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2009年11月14日 (土)

オセロゲームと膠原病

居間の隅に、オセロゲームが置かれている。

もちろん一人になった今は、箱に入ったままだ。

・・・何故、オセロゲームなのだが、これには、亡き夫との思い出が詰まっている。

  

夫は亡くなる一年ほど前に、強皮症という膠原病の診断を下された。

・・・耳慣れない病名だった。私はいろいろ調べた。

文字通り、何らかの影響で皮膚や筋肉が硬くなってこわばった感じになる病気。

病状の進行によっては、内臓の筋肉も硬くなって、機能を妨げるらしい。

 夫の場合は、初期でまだそれほど症状が進んでいた訳ではなかったが、

指先が血行不良の為か、いつも冷たく、手首から先の手の皮膚が硬くなってきていた。

内側の手のひらだけでなく、手の甲の皮も硬くなって、皮だけを指で摘む事が

出来ないぐらいだった。

ギュッと手を握り締めても完全に締まりきらない。指先の動きも鈍くなってきて、

ワイシャツのボタン掛け、小銭入れの硬貨を取り出すなど、

                    細かい作業がしづらいと夫はこぼしていた。

それでは、リハビリの為に、オセロゲームをやろうという事になった。

小さい駒を持ったり、裏返したり楽しみながら指先を使える。私たちは、

夕食後の楽しみとして、オセロゲームをしていた。

   

”上手くつかめないよ!”と 言いながらも、今日もやろうかと言いだすのは夫。

通算の勝敗は五分五分、いい勝負だった。

たかがオセロゲームといえども、負けるとやはり悔しい。

お互いに結構本気になってやっているのが、おかしかった。

   ・ ・ ・

強皮症の発症。思い出せばこの一年前の2006年12月末。

夫は、指先をカッターナイフで傷つけてしまった。絆創膏で保護しておけば、

数日で良くなるはずだった。しかし、2か月以上たってもなかなか完治しなくて、

それどころか傷ついた指先が紫色になって冷たくなって、

                  まるで壊死してしまうのではと心配になった。

指のマッサージをしても、いっこうに改善されない。

”お医者さんに行った方がいいよ!”と 何度も私は言っていたのだが、

変だと言いながらも

”もう少ししてからね!”と なかなか夫は行こうとしない。

まだ医者に行かないうちに、今度は片方の目の白目のところが赤く充血し、

”これは仕事でお客様に接した時、見た目が悪い” と すぐに眼科に行った。

目は別に病的な物ではなく、疲れか何かで2・3日すれば治るという事だったが、

夫の硬くこわばった手を見た眼科医に、

”○○さん、それよりも皮膚科に行った方がいいですすよ!

           紹介状を書きますから、すぐ行ってみてください!”

と 言われたのだ。

最近、力仕事をよくするから、その為手の皮膚が硬くなったくらいにしか

考えていなかったので、夫も初めは 何を言われているのかよくわからなかった。

それでもすぐ、その足で皮膚科に行って検査したら、膠原病の疑いがあるということで、

大きな病院で再検査となり、2007・5月膠原病の強皮症と診断された。

(強皮症になると、皮膚が硬くこわばってくるが、

               同時に皮膚に傷が付くと治りにくいという事だ)

<何で夫が 膠原病なの?> などと私は思った。

発症原因のよくわからない病気で治療法も確たるものはなく、

国の難病指定の認定を受けている。

(難病指定を受けると、薬代が免除される。治療法が確立していないから、

    国で病気の解明・研究をしている為らしい。)

   

幸いにも夫の症状はまだ軽く、この状態で、病状が進まない事もあるというので

<治療をしていけばなんとかなるかな?>と思っていたが、

症状によっては内臓の筋肉も硬くなって・・・なんていうことも本に書いてあったので、

心配な病気には違いないものだった。

  

飲み薬と塗り薬を処方されて、毎日お風呂上がりに、夫の手に塗り薬を塗りながら

”今日もお疲れ様、大変だったね!早くよくなりますように!” と言いながら

マッサージをするのが私の日課となっていた。

今となっては、これもまた懐かし思い出にすぎない。

    ・・・think

持病の不整脈と膠原病と同じ病院にかかっていた夫。

月に一度の診察は、両方の診察日を同じ日に予約をして、私は待合で

待っているだけだったが いつも一緒に出かけていた。

夫が最期の時を迎えたのも、この病院。

  

夫が亡くなった翌日は、次の診察予約日だった。

今でもこの病院の前を通ると、

<さあ、一緒に帰ろうよ!> と 心の中で声をかけてしまう。

・・・しかし、

膠原病も、持病で何年来の治療を続けている心房細動による不整脈の

どちらも関係のない 腹腔内出血などという突然の病気で

この世を去るとは、思ってもみなかった。

まだ50代半ばだというのに夫の体は、表に出ないところで

そんなにも悲鳴を上げていたのかと思うと

傍にいた私としては、今でも やはり申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

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コメント

大きなおめめさん こんにちは  暑さの中、昨日から下の娘が2泊3日の日程で、学校行事のサマーキャンプに出掛けました。インドア派揃いの我が家なので、億劫がっていましたがcoldsweats01楽しく過ごし、たくさんの思い出を作って元気に帰ってくることを信じて明日の帰りを待つ間、束の間の休養ですjapanesetea(上の子は相変わらず勉強中なのでpencil邪魔しないように・・・)
少しずつですが、過去ブログを読み進めさせてもらっています。本当に、色々な時がおありだったのですねconfident出来事も、気持ちも。全く同じ、ではありませんが、うん、うん、と思うことも多いです。penguin
ご主人の病気の事、初めて聞く病名で、変な言い方で申し訳ないのですが、世の中、色んな病気があるものだなあ、と思います。hospital
何でこんな珍しい病気に、よりによって私の夫が、と何回思ったことでしょう。・・・思われませんでしたか?

恨んでも嘆いてもどうなるものでもなく、病気は待ってくれませんからタイムリミット宣言されてからは考えないことにしてましたけどweep・・・そんなことを少し思い出したのでコメントさせて頂きましたhappy01

かぞえさん 記事を読んで下さってありがとうございます。

人生って思いもよらぬことがいっぱい起こります。
夫の病気もそうです。
「膠原病」という名前は以前から知っていましたが、その中にもいろんな種類があって、
夫の診断された「強皮症」というのもその一つでした。
上記ブログにも書きましたが、文字通り皮膚が硬くなる病気。
国の難病指定になっている原因不明のこの病気にかかった事は、私よりも
本人である夫の方が当然ショックは大きかったようです。
体の不調のせいもありますが、それよりも精神的なものからでしょうけど、
夫からいつもの笑顔が極端に少なくなりました。
そんな時に私に出来る事は、明るく振舞うことでしかなかったです。

しかし、夫の口から嘆きのことばを一度も聞いたことがありませんでした。
でも、誰よりも辛かったのは夫だったと思います。

いろんな病気に真正面からぶつかっていったのに、
待っていたのは一年後の死だったとは、
切ない話です。
それも、夫と定められた運命だったのかと思うと、それもまたやりきれません。
あんなにいい人だったのに!

大きなおめめさん こんばんは   過去ブログ、続けて読ませて頂いてます。色んなものを頂きながら。happy01
コメントへのお返事もありがとうございましたheart01共感できる、してもらえる人がいる事は、やっぱり嬉しいですね。励まされたり、勇気が出たり。rock
私は、おめめさんほど急な別れではなかったし、子どもたちもいるし、何よりぐうたらでいいかげんな人間なのでなかなかしっかりできずにいるんですが・・・。coldsweats01
私の夫も、優しくて真面目で、子煩悩で。良い人、ではあったのですが、弱いところも一杯あって。
闘病中も、最期の数日も、私や子どもたちに弱音を吐きまくり、辛いしんどいを連呼して一人逝ってしまいました。crying
代わってあげることもできず、何もできなかった無力感に苛まれた時間もあり、今も時折あり。despair

なかなか一気には浮上できず、行ったり来たりでふらついてますが、最期まで頑張り続けた夫の生への執着、みたいなものを見届け、最期まで傍にいて看取ってあげることが出来た事が、今の私と、娘たちを支えてくれているのかな、と、思います。
うまく言えなくてスミマセンcoldsweats01

かぞえさん こんばんは。
家族に弱音を吐いて下さったご主人様は、
本当に皆さんの事を信頼していらっしゃったのでしょうね。
シンドイ気持ちを聞いて下さる温かい家族が傍にいてくれたことは、
何よりもご主人様の力になったことでしょう。

「生きたい!」と最期まで頑張った夫たちを思い出す度に、
生きることを無駄にしてはいけないと思いますね。
毎日を一歩一歩踏みしめながら、大切に生きたいものです。

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