと、顔がむくんでいるけど、 間違いなく ○○さまだ!> 嬉しかった。

こちらからも大きく手を振った。

でも、夫は何も言わずそのまま階段をおりて、

コインランドリーの様な所に向かって行ってしまった。

<嬉しそうなそぶりを見せてくれたのに、 何だか、そっけないなー!>

  

朝陽が顔にあたって、目が覚めた。

<これも夢だったのかー>

しばらくの間、ボーっとしてしまった。もう、夫には夫の生活があるんだと思った。

夫と死別後の私一人の生活が 少しづつ出来てきたように。

2010年3月 1日 (月)

お雛様にごちそうを!

ここの所仕事が忙しかったけど、先月の24日に2年ぶりにお雛様を飾りった。

夫の亡くなった年と翌年は気になってはいたけど、そんな心の余裕も無く、

飾る事がなかったお雛様。

・・二年間暗い箱の中で、ちょっと可哀そうだったかな。

   でも、夫も私もちょっと、可哀そうだったから・・・。”ごめんね、許してね!”

         ・・・と言いながら。

 

このお雛様は、私が祖母に買ってもらったお雛様です。だから、もう年代物。

ケースに入った小さなものですが、大事にしています。

幼き頃からの思い出が一杯詰まっています。

毎年お雛様を出すと、雛あられを買って来てくれた夫。

夫は、そんなお雛様を見て、

”大きなおめめの子供の頃が見えるようだね!”と

ほほ笑んでいました。お雛様を見ていたら、そんな夫の笑顔がケースに写った様でした。

  ・・・confident

白酒の代わりに日本酒の濁り酒を買って来て、お供えした後、雛あられをつまみに

濁り酒を飲むのを楽しむ夫でした。

  

今日はお雛まつりを前に、夫とお雛様にちらし寿司のごちそうを差し上げました。

 もちろん日本酒の濁り酒も・・・。

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