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2009年11月

2009年11月30日 (月)

少しづつ大掃除

あと一カ月で今年も終わる。

新年を迎えるにあたっては、やはり一年の汚れを落とし、きれいな家で迎えたいが、

仕事をしているとなかなか思うように大掃除日を取ることが出来ない。

そこで、毎年私は、この時期から出来る日に 少しずつ大掃除をするようにしている。

今年も昨日から開始。(昨日はシューズクロークの大掃除を実施)

計画表を作り、今日はここ、来週はここといったように、

早い時期から、分けて大掃除をする。

 続けてやらないので表を作って、漏れのないようにする。

一度にやると大変な作業だけど、分けてやると何とか家中の大掃除が一人でも出来る。

(夫が生きていた時も、夫は31日ぎりぎりまで仕事だったので大掃除はいつも私の役目)

    ・ ・ ・

大掃除のコツ(私流)

① 日ごろ使用頻度の少ない場所から順番にがコツ。

② そして一度にたくさんやりすぎない・・・無理しない。

          (やり過ぎると次にやるのが、いやになってしまうから)

 今日は一階の窓ふきだけとか、今日は洗面所だけとか、

          一日一つの事に絞った方が、徹底した掃除が楽に出来る。

③ 面倒な台所の換気扇などは、使用頻度は高いけど、あまり最後に持って行って

 しまうと嫌になってしまうので、適当な時期に、台所全体の掃除と一緒の日ではなく、

 台所の換気扇だけをやる。

      (レンジフード付きの換気扇は本当に面倒で嫌いです)

④家全体をやる時間がない時は、自分がお客様になり、

 初めてこの家を訪問したとして玄関から入ってみる。

 そうすると、ふだん気にならなかった所に目が行くので、そうした所から、片づける。

 これは他の部屋でも、入る度にお客様目線になると 気になる個所が見えてくるので、

 片づけるポイントが明確になり、片づけ易い。

・・・大掃除の終了目標は? 遅くとも12月30日

       ・・・出来れば28日(これ以降はおせちの準備が入る為)

大掃除をすべて終えて、玄関にお飾りをつける。

(遅くてもこの日までに終わらせないと、31日では お飾りが「一夜飾り」になってしまい、

   縁起が良くない。お飾りは28日か30日かそれ前の 日の良い日に飾る)

   

こんな風に書くとずいぶんきれいな家にいつも住んでいる見たいけど、

家中がきれいに片付いているのは、お正月だけのような気がする・・・coldsweats01

 

2009年11月29日 (日)

あったかお布団

夜の冷え込みが増してくると、お布団に入った時のぬくもりが心地よい。

昼間十分に干し、ふかふかになったお布団は

冷えた体をほんわか包み込んでくれる。

・・・confident

”お布団がフワフワあったかで気持ちいい!

          今日もお布団干してくれたんだね、ありがとう!”

そのぬくもりに感謝して、夫は私に「ありがとう!」と言う。

肩まですっぽり布団の中に入り、顔だけこちらに向けて、

優しい笑顔でお礼を言った亡き夫。そんな一言がいつもうれしくて、

その一言に夫の思いやりをも感じていた・・・。

   

ふわふわで日の香りがする、温かいお布団にくるまれて、

感謝の言葉を 今私は心の中で言う。

<今日も、温かなお布団にしてくれてありがとう!>

千の風」ではないけれど、夫が太陽の光になって、温めてくれているんだと

思っている。この世の人で亡くなった夫は いろいろなものになって、

今も私に 何かを与えてくれているんだ。

ストレッチしすぎ?

先日ウォーキングの後、ストレッチした時の事。

腰より少し低いバーに足を乗せて、太ももの筋肉のストレッチをしていて、

グッ!っと伸ばした次の瞬間、アッ!・・・やりすぎたかも?

伸ばし過ぎてしまったらしい。

その時は何ともなくそのまま普通に歩いて家まで帰ったが、

その次の日からどうも足の調子がおかしい。太ももの後ろの筋肉が痛くて、

重心をかけるとその痛みが増すといった具合になってしまった。

しばらく、運動は控えようとこの数日は、ウォーキングもスロージョギングも行っていない。

こんなに温かくていいお天気なのに!・・・残念です。

そして、おまけ付きです!

その時間がコーヒータイムになってしまって、間食が増えてしまいました。

  ・・・まずいことになっています。

       体重が・・・体脂肪が・・・上昇!

早く、回復してくれないと困ります。

2009年11月28日 (土)

そんなこと言わないで・・・

今日、夫の三回忌を前に、私たちの仲人をしてくれた

夫の高校時代の恩師がお参りに来てくださった。

朝、86歳になる先生から電話を頂き、こちらに自分の運転する車で来ると言う。

それは、大変ですから私がお迎えに上がりますと言ったのだが、

聞き入れてもらえず私は家で待つことになった。

・・・心配である。 

20分もあれば到着する予定だが 一時間近くたっても、まだ来ない。

 ・ ・ ・ car  スピードを出さないにしても遅すぎる。

<またきっと迷って、どこかをぐるぐる回っているんだ>

と思った。前回も同じようなやり取りの時、そうだったから。

家を出たり入ったりしながら、到着を待った。

窓から先生の車が通り過ぎるのを目にしたので、慌てて外に出て、後を追いかけた。

家を探しながらだから、スピードを押さえているにしても、

走って追いつくスピードと言うところがすごい。

やっと、御到着!・・・<ハラハラ待つこと一時間>

”いやー! 迷っちゃってこの辺りをぐるぐる回っちゃったよ!” と 先生。

”このあたりも、変わりましたからね!”と私は言いながらも、

<だから、お迎えにあがると言ったのに!> と 心の中で思った。

もう、車の運転は、医者から止められているけど、

歩くのは大変だから、車に乗っているという。

<タクシーっていう手もありますよ!>と 家族の人は言ってあげないのだろうか。

<こちらが見ていてもハラハラする運転だから、やっぱり、乗らない方がいいですよ!>

と 言ってあげたいぐらいだった。私も絶対 お医者さんの言う事は聞いた方が

いいと思う。 (そうはっきり言える立場で無いのが辛いところ)

・ ・ ・でもやはり、

言ってあげた方がいいのかな?

”そんなこと言わないで、もう車の運転は 

        危ないからやめた方がいいですよ!”って。

2009年11月27日 (金)

心構え

7年前、私が医者にかかった時に、エコーの検査で

”何かこの影があやしい?”と言われ、MRIの再検査となったことがあった。

その時私は、<もしも変な病気だったどうしようか?>と、とてつもない不安に襲われた。

<もし、私が先に逝くことになったら、夫は どうなってしまうのだろう?> 

寂しがり屋の夫の事を思うとたまらない気持ちになった。夫はいつも、

”僕、一人になったら何も出来なくて困るんだから、体には気をつけてよ!” と

言ってくれていた。そんな夫を残してなんて、考えただけでも切なかった。

再検査の結果が出るまで、私の不安な日々は続く。

  

・・・そこで、私の取った行動は、寝室を別にすること。

夫を残し、私が居なくなってしまった時、少しでも寂しさから救われるようにする為。

いつも一緒の部屋にいた人が居なくなったら、たまらなく寂しくて眠れない日々に

なっては困ると思ったからだ。夫には、

”いびきがうるさくて、寝れないから、私はあっちの部屋で寝るよ” と言ったのだけど、

夫に、私にもしもの時があった時の心構えをしてほしかった。

結局、その時の私の病気は、悪性のものではなく 手術すれば治るもので、

10日ほどの入院で 取り越し苦労に終わった。

・・・しかし、今考えると、

あれは、意味のない心構えだったとつくづく思う。

自分が体験して、よーく分かった。

一緒の部屋で寝ていようが、いまいが喪失感には なんら関係はない。

どこを探しても、どこに行ってもいない。

この世にあなたが存在しないという事実が、私を苦しめるのだから・・・。

その事実がとても重いのだから・・・。

2009年11月26日 (木)

寝る前にいつも思う事

お布団に入って寝る前にいつも頭に浮かぶことは、やはり夫の事。

<やはり、もう声を聞くことは出来ないんだなー!>

<これから先も、ずっとこんな夫のいない日が続くんだ!>

分かっていても、毎日のようにこんなことを思うのは、

心のどこかで、夫と会えることを期待しているからなのかもしれない。

・・・いや、ちょっと違うかな。

もう会えない事を 日々確認しているといった感じの方が正確なんだろう。

どちらでもいいけど、このことが頭に浮かんでしばらくは眠りにつけない。だから、

続いて夫とのいろんな思い出がよみがえってくる。

昨夜は、夫と一緒に 二重唱をした時のことが思い出された。

心の中で私が低音部を歌う。歌いながら、高音部のメロディーを歌う

夫の声が重なるような気がした。  

    ・・・じっと神経を集中してまた歌うと

<アッ! 待って!・・・夫の声が聞こえる!>

またもう一度、一小節ほど心の中で私は歌い、

         ear・・・すぐに耳を澄ます。

ほんの少しだけ、最後の方の音の重なった余韻が頭の中に残る。

気のせいなんだと思いながらも、もう一度・・・そしてもう一度。

 (気のせいでも何でもいい、夫の声が聞こえるならば!)

そんなことを何度か繰り返しているうちに 眠ってしまった私だった。

2009年11月25日 (水)

ふっくらパンが焼けました

久しぶりのパン作りです。今日はふっくら焼き上がり 久々の大成功です!

夫のいた頃はよくパンを焼いた。

クルミ入りのパンに チーズの角切りゴロゴロのパン。

さつまいもを裏ごしして生地に練りこんだロールパンや栗の裏ごしを練りこみ、

さらに刻み栗を入れたパン。具たくさんピッザなど・・・いろんなパンを焼いた。

夫が仕事から帰って、家に入ってくると、

”今日はパンを焼いたの?・・・いい香りがする!”

と 「笑顔の第一声」→ これが聞きたかった私でもある。

”これは何が入っているのかなー!”と 楽しみながら夫は焼きたてのパンを手に取る。

”おいしい!・・・これはいける!”と 喜んで食べてくれた。

自慢じゃないけれど、本当に結構おいしかったんです。

・・・confident

しかし、ここのところは、すっかりパン屋さんのパンばかり。

自分で作ることはしませんでした。

というのも、夫と死別したばかりの頃、二度ほどパン作りに挑戦したのですが、

発酵がうまくいかなくて、二度とも密度の濃いパンになってしまい失敗。

味はいいけど、触感が・・・think イ・マ・イ・チ!

<前は上手く出来たのに、・・・何で? 同じようにやっているつもりなのになー!>

原因が分からなくて、その後作るのを止めてしまった。

でも今日、久しぶりに<パンを作ろう!>という気分になって

早速パン生地作り。

強力粉・ドライイースト・砂糖・卵等々材料を混ぜ合わせ、

ペッタン・・・ギュッ!・・・ペッタン・・・ギュッ!

作っていて分かりました。

<このパン生地のこね方に問題があったんだ!>

材料の分量とか作る手順ではないところに 原因があったことに気付きました。

☆ 成功のコツは・・・無心になって生地づくりをすること。

 やはり、雑念があると ・・・中途半端なものしか出来ないのですね。

今日、以前と同じように、ふっくらと発酵が上手く出来た時、

何だか、前に失敗した時と比べ、ずいぶん自分の心が

落ち着いてきていることに気が付きました。

今日はパン作りに集中出来ている自分がいました。

<んー!・・・私が、戻ってきた!> といった感じです。

たかがパン作りなのに、大げさな発想かもしれませんが、

パン生地づくりはなかなかデリケートな作業です。

微妙な生地の硬さ、生地の温度など、こね方が発酵に大きく影響してきます。

・・・手のひらに感じるパン生地の温度、柔らかさと感触。

そこを読めるか、読めないかというのが出来に反映する。

そう考えると、落ち着きを取り戻し、その微妙な感覚が読めるようになったという事は、

結構感激だったのです。

・・・ふっくら、おいしく出来たパンをお仏壇にお供えして、

    気を良くして、パンを頂く私です・・・delicious    

(おいしく出来たのに、他の人に食べてもらえないのがちょっぴり残念ですけど、

  食べきれない分は冷凍にして またのお楽しみとしますhappy01

2009年11月24日 (火)

また出てますね!・・・苔

今年の4月頃、一生懸命芝生の中の苔取り作業をしたのに、

日当たりの悪いところに、苔が発生している。

・・・<coldsweats02また出てるー!>

4月に苔取りをした時、出来るだけ土をえぐるように取り除き、根が張りすぎて、

通気性の悪くなった芝生に専用のパンチで穴を開け、芝の目土の補給もした。

苦労が実を結び、かなり回復した芝生の庭。

しかし、日当たりの悪いところは、苔が勝ってしまうようだ。

発生はそれほどでもないから、今のうちにと、草取り専用のくの字に曲がった

ピンセットで地道に苔取り作業開始。

   ・・・雨上がりで土が少し湿っている時が取り易い。

苔と苔の根が張っている部分の土が塊で一緒に取り除ける。

土が乾いていると、ポロポロと落ちてしまい、苔を取り除いても、

取り残しがかなり出てしまう。少しでも残っていると、また出てきてしまうので、

出来るだけきれいに取り除こうと集中して頑張る。

・・・この集中作業が結構疲れる。

 同じ姿勢で取り続けるので、体が固まってしまう。

一度にやろうと思うとなかなか大変なので、空いた時間を利用して、

一日に少しづつ作業するのが きれいに取り除くコツですね!

・・・苔と私の根競べです。

芝生の庭をきれいに保つためには、

草取り、苔取り、芝刈り、施肥等とお世話してあげる事。

    芝生の庭は、手をかけてあげないと答えてくれません。

2009年11月23日 (月)

チョッとしたふれあい

雨上がりの穏やかな小春日和の一日。

・・・sun ~ ~ confident

気分も良く、自宅からウォーキングで一時間チョッとのお城のある公園に出かけた。

 (2年前、夫とここで紅葉をバックに写真を撮った。

           この写真が夫の姿を写した最後になった。)

・・・ここに来ると、何となく夫の気配を感じる事が出来るような気がするので、足が向く。

紅葉はほとんど見られなかったものの、大きな銀杏の木の黄色く色づいた葉が、

傾いてきた日差しに照らされて、天守閣をバックに、キラキラ見えたのには感動した。

携帯のカメラに収めようとしたが、この広がりゆく紅葉の世界は入りきらなかった。

・・・カメラを持ってくれば良かった。

公園を散策して帰りはバスでと、駅の方に向かう途中、

”○○通りはどこですか?” と訪ねてきた、私より少し若い女性がいた。

その通りを教えてあげたのだが、

”私もそちらの方に行くので、よかったらご一緒に!” と

彼女を案内することにした。彼女は

”私は韓国人です。韓国から仕事の出張できました”

   ”お城を見にいらしたのですか?”・・・私 

”はい!”

あまりにも流暢な日本語だったので、

”日本語お上手ですね!” と聞くと 韓国の会社にも 日本人がたくさんいて、

会社では日本語を使っているという。

”ここから一キロぐらい先ですが、歩いて大丈夫ですか?”

と 私が尋ねると、

”それぐらいは大丈夫です。ふだんからよく歩いています。

 ハイヒールで来たのですが、散策には疲れるので、

   ホテルの近くでこれを買って 履き替えてきましたshoe

彼女は微笑みながら答えた。彼女の足元をみるとウォーキングシューズを履いていた。

そこから、一キロの道のりを私たちは、温暖化の気候の事、韓国と日本の食べ物の事、

日本のアニメが韓国で よく知られているということなど、

                 shoe・・・shoe・・・色々な会話をしながら歩いた。

彼女の目的地に着いたところで、彼女は,

そこにあるショッピングビルのト○○ラスで子供に

日本のアニメキャラクターのお土産を買っていくというので、

”思いがけず、楽しい散歩が出来ました。どうもありがとう!ごゆっくりお買い物を!”

”こちらこそありがとう!楽しかったです。おかげさまで迷わず来られました”

と 私たちは別れた。

  チョッとしたふれあいに ほんの少し、私の足取りは軽くなった。

2009年11月22日 (日)

友達の訪問

3日前のブログ「やはりこの家で」の呼びかけが 聞こえた訳では無いと思うけど、

午前9時過ぎ、突然高校時代からの友達からTEL。

”今日、時間空いてる? 良かったら、そちらに行きたいんだけど、

                     お昼でも一緒に・・・どう?”

その友達は私のブログのことは知らないので本当に偶然。

こんなこともあるんだと思いました。

もちろん、大歓迎!

慌てて、午前中の仕事をして、出かける準備。

新幹線の改札口の待ち合わせ場所までお迎えに。

食事をしながら、先日見に来てくれたコーラスのコンサートの感想やお互いの

近況報告など語り合う。やはり、昔からの気の置けない友達はいい。

        ・・・ confident

彼女とは高校時代は親しくしていたものの、高校を卒業して

20年近く会う事もなかったが、8年前に久しぶりの再会をした。

その後はまた、年賀状のやり取り位のお付き合いの友。

一昨年、夫の事は直接知らせる事はしなかったが、葬儀に遠くから来てくれた。

思いがけない彼女のお悔やみの言葉に、私は どんなに支えられたことか。

彼女のところも子供が居ない事もあり、私と境遇は似ている。

  

・・・夫婦二人の生活で、どちらかを亡くすという事がどういう事なのか・・・

自分の身に置き換えたら、たまらないものを感じたのだろう。

葬儀参列へのお礼のTELをした時、私が知る所となったが、

8年前の私との再会後、彼女自身も大病をして、

「死」が自分の目の前にちらついたこともあったという。

その後の彼女は時に触れ、特別なことは何も言わないが、

メールをくれ、私を心遣ってくれている。

友達の有難さを改めて教えてくれた友である。

    

数年前に大病を克服しながらも、今は元気でいろんなことに挑戦して頑張っている

彼女には、いつも刺激を受ける。

何気ない人生論も体験のある人の言葉には説得力がある。

「死」というものを真正面から見詰めた者同士、分かり合えるものも多い。

”そうだよね!・・・うん、うん、・・・分かる、分かる” と私。

話をしていて、彼女のエネルギーが私にも伝わってきて、

<よーし、私もやらなくちゃ!>という気分になってきた。

”こうありたい!という自分の目標を描いて、

        やっていかないと、やはり前に進めないよね!”

  (彼女自身もまた、私と話しながらそのことを

        自分に言い聞かせているのかもしれない)

笑顔で語る彼女は輝いている。

<本当にその通りです>

”何をするにもまずは健康! お互い健康には気をつけて頑張ろうね!”

そんな言葉を掛け合って別れた。

      

遠路遥々訪ねて来てくれた友に 感謝の一日となった。

2009年11月21日 (土)

人生の大先輩

今朝、TVに91歳になるおばあちゃんが演劇の舞台で

活躍している姿が映し出されていた。

名古屋の演劇団に所属する若尾隆子さんという方だ。

自然体で演技をする姿は、セリフの言い回しといい、背筋を伸ばし 

シャキシャキ歩く姿といい、とても、そのお歳には見えない。

笑顔の優しいおばあちゃんは、御自分のお孫さんと思われるほどの若い劇団員からも、

おたかさん!” と慕われている。

”演劇の色々な基礎をおたかさんから学びました!”

と 一人の若い劇団員の方が優しいまなざしで、おたかさんの舞台練習を見ながら

答えていた。   

  ・・・とても素敵なおばあさんだと思った。

おたかさんが、朝起きてまずすることは、お化粧。念入りにアイラインまで引いている。

16年前に亡くなった御主人の御仏前に朝の挨拶をする為に、おたかさんはお化粧を

する。いくつになっても、御主人にきれいな自分を見せたいというそんな気持ちが、

若さの秘訣かとも思った。

  (御主人はその劇団の演出をされていたということだった)

    

一人暮らしのおたかさんは、自分の殻に閉じこもらない為に、

毎日近くのスーパーまで20分ほど、歩いて買い物に出かける。

”足腰の健康の為もあるけど、家の中にばかり居ないで

          外に出て刺激を受けないといけないから!”

91歳になっても尚、なんと前向きな姿勢だろう。

人はいくつになっても、

「これでいい!」 と 線を引いてはいけないんだ。

そんなことを教えられた。

舞台に立つ為の体力作りも欠かさない。スクワットを毎日75回もやっているという。

最近覚えにくくなったと言いながら、セリフのおけいこも念入りに行っていた。

「舞台に立つことは生きる事」

そんなことばをさらりと笑顔で楽しそうに言っている

おたかさんは、実に自然体で美しかった!

2009年11月20日 (金)

過ぎゆく・・・「時」

6:00~7:00 起床

洗濯機にスイッチを入れ、着替え。顔を洗い、お化粧をする。

コーヒーメーカーのスイッチを入れ、お掃除。

掃除機をかけている間に出来あがったコーヒーをお仏壇にお供えして、朝のご挨拶。

cafe おはようございます。

   今日も良い眠りをありがとうございました!”

コーヒーを頂きながら、朝食の支度。

洗濯物を干して、風呂場の掃除をして、ゴミ出しをして。

一通りの家事を終えたところで朝食。

朝のPCメールチェックをして、仕事開始。

     

黙々と仕事をする。

  

夕方仕事を終えてから、ウォーキングかスロージョギング。

(夏場はここで芝の草取りが入る)

夕食の支度をしながら、PCを立ち上げる。

ここからは、TVを見ながら、PCに触れている。

これと言って特別な予定がない時は このパターンで過ごしていることが多い。

一日があっという間に過ぎていく。

・・・一日どころか、一か月も瞬く間に過ぎる。

<そんなに速く、時間よ過ぎないで!>

<夫と暮らした日々がだんだん遠くなっていっちゃうよ!>

「夫との距離が次第に離れてしまう」 そんなことをふと思ってしまった。

   夫は今、私の心の中に居るのに・・・!

2009年11月19日 (木)

やはり、この家で!

先日私が結婚前に住んでいた市に住む友達から、

”まだ、こっちに帰ってこないの?” と 聞かれた。

”うん、夫と一緒に暮らした家を そう簡単には離れられないのよ!”

と 私は答えた。早く戻ってくればいいのにという友達だが

やはり、私としては、一人でもこの家にまだ当分の間は 住みたいと思っている。

(夫との死別直後は、やけになって

 <もう何もかも必要はないすべて不要だ!>なんて、

  思った時もあったけど、すぐにそんな気持ちは消えた)

   

夫と仕事休みの度に通って、庭や畑の手入れをしてきた、20年間の夫との思い出の

いっぱい詰まった夫の実家を 昨年、夫の兄弟に譲っただけでもかなり辛かったのに、

・・・また続いて、今 住んでいるこの家をも手放すなんて、私には出来ない。

   

以前住んでいた家が区画整理に掛って、この家に移り住んで12年経つ。

この家を建てるにあたって、夫とあちらこちらを見て回った

土地探し・モデルハウスを見て回り、夢を膨らませた家の設計・

新しい家に住む自分達を頭に描きながらのインテリアデザイン・

遠くの石屋さんまで二人で敷石を探しに行った庭造りなど、

楽しかった思い出がいっぱい詰まっている。

・・・そう簡単には、離れられない。

 故郷に戻れば、友達もたくさんいるし、親、兄弟もいる。友達や肉親がすぐそばに

住んでいることは心強いけど、どこに住んでもこれから一人で生きていくことには

かわりはない。それに、今の私はこれ以上無くしたくない気持ちの方が強い。

今すべてを捨てて故郷に戻りたいほど、寂しい思いをしている訳でもないし、

体に言う事がある訳ではない。

これから先、年月が過ぎ自分の気持ちも、自分を含め、

取り巻くいろいろな条件も変化してきて、

<みんなが居るところに帰りたい!> と 思う事があるかもしれない。

・・・それからでも遅くない。

    「時の流れに身を任せる」というところでいいかな!

今は・・・この場所に!

夫と暮らしたこの家に、私は暮らしたい。

     ・ ・ ・ confident

”お友達のみなさ~ん! 

 「帰っておいで!」 と 言うばかりでなく

 また遊びに来てください!…私はまだここで頑張りますから”

2009年11月18日 (水)

冬は白菜がおいしーい!

野菜は車で出かけた時に、道の駅などの農家の直販所で買うのが好き。

いろいろな旬の野菜が並べられていて、つい買いすぎてしまう感もあるけど、

おかげで、野菜たっぷりのヘルシーな食生活が送れる。

新鮮でスーパーで買うよりも鮮度がいい分、日持ちも良いい!

今日も白菜を購入してきました。もちろん丸ごと一個。

(切り分けたのだと、切り口から痛んでしまうので、使い切らない時の保存期間が短い) 

だから、出来るだけ丸ごと一個買うことにしている。

 外葉から、一枚づつはがして使い、残りは新聞紙で包みビニール袋に入れ、

冷蔵庫の野菜室で保存。こうして置けば、一人暮らしの私も最後まで使いきれる。

           happy01・・・経済的!

~ここからの季節は白菜が大活躍~

鍋物はもちろん、ロール白菜、白菜のクリームシチュー、白菜とホワイトアスパラの

クリームソースかけ。そうそう、中華の五目野菜炒めもいいかな。

油揚げで白菜の千切りとおもちを入れた巾着を作り、おでんの具にしたのもおいしい。

特に寒い日の、私の白菜お勧め料理は、

・・・白菜と豚薄切り肉の重ね蒸し

① 白菜を一枚ずつはがして使う。

② 白菜と豚肉の薄切り肉・しょうがの千切りを 土鍋に交互重ね合わせながら敷く。

③ お酒をカップ2分の一強入れて、蓋をして蒸し煮にする。

   初めは強火、煮立ったら弱火でコトコトと。

 (最低20分以上は煮込む。途中水分が足りなかったら少し水を加えて)

④ 仕上げにポン酢しょうゆを好みの量かけて出来上がり。

ここで切り分けて皿に盛る。

  ・・・白菜と豚肉のミルフィーユ状態。

手間がかからないけど、やわらかく煮込んだ白菜が肉のうまみを吸っておいしい。

お酒としょうがで肉の臭みも取れ、ポン酢でヘルシー。

・・・白菜と肉団子の煮込み

① 白菜を適当な大きさに切り、刻んだしょうが・にんにくといっしょによく炒める。

② 土鍋に①を入れ、ひたひたになるほどの水を加え、

  沸騰したら肉団子(下記参照)を加え、再び沸騰したらあくを取る。

③ コンソメ一個を入れ、弱火でコトコトと白菜がやわらかくなるまで煮込む。

*固形コンソメと肉団子の味付けからしみ出たもので特にスープの味付けはいりません。

煮込めば、煮込むほど白菜がトローとしてくるのでその時のお好みの加減で頂きます。

{肉団子は合びき肉200g位、ねぎ・しょうがのみじん切り各適量、

   卵一個、味噌大1、片栗粉大1

 を手でよくまぜ合わせ、大きめのお団子を作り、油で揚げるか、油を多めに引いた

 フライパンの上で転がすようにして周りをしっかり焼きます。

  (後で煮込むので、ここでは 中まで火が通っていなくてもOK!です)

 作るのが面倒な時は冷凍の肉団子でもよいが、

         その際はスープの味を調整をした方がいいと思います}

油を使っていますので、蒸し煮よりカロリーは高いですが

こくがあっておいしく白菜が頂けます。

・どちらの料理もしょうがを使っている煮込み料理だから何よりも、体が温まりますよ!

2009年11月17日 (火)

冷え込んで来ました

11月も半ばを過ぎたから、当然の事ですが冷え込んできました。

  rain冷たい雨です。

まだコタツは出していませんが、ホットカーペットは一か月ほど前に敷きました。

これまで、まだ電源は入れたことはありませんが、さすがにそろそろ使用の時期です。

 我が家の暖房器具は、あとはエアコンだけ。ストーブ類は結婚生活を始めてから

ずっと持っていません。

「コタツ」これが本当にいいのですが、これを出すと一気に行動しなくなる(どなたも

同じだと思いますが)ので、ぎりぎりまで我慢です。

・・・そうそう、もうひとつ暖房器具がありました。

昔ながらの「火鉢」です。最近の家には珍しいものだと思います。

(我が家でも 特別な時に登場するぐらいで、ほとんど使用することはありません。

                          主な役割は和室のインテリアです)

家を建てる時、”囲炉裏のある居間を作りたい!”と夫が言い出して、いろいろ研究

してみたのですが、現在の機密性の高い家だと、囲炉裏は扱い難いという結論に達し、

断念しました。やはりかやぶき屋根のような造りでなければ、煙が抜けないので

ダメなようです。昔ながらの日本家屋の造りは実によく出来ていますね。

専用の喚起口をつければいいでしょうけど、すっきりこないので、見合わせました。

それで、”火鉢でいいよ!”と なった訳です。

 あちこちの古道具屋さんを見て回りましたが、なかなか気に入ったものは

見つかりませんでした。そんな話を夫の叔父の家に遊びに行った時にしたら、

叔父さんが

”家の物置に、おばあちゃんが使っていたのがあるよ!”

”持って行く?・・・そうしてくれると有難いんだけど”

        って言って、出して来てくれたのです。

陶器の火鉢ではなく、大きな木の切り株をくり抜いた中に、銅版の鉢が入って、

灰がその中に入ったものでした。

木の風合いが、使い込まれていて、いい感じのつやを出している。それを見た夫は

”おばあちゃんが、これの前に座っている姿を覚えている”

と たいそう気に入り頂いてきました。

”お正月にはこれで、おもちを焼いて食べよう!” と

うれしそうに言っていた事を思い出します。

       ・・・confident

暖房器具もいろいろありますが、この火鉢は、もしかしたら

       心を温めてくれる暖房器具のひとつかもしれません。

2009年11月16日 (月)

隣の芝生

いろいろな検索をかけて、あちこちのブログを訪問する。

文の内容、書き方など、それぞれの方の特徴が表れていて、画面の向こうの人を

想像しながら読むのは、面白い。

こんな文章が書けたらとか、こんな考え方が出来たらとか

<うらやましいな~!>と 思う事がある。

「隣の芝生はきれいに見える」ではないけれど、どのブログも私のブログより明るくて、

晴れ渡るものに 思えたりする時もある。自分と同じ死別の事を書いているのに

<どうしてこんなにも読んでいて 温かいものが伝わってくるんだろう>

という素敵なブログがあった。

そんなブログにしたいと思うけど、画面なのか、文章なのか何が違うのか、

もうひとつ分析が出来ない。

<やはり一人ひとりの持つ、人間性の違いなんだろうなー!> 

羨ましがっても、自分には出来ないのかな。 

自分は自分、他人は他人。 ・・・人のブログを真似てもしょうがないよね。

 同じ道を歩く訳ではないから、比較したり、羨ましがったりする事に意味もない。

 私には 私にしか歩けない道がある。そこを一生懸命進めばいい。

他の人の考えや生き方は参考として、心に留めておけばまた、自分の中で

新たなパワーを生み出してくれる。

そんな事を思いながら、今また、こうして相変わらずの自分のブログ記事を書いている。

・・・これからの人生もきっとそうだよね!

人と比べたり、羨ましがったりする事には何の意味も無い。

以前 私が夫に、

”あの人素敵な生き方をしているよね、いいなー!” と 言ったら、夫は

”僕は○○ちゃん(大きなおめめ)の方がいいなー!” と 言ってくれた事があった。

夫が自分を選んでくれた事が素直にうれしかった。

  

たった一人のファン、唯一の理解者の夫の存在が私には大きな救いだったのに・・・。

ファンクラブの会長が居なくなってしまうと、

自分を信じながらも、少し自信がなくなる時があるのも本音かも。

これからの人生の修行はなかなか厳しい。

・・・でも、頑張ろう!っと。

       happy01

2009年11月15日 (日)

ここからの季節は・・・

夫の命日が1月初め。命日の近付く、ここからの季節はいろいろなことが思い出される。

<今更、思い出してどうするの>と 自分でも思うけれど

                    思い出されてしまうのだからしかたないよね。

寒くなって夜が長くなってくると、一人で考える時間が長くなるからどうしてもね・・・。

考える時間を減らそうと、何か興味の出そうなDVDを探してきて見てみるものの、

今ひとつ内容に入り込めない。  

         ~でも少しは効果あるかな。

考えたくないとTVをつけてもおもしろくないし、動いているTV画面を見ながら

夫と過ごした日々を振り返っている。

”前を向いて!”なんて、自分でブログのテーマにして置きながら、

     後ろを振り返ってどうする!って感じ。

    ・・・ tv ・・・ think

振り返ってみたところで、何も変わりはしないのに。

・・・涙は流れないけど、夫とかわした会話の一つ一つが愛おしい。

夫との楽しかった日々が脳裏に浮かぶ。

heart結婚記念日xmasクリスマス年末お正月・・・

       突然の病の発症・・・そして最期の時。

そんな事もあった、あんな事もあった

               あー!そう、・・・そうだった

すべて過去形なのが、認めたくない現実を 認めざるを得ない状況に導く。

今まで悪夢なら覚めてほしいと何度思ってきたことか。

・・・

それでも生かされている限りは、踏み止まることと、

           前を向いて歩くしか道はないんだよね!

2009年11月14日 (土)

オセロゲームと膠原病

居間の隅に、オセロゲームが置かれている。

もちろん一人になった今は、箱に入ったままだ。

・・・何故、オセロゲームなのだが、これには、亡き夫との思い出が詰まっている。

  

夫は亡くなる一年ほど前に、強皮症という膠原病の診断を下された。

・・・耳慣れない病名だった。私はいろいろ調べた。

文字通り、何らかの影響で皮膚や筋肉が硬くなってこわばった感じになる病気。

病状の進行によっては、内臓の筋肉も硬くなって、機能を妨げるらしい。

 夫の場合は、初期でまだそれほど症状が進んでいた訳ではなかったが、

指先が血行不良の為か、いつも冷たく、手首から先の手の皮膚が硬くなってきていた。

内側の手のひらだけでなく、手の甲の皮も硬くなって、皮だけを指で摘む事が

出来ないぐらいだった。

ギュッと手を握り締めても完全に締まりきらない。指先の動きも鈍くなってきて、

ワイシャツのボタン掛け、小銭入れの硬貨を取り出すなど、

                    細かい作業がしづらいと夫はこぼしていた。

それでは、リハビリの為に、オセロゲームをやろうという事になった。

小さい駒を持ったり、裏返したり楽しみながら指先を使える。私たちは、

夕食後の楽しみとして、オセロゲームをしていた。

   

”上手くつかめないよ!”と 言いながらも、今日もやろうかと言いだすのは夫。

通算の勝敗は五分五分、いい勝負だった。

たかがオセロゲームといえども、負けるとやはり悔しい。

お互いに結構本気になってやっているのが、おかしかった。

   ・ ・ ・

強皮症の発症。思い出せばこの一年前の2006年12月末。

夫は、指先をカッターナイフで傷つけてしまった。絆創膏で保護しておけば、

数日で良くなるはずだった。しかし、2か月以上たってもなかなか完治しなくて、

それどころか傷ついた指先が紫色になって冷たくなって、

                  まるで壊死してしまうのではと心配になった。

指のマッサージをしても、いっこうに改善されない。

”お医者さんに行った方がいいよ!”と 何度も私は言っていたのだが、

変だと言いながらも

”もう少ししてからね!”と なかなか夫は行こうとしない。

まだ医者に行かないうちに、今度は片方の目の白目のところが赤く充血し、

”これは仕事でお客様に接した時、見た目が悪い” と すぐに眼科に行った。

目は別に病的な物ではなく、疲れか何かで2・3日すれば治るという事だったが、

夫の硬くこわばった手を見た眼科医に、

”○○さん、それよりも皮膚科に行った方がいいですすよ!

           紹介状を書きますから、すぐ行ってみてください!”

と 言われたのだ。

最近、力仕事をよくするから、その為手の皮膚が硬くなったくらいにしか

考えていなかったので、夫も初めは 何を言われているのかよくわからなかった。

それでもすぐ、その足で皮膚科に行って検査したら、膠原病の疑いがあるということで、

大きな病院で再検査となり、2007・5月膠原病の強皮症と診断された。

(強皮症になると、皮膚が硬くこわばってくるが、

               同時に皮膚に傷が付くと治りにくいという事だ)

<何で夫が 膠原病なの?> などと私は思った。

発症原因のよくわからない病気で治療法も確たるものはなく、

国の難病指定の認定を受けている。

(難病指定を受けると、薬代が免除される。治療法が確立していないから、

    国で病気の解明・研究をしている為らしい。)

   

幸いにも夫の症状はまだ軽く、この状態で、病状が進まない事もあるというので

<治療をしていけばなんとかなるかな?>と思っていたが、

症状によっては内臓の筋肉も硬くなって・・・なんていうことも本に書いてあったので、

心配な病気には違いないものだった。

  

飲み薬と塗り薬を処方されて、毎日お風呂上がりに、夫の手に塗り薬を塗りながら

”今日もお疲れ様、大変だったね!早くよくなりますように!” と言いながら

マッサージをするのが私の日課となっていた。

今となっては、これもまた懐かし思い出にすぎない。

    ・・・think

持病の不整脈と膠原病と同じ病院にかかっていた夫。

月に一度の診察は、両方の診察日を同じ日に予約をして、私は待合で

待っているだけだったが いつも一緒に出かけていた。

夫が最期の時を迎えたのも、この病院。

  

夫が亡くなった翌日は、次の診察予約日だった。

今でもこの病院の前を通ると、

<さあ、一緒に帰ろうよ!> と 心の中で声をかけてしまう。

・・・しかし、

膠原病も、持病で何年来の治療を続けている心房細動による不整脈の

どちらも関係のない 腹腔内出血などという突然の病気で

この世を去るとは、思ってもみなかった。

まだ50代半ばだというのに夫の体は、表に出ないところで

そんなにも悲鳴を上げていたのかと思うと

傍にいた私としては、今でも やはり申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

2009年11月13日 (金)

二人の私

常に新しく一歩を踏み出そうとする私と、夫の事にまだまだこだわっていたい私と

  二人の私がいる。

いろんなことを理解して、割り切ってやるしかないと思っているのに、

もう一人の私が<そんなことしたって>と足を引っ張る。

         ・・・まったく、困ったものだ。

先への希望を持つ私が居たかと思えば、先に不安を抱える私がそこに居る。

 不安を抱えたって、なるようにしかならないし、未来は常に変化していく。

そう!変わっていくのよ。

<変わってどうなるか分かりもしないのに、不安を抱くのは 時間の無駄というもの>

先への希望を持つ私は、跳ね返す。

<どうせ見えないものならば、希望が見えると思った方が、毎日が楽しいよ!>

その通り、よくわかります。

・・・不安を抱えた私は、すぐに打ち消される。

<でも、夫は死んでしまって、もう二度と会えないだよね>

と ボソボソ呟いている。

どう夫の死にこだわる自分に言い聞かせようとしても、呟きはなかなかなくならない。

<それでいいのかな>

無理にもう一人の私を説得する事も必要ないかもね。

とり合えず、前を見ている自分が存在していさえすれば、

                        ここからどうにでも変わって行ける。

後は、時の流れが説得してくれるよ・・・きっと。

2009年11月12日 (木)

健康診断予約

 ずっと気になってなっていたものの、後回しになっていた健康診断の予約を入れた。

12月1日の予約が取れた。

自宅で仕事をしているので、会社の健康診断というものがないから、

国保の特定健康診断に肺がん検診を加えて予約を入れた。

昨年は、ストレスが強かった為か、胃のあたりのもたつきが気になったので、

胃部透視も行った。

 しかし、これが結構きつかった。バリュームを飲んで胃がパンパンに張っているのに、

回転する装置の上に立たされて、”あっちを向いて! こっちを向いて!” と

いろいろなポーズをとらされて、もう大変、大変。

今年は胃の不調も無いからパス。

(勝手に、大丈夫と決めるのも危険かもしれないが、昨年の結果も異常なしだったし

                   ・・・<マッ!イイか>というところ)

婦人科関係は、以前にかかった病気の経過を1年に一度定期的に

かかりつけの医者に診察してもらっているので、これも今回はパス。

 自分の感じでは、取り立てて不調を感じるところは今のところないが、

健康がすべてであるから、一応毎年受ける事にしようと、夫の死後決めた。

  

 しかし、最近TVなどでもよく扱われるが、通常の健康診断では見つけられない病気

(隠れ糖尿病、隠れ肝臓病等)がいろいろあるようで、あまり意味無いのかとも思う

ところもあるけど、受けないよりは受けた方がいいだろうという感じで受診する。

[ 夫の死を引き起こした原因の病気も通常の健康診断では見つける事が出来ず、

  腹部のMRIを撮るなどしない限り、見つけられないという事だった。

           でも、普通自覚症状がない限り、そこまではしないよね。]

   ・ ・ ・

という訳で、特定健康診断も何もしないでいて、

<もしかして>と不安を抱えて毎日を過ごすよりは、

やる事をやっておけば、それなりに安心していられる。  ・・・安心料ね!

 もし、何かが見つかれば治療すればいいんだし。

       とにかく体の健康があって、すべてが始まりますからね!

2009年11月11日 (水)

年賀状どうしようかな

 年賀状の販売がされるようになったけど、

<今年はどうしようかな?何枚買おうか> 迷うところ。

昨年は喪中はがきをお世話になった皆さんに送った。お世話になった方、

それぞれの方にあった内容のコメントを書き添えたかったので、

印刷屋さんに頼まないで、パソコンで自分なりの言葉の文面を入れた喪中はがきを

一枚ずつ作って送った。

 それぞれに方にということで、時間がかかり大変だろうと、10月初めの早い時期から

喪中はがき作りの準備をした。夫が今までお世話になった方に、

<型どおりでなく、きちんと自分の言葉で挨拶をしたい>

という自分の気持ちを満足させるためにという事ではいい方法だったと思う。

     

<今年はもう自分の関係者だけでいいのかな?>

そんな事を考えながら、頭の中で枚数を確認している自分が、何となく寂しい。

仕方のないことだけど、もう夫の友達・関係者は私の手の中にはないものね。

<家族ぐるみでお付き合いしていた人はどうしよう?

          夫が居なくなって、今更、私からもらっても迷惑かな?>

そんな事考えないで、出したければ出せばいいのに、つまらない所で引っかかってしまう。

こちらから出しても、元旦に相手からもらえないと

<やはり相手は、私の事をあまり意識していないのだ>

などと、何となく気落ちするのが「年賀状」。でも別こ、だわらなければそれで済む。

   ただの年始の挨拶状。

     ・・・やっぱり、気楽な気持ちで出そう。

2009年11月10日 (火)

着物の虫干し

 先週の晴天続きの日、2日間2回に分けて着物の虫干しをした。

たくさん着物を持っている訳ではないが干して置くスペースがないので、2回に分けた。

 

 箪笥から着物を出し、着物ハンガーに掛け、風を通す。

湿気の少ないこの時期の、晴天が何日か続いた時を利用して、毎年行う私の恒例行事。

朝露も無くなった10時頃から作業を開始する。

一枚ずつ取り出して、丁寧にハンガーに掛ける。どの着物にも思い出が詰まっている。

夫と一緒にその着物を見立てた時の事、その着物を着て、出かけた時の事

                ・・・懐かしいひと時がよみがえる。

亡くなった夫の母の着物、私の母から譲り受けた着物も

それぞれが色々な事を私に、語りかけてくれる。

・・・confident

帯や帯締めの小物も一緒に出す。

絹のものはこうして、着ても着なくても一年に最低一度は風を通した方がいいらしい。

・・・着物も箪笥から出してもらうと何だかうれしそうだ。

午後3時ぐらいまで陰干しで風を通して再び箪笥にしまう。

変な所に折り目が付かないように丁寧にたたみ、

お気に入りの着物はウコンの風呂敷に包んでおく。防虫剤も取り換える。

あまり入れ過ぎても生地を傷めてしまうので、

        適量を着物に直接当たらないように入れる。

          (直接当たると、生地を傷めてしまう事があるそうだ)

金糸・銀糸の糸が織り込まれたり、刺繍してあるものは防虫剤の成分によっては、

錆びたり変色したりするので、特に注意し、着物から離れた場所に少しだけ

防虫剤を置く。

収納する作業は、いろいろ気を使う。

・・・フー! しまい終わるとホッとしてため息が出る。

なかなか着る機会も無くて、残念だが着物は好きだ。

<今度はどこにこの着物を着ていこうかな>

         <この帯と合わせて着てみようかなかな>

などと、着ている自分を想像しているだけでも楽しい。

今年のお正月には着物を着る気分でもなかったが、

<来年は着物を着て、初詣に行ってみようかな> なんて思ったりもした。

・・・お着物を着て、京都や鎌倉の町を 歩くなんていうのもいいかなー!

  

近頃は活動的なパンツやジーンズスタイルの多い私も

    時には変身して、優雅に一日を過ごしてみたいものだ。

 

2009年11月 9日 (月)

ウォーキングとスロージョギング

先週と比べると穏やかで暖かい日が続いている。

ウォーキングをしていても、汗が出るほどだ。

 昨日は、少し足を延ばして、夫との最後のデートになってしまったお城のある公園まで

足を伸ばした。家から速足で歩いて、ほぼ一時間。

そこまでは平坦な地形ではないので、住宅街の小高い丘を二つほど超える。

       かなり、いい運動・・・coldsweats01

途中暑くて、上着を脱ぎ手に持って歩く。腰に付けたバックが歩く度にポンポンと

お尻にあたり、疲れてきた私に弾みをつける。

途中の街路樹のケヤキはほとんど落葉してしまっている。

        <この分ではお城の公園の紅葉も期待できないかしら?>

 公園に着いてみると、案の定、公園の広葉樹も落葉してしまっていて、

例年のような紅葉は見られなかった。

 夫と最後に来た年は、ほぼ同じ時期だったけど

       maple見事な紅葉。

          ・・・傾いた太陽の光を受け、青空をバックに

赤や黄色に色づいた葉がキラキラしてとてもきれいだった。

夫と二人感激して、思わず

”写真を撮ろうよ!” と 携帯で互いに紅葉をバックに写真を撮り合った。

これが最後の写真になってしまうとは・・・。

   

 その場所に立って、<今年は紅葉が見られないよ!> と 夫に報告。

帰りは途中まで20分ほどスロージョギングをし、そこからバスに乗って帰った。

・・・maple

一年と十カ月ほど前、ウォーキングを始めた頃の私は、

突然の夫の死を受け入れられないというか、

やり場のないこの気持ちをどこにもぶつける所がなくて、ただ歩きまわることで、

心を落ち着かせていた。

(本当は”夫が死んじゃったー!” ”イヤー!”と 

            大声を出して叫びまわりたい気分だったが)

無心にひたすら歩いたshoe・・・shoe

ウォーキングが主な目的ではなかった。・・・じっとしてはいられなかった。

体を動かす事によって、考える事から距離を置き、

冷静さを取り戻そうとしていたのである。結構効果はあったように思う。

一生懸命歩く度に、shine前向きな気分もやってくる。疲れるだけの日もあったが、

それはそれで、夜よく眠れるという意味では効果的。

睡眠もストレスの解消には十分取った方がいい。

・・・5か月ほど前から、

TVの影響でスロージョギングを追加した。体にもいいし、脳の活性化にも効果があって

「気分が前向きになったり、決断力が付く」 なんていう事をいっていたので、

走ってみたくなって、始めた。

それが始めてみると、結構楽しくて今も続いている。

最近はウォーキングよりも 走っている時の方が多いかもしれない。

   

・・・そう、気が付けばいつの間にか、私は、歩く事、走る事が

楽しいからやるようになっている。

夫との死別のモヤモヤを晴らすためではなく、

<歩きたい!、走りに行きたい!> という気持ちで

            ウォーキングとスロージョギングをしている。

    

昨日スロージョギングをしていて気が付いた。

<一年半ぐらい前はこの道を、歯を食いしばりながら、

           時には堪えた涙で喉を濡らしながら歩いていたなー>

<目に入る景色も暗かったし・・・>

でも今は少し違う。景色には色が付いている。時に凹む事はあるけれど、

あの頃の自分とはやはり違う。

         

<こうして、夫のいない時が流れていくんだろうなー!>

夫がそこに居ない寂しさは 変わる事がないけれど・・・。

2009年11月 8日 (日)

チューリップの植え付け

先日、花壇の土に腐葉土と堆肥、石灰、肥料を混ぜ合わせ、

球根を植える準備をしたところに、チューリップの球根の植え付けをした。

  

球根の大きさの三倍の深さに、球根の大きさに応じて、

   20センチから、15センチ間隔で植え付けた。

球根の芽が出てくる前の花壇に、よその猫が時々ウンチをして、掘り返してしまうので、

予防の為に、花壇の周りに木の棒で柵を立てておく。

コーヒーの搾りかすをパラパラとまいておくのも、猫よけには効果的なので、

それもやっておく。

庭仕事のついでに、先日買って置いたビオラの苗も 空いている花壇に植えた。

  

・・・夫が亡くなる一か月前に、”おみやげだよ!” と

ビオラの苗をたくさん買って来てくれ、私は庭のあちこちに植え付けた。夫はビオラが

育ち庭を彩る景色を見る事は出来なかったが、年が明けた2月初めごろから、

ビオラの花が、庭のあちらこちらに咲き乱れ、あの時、夫の死の悲しみを癒してくれた。

        think  ・・・  confident

そんな事を思い、昨年もビオラの苗をたくさん植えた。

     ・・・今年も、お店でビオラの苗を見たら、思わず手が伸びていた。

2009年11月 7日 (土)

夫の友人がお墓参りに

夫のお墓参りに行く車の中で、

<そうだ、去年の今頃だったんなー!そう、今日みたいに晴れのいいお天気だった>

            と、ある素敵な一日を思い出した。

                 ・・・confident

 昨年のちょうど今頃、夫の友人で私たちの結婚式の司会をしてくれたさんが

亡き夫のお墓参りをご夫婦でしてくれた。

・・・彼(亡き夫)の墓参りに行きたいから、お寺の場所と名前を教えてほしいと

メールをくれたのは昨年10月の終わり頃だった。

 そのメールを頂いた時、私は永平寺に納骨をする為の旅の途中だった。

  (納骨とは、17年前に亡くなった夫の父のお舎利様で、母のものはすでに

   収められていて、夫が生前、父のも収めてあげたいと言っていたので、

     今回はその為。)

永平寺に来ているまさにその時に、うれしい知らせ。

・・・私は、何かの力を感じた。

    ・ ・ ・

 Kさんは仕事の関係で現在海外にご夫婦で住んでいる。

夫の亡くなった時、それを知らなかった私は、日本の自宅にTELで知らせた。

お母様がTELに出られて、今海外に赴任していると知らされた。

 夫は下宿生活をしていた学生時代に急性盲腸炎になり、「下宿では大変でしょう」と、

さんのお宅で お世話になったので、お母様も夫の事はよく知っていて、

お母様が夫の突然の訃報に驚き、涙してくれた。

さんには伝えてくださると言うので、お願いして電話を切った。

・・・その夜、さんが海外からTELをくれた。

”大変だったね!、あなたは大丈夫ですか?”

”彼に(夫に)何も言わず、こちらに来てしまって、申し訳なかった!

                ・・・しかし、本当に信じられない”

 Kさんの声が温かかった。あの時、話した一言、一言が心に浸みた。

しばらくご無沙汰していて、ここのところ年賀状のやり取り位のお付き合いだったのに、

わざわざ海外から電話をくれた事に、私は本当に力づけられた。

 その翌日、速達でさんから、手紙が届く。

たぶん、インターネットメールでお母様のところに届けたのを、お母様が香典を添えて

送ってくださったのだろう。これもまた、心温まる手紙だった。

”彼が(夫が)突然逝ってしまったのは、お辛い事でしょうが、

         彼のあなたへの思いやりだったのではないでしょうか!

 少しでもあなたの悲しみを減らしてあげたかったのでは。

   彼の死は少し早すぎたけど、彼はぎりぎりまで精一杯生き抜いた・・・。”

抜粋するとそんな手紙だったと思う。

・・・その時、私にとって、TELと手紙がどんなにうれしかったか、

  言葉で言い表せないほどだった。

   ・ ・ ・

そのさんが日本に一時帰国するのでその時に夫のお墓参りをしたいと

申し出でてくださったのだ。もう、私はうれしくてうれしくて、

”駅までお迎えに上がりますので、御一緒にお墓参りさせてください。” と 

                                     こちらからお願いした。

それが昨年の今頃の話だ。

それからの私は、さんが来る日を指折り数えて待った。

亡き夫に、<後、何日で、さんが来るよ!>

      <後、3日でさんが来るよ!>

 <あさって、さんが来るよ!><明日、さんが来るよ!>と 毎日言っていた。

わざわざ、来てくださるさんご夫妻に、どんなおもてなしをしたらいいのだろう?

 亡き夫の大切なお友達だから、精一杯の感謝の気持ちを伝えたい。

夫がいたら、さんをきっとこんな所に連れて行くだろと思われる和食の食事処に

”景色のいいお部屋をお願いします。” と

お墓参りの後の昼食の予約を入れた。

   

・・・いよいよ当日!

駅で久々の再会に感動し、葬儀の際のお心遣いへのお礼を言って、

        私の車でお寺に向かった。

車の中では、夫とKさんが大学時代に所属していた吹奏楽部のコンサートのCDを

カーステレオで流した。これは、葬儀の時、同じく吹奏楽部に所属していた別の友達が

持ってきてくださったものだ。さんも大変懐かしがりながら、

”こんなに上手だったかなー!”などと言いながら、

当時(学生時代)の夫の様子をいろいろ語ってくれた。

夫の事を語る事が出来るのは、本当にうれしい。

  

・・・お寺に着くと、さんは自分で用意して来てくれたお線香と数珠を手に、

丁寧にお墓参りをしてくれた。

”学生時代から色々語りあい、僕にとって一番の親友であった君に、

   何も言わず、海外に行ってしまいご無沙汰して済まなかった。

 葬儀に参列出来ず、すぐに来れなかった、僕の不義理を許してほしい。”

                   ” ・・・安らかに・・・ ” と 合掌

感慨深げに、夫の戒名が書かれたお墓をしばらく眺めていた。

・・・<さんが来てくれたよ! よかったね!>

と 夫に声をかけ、

”不義理なんてとんでもない、さんには本当に支えて頂きまして、

 おかげさまでここまでやってこられました。本当に感謝いたしております。”

と、私はさんご夫婦に頭を下げた。

 お寺で、お墓参りを済ませ、昼食をご一緒していただき、

奥様ともに、いろいろなお話が出来て、素敵な一日となった。

四人がけの席だったから、空いている席にきっと夫も座っていて、私たちの話を聞き、

久々の友人との再会を喜んでいたことだろう。

  

 Kさんと私が初めてお会いしたのは、結婚式の打ち合わせに さんが当地に

来てくださった時だった。この時も駅に夫と私はさんを出迎えにいった。

離れたところに住んでいる二人の久々の再会に夫は

”よー!、久しぶり!”と 手を差し出し、さんと硬く握手を交わし、互いの肩を叩いた。

このスマートな再会に、私はとても感動したことを昼食の時、Kさん夫婦にお話しした。

そのこともあって、Kさんの奥さんが今回の別れ際に、

”あなた!握手でしょ!”と 言ってくれた。

”そうだね!” と さんは、

  

”これから、大変だけど頑張って!” と 

        私と握手をしながら、別れの言葉をくださった。

   

2009年11月 6日 (金)

汗がすぐ冷えます

朝晩の冷え込みが感じられるようになって、深まる秋となった。

5日ほど前は、初冬を思わせる冷え込みに慌てて、冬物の衣料を出した。

  ・・・snow 初雪が降ったところもあるそうで驚き!

 (そのちょっと前まで、夏日なんていう日もあったのに)

  

そんな寒さも一休み。

このところは、日本列島全体が高気圧に覆われて、安定した晴れの日が続いて

少し暖かい。紅葉も少し、足踏みしそうだ。

          ・・・移りゆく季節も行ったり、来たりです。

   

スロージョギングのコースの公園も、少しずつ紅葉が始まって来ているが、

10月の初めの台風で10本ほど木々が倒され、持ちこたえた木々も

葉っぱが強風の為、茶色く枯れて落ちてしまったので、

                     例年のような、紅葉は見られそうもなくて残念。

 (海からは10km位離れているが、台風の暴風に潮風が混じっていたらしい)

    maple

そんな景色に目をやりながら、スロージョギングをする。

日中は暖かくても15時を回ると、やはり風が冷たい。風が冷たくなっても、走ればまだ、

かなり汗が出る。しかし、冷やされるのも早いので、体を冷やさないように

ウインドブレーカーを着て走っている。 ・・・着ると暑いし、脱ぐと寒いし微妙なところだ。

 体重が増えて、体が少し重くなったことと、ウインドブレーカーで空気抵抗が多いのと、

風が強くなってきたことで、夏場に走っていたころと比べると走りにくく感じる。

風で、汗が冷やされ、体が冷たさを感じてということで、

最近体脂肪が増えてきたのは、

お菓子の食べすぎもあるけど、体が寒さを感じるようになって、

      <体温を保つために脂肪を蓄え始めたのかな?> なんて思ったりする。

2009年11月 5日 (木)

コンサートの花束

今、部屋のあちこちに生花が飾られている。

先日のコンサートの際に、何人かの知人から頂いたものだ。このお花のおかげで、

祭りの後の静けさなるものを 感じずに済んでいる気がする。

 あれから、何日もたっているが、まだきれいに咲いてくれている。

              ・・・目に入るお花たちが心に癒しを与えてくれる。

花束をくれた人の温かい気持ちがうれしく伝わってくる。

     confident 心が本当に癒される。

 これまで何度かコンサートで花束を差し上げた事はあるけれど、

花束に こんな効用があるとは考えた事がなかった。

ただ、意味も無くその場のにぎやかしのように 手渡していただけのように思う。

・・・本当は違ったんだね。

 あの花束には、こうしてコンサートの後のガックリ来そうになる心のケアの為に

送られるのも本来の意味として存在すると。

    ・・・この花束のおかげで、祭りの後の静けさは

              今、私にとって、心の癒しの時間になっている。

           日常の仕事生活に戻っても、人の温かさが心にしみる。

2009年11月 4日 (水)

食生活

食べることは、生きることには欠かせない。

 しかし、最近お菓子で食事を済ませたり、ほとんどカップ麺の食事でサプリメントで

栄養補給をしているという人がいるというのを先日NHKのTVで知った。

何かおかしいと思った。そんな食事で体の健康が保てるはずがない。今はよくても、

後になって弊害が出るのではないか?   ・・・think

 その番組ではこんな報告もあった。

脳梗塞で闘病生活をする人が、点滴ではなく自分の口から食べ物を取ることが

出来るようになると、言葉や笑顔が出るようになるという。

噛む、飲み込むという動作が脳に刺激を与え、症状の回復に効果があるそうだ。

<なるほどー!> 

食事を取ることをおろそかにしてはいけないと改めて思う。

    

 おいしいものを食べるとお腹が満たされると同時に、心も満たされる。

旬の食材を口にすれば、心豊かな気分になる。

夫の死の直後は、そんな気分になる自分も許せない気がして、食べることに

喜びを感じない事もあったが、死別から3か月ほど経ってくると、

<食べることは生きる源なんだ。食生活をおろそかにしてはいけない。>

と思うようになり、一人の食事にも手を抜くことなく、

ご飯を炊いて、メイン料理に肉か魚、汁物、サラダ、煮物・・・など 夫が生きていた時と

同じようにいろいろなものを作って食べている。

パン食の時もパンだけで済ませることなく、

           スープ、メイン料理、サラダ、デザート等を作る。

(別に、料理雑誌に載るような大した料理を作る訳では無いけれど、

                             彩りも気にしてそれなりに)

テーブルにお皿がたくさん並ぶとお金をかけない料理も 少し豊かな気分で頂ける。

      restaurant・・・cafe

”おいしいね!”と言って喜んでくれる夫がそこにいないのは張り合いの無いもの

であるが、写真の夫に向かって

”いただきま~す!・・・おいしいよ!happy01

と言いながら、食べる。

 (死別したばかりのころは、しばらくの間、こうして写真に声をかけるだけで

        泣けてきたけど、今は笑顔で声をかけらるようになった。

   そんな風にストレスが薄れた分、食べたものの消化・吸収もよくなってきたと思う。)

たくさん出来てしまったものは、何回分かに分けて冷蔵・冷凍保存しておくと、

次の食事の時に <一品足りない!> なんていう時に便利。

 料理は好きなので、夫が亡くなってから今まで 出来た総菜やお弁当を

買って食べたことは数えるほどしかない。

買ってきたものは、味が濃いという事と、脂っこいものが多いという理由もあるけどね。

 自分で作れば、どんな食材を使って、どんな調味料をどれくらい使っているかが

分かるので、安心して食べられるのが一番の理由。

それに、量的な問題もある。

夫がいた時は、買ってきたものも二人で分け合って食べることが出来るので、

適量を食べることが出来たけど、一人では、なんでも多すぎる。

デパ地下でおいしいものを目にしても、

<一人では食べきれないなー!>と思い、諦める。

     (この「諦める」が結構ストレスとなり、デパ地下も依然と比べたら、

                            あまり歩かないようになった。)

結局、食材を買って、<自分で作ろう!>となる訳なのだ。

外食は・・・あまりしない。

<亡き夫とよく行ったお店にも行ってみたいな>

と思いながらも、なかなか行く機会がなくて行っていない。

                  (一人で行っても、おいしくないしね!)

たまに、お友達とランチする時はあるけれど、いつも自分で作って食べる時と違って、

量・味ともに加減が効かないので、食後、胃がもたれてその後まで響くので、

食生活のリズムが狂ってしまう。

食べる量を調整すればいいということなんだけれど、

    <人と一緒に食べるって、楽しいなー!>って

              思っているとつい食べ過ぎてしまうようです。

   

食生活一つをとっても、夫が生きていたころと比べると

だいぶ変わってしまったように思う。

でも、時にお菓子の食べ過ぎがあるものの、

野菜中心で、肉・さかななどもバランス良く入れて、味もうす味、

結構健康的な食生活は送れていると自分では思っている。

              健全な食生活は、笑顔と活力に欠かせない。

2009年11月 3日 (火)

まちがいなく食欲の秋

天高く・・・ではないけれど、最近少し体重が増えてきた。

忙しくて、思うようにスロージョギングとかウォーキングに出られないため、

少々運動不足気味。

それなのに食べ物がおいしい。ついつい食べ過ぎる。

ストレスで食べ過ぎなんていうのも、少々あり。

仕事は椅子に腰かけてする仕事なので、消費カロリーは少ないのに、

どう考えてもインプットが多すぎる。

8月に22%まで減った体脂肪も26%を超え、今日は27%まで上昇。

怖い、怖い、この勢いだと、すぐ30%台の以前(夫と生活していた頃)の数値に

戻ってしまいそうだ。 いや、もしかしてリバウンド?

                ・・・ということは前以上になってしまうかも?

それは健康面からいっても、かなりまずい。

        (メタボになってしまう、特定健康診断に引っかかる)

もう少し食生活に気を使わなくては!

マ・ズ・イ・ぞ!

ここのところパン食が多い。

・・・ということは、

パンはバターや砂糖をたくさん使っているから、ご飯よりカロリー高い。

それに加えて、食パンだけならまだいいけど、何とかデニッシュなんていうのも

食べてしまうからまた良くない。パンに付き物のサラダもドレッシングやマヨネーズは

油がたくさんだからダブルパンチ。

やはり、ご飯に味噌汁の方がいいかもしれない。和食のおかずは脂分も少なくて、

ヘルシーだし。

       う~ん think

   それよりも、ここのところお菓子の間食が多いから、

                まずそれをやめないといけないかも。

体重の方は、1キロ位の増だから、今のうちに調整して何とかしておかなくては・・・。

・・・think

しかし、こんなことを、真剣に考えている自分って、

<ずいぶん元の自分に戻ってきたんだなー>と思う。

夫の死で食欲どころではなかった一年前、二年前を思うと今の自分のこの思いは

何だか滑稽にも思える。

夫の死のショックで体重が10kgあっという間に減って、

今、その体重を何とか維持したいと焦っている。 ・・・何なんの?

<せっかく、スマートになったんだから、もう少しこのままで>

って、変なところで今の自分を楽しもうとしている。

  ・・・今まで似合わなかった洋服も挑戦できるし、・・・まあ、それもいいかな!

そんな楽しみも、これからの人生の楽しみの一つ。

この際、何でも楽しめるものは楽しんでしまいましょう!

           ・・・wink

2009年11月 2日 (月)

夫の存在そのものに対するこだわり

落ち着いたところで、冷静に自己分析をしてみる。

夫は死んでしまったけど、いつも私のそばに居てくれている

このことを自分自身感じて、確信しているにもかかわらず、

時として、辛く悲しくなるのは、

やはり、夫の存在そのものに まだこだわりを捨てきれず、

夫に逢いたい、姿が見たい、声が聞きたいとなるからに違いない。

  

こだわり・・・物に対する執着

 もし、このこだわりがなかったら、もっと楽に生きられるのかもしれない。

しかし、こだわりとか、物に対する執着心等の何もかもを捨て去り、生きることが

今の自分にとっていい人生なのかと考えると、決してそんなことではないのではないかと、 

私は思う。それに今はそんなこと出来るはずがない。

  

 何かにこだわって、夫の死にこだわって、結果、悲しんだり、悩んだり、

苦しんだりすることになる。でも、それはそれで私にとって、いいことなんだ。

その時は苦しいかもしれないけど、

<いろいろな感情と向き合いながら生きるのも、もしかしたら人間らしい生き方の一つ>

と 最近思う。

   私は悟りを開いた人間ではないから、物にこだわり、物に執着して

いっぱい悩み、悲しむ。そんなことを体験しながら、その渦の中で、

自分がどう対応していけるかを見ることが出来る。

周りの人々と私はどう関わっていくのだろうか?

         自分がどう変わっていけるのか、楽しむ事も出来る。

明日の私はどんな私なのだろうか?

悲しみとどう向き合ったのか?

すでに無いと分かっている夫の存在求めて、自分が何を得たのか・・・

いろんなことで苦悩する自分は生きている人間そのもの。

・・・もし、今

悲しみも喪失感も無く、楽に生きることを許されるとしても、

夫の死を体験した私は、やはりこの悲しみ、苦しむ道を選ぶに違いない。

それは、この悲しみ、苦しみ等

       夫が私に与えてくれた大切な贈り物だからものだから。

 この試練と戦うことが今の私に与えられたものだから。

よく人が口にするけど、

神様は乗り越えられない試練は与えない” と。そうなんだと私も思う。

     私には出来る、きっと出来る。言い聞かせることが大事。

・・・時間の経過とともに、

思い切り戦って、それなりに何かを掴んで、それぞれを自分の中で完全に

消化出来た時、こだわりと執着を捨てることが出来る自分になるのだろう。

・・・そして、

夫の死に支配されていた自分から、夫の死を支配する自分に変われた時に

自分の生きる道がはっきりとまっすぐに見えてくるだろうし、

          夫の思い出を笑顔で懐かしく語れる日となるのだろう。

                confident

そんな日が来るまでは、もがいて行ったり来たりしながらも

              逃げないで、投げ出さないで挑戦していこうと思う。

       夫も私に期待してくれているに違いない。

2009年11月 1日 (日)

昨日のコンサート

当日の朝、緊張といつものベッドと違う事もあって、

朝早く目覚めた。5時起床。

軽いストレッチをして、コーヒーを飲みながら、今日のコンサートのイメージをする。

朝食を済ませ、ヘアーアレンジをして、メイクをする。

9時少し前に、一緒に出る友達が車で迎えに来てくれて、コンサート楽屋入り。

  

”ここから、日常を捨て、もうコンサートモードだからね!”

友達にそう声をかけながら、自分のテンションを高めていく。

二部で着る衣装を身につけて、直前のゲネプロ。

まだ、声が思うように出てこないが、<ゆっくり調整して>と 少し焦った心を落ち着かせ、

いろいろ確認しながらリハーサル。後半に来て、だんだん声の調子も上がってきた。

<いい感じ! この調子なら大丈夫>

隣で、歌っていた子が、

”私 感極まって、泣きそうになってしまったんだけど、そんな時、どうしたらいい?” 

と 私に聞いてきた。

<何!先を越されたかな? 私のセリフ、取ったらダメだよ> と 思いながらも、

この日の私は、絶対に大丈夫と変な自信があったので、

”そんな時はね、お腹にグッ!と息を入れ、腰を入れ、

            神経をお腹に集中させると、乗り越えられるよ!”

と 先輩ぶったアドバイスしていた。

11時30分、早めの昼食のお弁当を食べ、一部の衣装に着替え、最終リハに、

すべての曲を歌うことは出来なかったが、ポイントを押さえた練習をする。

行ったん楽屋に戻り、お客様の会場入りを待つ。

”私たちは、もう役者なんだから、日ごろの自分を捨てて、

                     歌うこと、見せることを演じ切ろうね!”

一週間前にあんなに落ち込んでいた私が、みんなに声をかけている。

楽屋のモニターに会場入りしたお客様の姿が映し出され、気持ちが高揚してくる。

とてもいい緊張感を感じていた。

いよいよ、舞台袖に入る。

緊張しているという仲間の背中をポンポン・ポン!と叩いてあげて、

”はい!これで大丈夫!” そしたら、

”私もやって!” と 声掛けられて 私は3人に活を入れてあげる。

 ここでもまた、一週間前にはかなり凹んでいた私なのに みんなに活を入れている。

<この変わり身の速さはいったい?> みたいな感じ・・・confident

  

・・・さあ、舞台へ!

会場、2階袖の席までお客様が入っている。たくさんの観客。コンサートの舞台は整った。

・・・いざ、開幕!

noteパ~ン・パカパ~ン!歌によるファンファーレで開幕。

声が会場の隅々まで響いていく、続いて日本歌曲、アカペラで始まる「この道」

  ・・・とびきりのいい声を出してと念じながら、歌う。

日本歌曲の最後は「ゴンドラの歌」

   命短し、恋せよ乙女  赤き唇 あせぬ間に

     熱き血潮の冷えぬ間に 明日の月日はないものを

   命短し、恋せよ乙女 黒髪の色 消えぬ間に

    ・・・ 心の炎消えぬ間に 今日は再び来ぬものを

<この歌の素晴らしさを自分の一番いい声で!>

お客様に向かって伝えられる喜びが体中に満ちてくる。

    この後数曲歌って、一部終了。楽屋に戻り、着替え。

”いい感じで歌えて、良かったよ~!”

”二部は、思い切り楽しく、100倍の笑顔で歌おうね!”

そんな会話を交わしながら、15分間の休憩もあっという間に終わり、再び舞台に向かう。

二部の開幕と同時に観客の”ワー!”という歓声が上がった。

少し遅れて出る私は、舞台袖で ”よ~し、いい滑り出し” と

10秒ほど遅れて、思い切りの笑顔で舞台に。

 練習ではあんなに苦労した振付だったが、メンバーみんな乗りよく歌っている。

会場の皆様も口ずさんで、軽く体が揺れている。次々に歌い躍る舞台は展開していく。

次は私の好きな「島唄」だ。

声が風に乗り、遠く流れていくような感じがして、

自分の中では沖縄の青い空と白い波が大きくイメージされていた。

とても、いい感じで歌えたように思っている。

その後、2曲を終え、

・・・・・いよいよ、フィナーレ!

パートごとに一番、二番と歌いながら、お客様にご挨拶。

最後に会場の皆様とみんながよく知っている曲を

大合唱し、たくさんの拍手をいただき、コンサートが終わった。

歌に変に自分の感情を入れることなく、その歌本来の伝えたい意味を自分なりに

表現しながら歌う事が出来たように思う。自分の中では、演じ切れた達成感

のようなものが残り、とてもいい舞台となった。

開演前に、泣きそうになったら?と相談してきた彼女も

”大きなおめめさんのおかげで、大丈夫でした。” と 笑顔で声をかけてきた。

  私自身も、晴れやかな気持ちでコンサートを終わることが出来た。

     ・ ・ ・

来場した友達から思いがけず頂いた、持ち切れないほどの花束が、

祭りの後の寂しさを和らげてくれている。

<コンサートの花束って、こんな効用があって贈られるんだ>

と 花束を贈ってくれた友に感謝、感謝!

       今もこのブログを書いている部屋の中は

              ・・・ほのかな花の香りの漂う。

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