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2010年2月28日 (日)

濃密な時間

御主人様と死別された方の色々なブログ記事を読んでいて感じる事なんだけど、

闘病生活をある程度した後、死別された方たちは、その間にとても濃密な時間を

過ごされ居たのだなと感じるところがある。

  

突然の死で、私の夫のように昨日までの普通の生活から、急に逝かれてしまうと、

そんな濃密な時間など過ごすことは出来なく、「プッ!と切れた現実」がそこにあるだけ。

 ・・・私ももっと夫の苦しみを共有したかったと寂しいものを思う。

その苦労を知らないからそんな事が言えるんだと、

   少々不謹慎と怒られてしまいそうですね。

 (そんなつもりはありませんが、お気を悪くされた方にはお詫び申し上げます。

                             ごめんなさい。)

でも、こんな私も、肺がんでこの世を去った兄の時に

その体験をしているからこんなことを感じるのだと思う。

   

喪失感は同じで、どちらがどうと比較する問題でもないし、比較も出来ないが、

共に頑張って病気と闘い、生きる事を一生懸命に夫婦で見つめ、互いに支え合い、

思いやりながら過ごす事が出来たという事は、精神的にも肉体的にも辛かったし、

大変きつかったと思うけど、夫婦として家族として、

濃い・貴重ないい時間を過ごす事が出来たのではと 私には思える。

  

そんな「濃密な時間」はある意味、病気と闘った本人様と看護にあたった家族の方が

それぞれに大変な・辛い想いをされた事に対する代償として神様から与えられた、

互いのこれからを支える家族の深い絆づくりの時間

だったのではないだろうか。

夫の苦しみを共有してしまった分、辛い思い出もたくさんあって、

立ち直りも難しいと苦悩の日々を送られている方に、

「逝ってしまった方と深い絆がそこにある」

という事を受け止めて、乗り越えて頂けたらなと思う。

 

ブログの回想録を読んでそんな事を感じた。 

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

先日、ご主人を2日間で亡くしたという友人と会いました。白血病だったそうですが、それまで何の兆候もなかったそうです。ほんとに突然で動転したというお話でした。

ほんとに、様々なんだなあとつくづく思いました。彼女は看病が出来なかったこと、病気に気づかなかったことをとても悔やんでいました。それを聞きながら私が思ったことは、その日その瞬間まで何も知らずに元気でいられて、一緒に過ごせたことをとても羨ましく思いました。

でも、いつもぎりぎりの毎日だったけれど、おっしゃるように濃密であったことはそうなのかもしれませんね。家族の絆作りの時間が持てたのかどうか・・・はわかりませんが。一生懸命ではあったけれど、やはりいくら看病をしていても別れは突然で、「今日ではなく、明日ではない、ましてや今ではない」と思い続けていました。ありがとうなど言うのは、過去形になりそうで何も言えませんでした。。今も、主人はいつ自分の命の危機を思い、ダメかもと思ったかしらと・・・でもいつも「いや、最期まで主人も今ではないと思い、闘った」と感じます。その闘う姿がもしかしたら「絆」かもしれませんね。逝く方も逝かれる方も共に辛いと・・・それを闘う姿で見せてくれたのかもしれません。大きなおめめさんの言葉で少しそのことに気づいたかもしれません。

masaさん コメントありがとうございます。
ブログ上で、死別された御主人の看護記録を切々と語られている方がいらっしゃったので、こんな記事になりました。
 看護の日々の記録は、読んでいて切なくなる所もありましたが、御主人と奥様のやり取りの中に、二人の絆が深まっていっていることを感じた箇所があちこちにありました。
限りある命を互いに意識したからこそ、
生まれた深い絆なんだと思ったのです。

私もこの一年伴侶亡くされた方の本を色々読みました。ほとんどがやはり闘病されていて
どうしても突然の私の心とは何か?ものがあるんですよね。突然というのは、本当にあの時から時間が止まってしまってすべてがまさか!ですよね。私も大きなおめめさんと一緒の気持ちでした。
もっと夫の苦しさ、辛さ、痛さわかってあげたかった、共有したかったです。何でこんな
急になの?!もう少しだけでもそばにいて看病できてたら、、って。すべてを悔やんで自分を責めてばかり、、
今もまだ色々な思いの中で考えながらの日々です。
でも何とか一年が過ぎ、こうしてお邪魔させていただき心が励まされています。たしかに
どんな死別でもひどい喪失感は同じで、悲しみ比べできないのを感じています。とにかく
何とか自分をしっかり持って前に向いていくしかないんですよね。

matuiさんと同じように、
死別直後は、何をどうしてよいのか全く分からず、図書館に行って、「この気持ちをどう処理したらいいのか?」何かの本にヒントがないかと、読みあさりました。私も夫の両親の死や自分の親族の死は体験していたものの、夫の突然の死は特別な体験でした。
そして次はブログサーフィンです。

色々な情報が入ってくるに従って、「自分だけが特別な経験をした」と思ったことが実は特別なものではない事に気づかされました。・・・ただあまりにも突然すぎただけだということ。

でも、自分ひとりがこんな辛い思いを抱えているのではないという事が、次のステップを踏み出す力になっていったようです。

明日が与えられる喜びを誰よりも知った私たちです。
「その明日は素晴らしい日なんだ!」と気づくことが出来る様、
matuiさんがおっしゃるように、
しっかり前を向いて生きましょうね。

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