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2010年2月

2010年2月28日 (日)

濃密な時間

御主人様と死別された方の色々なブログ記事を読んでいて感じる事なんだけど、

闘病生活をある程度した後、死別された方たちは、その間にとても濃密な時間を

過ごされ居たのだなと感じるところがある。

  

突然の死で、私の夫のように昨日までの普通の生活から、急に逝かれてしまうと、

そんな濃密な時間など過ごすことは出来なく、「プッ!と切れた現実」がそこにあるだけ。

 ・・・私ももっと夫の苦しみを共有したかったと寂しいものを思う。

その苦労を知らないからそんな事が言えるんだと、

   少々不謹慎と怒られてしまいそうですね。

 (そんなつもりはありませんが、お気を悪くされた方にはお詫び申し上げます。

                             ごめんなさい。)

でも、こんな私も、肺がんでこの世を去った兄の時に

その体験をしているからこんなことを感じるのだと思う。

   

喪失感は同じで、どちらがどうと比較する問題でもないし、比較も出来ないが、

共に頑張って病気と闘い、生きる事を一生懸命に夫婦で見つめ、互いに支え合い、

思いやりながら過ごす事が出来たという事は、精神的にも肉体的にも辛かったし、

大変きつかったと思うけど、夫婦として家族として、

濃い・貴重ないい時間を過ごす事が出来たのではと 私には思える。

  

そんな「濃密な時間」はある意味、病気と闘った本人様と看護にあたった家族の方が

それぞれに大変な・辛い想いをされた事に対する代償として神様から与えられた、

互いのこれからを支える家族の深い絆づくりの時間

だったのではないだろうか。

夫の苦しみを共有してしまった分、辛い思い出もたくさんあって、

立ち直りも難しいと苦悩の日々を送られている方に、

「逝ってしまった方と深い絆がそこにある」

という事を受け止めて、乗り越えて頂けたらなと思う。

 

ブログの回想録を読んでそんな事を感じた。 

2010年2月27日 (土)

頑張れ! TOYOTAさん

結婚した頃の私たち二人の車は、夫がホンダの軽自動車、私がダイハツのミラだった。

夫の車は、母のセカンドカーを譲り受けたものだったので、もうかなりガタがきていて、

結婚して1年目位に、買い換える話になった。

”今度は普通車がいいよね!” と言って、下見にトヨタのお店に行った。

すぐ買うつもりも無かったのだが、

”この車カッコいい!”と一目ぼれした車が トヨペット・・・「初代エクシヴ」

営業マンも私たちが買う所までいくとは思っていなかった様で、あまり積極的な

セールスはしてこなかったが、私たちはその場で決めてしまった。

”即決した私たちに慌てて居たのが面白かったね!”

と 後で二人で笑った思い出がある。 ・・・エクシヴは スタイルも走りも抜群でした。

  

TOYOTAの車と我が家の付き合いは、ここから始まった。

その時のセールスマンの押し付けないセールスが夫も私も気に入って、その後も

そのセールスマンから車を買ってきた。何年後かに、私の軽自動車もマークⅡに

買い換えた。

 TOYOTA車は エクシヴ・マークⅡ・ブレイド・マークXと乗ってきたけど、

どれも走りはいいし、運転しやすいし、内外装共にしっかり出来ているので、

結構気に入っていた。

  現在も、また別の車種のTOYOTA車に乗っているが、これもまた、Good!です。

今まで車自体の故障が原因で乗り換えた事はない。

  

今回はいろいろ世間を騒がせているTOYOTAさんですが、

TOYOTAのいちファンとしては、

「頑張れ! TOYOTA」と応援している。

ここで、奮起して 今以上に安全で、いい車を作っていって欲しいと願う。

2010年2月26日 (金)

作品作り

受けた仕事は常に「真剣勝負」だと思ってやっている。

仕事で受けた物作りだけどが、私は「自分の作品作り」と思っている。作品は、自分の

表現の場みたいなものと考え、製作している。

 アトリエを構えているものの、今のところ、特別な宣伝活動をしていない私の仕事は、

一つ一つの仕事が次の仕事に繋がっていく。

  

自分の製作したものが依頼人を通し、多くの人の目に触れると想うと心が躍る。だから、

自分が出来る最高の作品を仕上げたいと思っている。

  

 どんな依頼も精一杯ぶつかるけど、中でも自分の持つ技術を思い切り生かせる仕事に

出会えると、より気持ちが高ぶる。

 そんな仕事が来ると、仕上がりのゴールが見えてくるまでは、落ち着かない日々が

続き、一日の仕事が終わると、頭の中では次の工程の事を考えている。

              ・・・どうしたらあの個所がイメージ通りに出来るだろうか。

そんなだから、なかなか寝付けない日も多い。

  

せっかく依頼されたものだから、お客様も自分も納得のいく、いいものを作りたいと思う。

   ・・・妥協はしたくない!

仕事をしている時間は頭を悩ます事もあるし、肉体疲労も大きくなるけど、

やはり充実して楽しい時間。楽しく仕事が出来る事は、いい仕事に繋がる。

  

亡き夫も仕事をしている私を認めてくれていたし、今まで色々な形で

応援してくれていた事を思うと、

<やはり、ここからも仕事を頑張らなければ!>と 心に誓う私。

いい作品が出来ても、もう夫に見てもらう事は出来なくなってしまったのが残念だけど、

これからも仕事をする私を夫に認めてもらえるような、

そしてお客様に喜んで頂ける作品を仕上げていきたい。

 

2010年2月25日 (木)

新規のお客様

お客様からの紹介で新規のお客様から注文を頂き、

今日はその打ち合わせに出かけた。

 メールのやり取りだけで、お互いに顔を知らないので、待ち合わせの場所には、

目立つ服装で行こうと真っ赤なニットを着て出かけた。

夫のプルオーバーだけど、今日の服装にはピッタリ!だったので、

「新しい仕事が上手く行きます様に!」と、いつものお守り代わりに拝借。

 先に mail にて、「赤いニットを着ています!」と知らせておいたので、

待ち合わせ場所に着くと

「○○さまですか?」とお客様が声をかけて来てくれた。

順調に1時間ほどの打ち合わせが進み、2件の注文を頂いた。

      

帰りの車の中で、夫に報告。

<いい仕事を導いてくれて、どうもありがとう!>

2010年2月24日 (水)

夫の戯言

僕が退職したら・・・街中に土地を買い変えて、駐車場をやろう。

そこに、大きなおめめのアトリエも作って、僕は駐車場の管理人をしながら、

大きなおめめの仕事の営業マンをする。仕事を取ってきたり、お届けしたりね!

そして、空いた時間はパチンコで遊ぶ。

        happy01   趣味と実益を兼ねてね!

・・・それじゃぁ、駐車場の管理が出来ないんじゃないの?

と 私が言うと

そうか(笑)・・・と夫。

 coldsweats01 そう上手くは行かないよね!

・・・だって。

退職したら気ままなおじさんを夢見ていた夫の戯言です。

          そんな夫の退職後の生き方を見てみたかったなー。

2010年2月23日 (火)

しだれ梅

夫と過ごした最後の春に、家から車で一時間ほど走らせて、

 しだれ梅を見に行った場所です。

20070219_nec_0278  20070219_nec_0224

今年も華やかに咲き誇る梅が迎えてくれています。

山の斜面植えられた紅白のしだれ梅が満開です。梅をお題に俳句の投稿の催しが

あったので、梅の前で、頭をひねる人の姿があちこちに見られました。

      ・・・私も一句といきたいところですが、難し~い!

   

 駄作を一句!

  < しだれ梅 その枝下に 笑(え)み探す

            やっぱり、ほほ笑む夫の姿は 見えませんね!

 懲りずに、もう一句!

梅の香は 華やかなれど 心(しん)枝垂れ

            あの時のようには気分が盛り上がりません。

  

あの時は満開のしだれ梅をバックにお互いに笑顔の写真を撮り合い、

楽しくお花見したのにね。

    ・・・confident

夫は空の向こうで、どんな一句を詠んでいるのかな?

2010年2月22日 (月)

サンプル製作

 私は物作りの仕事をしている。自宅にアトリエが有、一人黙々と製作に取り組んでいる。

夫がいる時には、原則として、夫が家に居る時は仕事をしないと自分で決めて

やっていたけど、逝ってしまってからは、自分のペースで仕事をしている。

 今回は少し、デザインの凝ったものを作ることになった。

お客様の希望を聞き入れ、数枚のデザイン画を仕上げた。

  

少しデザインを遊んだ作品を作る時には、サンプルの製作をして、

紙面に描いたデザインが立体になった時の感じが、思い描いたようになっているかを

検討する。ここでの確認事項は、

① デザインの確認(立体になった時の全体のバランス)

②どんな素材がこのデザインを一番引き立てることが出来るのか、材質選び。

③材料の必要量の確認

④実際の製作に入る時の作業手順の確認と計画作り。

小さな物を製作する時には、ロスが少ないけど、大物を作る時には、

これらの確認を怠ると大変なことになるので、この作業は欠かせない。

自分の中では結構、精神的負担の大きい、大変な作業。

知らない人から見たら、一見無駄にも思えるこの作業も全体の仕事量から考えると、

サンプル確認が出来た段階で、気分的には半分以上の工程が出来上がった様な感じ

なのだ。・・・「急がば、まわれ!」 っていた感じかな。

    

後の本番の製作は、自分の中ではお楽しみの時間みたいなもので、

部分部分が出来あがっていくに従って、ワクワクしてくる。

大作はここからが時間(日数)がかかるけど、その分、出来あがった時の達成感は

大きい。日数がかかるから、なるべく集中力を途絶えさせないような仕事運びを

コントロールするのが一番大事な所かな。

   

でも、自分でデザインしたものが出来あがっていく喜びは多少の疲れも

何処かに吹き飛ばしてくれる。

      ここから、3月半ばまで、調子良くいきます様に!

2010年2月21日 (日)

今年も春を探しに!

夫へ

そろそろ、この時期のいつものあなたのセリフ、

”春を探しに行こうか!” と 言いながらこちらに遊びに来ませんか。

あなたがそちらへ行ってから3度目の春が もう、すぐそこまで来ているようです。

   tulip

お庭のチューリップの芽が3センチほど顔を出しましたよ。

今年もあなたが楽しみにしていた、我が家自慢のチューリップの花が楽しめると

いいのですが・・・。

裏庭のあなたが植えたスノーフレークの芽も出てきました。

小さな白いお花、スズランに似たお花が咲く・・・アレです。

あなたは、昆虫の名前は良く知っているのに、

       お花の名前は、なかなか覚えてくれませんでしたね。

 

昨日は公園で黄色のクロッカスのお花が咲いているのを見つけました。我が家のは 

まだですが、今週あたりから温かくなるというから、

もうすぐきっと芽を出してくれる事でしょう。

そうそう、芝生の中の雑草たちも 春を感じて早くも行動開始です。

あなたが居ないから、草取りも全部私の仕事です。

 庭仕事が好きだったあなた。

庭の隅の小さな雑草までキッチリとっていたあなたの姿が     

                     時々、私の目には見えるようです。

  

今の仕事が片付いたら、春を探しにドライブに行きましょう!

いつものあの場所へ・・・。

2010年2月20日 (土)

変だよね!

夫の居ない毎日が私にとって普通の事になった今なのに、変だよね!

夫の靴を玄関に一足、毎日のように取り替えて置く。

洗面所には、まだ夫のハブラシが並ぶ。夫の電動ひげそりが置かれ、

   いまだに時々充電をする(誰も使わないのに・・・)。

夫の携帯電話の充電も欠かさない(契約も切れているのに)。

そして、クローゼットにはびっしり夫の服が・・・・・。

  

変だよね! もう夫が帰って来る事はないのに。

充電のコンセントを入れながら、それをためらいも無くしている自分の姿を

<おかしい!>と思いながらも 止めようとしない私がいる。

止めようとしないというよりも それをしなければいけないかのようにやっている。

夫が生きていた頃となんら変わらない日常を過ごすかのような、私一人の日常。

 ・・・でも、食事の支度をして、テーブルに並ぶ料理は、今は一人分。買い物も一人分。

お布団を干すのも一人分。車も一台になった。

               そして私が車の助手席に座る事もなくなった。

夫はここには居なくて、今は、写真立ての中でほほ笑んでいるだけ。

語りかけてくる訳でもなく、何を要求してくる訳でもない。

そんなことにも、もう慣れてきたけど、いまだに思うのは、

       ・・・・・  

なぜ、私は一人ここにいるのだろう?

 なぜ、夫はここに居ないのだろう?

  なぜ、神様は夫を連れていってしまったのだろう?

    think ・・・あの、2日間は何だったのだろう?

   これからも、ずっとこのままなのだろうか?

   

こんなことを思うとちょっと前までは泣けてきたけど、そんな涙も今は、

枯れてしまったかのように、心の中で、漠然と ただ、思うだけ。

 ・・・答えを突き詰めようとする私はいない。

     

  

2010年2月19日 (金)

これが普通なんだ

買い物に行く途中、

<これが普通になって来た>と思った。

「これが」っていうのは、「夫の居ない生活が」っていう事。

いつの間にか、何気ない日常を特別な意識をしないで送っている自分がいる。

頑張らなくても、自然体で過ごしているような気がする。夫が逝ってしまったという

特別な日々ではなく、最近、この毎日が私にとって普通に毎日になっている。

・・・あんなにポッカリ穴が空いてしまったような感覚があったのに、

      今は、これが普通と感じている。

それでも毎日、夫の事を思い出さない事はないし、何をしていても、やはり夫の事を

考えているけど 何もかもが、これが私の今であり、上手い表現が見つからないけど、

     ・・・やっぱりこれが普通なんだと思う私。

  

それでも何かおいしいものを作れば、夫に食べてもらいたいと思うし、

チョッとした事があれば、夫に聞いてもらいたいなと思う。

たまには夫と話がしたいし、夫と何処かへ行きたいなと思う。

・・・でも、自分の気持ちの中ではそこまでなんですね。

夫のほほ笑む写真を見れば、

なぜ夫がここに居ないんだろう(think)といつも思うし、

夫の服を見れば、それを着て一緒に出かけた時の事を考えている。

・・・でも、自分の心の中では、そこまでなんですね。

  

夫がここに居ないことが変だけど、いつしか普通の事になってきているから。

夫がいない日々はとてもつまらないけど、それが普通の事になってきた。

寂しいし、悲しいけど居ないことが当たり前(普通の事)と思う事で、

自分の気が付かない間に、自分を守っているのかもしれない。

  ・・・今日を生きる為に。

  

でも・・・何だろ?

亡くなった夫との距離が離れてしまって行くようで、少しやり切れない想いを

感じるところもある。

これが、「亡き夫も私もそれぞれの道を歩み初めている」 と いう事なんだろう。

2010年2月18日 (木)

渋滞も有効活用

午後、客様の所に仕上り品をお届けに出かけた。

雨上がりの晴天となった今日は、冷たい風が強かったが 

日差しは春めいてキラキラしていて、ドライブには気持ちの良い日となった。

仕上がり品を届ける事もあって、心も軽い。

   

帰りは夕方のラッシュに巻き込まれそうになったので、早めに出たつもりだったが、

やはり渋滞にはまってしまった。しかし、どうもおかしい?と思っていると、

「事故渋滞中」の表示・・・そして、ほとんど進まなくなった。

少し走ると「3キロ先事故」と表示されていた。

      ・・・やっぱりね!

バイパスを走っていたので、次のインターまで、脇道に出ることも出来ず、

観念してゆっくり帰ることにした。

      

渋滞が本格的になり、ほとんど車が動かなくなったので、大会も間近に迫っている

コーラスの、歌の練習を開始。

車の中は個室状態だから、大きな声を出して練習するには都合がいい。

ふだんの走行中は危ないからしないけど、こういった渋滞中はいい練習タイムとなる。

(バイパスなので、周りに家も無いし、歩行者もいないから,

            前後の確認だけしていれば良いので、安心して出来る)

  

note まずは発声練習をして、大会で歌う曲を歌う。

上手くいかない所を何度も何度も繰り返し練習。

前の車のルームミラーに大きな口を開けて歌う私が写っていると

あやしい人だと思われてしまうかもと思い、マスクをしての練習。

渋滞を抜ける頃には、結構いい感じがつかめてきた。

一時間ほどの渋滞で、久しぶりにいい練習が出来た。

   

やっと対向車が走って来るようになり、私の車線も動き始めた。

途中ボンネットがグシャッ!となった事故車をけん引する車にすれ違ったけど、

一台だったので、自損事故だったのだろう。

いつもなら、2時間も走れば家に着く所、3時間半もかかってしまった。でも、

<自分が事故に巻き込まれていなくて良かった!>と、

無事、家に帰れたことに安堵した。

  

2010年2月17日 (水)

家族旅行計画

今、家族旅行計画が持ち上がっている。

色々な事があって、寂しくなってしまってけど、この辺でみんなで旅行でもして、

ゆっくりしようかという話なのだ。

  

 このメンバーの旅行は生まれて初めてなの。末っ子である私が幼稚園の頃に

父が居なくなり、母子家庭で子供3人を育てた母には、当然そんな余裕など

なかったのだろう、我が家では「家族旅行」なるものを一度もした事がない。

 大人になってみんなが働くようになってからも、そんな私の家族のみんなの中に

「家族旅行」などという文字はインプットされていないのか、話すら出ることはなかった。

そしてみんなが結婚して それぞれの家庭を持って、そういう機会も無くなった。

  

二番目の兄が亡くなり、その翌年私の夫が亡くなり、私達家族が急に寂しくなって

しまった。しかし、それと同時に残され者の結びつきはより深くなったように思う。

実の母や兄はもちろんのこと、義姉たちも、皆それぞれにこの苦難を共に闘ってきた

同志として、それまで以上にお互いを思いやる存在になったようだ。

  

そんな中で出たのが、家族旅行の話なのだ。

”いいんじゃない!この辺で少しみんなでゆっくりしようよ!”

話はすぐにまとまった。しかし、義姉たちはどうしても仕事の休みが揃わないし、

義姉たちの

”初めてなんだから、実の親子で旅してみれば!”という配慮もあって、

今回は一応3人で行く事になっている。

義姉たちを残してというのには、何か少し申し訳ない気もするけど、母の年齢を考えると

そう何度も来るチャンスではないと思うから、義姉たちのお言葉に甘えて、

今回の旅行計画を進めることにした。

  

どんな旅行になるのかな?・・・今からとても楽しみにしている私です。

2010年2月16日 (火)

タヒチダンス・エクササイズ

CVTVでタヒチダンス・エクササイズなるものをやっていた。

ちょっと挑戦してみようと、画面のお姉さまの真似をしながら、

まずはストレッチから。

①つま先かかとを揃えて真直ぐ立ち、かかとの上げ下げをして、ストレッチ・・・10回位

②つま先かかとを揃えて真直ぐ立ち、上半身はそのまま、

                  お尻がかかとに付く位まで膝を曲げる。

次は基本姿勢

①足を揃えて、かかと・膝を揃えて真直ぐ立ち、そのまま腰を突き出さないように

   体を落とす(中腰の体制)。   ・・・この段階で結構キツイ!bearing

②その姿勢で、足踏みをしながら腰を左・右と交互に上げる。

            ・・・TVのお姉さまの様ななめらかな動きで腰を振るのは難しい。

③次に腰を腹筋を使い前、右後ろ、後ろ、左後ろ、前と回す。 今度はその逆を。

       (上半身は常に真直ぐ立てたまま)

             ・・・これは結構、ウエスト周りには効果がありそうです。

しかし、お姉さまのような何も無かったような笑顔まではマネ出来ません。

スルッとやっているのがさすがです。

  

ここまでは何とか一緒に出来たのですが、

”さあ、これに手を付けてみましょう!” と 手の振りが付いたら、もうダメです!

体のあちこちへの指令回路がマヒしてしまったようで、手足の動きが、メチャクチャです。

スローな音楽に乗せてやっているというのに、

                 ・・・coldsweats01 情けないです。

フラを続けている友達がいるけど、こんな大変な事をこなしているのかと思ったら、

<これは尊敬に値する!>と、彼女への評価が私の中でかなり上がった。

このエクササイズをマスターするのはかなりの練習が私には必要みたいです。

         でも、体を動かすのは楽しいよ!happy01

2010年2月15日 (月)

悲しみの共有

お隣さんの奥様の昨年12月に亡くなられたお父様の五十日祭が

昨日、お隣のご自宅にて行われた。

  

お隣さんは 我が家とほぼ同時期に家を建て、ここに住んでいる。

世代は私たちより10歳ほど若いご夫婦だが、気が合って、親しくお付き合いさせて

頂いている。

 奥様のご両親は近くに住んでおられて、週末になるとよく尋ねてこられ、お庭のお花の 

手入れをしたり、お孫さん達と遊んでおられたりしていた。

そんなお母様の元気な声が我が家にも聞こえてきた。

   

我が夫の死の一年前、来期の自治会の役員が私たちの隣保班に回ってきて、

みんなで集まり役員を決める事になった。

お隣さんが班の中の順番で役員に推薦されたのだが、その会議の席で、

お隣の奥さんが私にそっと、耳打ちしてくる。

”私(お隣の奥さん)の母がガンになっちゃたの! 役を代わってくれないかしら?”

<エー!>私は耳を疑った。<だって!あんなに元気なのに!>

                             ・・・心の中で私は呟いた。

そう、奥様の母上様はいつも元気いっぱいで、大きな声で挨拶をして下さるし、

頭が下がるほどパワフルな方だったから 本当にびっくりした。

  

最近、退職されたお父様が体を壊され、人工透析に通うようになり、お母様が

大変ご苦労されている事は聞いていたけれども・・・

        まさか、そのお母様がガンなんて、何という事だと思った。

  

それから一年後、私の夫の急死があり、お隣の奥様が

”うちの方が色々あって大変だと思っていたのに、

    大きなおめめさんの御主人が突然こんな事になってしまうなんて・・・!” と

夫の死を我が事のように悼んでくださった。

 

我が夫の死から11ヶ月後、奥様の母上様は旅立たれ、

昨年12月に御母上様の一年祭を終えられてすぐに、・・・御父上様が旅立たれた。

お父上様は「奥様の一年祭は何とかご自分の手で・・・」 と 頑張られたと言う。

  

12年前、私たちがここに引っ越して来た時の みんな元気で

幸せを絵にかいたような風景は、お隣さんも我が家も

                       ここ2年の間に一変してしまった。

  

”こんな事もあるんだよね!!” が、お隣さんと私の合言葉のようになってしまったが、

本当に数年前までは予測すら出来ない今である。

今は互いに、悲しみを共有する同志であり、時に一緒に泣き、思い出を語りながら、

”お互いにこれから、頑張ろうね!”と 励まし合っている。

2010年2月14日 (日)

いびき

heart01バレンタインデーなのに、何と色気のないお話です。

  ・・・sleepy

明け方自分のいびきで目が覚めた。

実にお恥ずかしい話なんですが、大きないびきをかいてしまっていたようです。

・・・疲れていたのかな? 

目が覚めると同時に夫の事を思った。

     

”お休みなさ~い!” と 言ってベッドに入ったかと思うと、

ものの数分で夫のいびきsleepy が聞こえてくる。

<すばやい!> といつも感心していた私だったが、その後が大変でした。

夫のいびきがうるさくて眠りに就けないの。

夫の首の所にバスタオルを折りたたみ丸めて、円筒形にして入れてみたり、

夫の体を横に倒したりして、夫のいびきが少し止まった一瞬の隙に、

                              私が眠るといった調子でした。

  でも・・・

時には、夫のいびきが聞こえると、

<あー! 生きてる、生きてる!> と 変に安心をした事もあった。

何故って、無呼吸症候群が心配で!

グー、グー言っていたのが、途中でピタッっと止まる。

<エー、まずい!>

いびきが聞こえなくなると、わざわざ起きて夫のベッドを覗き込み、口の所に手を当てて、

呼吸をしているか確認する。近くに行くとスー、スー!っと寝息を立てて静かに眠っている

のなら、いいのだけれど、無呼吸の時がたまにあったから。

<吸ってー!・吐いてー!>と 私は夫に声をかける。

眠ったまま反応する夫は、再び呼吸を始める。

知る限りでは、夫は、そんなにひどい無呼吸症候群ではなかったと思うけど、私が

夜中に目が覚めた時には 必ず夫の呼吸をチェックするのが習慣になっていた。

  sleepy ・ ・ ・

夫のいびきは大きかったけど、いびきが遠くに聞こえ 

<あっ!生きてる、生きてる!>って、思い

安心して眠りに就いたそんなあの頃も・・・あったんだよね。

・・・今は静かです。

   

  あっ!・・・ これってもしかしたら、私の体を借りて、

     夫がバレンタインのチョコをもらいに来たのかな・・・。

2010年2月13日 (土)

海外ボランティア

 10か月ほど前から、そんな事を考えているという事を兄から聞いていたのだが、

夢が現実となったらしい。

兄がJICAのシニア海外ボランティアなるものに行く事になった。

 シニア海外ボランティアとは開発途上国に赴任して、自分の持っている技術や知識を

伝えるもので、40歳から69歳までの人たちが応募出来るものだ。

語学や赴任先のお国事情などの研修があるので すぐに行くという訳ではないけど、

半年後には出かける事になる。

 母はやはりあまり賛成出来なかったようで、

<試験に落ちてくれれば!>と思っていたと言っていた。

今の世界情勢を考えると、不安が一杯で、母にとってみれば ここのところ、

二男・私の夫と2人と死別したばかりで、一人残った頼れる存在の長男だから、

出来ることなら このまま傍に居て欲しいと願っていた。

 しかし、日本に居たから安全に何事もなく過ごせるといった保証は何処にも無くて、

考えてみれば何処に居ても同じ事。

何が起こったとしても、それはその人が持って生まれた運命なのかもしれないし、

それが兄の希望ならと、 ・・・渋々承諾した。

 

 母の気持ちは私も良く分かるし、同感と思うところもある。

しかし、兄も母の子。その事については十分承知した上での決断だったのだろうと

思うと、私には

<決して無理をしないように、頑張ってきて!> と ことばをかけるしかない。

  

しかし、<そういった生き方もあるのかな!>と思う出来事だ。

(そういえば、私も20代の頃、青年海外協力隊に参加する事を本気で考えた

 時期もあったのを思い出す。やはり、兄弟だね。私は実行に移すには至らなかったが)

シニア海外ボランティアには、家族で赴任出来る制度もあるようだが、

義姉が仕事を持っている事もあって、兄は、奥さんを日本に残したまま、

一人で行くということだ。

それを許可した義姉も強い人だと思う。

<人の人生って、結局はその人個人が、

         自分自身に悔いのない生き方をするっていうことかな>

と 思うと最終的に本人が決断したことを尊重し、応援することが、

いいのかもしれないね。

      不安を恐れていては何も出来ないもの! 

  

今はインターネットで世界中が繋がっているから、メールで気軽にやり取りが出来るし、

何処に居ても、お互いに繋がっていると思えば、不安も少し解消される様な気がする。

 それにしても過ぎた2年は早いけど、先の2年を考えると少し長いかな。

 私に出来る事は、

<無事、兄のやりたい事が成し遂げられますように!>

と 祈るのみである。

 夫とすぐ上の兄を亡くした後、私にとっても、とても頼りにしている兄であるから・・・!

  

 ・・・頑張れ、ア・ニ・キsign03

  

2010年2月12日 (金)

久しぶりのフランス料理

今日はランチではありますすが、久しぶりにフランス料理のコースを

友達と頂いてきました。住宅街の中にあるちょっと素敵なお店でした。

  

一人になるとなかなか外食に出る機会がなくて、こうして、友達とたまにランチする時

ぐらいしか 外食する事はなくなりました。

 でも、料理を作るのは好きなので、さほど外食出来ないことに不満は無いのですが、

フランス料理みたいなものは自分ではなかなか作れないので、

今日は少し心が弾みました。

    ・・・happy01

赤カブのスープやエスカルゴの香草焼きそして、シャーベット

             地鶏ホアグラのせオーブン焼き・・・ケーキにコーヒーまで

見た目もきれいで、香りも良くとってもおいし~い!

思わず、笑顔がこぼれ、友との会話も弾みます。おかげさまで、少々食べ過ぎ状態です。

  ・・・restaurant

お昼から少し贅沢をしてしまいましたが、

<久しぶりだったから・・・!>と

自分への言い訳を自分に一生懸命に言っている私です。

    ・・・へへ!coldsweats01

2010年2月11日 (木)

私が走る理由

夫の死後、私がずっと続けている事の一つにウォーキングとスロージョギングがある。

仕事があるので、一日も休まずとはいかなかったけれど、ほぼ、毎日に近いぐらい

どちらかを実行している。

自分でも、始めた当初はこんなに続くとは思っていなかった。

  ・・・始めた訳

ウォーキング・スロージョギングを始めた理由は、このブログでも何度か触れてきたけど、

夫との突然の死別を体験し、持って行き場の無い心の内をどこかに吐き出したくて、

黙々と歩くことから始まった。

体を動かすことで、居たたまれない気持ちを何とか平静に保つことが出来た。

   ・・・私にはそれしか出来なかった。

  

weep ・・・泣きながら歩いたこともある。

<絶対に私は負けない!>と心に誓いながら走った事もある。

夫の声を追いかけながら、走ったこともある。

歩きながら、青空に浮かぶ白い雲に夫が乗っているようで、

<私はここに居ますよー!そこから見えますかー!> と

                  心の中で思いながら歩いたこともある。

・・・始めた頃は、こんな想いを抱え歩いたり、走ったりしていた。

  

体を動かせば、心もすっきりして、少しだけさわやかになれる。

そんな効果に引かれ、日課のように続けてきた。

このように、ウォーキング・スロージョギングは私にとって、

健康の為・ダイエットの為とは少し違うところから始まる。

 もちろん、これを続けることにより、そういった効果が私にも実感出来る様になった。

体脂肪が下がり、持久力も付いてきた。

体が締まってスリムになってくることにより、気持ちまでもが少し軽やかになる自分が

そこに居るようになり、

<もう少し自分を磨いて行こうかな!>などと、

気がつけば、いつしか心が前向きになって来ている。

  ・・・confident

昨日走り終えた私を見て、知人から、”そんなに、痩せてどうするの?”などと、

半分嫌味っぽく、言われたが

{夫の死で10キロ近く痩せて(今は少し戻りつつある)、もちろん彼女のようないわゆる

  中年太りではないが、呆れられるほど、痩せすぎてもいないと思うけど・・・}

走ることは上記したように私にとって、彼女が考えるようなそういう単純な問題ではない。

   

今、私がこうして前を向いて歩く事が出来る為の常備薬みたいな物のようだ。

そしてこの頃は、歩くこと・スロージョギング自体を

               楽しむ事が出来る様になったところもあって、

「心と体の健康、そしてスタイル維持で明日に向かう自分に

  やる気を出させるようになる。」

そんな薬の(私だけの)効能書きがプラスされた。

  

これから先どれくらい続けられるか、分からないけど、体が許す限り、

走りたいなと思っている。

  本当に楽しみの一つになってきているから・・・。

2010年2月10日 (水)

他の人から見たら・・・

他の人からみたら笑われてしまうかもしれないという、馬鹿馬鹿しいということも、

自分にとってはとても意味あるものだったりする事がある。

   

一例を上げれば、私の趣味であるコーラス。

地元のコーラスはいいけど、以前住んでいた所のコーラスは、練習に参加する為には、

車で高速を使って片道1時間半、バイパスを使って2時間ちょっとかかる。

練習時間とその後のランチタイムを含めるとほぼ一日がかりなのです。

 もちろん、そうまでしても参加したいから参加するのですが、他の人から見たら、

かなり馬鹿げていると思われていることだろう。 仕事でならいいけど・・・と。

 

実際、”何時に出てくるの?”と毎回のように誰かに聞かれる。

その度ごとに<又来ましたか、その質問!>と思い、

”うん、朝早く!”と軽く流してしまうのだが、その裏には、

<そうまでして、よく来るよね!>という声が聞こえてくるようで、私には少し引っかかる。

 でも、私はここで指揮と指導をしてくれている私の友人の歌の指導を受けたくて、

通っている。もちろんその他の友達と一緒に作品を作り上げることの充実感を

得る為もあるけど、やはり、一番の理由は友人のところで歌を学びたいという事。

友人は今も先生について学んでいて常に向上心を持っている。

そして、彼女の歌の指導は的確で分かり易い。

 以前、このことについて夫とも話したことがあるが

”もっと遠くの先生について学んでいる人もいるのだから、あの人に教えてもらって、

   これ位で済むのだったら、交通費も安いものだよね!”

と 夫もこのコーラスの参加を応援してくれていた。

   

人からどういわれても、

「自分とって、学ぶことが多いから通う。それでいい!」

と 自分には言っている。  自分に言っているというのは

たまに、”よく通って来るよね!” という言葉に、

<ここに来てはいけないみたいね!>と

ひねくれて取る自分がいて、凹むことがあるから。

  

自分がしていることにもっと自信を持ち、胸を張ってやっていればいいのに、

どこか少し、弱気なところがあって情けない私でもあります。

2010年2月 9日 (火)

夫の声が聞きたい時

時々、私は同じように配偶者を亡くされた男性のブログを訪問することがあります。

そう、奥様を亡くされた方が、どんなことを思い、どんなことを感じ、どんな毎日を過ごし、

どんな生活をしているのかということに少し触れる中から、

                 亡き夫の声を探しているのかもしれません。

・・・もちろんそこに居るのは私の夫ではないのですが。

  

変な考え方ですが、亡き夫側から見れば、私を亡くした事になる訳で、

その時、夫がどう思ったのかが、うかがい知れる様な気がするのです。

男性と女性では物の見方も、考え方も違います。奥さんを亡くされた方の声に

耳を傾けることで、亡き夫は、こんなことを言っているのかもしれないと思うと、

何となく夫と会話が出来た様な感じがするのです。

    ・・・と言っても、その声を拾い上げることは、なかなか難しいですが。

   

あー! たまには夫と話がした~い!happy01

2010年2月 8日 (月)

守って!

二日前、後頭部に時々感じる変な感覚の頭痛で気分が滅入った。

以前にも肩が凝り過ぎてそのようなことがあったから、

<またあれかな?>と 思い姿勢に気を付ける。

 思えば最近PCに向かう姿勢が悪かったかな(?)と反省。

肩を少し後ろに引く感じで背筋を伸ばし、胸を張り、顎を引いてと姿勢に気を付けて

いたら、だいぶ頭痛の回数が減ってきた。やはり原因は姿勢が引き起こした

血行の悪さだったのかなと思う。

 しかし、その日は夜寝る時になったら、また頭痛。

<夜もしもの事があったらどうしよう。・・・・もし、朝が来なかったら> と 

急に不安になり、夫のパジャマを取り出してきて、

お願いだから、私を守って!> と 夫のパジャマを着てベッドに入った。

おかしな話だけど、これで少し安心した。

横になると何度か頭痛がやってきたけど、

   <私には夫がついているから大丈夫だから!> と

自分に言い聞かせているうちに眠ってしまったようで、いつの間にかいつもの朝に。

   

朝になっても治らなかったら、病院に行こうと思って寝たけど、起きたら頭痛は

ほとんど起こらなくて、そんなことも忘れてしまっていた。

2010年2月 7日 (日)

一周年の記念日

気がつけば、2009・2・7「気持ちのギアチェンジ」の記事で

            Lowからスタートのブログを立ち上げて一年です。

   

夫の死から一年が過ぎた昨年、何かに心の中をぶつけたくて、

このブログを書き始めました。

今は日常のささやかな感動を分かち合う事が出来なくなってしまった夫に、

書いているような気もします。生まれてから日記など

一度も書いた事がなかった私ですが、ブログ毎日更新であっという間に

一年が過ぎました。

 立ち上げ当初は、私のブログに果たして訪問して下さる方がいるのだろうか(?)

不安ではありましたが、とにかく今の気持ちを書き綴りたいと挑戦してきました。

  

おかげさまで1万4千を超える多くの方がたから アクセスを頂きまして、

夫の死という現実と戦いながらも、皆様に力を分けて頂き、励まされ、

このブログを書き続けることが出来ましたことに、感謝しています。

      皆様、どうもありがとうございます!

   

夫の旅立ちの年よりも二年目の昨年は、ずいぶん気持ちも落ち着いていましたが、

それまでとは違った悲しみが来たり、自分自身でも支え切れない凹みがありました。

そんな中、書くことで自分自身に言い聞かせたり、コメントで同じ体験をした皆様と

やり取りする中で、教えて頂いたり、気づかせて頂いたりして、

その凹みを埋めることが出来ました。

   

今年は夫の死から3年目に入りました。

「真の笑顔と元気な大きなおめめ」 を目指していこうと思っています。

なかなか思うようにいかないのが現実ではありますが、

そんな悪戦苦闘の日々を また書き綴っていきたいと思います。

   

 今後ともどうぞよろしくお願いします。  

    皆様の訪問をお待ちしています!

車のお祓い

本日は雲一つ無い晴天 sun

節分明けの初めの大安です。

車のお祓いの為に朝一番で毎年初詣に通っている神社に向かう。この神社では

家を建てる際の地鎮祭もして頂いた。車のお祓いも毎回この神社でして頂いている。

  

最近は車のお祓いをする人も少ないみたいですが、私も夫と結婚する前は

そういったことをするなど、考えたことも無いぐらいの人だったですね。

しかし、これも気持の問題で、夫と一緒になってから彼の家の風習で

車を買い換えた時(名義変更した時)に、毎回お祓いをして頂いていると、

やはりお祓いしない事には 何となく落ち着ち着いて運転出来ないのです。

・・・変なものですね。

  

車をお祓い場所に駐車し、水場で手を洗い、口をすすぎ、体を清めたところで、

控室でご祈祷の順番を待つ。

太鼓の音が鳴り響く中、神前で身を清めて頂き、寒のピリッ!と引き締まる空気と

神様の前に座る緊張で身も心も洗われた感じがしてくる。

「交通安全と車の安全を神様に誓う!」

お祓いしたからすべてが大丈夫というよりも、こういった気持ちの緊張が

わが身を守ってくれるような気もする。

身も心も引き締めたところで、玉串を捧げ、二礼二拍手一礼して神様に祈る。

  

神殿での式が終わり、車の前に行き、神主さんが車のお祓いをしてくださる。

・・・祓い給え! 清め給え!・・・

頭を下げたまま、私は

<常に安全にこの車に乗れますように! 愛車が災いから守られますように!> と

心の中で呟いた。

2010年2月 6日 (土)

頭痛

ここのところ寒さで、縮こまっていた事で姿勢が悪かったのかな。

たぶん肩こりからきていると思うけど、昨夜から頭痛がして、どうもすっきりしない。

たかが頭痛、でももしかしたら、

<このままどこかの血管が切れてしまうかも?>なんて

いうことが頭を過る。

<夫の時のように、たかが腹痛と思ったいたら、

              命取り になってしまった例もあるし・・・。>

少し、体に異変が起こるとすぐによからぬ事を考えてしまう。

まだ、あっちへは行きたくないという気持ちがやっぱり強いのか

そんなことを思うととても恐ろしく不安になる。

    

<もし、一人でいる時に頭の血管が・・・>

イヤ、・・・そんなことは考えないようにしよう。

そんなに心配だったら、医者に行けばいい話だ。困ったことは起こらないと信じ、

あまり考えすぎないようにしよう。  ・・・考えすぎると又、肩がこる。

2010年2月 5日 (金)

チャリティーコンサート

声楽家の友人が今年もチャリティーコンサートを企画している。

もちろん私も足を運ぶ予定です。

  

彼女はお子さんを5歳位の時に、難病で亡くされている。

子供と死別した直後は何もすることが出来ず、ただ、泣いて毎日を過ごし、

外に出る時もただ夫の後ろを付いて行くだけだったという。

落ち込みからなかなか抜けだす事が出来ず、どうすればこの気持ちから救われるのか、

お子さんを亡くされた事のある人の話を聞いてまわったそうだ。

 しかし、それから10年ほど過ぎ、彼女はある決断をした。

「難病と闘う子供たちの為に!」という、収益金の一部を子供病院に寄付する

チャリティーコンサートをやり始めた。

それから、現在まで10回以上のコンサートをやってきた。

彼女は、「亡くなった我が子に自分が出来ることは何か?」 を考えた時、

<自分には歌がある!それしかない> と このコンサートに至ったと言う。

”今は、これが私のライフワークだから!”そんなことを明るい笑顔で語る。

  

毎回私は、このコンサートを楽しみにしている。

いつもとても素敵な歌を聞かせてくれ、会場に足を運んだ人たちを楽しませてくれる。

  

同じように子供を亡くされた方に救われ、今は難病に苦しむ子供を持つ方や

同じ体験をした方を力づけている。そして、会場のお客様に感動を与えている。

なかなか出来ることではないと思う。

   

毎回大きな会場を埋めるお客様を集め、準備その他、大変なことではあるけれども、

素晴らしいライフワークを彼女が見つけ、実践していることに頭が下がる。

彼女はこのコンサートを通じて、

「元気を頂いているのは自分だ!」という。

    そんな素敵な彼女に 私は拍手を送っている。

  

  

2010年2月 4日 (木)

春がちらり

ここに来てとっても寒~い!今日この頃。

こんなに寒いのに、今日ウォーキングをしていたら、

河津から分家された公園の河津桜の花が、一つ、二つ咲いていた。

・・・春がちらりと見え隠れする風景

春が来る前に、この冬一番の寒さがやって来た。

・・・人生の一番の寒さを体験している私から言えば、

もうすぐ、春もやってくると

自分の人生もこのようであればいいな!なんて、単純なことを思ったりする。

  

人生なかなか思うようにはいかないけど、そうそう悪いことばかりではないと思いたい。

どん底に落ちれば、後は上るだけ。暗い夜は気も沈むけど、必ず朝が来る。

太陽の光を浴びれば、また何か出来そうな気がしてくる。

寒い冬の後には、花々が一斉に咲き誇る春が来る。

冬の人生を送っている私が、今出来ることをしっかりやっていれば、

温かな春がまたやってくるかもしれない。

  

人それぞれ、色々な人生があるけれど、ここからの私は

自分に負けない人生が送れればいいなあと思う。

2010年2月 3日 (水)

何も無い

「今の私には、何も無い!」そんなことを思い、

       何をするのも嫌になってしまう事が時々ある。

 夫の死後、夫との生活がすべてであったような、子供もいない私にとっては、

「目の前からすべての生きる支えみたいなものが無くなってしまって、

                         すべての事がむなしくなってしまう」

そんな時があるのです。

 今日はいい日と思っても次の日、ガクっとくる時もあるし、さっきまで良かったのに、

急にヨレヨレと気持ちが なえてしまう時がある。

それは、いつも予期することも無く私に訪れる。

    

何をする気も無くなってしまうから、こんな日は早く寝てしまうのが一番なのだけれど、

そういう日に限って、寝つきが悪い。こういう日は、夫の最期の時が頭の中を駆け巡る。

否定しようとする頭の中の私は、「いやー!」と大声をあげて、

その画面を打ち消そうといつも逃げ出す。

    ・・・あの日は忘れてはいけないけど、認めたくない時なのですね。

   

また、引き続き、いろんなことを考えている。

 

そんな時の支えは、何?

もちろん私自身の母がまだ健在だから、母に元気な姿を

いつも見せてあげたいというのも支えの一つでもあるけど、

・・・今の私には「物」かもしれない。

物に執着してはいけないようなことも言うけど、

「夫が残してくれたこの家」

「夫が好きだった車」

「夫が選んでくれた着物」

他にもいろいろあるけれど、

・・・家を守っていかなくては!

買ったばかりの車なんだから、もっと、もっと乗らなければ!

まだ着物に袖を通してないよ!

と思う事が、逃げ出したくなった私の心を留めさせてくれる。

  

実に単純なところに支えを置いているけど、自分には考えやすくて、分かり易い。

<ああ、そうか!> 

<自分には何も無いけど、もう少し頑張らないとね!>

もうひと踏ん張りしてみようかなという気分になる。

大した支えじゃないけど、取り合えず・・・明日には繋がって行くみたい。

明日になれば、又気分も変わるから・・・。そんなことの繰り返し。

   

「物への執着」も何も無いところでは、生きる支えになるみたいです。   

2010年2月 2日 (火)

雨上がりの洗車

雨が降った翌日の朝一番の私の仕事は洗車。

もちろん手洗いです!

  洗車機には一度もかけたことはありません。

車庫が無いので、雨の日が多いと洗車の回数が増えます。

でも、私の大切な相棒のお手入れは、ちゃんとしてあげないとね!

  

車には新車で購入した時に、ボディーのグラスコーティング加工をしてもらってあります。

この加工をしてあると、5年間位はワックスをかけなくても、洗車は水洗いだけでOK!

メンテナンスがとても楽なのです。

汚れもつき難くて、色の濃いボディーカラーや白など、汚れの目立つ車には

かなりいいです。

 でも、雨上がりにはなるべく早めに雨粒を洗い流し、水分をふき取る作業をして

置いた方が良いのです。

雨粒のついたまま、あまり放置しておくと、はじいた水滴がレンズの役目をし、

太陽の光を受け、コーティングに斑を作ってしまう事があり、しみが汚れた様に

見えてきて、取れ難くなってしまうのです。

(マークXの赤い車で経験済み)

従って、私は雨の翌日は出来るだけすぐに洗車をします。

  

最近の雨は酸性雨の可能性もあるので水で洗い流し、

セーム皮で車の走る方向に向けて(前から後ろに)水分をきれいにふき取ります。

洗車の際には、ボディーに傷が付いていないかも きっちりチェックして置きます。

ふき取り作業をしながら、

<安全を支えてくれてありがとう!今後も事故に遭いませんように!>と念じています。

・・・ああ! 夫の車もこんなこと思いながら洗車したっけ。

 

関係の無いことですが、事故を起こす車は、メカニカルももちろんですが、

ボディー等の手入れの行き届いていない車が多いいそうです。

・・・「車を大切に乗っていないから」ということらしいです。

  

では、明日からも安全運転で!

   

2010年2月 1日 (月)

偶然の幸運

茂木健一郎さんがある番組で話をしていた中で、

<なるほど!>と思ったことです。

「全体に目を配っていないと、偶然の幸運に出会えない」

  

改めて見たら・・・ではダメなんだそうです。

ボーっと見ていると、物事の変化を掴む事が出来なくて、目の前に素敵な物が

あっても目に入らなかったりする。

どこか部分的な所ばかりに とらわれていてもいてもダメ。

全体に目をやることで、全体の絡みの中から初めて物事の変化を見つけられる。

誰かに「あそこに素敵な物があったよ!」って言われてから、改めて見たら・・・では、

幸運は過ぎ去っているかもしれないということなのです。

 

このようなことを「アハ体験」と言うらしいです。

「アハ」とは、英語の「ああ、なるほど!」ということだそうです。

・・・今まで分からなことが、分かるようになった時の体験。

物事の何かの変化に気づいた時、脳は大きな刺激を受けて活性化する>という。

一度これを体験すると、脳の中で強化学習が起こり次が起こりやすくなるということです。

(良くこの体験実験に写真の一部を超スローにて変化させて、

「何処が最初と変わったのか?」と 尋ねるのがTVのクイズ番組などでやっています。)

   

考えてみれば、夫の死から私の視野は極端に狭まってしまったかもしれません。

景色を見ても ただボーっと見ているだけで、何か関係の無いものを

見ているかのように、自分の中に何も入って来ませんでした。いろいろな物を

見ているようでも頭の中では夫の事が渦を巻くようにグルグルと回り、

実は何も見ていなかったという感じですね。

   ・・・他の事は受け入れられない状態が続いていました。

   

そんな時は、

<脳は全く活性化していないということになるのかな>と自分なりの解釈をしてみました。

   

一年、二年と時が過ぎゆく中で少しづつ物が見える様になって、

季節により変わってゆく 空の青さの変化、木々の芽吹きの美しさなど 

なかなか全体に目を配るところまでいかないけれど、少しでも見える様になることで、

再び、感動が得られるようになってきました。

   

<・・・だんだん脳が活性化してきたかな>

脳が活性化してくれば発想が豊かになって来るのかも?

    

そんな経験から言えば、確かに、全体に目を配ることが出来たら、

「偶然の幸運」とやらに出会えるかもしれませんね。

     
自ら顔を上げて、視野を広げ、しっかり見ていけば、気づきがあり、アハ体験となって

脳が活性化してくる。そして、前向きな発想に繋がっていく。

おもしろいですね、「人の脳の仕組み」って!

     ・・・confident

 偶然の幸運の積み重ねが、生きることの楽しさに繋がっていくのかな・・・!

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