無料ブログはココログ

« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »

2009年10月

2009年10月31日 (土)

コンサート終わりました

いいコンサートになりました。

グループの一員として、目一杯歌う事が出来ました。

自分の日常を舞台に持ち込むことなく、自分で自分を演じ、

舞台に立つことが出来たと思います。

 今回のコンサートを終えて、感じていることは、メンバーみんなへの感謝の気持ち。

来場してくれたお客様へのお礼の気持ち。特に、ここまで私を引っ張ってきてくれた

2人の友人には本当に感謝している。

   

 一年半前に、声をかけてくれた友。

”コン テ パルティロ ○○ちゃんと一緒に歌いたい!”

死別の悲しみの真っただ中にいる私に、彼女がくれた手紙の中の彼女なりの

思いやりの一言だった。その歌は、夫の死に遭遇する前から練習していた曲。

題名の日本名は「君と旅立とう」 いい歌だが、当時の私には、辛い歌だった。

  

 夫が旅立つベッドの脇で、私はこの歌も歌った。もう歌いたくない歌だと思っていた。

でも、彼女の心遣いを受け取ると私は、またみんなとやってみようかな、

いや、そうではなく・・・歌わなければいけないような気がした。

彼女のあの時の一言がなかったら、夫の死以降、私がまたこのグループで合唱を

続けることがなかったかもしれない。そしてまだ一人悶々とくすぶっていたかもしれない。

・・・「コン テ パルティロ」も原語(イタリア語)で今回のコンサートの中でみんなと歌った。

 イタリアの青い空を漂う風を思い浮かべながら!

    ・ ・ ・

もう一人は、指揮をしている友人。

今回のコンサートは直前にきて、落ち込みがあって、自分の気持ちを

コンサートまで持って行くのにかなり苦労してしまった私は、彼女にメンタル面で

助けてもらった。子どもとの死別体験のある彼女になら、打ち明けられる。

友人に少し甘えた。

”時が過ぎて辛さが癒えてきても、夫の死という状況は変わらないものね!

                   たまにはそんな風に落ち込む事だってあるよ。”

”それが喪失感っていうことなのよね!”

”でも、亡くなった旦那さんだって、あなたが楽しく過ごすことを

                           きっと望んでいると思うよ!”

彼女の言葉を聞きながら、自分の中にあるものが吹き出るように、涙がこぼれた。

この切ない気持を理解してもらえただけで、救われていく気がした。

その後 彼女からメールが届く。

mailto ”やって良かったというコンサートになるように

           私も頑張るから、大きなおめめちゃんも頑張って!”

読みながら再び、泣けてしまった。

ここまで言ってくれた、友に答えなければいけないんだ。

・・・一人でも、一人じゃないんだから。

死別という変わらない現実を乗り超える為には、自分でも分かっているとおり,

     自分が変わっていかなければいけない

             気を取り直して、また歩き出そう!

友とのやり取りの後、少し元気が出てきた。なんとしてでも、前に向かって歩いていこう!

自分を取り戻すきっかけを与えてくれた友人には感謝している。

その会話から一週間いろいろ模索しながらも、気持ちを調整することが出来て、

何とかコンサートへの道を見つけられた。

・・・楽しむ! 

そんな一見簡単そうなことも、死別のショックを抱える今は、

            何か乗り越えなければならない壁があったようだ。

コンサートを終えて、その壁を一つ、ぶち破ることが出来たような気がしている。

あんなに厚いと思った壁も破ってみれば、

                    ・・・大した壁ではなかった。

2009年10月30日 (金)

コーラスコンサート前日

いよいよ、コンサートが明日になってしまった。

全国大会の実績が功を奏したのか、チケットは完売!

・・・チケットを買った人がみんな来てくれるといいけど。

  

 今日は夕方から、会場ホールの舞台づくりと最終リハーサルがあるので、

これから支度をして出かける予定だ。

衣装2着、アクセサリー、靴、メイクアップ道具、ヘアーアレンジの道具と小物・・・

これだけでももうかなりの大荷物となってしまった。

暗譜出来ているものの、細かい所を直前になって確認したくなることもあるので、

一応楽譜も持って行く。この楽譜が結構重い。

   

 ここに来て、歌うことが切なくて、亡き夫に申し訳なくてと心の大きな凹みが

続いていたので、本番を前にして、楽しみのような、逃げ出したいような 

結構複雑な思いを 少し残したまま、出かける羽目になってしまった。

コンサート前にもかかわらず 出来るだけ、歌のこと、コンサートのことを考えるのを

止めた何日かを過ごしてきたので、だいぶ気持ちも落ち着いたが、

<また、突然気持ちが沈んじゃったらどうしよう> と

  まだ、少し不安thinkも抱えているところなのだ。(・・・多分、もう大丈夫だとは思うけど。)

  

 そんな訳で、歌の練習もほとんどしていないけれど、直前に来て、

あまり練習しすぎて、疲れるよりは 喉を休めた方が調子がいい私であるから、

頑張ってこようと思う。

 ここまできたら、自分の出来る範囲でやって、気楽な気持ちで臨もうと思っている。

   

そうはいっても、舞台は舞台。

素人の舞台といえども、お客様は大切な時間を割いて、来場してくださる。私たちは

それに答えるべき舞台を作らなければいけない。

舞台の上では、自分の日常を捨てて、思い切り演技した自分で歌おう。

舞台で人に何かを伝える為には、ふだんの自分を超えた演技が必要だ。

いつもの100倍の笑顔で楽しさをお客様に伝える。

       ある意味、自分を変えるチャンスのようだ。

日常の中では絶対になれない自分になる。

気持ちだけではなかなかそう簡単にはいかないから、舞台衣装を身につけ、

いつもよりちょっと濃いめのメイクをし、ヘアアレンジをして、自分を変えて舞台に立つ。

・・・そして、お客様を自分たちの歌の世界に引き込む。

 コーラスの舞台だから、歌を上手に歌うことはもちろん当然の事。

でも不自然にならない程度に、表情でも伝えたいことを表す。

日常の中での面と向かっての会話ではないから、少々オーバーアクション気味にして

いかないと、離れた客席にいらっしゃるお客様に伝わらない。

・・・ここでの笑顔の作り方は難しい。

自分のことを普段から見ている人には、「いつもより少し和らいでいるね!」 と

見えても、少しぐらい微笑んだぐらいでは、知らない人から見れば、

硬い顔して歌っているという風にしか映らない。

だから、自分が微笑んでいると思うところから、

    さらにバージョンアップした笑顔にして、初めて伝わる。

振付も然りである。

自分が思う決めポーズから、さらにもう少し体を反ってみたり、手を伸ばしたりする。

そうすることで、見ている人から

”決まったね!” ”いい感じのホーズだね!”

となる訳。本人にとっては少し大変なぐらいが美しい決めポーズとなるのだ。

見られることを意識して、顔を作り、姿勢を正す。

非日常のオンパレードだ。

ここで、素の自分の感情を持ってくることは当然許されない事。

 <ここでは、死別の悲しみを抱えた私はいないのだ。

       ここにいるのは、舞台の上で音楽を楽しみ歌う、私!>

   

とにかく、明日は舞台に上がる前、会場に入った時点から、コンサートに集中!

     どれぐらい集中できるかが、勝負です。

その中で自分がどれぐらい自分を演ずることが出来るか。

力み過ぎず、気合を入れ過ぎず、余分な力を抜いたなかで、楽しみながら頑張る。

     ここまできたら、もうやるしかないでしょう!

  

と テンションを思い切り上げたところで、行ってきま~す!

2009年10月29日 (木)

不参加です!

”コンサートの後の打ち上げに参加できない人?”

paperハーイ!不参加です”

と 真っ先に私は手を挙げる。不参加は私だけだった。

・・・”エー! 出られないの、誰か○○さんにホテル取ってあげて!”

先週の練習日の話だ。その後、メールで

<無理にとは言わないけど、どうしてもダメ?> と 送られてきたけど、

<用事があるので早く帰りたいから> と やはり断りのメールを送った。

もちろん用事など無いけれど、今回はパスです。

  

一人遠く(電車で70分+バス25分)から参加している私は、打ち上げに出席すれば、

家に着くのが夜遅くになってしまう。

にぎやかな祭りの後の寂しさに、暗闇の中、待つ人の誰もいない家に帰る

寂しさが加わることが <いやだなー!> と 思うから。

                     (・・・寂しさが倍増しそうな気がする)

ただ、少しでも明るいうちに家に帰りたいと思ってのことだ。

そんな本音は伝えなかったけど、これが本当の気持ちなんです。

  

”・・・おかえりー! コンサート楽しかったですか?”と 

そこに優しい声で迎えてくれる人…夫がいたら、

祭りの後の静けさと深い闇にも ホワッ!とした灯がともるのに。

 

2009年10月28日 (水)

現実逃避

気が滅入って、気分をUP!させるのに苦悩した月末の一週間だった。

 夫と死別してから、統計を取っている訳ではないけど、夫の月命日が近付く頃、

私の場合、落ち込むことが多い様な気がする。

     (凹みがひどい月もあれば、さほどでもない月もあるけど。)

月命日が近付くと、

自分の頭の中で、自分では気が付かないうちに 夫が逝ってしまった時のことが、

フラッシュバックし、心の乱れを呼び起こすような事が

               起こっている様な気がする・・・考えすぎかな。

もしくは、よくわからないけど、バイオリズムっていうのが、そうなっているのかな?

   

そんなことも気分が落ち着いてくると、

<何であの時、あんなに落ち込んでしまったのだろう?>

<あんなこと、さほど落ち込む要因ではなかったのに>

と 自分でも思う。自分ですら、分からないのだから、

配偶者との死別を体験したことのない他人には 

          あの落ち込みは、理解出来ないのは当然だろう。

・・・落ち込み始めると、

何とも言えない気分と喪失感と不安を感じる中で、必死に安らぎを探し求めるものの、

なかなか心の平静を保つことが出来なくて困る。

 そうなると時には、夫の死によって、自分が置かれたこの状況から、現実逃避して、

出来るだけそのことを意識しないようにしてみることもある。

 考えてもどうしようもないことを思い続け、ひたすら考えているだけでは無意味だと

分かっているはずなのに、すがるように考えているから、おかしくなる。

・・・だから、

現実から目を背けてはいけないかもしれないけど、時にちょっと、現実逃避して

冷静な自分を探し出した方が早道という時もあるんだ。

              ・・・そんな逃避行も心を休めてくれる。

たまには重たい荷物をどこかに下ろしてもいいと思う。

・・・その時が来て、また、自分が現実と向き合える自分に戻れた時、

真正面から現実を受け、またそこから歩き出せばいい。

  

・・・しかし、言うほど簡単に現実逃避すら出来ないのが夫の死という重い現実だ。

(今回はちょうど、東京モータショウが開催されていて、多くの新型車の発表があり、

  現実を忘れることにして、いろいろな車に夢を乗せてそれなりに楽しんだ。

                車が 気分転換に一役かってくれたと思う。)

2009年10月27日 (火)

車の安全性

先日、車のディーラーの所にカタログをもらいに行った時、

一台の事故車が駐車場の隅に止められていた。

  

 トヨタのセダンタイプの車だったが全面がグシャっとくの字に凹み、バンパーが落ち、

屋根もベコっと内側に沈んでいる。

見る限りでは再起不可能なぐらいかなり、ひどい状態。車種も識別できない状態だ。

”あの車は、どういう状況でぶつかったのですか?”・・・私

”おじいさんの車を借りて、運転していた女の子が、雨の日にスピードの出し過ぎで

 スリップし、そのままガードレールにぶつかってしまった自損事故ということですが、

 自分は担当者ではないので事故の詳細はわかりません。”

ということだ。

  

こちらからは見えなかったが、助手席側のドアもかなり、凹んでいるらしかった。

<でも、どうして屋根まで凹んでしまっているのだろう?>

と 疑問に思い尋ねると、

直接屋根に物が当たったとか、何かが落ちてきた訳ではなく、

全面とサイドの衝撃を吸収する為に間接的に圧力がかかり、

車内の安全を守る為に凹んだという。

最近の車はトヨタ車に限らず、衝撃吸収のボディー構造になっている。

 追突の際、ぶつかった人や物の衝撃をやわらげ

衝突物のダメージを最小限に食い止める為と

車内の人を守る為にダメージを最小限に食い止める為の

両方を考慮したものだ。

  

 凹み易く作られていることは知っていたが、実際に事故車を目にすると、

<すごいなー!あんなに凹んでいるのに、車内は何のダメージも受けていない>

と 感心する。

幸いにも、運転していた女の子は無傷だったという。

<あんなに凹んでいるのに!> と 驚きだ。

あれだけダメージを受けていると、ボディーだけでなく、

車を支えるシャーシー自体も曲がっているかもしれないから、

ボディーの凹みは板金で直したとしても、構造の部分は初めのように完全に

修復できる訳ではないので、その後の安全性は保障できないらしいということだ。

多分そのまま、廃車になるだろう。

  

<やはり、安全を重視した構造のしっかりした車に乗ろう!>

と 改めて思ってしまった。

夫もこのことに関しては、車選びの際にいつも言っていたことだった。

<万が一事故に逢った時を考えて、身を守れる車がいい!>

・・・

車の保険に関しても 今、加入しているのもそうだが、

自損を含めた車両保険の付いた物にして置くことは、

不測の事態に対応するためには やはり必要と認識した。

でも、一番感じたのは、やはり、

       無理をしない安全運転に心がけよう!という思いだった。

2009年10月26日 (月)

車への思い入れ

車は走ればいい。荷物を運べればいい。

そう言ってしまえばそれまでです。

 (関係ないけど、我が兄はこのタイプ。だから、車の話になると、

                 我が家と兄のところでは、話が合わない)

しかし、そうはいっても気に入った車に乗っていると気分がいい。かといって、

無理をして高級車に乗ろうとは思わないけど、自分が納得した車に乗りたいと思う。

    

 車にこだわりを持つようになったのは、やはり夫の影響が強い。

こだわりがあると言っても、安全性重視派であった。万が一事故に逢った時、

身を守れる車が第一ポイント。車のデザインは、第一印象で、ビビッ!と来たもの。

そんなだから、衝動買い的な買い方をする時もあった。

”エッ!、お金どこから出てくるの?” と 言うと、

”大きなおめめちゃんが何とかしてくれる” と おねだり目線で笑っている。

・・・てな訳で、何とかやり繰りして資金を絞り出したなんていうことも。

        ・・・ confident

車は私にとって、商売道具でもある。

     ・・・ある意味、自己主張の場の一つ。

デザイン関係の仕事がら、お客様のところに行く時には 自己アピールをする上でも、

車の存在は ある意味、重要な要素をしめる。

         考え方によっては、店構え見たいなものでもある。

   (・・・おしゃれなお店には、入ってみたくなるでしょう。)

また、車で長距離を移動することが多い私は、やはり安全性もかなり重視している。

これだけ車の数が多い車社会の現在は、いつ事故に逢うか分からないし、

自分が気をつけていても追突される事がある。

      ・・・その相手が大型トラックだったらと考えると、恐ろしい。

そこそこボディーのしっかりしたものに乗りたいと思う。

 そして、車に乗っている時間が一日4~5時間となると、居住性も大事。

車に乗っている時間が起きている時間のかなりパーセンテージとなる訳だから、

乗り心地も妥協出来ないところ。

 いろいろな角度から見ているから、なかなか、すべての要求を満たしてくれる車には

出会えないが、いざ買ってしまえば、それが自分にとって一番いい車になってしまうから、

結構単純な話だ。

 こんな風に、夫と車と私、結婚してからずっと大きなかかわりを持ってきた。

休みの日は必ずと言っていいほど、車に乗って出かけた。

海外旅行は行った事がなかったけど、その分のお金はすべて車につぎ込んでしまった

のではないかなと思うぐらい、車が好きだった私たちだった。

  

そんな意味でも、一人になった今も、私は車に対する思い入れは人一倍強い。

2009年10月25日 (日)

トヨタSAI

以前に販売店用のカタログを見せてもらっていたが、

10月17日に記者発表があり、開催中の

東京モーターショウでも実車発表し、ここにきて

いよいよ新型ハイブリッドカーセダン・トヨタSAI

全貌が見えた。ディーラーの説明を受け、

カタログをもらってきた。

レクサスHS250hの兄弟車として、トヨタブランドから

発売される新型ハイブリッドカーだ。

安全性、走りに関しては、両車の差はあまりないそうだ。

レクサスHS250hと似ているような似ていないような。

外観はSAIの方が少しだけ、軽い印象を受けるかなと思う。

インテリアはコックピットがちょっとあっさりしすぎているような

気もするが、これは多分先にレクサスHSを見てしまったから

なのだろう。十分すぎるぐらいのレクサスHSの装備は、

運転席に座ると心躍るものがありましたからね。

SAIの装備だけを考えてみれば、これはこれで、

必要なものだけに目が行くという意味ではいいのでしょう。

・・・<この辺が値段の差に一役買っているのかな>

初めから、SAIだけを見ていれば、あまり抵抗はないと思う。

・・・私としてはやはり、少し物足りないものを感じますが。

インテリアは内装カラーも含め、全体に地味めな印象です。

テールランプが四角っぽいのは頑固な感じがして、

バックスタイルが、今ひとつすっきりしないかな。

 (見慣れればいいのかもしれないけど・・・)

ボディーカラーにレクサスHSで出ていたクォーツホワイトが

出ていなかったのが残念。

もしSAIに決めるのなら、この色にしたかったので。

   ・ ・ ・

いろいろカタログ情報を見ても、やはり実車を見ないことには

決断しがたいところですが、もうすでに先行予約が始まっている

というから、近頃のハイブリッド人気はすごいなと思う。

(実車を見て、変に気持ちを入れ込んでしまうよりは、

 冷静にカタログの隅から隅まで読んで、他車と比較しながら、

 十分考えるという意味では、その方がいい選択という考え方も)

しかし、何百万円もする車をカタログだけで注文するには

やはり勇気がいることだろう。

・・・

先日私の車を追い越していった車、

<かっこいいなー!>と思って、テールランプを見ると

<あ! レクサスだ。やっぱりね> 

信号で後ろにつけるとなんとHSだった。

<HSなかなかいい感じゃない!>

レクサスHS250hには もっとボテっ!とした

印象を持っていたけど、それはフロントの印象で、

実際走り行く、HSのサイドと後ろ姿は

結構すっきりしてカッコよかったです。

2009年10月24日 (土)

百歳のおばあちゃん

昼過ぎに何気なくTVをつけたら、

名古屋にお住まいの百歳のおばあちゃんが楽譜を見ながらピアノを弾く姿が

映し出されていた。楽譜を見る目には眼鏡もかけていない。

百歳と思えないぐらい流暢な指の動きで、優しい音色。

  

”ピアノが好きだから、楽譜だけは見えるのよ!” と 優しい笑顔で答えるおばあさん。

女学校に入る前は、お琴をやっていたそうだが、女学校に入ってピアノに魅せられ、

そこから専門に学び、東京の音楽学校を出て、学校の音楽の先生をし、

40代の頃からは、自宅でピアノを教えるようになったという。

 ピアノ教室では少しの音のずれも許さない、厳しい先生だったらしい。

でも多くの生徒さんが集まり、・・・98歳まで続けていたというからすごい。

現役を退いた今でも教え子たちが おばあさんを訪ねてくるほど、慕われている。

  

 そして・・・とっても、おしゃれなおばあさん!

3週間に一度は美容院に行って髪を整えるそうだ。

”いくつになっても、女性ですから、・・・おしゃれを楽しみたいの!”

と きれいに整った髪のおばあさんはうれしそうに話す。

若い時からおしゃれをするのが好きだったという。

 

そして、月に一度のデイサービスに通う。

その場のリクレーションの時間には、ピアノの伴奏を引き受ける。

デイサービス利用者の中で最高齢の百歳のおばあさんが

15曲もの童謡などの唱歌の伴奏をする。

”15曲も弾いて、お疲れになりませんか?”の質問に

”これぐらい何ともないですよ、好きですから!” と 笑って答えている。

とても素敵な百歳とは思えないおばあさん。

  毎日ピアノの練習をすることが楽しみだそうだ。

              百歳になってもしっかり自分の足で歩いている。

こんな人もいるんだ。すごいなー! 

  

今後50年私が生きるというのも保証できないと思うが たとえ生きたとしても、

こんな風に楽しみながら 毎日を過ごすことが出来るのだろうか?

やはり、このおばあさんはすごい!

2009年10月23日 (金)

久々の大泣きの後は

今日は久しぶりにたっぷり涙を流した。

<そうそう毎日快調に過ごせる訳ではないか、やはり> というところだろうか。

 

コーラスの練習で歌を歌っていたら、何となく気分が落ちてきて、そこから少しずつ沈む。

この日は朝から、気分が盛り上がっていなかった。・・・情緒不安定!

 なんとか歌に集中して、入り込もうとするが今日はどうしてもうまくいかない。

歌うことが切なく、悲しい。そのうち、堪えた涙が喉の奥を流れていく。

練習中だから、その場で涙を流すわけにはいかないので なんとか堪えていたが、

しばらくすると堪え切れなくなって

           weep・・・席をはずした。

 会場の外へ出て、気分を晴らすために建物の周りを散歩をして、戻ったが、

歌おうとするとまた泣けてくる。・・・また席をはずす。

結局練習が終わるまでドアの外にいた。苦しかった。無性に悲しかった。

 今日はコンサート前の本番会場でのリハーサル。みんなとても盛り上がっている。

その中に居る自分は どうしてもそこまで気持ちを持っていけない。

どう頑張っても気持が落ちて行ってしまう。持ち上げなければと焦れば、焦るほど

気持ちが沈む。

・・・自分の中で何かがうごめいている。

     楽しもうとする自分を許すことが出来ないかのように。

     その場に立つ自分を許すことが出来ないかのように。

   

そんな中、隣で歌っている人が4年前のコンサートを前にした時の自分の姿と

ダブって見えた。彼女は練習の時、毎回録音をしている。

多分、家でそれを聞きながら、次の練習日までかなり歌いこんできているのだろう。

練習に前向きな姿勢が隣で歌っていて ビンビン伝わってくる。

4年前には私も毎回練習の時に、練習を録音し、録音したものを家に帰って、

何回も何回も聞き、復習し、次のレッスンまで毎日練習する。

時には夫にも 聞いてもらいアドバイスを受けた。

       ・・・そこには意欲的に取り組む自分がいた。

 それなのに今の自分はコンサートを目前にして、

           自分の気持ちをコンサートに持っていくことすら出来ない。

 それでも何とか頑張ろうとするそんな自分の姿が 何か自分でも哀れに思えて、

情けなくて、自分で言うのも変だが、健気でかわいそうで 無性に泣けてきた。

  

 夫の死以降、自分なりに頑張ってきたのに、やはり歌を歌って楽しむ事を

亡き夫は許してくれていないのかもしれないと思った。

 この日どうしても自分の気持ちをコントロール出来ない自分が悔しかったのか、

夫との幸せな日々の中で楽しく歌えていたのが 奪われてしまったことに、

やりきれない思いを感じたのか、帰りの一人運転する車の中では、

人目を気にしなくていいので もう我慢できなくて声を出して、泣いた。

拭っても、拭っても涙がこぼれてくる。

                久々の大泣きだった。

泣きながらの運転、とりあえず事故に合わずに家に帰った。

       ーーー crying ーーー car

<こんな日もあるさ!>と  家に帰ってホッとする。

コンクールは10分間の勝負だけど、コンサートは2時間だ。

体力的には日ごろのジョギングが効いているから大丈夫だけど、

気持ちが長時間続くか・・・こんなことがあると、不安になってきた。

今までの練習の時には大丈夫だったのだから、

     気持ちの切り替えさえ上手く出来れば・・・きっと大丈夫。

やらなくては!

だって、チケット買ってくれた人に申し訳ないから、今更、逃げ出す訳にはいかないもの。

  

コンサートまであと一週間ある、それまでには 気持ちよく歌えるように

なれるだろうと思う。・・・・思うではいけない、何とかしよう。

とりあえず、冷却期間を置いて、

一日二日、歌のことは完全に忘れて、ドライブでもしてちょっと気分転換してみようと思う。

・・・まったく、直前に来て、こんなピンチがくるなんて!

本当に参りました。

   ・ ・ ・ confident

そんな一日の終わりにメールが届いた。

コンサートチケットを買ってくれた友達からだった。

”もうすぐだね、今度はあなたが頑張る番だよ!

            コンサート楽しみにしている、頑張ってね!”

今日の私の凹みを知る由もない友から、なんとタイムリーなメール。

その友は、自らも大病を克服し頑張っていて、今日、自分のフラダンスの発表会を

成功させたという、お知らせに続いての言葉だった。

今日の私には、かなりのプレーッシャーを感ずる内容だったものの、

<そうなんだ、彼女は多分、私を励ますために快くチケットを購入してくれた。

   そんな声援に私は応えなくちゃいけないんだ。こうして 支えてくれる友人がいる> 

 ・・・感謝の気持ちで胸が熱くなる。

  

涙をたくさん流し辛い一日が、今日も友への感謝の一日となった。

2009年10月22日 (木)

人の幸せはどこにある

現在生活する社会の中では、親兄弟、親族、友人、お近所付き合い等々、

多くの人とかかわりを持つものの、夫と死別してからは家の中に入れば、

何をするのも一人。

食事も一人、買い物も一人、TVを見るのも一人、何かを決めるのも一人。

落ち込むのも一人、励ますのも自分で、

       ・・・何もかも一人。

一人で生きるって、「身軽でなんとでもなるという」 いい面もあるが、

厳しい面もいっぱいだ。

  自分で、自分を支えて、自分だけで気分転換の道を見つけて、頑張るのも自分。

そう、鏡の中の自分を見ているように、何をしてもすべてが自分に跳ね返ってくる。

自分がした、いいことも悪いこともすべてが映し出される鏡。

鏡に映し出された結果からは逃げられない。

すべて自分がしてきた結果だから。人のせいには出来ない。

そうして自分で自分をいつも見つめて反省し、上手くいけば、自分で自分をほめる。

     

でも人の幸せって、

・他の人の役に立っていることを感じた時

・人から褒められた時

・人の為になっていると感じた時

・人から認められた時

と いったようにみんな自分以外の人との かかわりの中にあるのではないのかと思う。

しかし、夫の死以降の私はその中にいない。

実に不自然な状態の中に居るようなところもある。

それでも、少しだけ仕事でその恩恵に与かっている。

お客様に喜ばれたり、いいものが出来たと褒めてもらったりして、

                        少しうれしくて幸せを感じたりして。

仕事は私にとって、生活の為、生きる為に 働くことはもちろんなんだけど、

こうして、人とのかかわりを持つために働くという考え方も、

人としての幸せを感じるためには欠かせないものだ。

自分で認識しないうちに、自分の殻に閉じこもって、偏った人間にならないためにも

仕事に限らず、趣味でも何でもいい、社会や人とかかわりを持つことは大切なこと

なのだろう。

  

 たとえ人と関わることで、傷つくことがあったとしても、

自分を見つめ直すチャンスが与えられたと思えば、乗り越えられるだろうと思う。

でも実際は 得るもののほうが多いと信じたい。

2009年10月21日 (水)

楽しい気分の鍵は?

心のコントーロールは難しい。

自分であれこれ策を打って 一生懸命いい状態に持っていこうとしても、

ズシ~ン!と重く沈んでしまった時は特に難しい。

でも変なもので、あるちょっとしたことがきっかけで、自分では気が付かないうちに

気分が軽くなっていることがある。

heart04

・・・難しいような?、単純なような?

神様が作ったとされる人の心・・・うまくできている。

 落ち込んでいる時には、いいことには目が行かず、落ち込みに拍車をかけるように、

落ち込む要素になるものばかりに気を取られ、ますます凹む。

 一方気分のいい時は何をやってもハイテンション!

同じことをしていても楽しい。

      ・・・その違いって何なの?

その心の鍵は、ほんのちょっとしたことなんなのかも?

・・・think

朝目覚めて、まずは窓を開け空気の入れ替えをし、

お仏壇に挨拶する。

”おはようございま~す!”

この時の声のトーンが一つ「心の鍵」だと思った。

今日は低い声で”おはよ~う”と言ってしまった。

           気分は底にへばり付くかのように沈んだまま・・・

        <ちょっと待って、大きなおめめちゃん暗いよ!>

もう一度、先ほどよりちょっと高い声にして言い直す。

弾むように

おはようございま~す”というと心も軽い。

 <よし、よしそれでいいよ!>・・・亡き夫が返事をする。

・・・confident

 人と言葉を交わす時も同じで、ぼそぼそと低い声で話すと暗い話か愚痴、

はたまた、人の悪口ぐらいしか出てこないが、

高い声で話すと自然と笑いも混じった楽しい会話が成立することが多い。

 これは「笑顔の効用」と同じ。

笑顔を作ると頬骨が上がって口角が引き上がる。

そうすると口をへの字に曲げていた時より、気分が上向きになる。

高い声を出す時は、これと同じ顔の筋肉の動きになって、笑顔を作った時と

同じ顔になるのだ。したがって、気持ちが上向きになるという訳。

  

 何故、笑顔を作ると気持ちが上向きになるかというのは説明が難しいけど、

人の体ってそういう風に出来ているということらしい。

実際、笑うことによって人の免疫細胞が増えることは実証されているから、

ガンの治療にも一役買っているという話も聞くしね。

  

 心から笑えなくても、形だけでもその効果はあるというから、気持ちが沈んだ時は、

いつもより声のトーンを高くして、顔の表情だけでも笑顔にしていると、

心の鍵」は自分が意識しないうちに、上昇志向のほうに入ることになる。

    目指せ、心の健康・・・ソプラノ美人

2009年10月20日 (火)

走りに行こう!

何となく、仕事の乗りが悪い。

    脱力感。食べ物が偏っているのかな?

 市民オペラの延期で次の目標が消えてしまったことが、

自分の中で、かなり響いているのかな。

            ・・・テンションが下降線をたどる。

 コーラスのコンサートがまだ終わっていないというのに まずい気分になってきている。

今度のコンサートが終わってしまったら、私は何を目標にやっていったらいいんだろう?

ボァ~ンとした私の未来に少しずつ目指すものを見つけ、

自分なりに自分の居場所を探し、やってきている私にとっては

こんな問題も重大な要素を持っているようだ。 ・・・少しの躓きが気持ちをなえさせる。

 まだまだ、精神面が弱いと反省もするが、とりあえず下がったテンションをどうにかして

上げなければとあせる。なんでもない人から見れば、

”なんてつまらないことを言っているのか!”と思えるだろうね。

”仕事頑張ればいいじゃん!”って言うのかな?

<それだけじゃ、ダメなのよね、きっと> 今の私には。

・・・think

気分転換!・・・こういう時は、走りに行こう!

午後4時、早めに仕事を切り上げてウォーキングのスタイルに着替え・・・出発!

今日は、何も考えずただ歩くこと、走ることに集中。

頭の中を空にしたかった。

ただ黙々といつものスロージョギング。・・・少し体が重い。

・・・今日は何も考えず、走りたい。

そうはいっても、やっぱり考えながら走っている。

    <力をください!> ・・・shoe

        shoe ・・・<やる気をださせてください>

何かにお願いするように、頭の中で繰り返している。

気分がすっきりする・決断力がつく・やる気が出るといったスロージョギング効果に

期待した。いつもより長い時間走った。

走り終わる頃、ちょっとだけ何かが掴めたような気がした。

<あれをやってみようかな!>

<こうしたらいいんじゃないか>

少し、前向きな発想が浮かんでくる。

<いい兆候!>

一人の戦いには、自分に勝つことしか道はない。

         自分で自分を奮い立たせるしかない。

             ・・・孤独との戦い。

 走ったり、ウォーキングしたりして体を動かすことで、心の調整することが、私が

見つけた、今私の中での唯一の手段。

 ある意味自分の体をいじめることで、自分自身が納得できるのかもしれない。

<何に納得しているか?>って、

   ・・・それは私がここにこうして生きていること!

         生きていることは、何かが出来るということ。

           <それは、すばらしいことなんだ!>

2009年10月19日 (月)

兄のこと

加藤和彦さんのブログ記事を読んでいたら、

うつ病の治療を受けていたのでは…ということが書かれているものがあった。

本当かどうかは、定かではないけれども、私は兄のことを思い出した。

         ・・・think

 肺がんで亡くなった兄は、がんを発病する前から うつ病の治療を受けていた。

30代のころ海外で生活していた兄はそこでの人間関係でのストレスが影響してか、

うつ病になってしまったのだ。

・・・そこから長い鬱との戦いが続いた。

 50代になっていた生前の兄は治療を継続していたものの、

強いうつ症状も出ることがなく、だいぶ回復していた。

自分でも気をつけていたこともあって、よほどのことがない限り、

症状が悪くなることはなかった。本人はもちろん周りの人も、気をつけたことは、

・仕事をやりすぎない(過労はストレスを招く)、 ・・・・休養、睡眠を十分取る。

・気分転換をうまくとる。

・楽観的に物事を考える。

・明るい環境を整える。

そうはいってもなかなかうつ病は手ごわくて難しい。

 亡くなる数年前に兄が我が家に泊った時、庭を眺めながら、

”俺はもういつ死んでもいいんだ”と 言ったことがあった。

傍にいた私は、正直焦った。

    <そんなこと言わないでよ!、なぜそんなことをいうの?>

兄の言葉に私は、なんと返せばいいのかわからなく、

”そんなこと・・・、まだまだ早すぎるって!” 

”まだ子供たちも、大学出ていないし、結婚もしてないよ!

              この先、楽しみがいっぱい待っている” と言ったものの、

発作的に兄がこのままどこかへ行ってしまうのではないかと  

                  think   かなり心配になってしまった。

 そのことを母に告げたら、我が家に泊った翌日、母のところに泊った兄が、

母のところでも同じことを言ったということを打ち明けた。

その言葉に 母も焦ったそうだ。

 兄が何を思ってあの時、あんなことを言ったのか分からない。

自分の奥さんを家族を何よりも大切にしていた兄がつまらないことを考えるはずがない。

もしかしたら、私たちに対する牽制球のようなもので、

いつ襲ってくるかわからない人間の死に対して、

                恐怖を抱いていたのではなかったのだろうかと思った。

そして、自分が死んだ時、突然の死に対して、

”志半ばでかわいそうに!”ということを

周りの人に言わせないようにしていたのかなと 後になって、私は思った。

  <自分は自分の人生でやるべきことをすべてやったのだ!

       みんな泣かないでくれ!・・・自分この結末に満足している>

と何かあった時の保険をかけたようなことばだったのではと。

 結局あの時、兄は母のところで憂さ晴らしをしていったことで 気分が晴れたせいか、

その後そんな事を口にすることはなかった。

肺がんに侵された時も、

”絶対に自分は治って、仕事に復帰するんだ!”と

積極的に治療を受ける模範的な患者になって

        生きることに前向きの姿勢を見せていた兄だった。

  

 早すぎる死ではあったが、自ら命を絶つことなく天寿を全うできたことには

妹として胸をなでおろす思いだった。

2009年10月18日 (日)

加藤和彦さんが自殺した

いい歌だった。私の大好きな歌の一つ。

あの素晴らし愛をもう一度

数えきれないぐらい歌った。時にはギターを抱えて、熱唱した。

・・・weep

あんな素晴らしい歌を作ったんだから、

<自殺なんかしてはダメだよ!>・・・何がそんなに彼を追い詰めたんだろう?

すべてをやりつくしてしまったんだろうか?・・・歌に絶望したんだろうか?

穏やかな素敵な人だったのに

              ・・・とても残念。

落ち込んだ時「あの素晴らし愛をもう一度」の歌に、

ずいぶん、私は助けられてきたのに。 当の本人はダメだったのだろうか。

でも、自分から命を絶ってはいけないよ。 そんなのダメだよ。

note命かけてと誓った日から 素敵な思い出 残してきたのに

 あの時、同じ花を見て 美しいと言った二人の 

     心と心が  今はもう通わない

         あの素晴らし愛をもう一度!

             あの素晴らし愛をもう一度!

 赤とんぼの歌を歌った空は 何にも変わっていないけれど

 あの時ずっと夕焼けを 追いかけて行った二人の 

     心と心が  今はもう通わない

         あの素晴らし愛をもう一度!

             あの素晴らし愛をもう一度!

 広い荒野にポツンといるよで 涙が知らずに溢れてくるのさ

 あの時風が流れても 変わらないと言った二人の 

     心と心が  今はもう通わない

         あの素晴らしい愛をもう一度!

             あの素晴らしい愛をもう一度!

    ご冥福をお祈りいたします。 

               合掌

2009年10月17日 (土)

急がなきゃ!

もう10月の半ば過ぎ、一日があっという間に終わり、

のんびりマイペースの私も少し時間に追われた生活で 衣替えもまだ出来ていない。

・・・気がつけば、あれっ!

  

 春の花の球根植えの時期になってしまった。

<チューリップの花壇の支度しなくてはいけないなー>・・・庭木に水をやりながら思う。

花壇にはまだ、ブルーサルビアの花が咲いているが、空いている所を耕し、

堆肥、腐葉土、石灰、化成肥料を混ぜ合わせて、土づくりをして準備をしておかなくては。

植え付けの一か月前までに土づくりするということだからすぐやらなければ、

      ・・・間に合わない。

         ・・・大変 大変! 遅くても11月の初め位までに植え付けしたいから。

・・・慌てて、ホームセンターで堆肥、腐葉土等を買いに行き、庭仕事。

   一汗流した。

 

 我が家自慢のチューリップ。もう十年物です。

ここに住むようになってから、毎年花を楽しみ、球根を掘り上げ、保存を繰り返し、

今年も植えてもらえるのをチューリップの球根が待っている。

       <待っててね!今、寝心地の良いベッド作りをしているから>

            tulip

 毎年春が近付くと、”春を探しに行こう!” と 言ってくれた亡き夫。

春を探しにくる」夫の為に、来年もかわいいチューリップの花を咲かせてもらわなきゃ!

そうだ!もっと他のお花も植えて、

      せめてお庭だけでもにぎやかにしておこうかなと思う。

2009年10月16日 (金)

これも民主党政権の影響?

来年度の市民オペラの開催が延期になってしまった。

 本来だったら、この10月から練習に入る予定であった。市の経費節減ということで、

直前になって延期のお知らせがあったと、一緒に参加をしようとしていた友達から

知らされた。

 いつもは見に行くだけなんだけど、今年は合唱で参加してみようとせっかくその気に

なったのに despair ・・・がっかりです。

 10月のコーラスのコンサートが終わったら、次の目標として《市民オペラの参加》 を

考えていたのに、開催されないのではどうしようもない。

政治の話がこんなところで身近になった。

         ・・・これも民主党政権の影響でしょうか?

 厳しい現実の経済が、ここまでしないと立ち直すことが出来ないのか?

わが市の経済状況もなかなか厳しいので仕方がないところ。

  それは承知してますけどね。   

       think

 市民のささやかな楽しみまで無くなってしまうなんて、

殺伐とした社会になってしまうような気がするけど、

確かにもっと先にやらなくてはいけない問題がいっぱいあるのだろう。

                 でも、一個人としては残念です。

   

次の目標をまた、何か見つけなくては!

今の私には何かに夢中になることが、救いとなっているから。

2009年10月15日 (木)

今更言っても・・・

落ち着いた毎日を過ごせるようになっているのに、時々、私は

悔しくて、何ともたまらなくなる。

(悔しいという表現とは、またちょっと違う感じの様な気もする。何だろう・・・?

       喪失感 ?   「自分にはもう・・・何もない」という感じか)

 快調に飛ばしていても、それは突然やって来る。

<何で、こんなに早く、夫は逝ってしまったのだろう? 何で、今 二人ではないの?>

亡き夫の笑顔が思い出されて、また悔しい。

夫の死に対しての悔しさではなく、この起きてしまった事実に対しての悔しさ。

今更、こんな事を言っても、何も変わらないと分かっていても、

          ・・・悔しいものは悔しい!

 どんなに思っても、どんなに頑張っても、夫が帰って来ることはない。

ただ、お腹が痛いと言って、病院に行っただけなのに。

                           それなのに・・・think

夫が言ってた、”尋常じゃない痛さ”ってどんなだったのだろう?

夫の痛みが私には分からなかった事が申し訳ない。

医師の診断は予期せぬ悪夢・・・いや現実!

       エッ!おなかの大事な血管が破れた?・・・何それ?

昨日まで何ともなかったよ!

人ってそんなに簡単に死んでしまうものなの?

            たった2日で・・・?

人って、簡単には死なないんだよ!  ○○さま、本当はどこに行ったの? 

  

昨日まであったささやかな幸せの毎日が突然消える。

  

やっぱり、悔しい!   wobbly・・・おかしいよ!そんなこと!

 

”これ、これ!”

”そんな事ばかり言っていたら、夫は安らかに眠れないよ!”

と 誰かの声が聞こえてきそうだ。

      (この悔しさも「夫への愛」ということで、言わせてほしい)

「・・・もう、行かせてあげなさい」と 言った人もいたっけ。

      think

 そんなこと私だって十分 分かっている。だから、一人でも頑張っている。

一生懸命踏ん張っている。

本当に今更・・・ではあるが。  

    夫・・・もうすべてない。

あるのは、夫の私物と私が信じようとしている”亡き夫の愛”だけ。

悔しさをたまに、どこかにぶつけないことには、やっていられない。

 しかし、私も成長したのかなー!

これだけ悔しさをブログにぶつけても、今の私には涙は出てこない。

          ・・・心の中での涙だけ。

悔しいという言葉の裏で、

<もう一度・・・>と ひたすら思うだけ

       (さすがに、もう期待はしていないけど)

                ・・・本当に今更、今更だけどね。

これだけ、内なる心を吐いたら  punchannoy  少しすっきりしたかな。

       今からまた仕切り直しね!

2009年10月14日 (水)

「はったり」

もうかなり以前の話で、話の内容に私の記憶違いがあるかも知れないが

その辺は、お許しいただきたい。

  

 ファッションデザイナーの山本寛斎さんがパリコレにデビューした時の逸話に、

こんな話があった。

 当時無名の寛斎さんが、現地で何者なんだと尋ねられ、

彼は思わず、”I‘m super KANSAI!” と胸を張って言ってしまったそうだ。

あんなに派手な色遣いとデザインを演出する彼だけど、

                         本当は意外と小心者なのだそうだ。

パリコレで何としても成功させる為には、

ここで一発、「はったり」をかまそうとその答えが出たそうだ。

”I‘m super KANSAI!” 

       <どうだー!>と言わんばかりに。

(少々、言葉が乱暴ですがこんな言い方だったと記憶してます)

人間 時には、はったりも必要」だと 彼は言っていた。

     <それを本物にした山本寛斎さんはすごいです!> と その時、私は思った。

 それから、彼と同じく自称小心者の私も何かあると、いつもこのエピソードを思い出す。

特に仕事上では私も時として、これに似たことをして、

                 自分に弾みを付けさせてもらってきた。

・・・scissors

「はったり」は言うだけではそれで終ってしまうけど、

自分自身がそのことばで奮起して頑張れば、前進に繋がる。

夫亡き後、仕事だけでなく、いろいろな場面で、この「はったり」で 私は

勝負してきている。それは虚像を追っているのではなく、

                     そう在りたい自分を描いている。

2009年10月13日 (火)

勇気を持って

夫の死があった時、私の家は自治会の役員をやっていた。

 燐保をまとめる組長、組長をまとめる区長。その区長を引き受けていたのだ。

3月まで任期まで、後三か月弱というところだった。

ほとんどの区長の仕事は、私がやっていたので、夫が逝ってしまったとはいえ、

滞ることはなかったのだが、次期のいろいろな役をお願いに行ったり、

新規の会員の方に自治会の入会のお願いに行ったりという交渉事は、少々困った。

  ・・・やはり交渉事は、夫に頼みたかった。

 しかし、<こんなことが出来ないようなら、今後一人でやっていけないよ!> と 

自分に言って、何とか無事交渉事も済ませ、役を降りる事が出来た。

  

 これはほんの一例だけど、<こんなふうに これをしなければ・・・>と 修行のように

勇気を持ってやらなければならない事も何度かあった。

 やってみればそれなりに何とかなるもの。

どうしても出来なければ、勇気を持って断ればいいんだ。

そうして、勇気を持って やって行くうちにだんだん自分が鍛えられていくような気がした。

・・・scissors

何事も、勇気を持って踏み出さない事には 明日への道は開かない。

       時にはこんな弾みをつけることも必要だ。

   「大丈夫! 私には夫がいつもついているから。」

                と 心の中で呟いて!・・・何事も修行!、修行!

2009年10月12日 (月)

ダメですか?・・・楽しんでは

夫の死は何か自分がいたらなかったからなのではないかと

亡き夫に申し訳なく感じるところがあり、その思いは自分ばかりが楽しんではいけない

という気持ちを呼び、趣味を続けることを考えた時期があった。

        実際、悲しみに暮れ、それどころではない心の状況もあった。

しかし、そんな趣味もいろんな理屈を付けて続けてきた。

 (結局の所は、趣味で楽しもうというより、人との縁をこれ以上狭めたくないと

                        思って続けていたのかもしれない)

 そんなだから、当然楽しいはずの趣味も前みたいに楽しめないし、

苦痛をも感じる中でやってきた。それでも以前書いたように、続けることで

自分自身の中で得た物も多く、やはりこれで良かったと思った。

そんなに、いろいろ悩んでいろんな思いをし、仕事のやりくりをして時間を作り、

続けてきた趣味なのに、今、私の中では別の問題が生じた。

   ・ ・ ・

<そうだ、どうせやるんだったら、思いきり楽しもう!> そう思い、それまでよりも

積極的になり 自分から飛び込もうとした今、新たなる壁を感じている。

<もしかしたら、何か、そんな楽しもうとする自分は

          この場所で、受け入れられていないのではないだろうか?>

時々少し、疎外感を感じるようになった。

              ・・・think

目一杯楽しんでいる私は、夫の死を知るある人たちの目には、

<夫を亡くした喪失感や悲しみを抱え日々を闘っている人>

ではなく、

<夫がいなくて、自分の思うままに自由に生きられる、勝手気ままな人>

に、映っているのではと思えてきた。

  

 思い過ごしかもしれないが、最近そんな気がしてならない。

(自分のことに必至な状態から、周りを見る余裕が出来たので

                   そんなことを感じるようになったのかも知れない)

あえて、どんな事があったかは、書き記さないけれども、

<自分がここで思いっきり楽しむ事はダメなんだ!> と 感じてしまったのだ。

こんな見方をする人もいると感じた。

      

 確かに、ある意味、当たっているだけにそう思われて当然かもしれない。

夫の事、子供のことで縛られ、舅、姑の介護などを抱えて、自分の自由が無ない

彼女たちにとって、すべての時間が自分の時間という私に、同性としてちょっと面白くない

気持があったとしても分からなくはない。

 夫との死別で悲しんで塞いでいる時は同情するが、立ち直って来て、

楽しそうに浮かれているように見えてくれば、面白くないというところだろうか。

          (・・・もしかして、嫉妬?)

<嫉妬されるほど、自分が明るく振る舞えるようになったなんて、大したものだ>

・・・なんだけどね!  だけど、私が喪ったものの大きさも分かってほしい。

<私だって、今も人には見せない、ぶつけるところの無い苦悩があるんだ>

というところを。

   でもまあ、他人の不幸はすぐ忘れるというから、

         仕方ないことなのかもしれない。責める事は出来ない。 

      

これも思い過ごしかもしれない。

   <いいんだ! 私は今やりたいからやる> それでいい。

ただ、いろんな事を思う人がいる事だけを頭の中に入れておこう。

だから、そんなことで いちいち凹むことはない。そんな人たちの目は気にせず、

かといって 出しゃばり過ぎないなかで、自分が思うようにやって、

自分の中で満足感を残せばいい。

  <思いたいような人には、思わせておけ、 自分は自分だ!>

           ちょっと、強気で頑張ろう!

      こんなことでへこたれていては、前には進めない。

2009年10月11日 (日)

晴れた秋空の下で

風もなく、晴れた秋空の下で、

       <し・あ・わ・せ>の四文字が頭に浮かぶ。

 穏やかであたたかい日差しがを浴びて、静かな一日。

夫がこの世にいない事を除いては、申し分のない日。

              ・・・健康でここに居られる事に感謝する。

平穏無事!・・・ありがたいことです。

凹む日もまだまだあって、心の中の何もかもが整理出来た訳ではないと思うけど、

少なくとも半年前の自分と比較したら、ここのところ、心の静寂を感じている。

               ・・・sun

特に晴れた日の昼間は、心穏やかでいられる。

何事もなかったような気さえしてくる。

       そう、夫の死も何もかもが無かった事のように・・・!

ハムとレタスをのせたトーストに、バナナヨーグルト、

                野菜のクリームスープとコーヒーの朝食を済ませ、

掃除と洗濯。

青空をバックに洗濯物を干す時、こんな平穏な日々が とても有り難いと思う。

アトリエで仕事をする。 夫が居た頃と何も変わらない。

<でも、もう夫はこの世に居ないんだよ!>

もう一人の自分が私に言っても、こんな穏やかな日は、

<そうなの!> ぐらいにしか思えない。

そう、私は落ち着いている。

夫が死んでしまった事を除けば、幸せな日々を送れているんだと思う。

          ・・・confident

     ・・・夫が死んでしまったことを除けば。

       ・・・夫と再び会うことが出来ない事を除けば。

         ・・・夫ともう二度と話す事が出来ない事を除けば。

2009年10月10日 (土)

”頑張れ!” 

スロージョギングで走っていた時のこと。

 前を行く、ウォーキングをしている老夫婦を追い越そうとした時、

その御主人が、私に ”頑張れ!” と 声をかけてくれた。

          ~名前も知らない見知らぬ方だった。

もちろん、一生懸命走っている事に、励ましの言葉をかけてくれたのだと思う。

けれど、私には夫を亡くし毎日を過ごす自分に 声を掛けられたように思えた。

     (当然、見ず知らずの相手がそんな事知っているはずないのに)

何だかとてもうれしかったが、”ありがとう!” の返事がすぐに出てこなくて、

     ・・・wink 振り返りながら笑顔の会釈で返した。

   

いつも一人、黙々と走っている私にとっては、

こんなちょっとした 人との触れ合いが心を軽くする。

2009年10月 9日 (金)

みかん

今日友達にみかんを頂いた。

  ・・・私にとっては特別に 懐かしいみかんの香り。

 亡き夫との最後の実家での畑仕事はみかん狩りだった。

収穫したみかんを入れる籠を肩に下げ、一つ一つ丁寧に取る夫。

みかんの収穫は今頃10月~12月まで。初霜が降りる前まで行うが、

初霜が遅かったのか、あの年(夫が亡くなる前の年)は12月の半ば頃だったと

記憶しているが・・・日付はもう、忘れてしまった。

  陽だまりの中で、みかんの木に手を伸ばし、一生懸命収穫作業する夫の姿。

     一段下がった畑の、草刈をする私は時々夫の姿を下から見上げる。

・・・今思えば、なんと素敵な時間だったのだろう。

  自然の中で、風を感じ、鳥のさえずりを聞き、収穫の喜びを得ながら、

 時間に追われた日常を忘れ、夫と二人で安らぎを得られた時間。

          ”こんなにたくさん取れたよ!”

  収穫したみかんをコンテナに移し、両手で運んでくる

          夫の笑顔はとても、優しかった。

                 ・・・think

その後、一ヶ月経たずして、夫の姿がこの世からなくなってしまうなんて、

誰が予想できただろうか?

     夫が収穫したみかんを泣きながら食べていた私の姿を

                     いったい、誰が予想できただろうか?

・・・今、みかんを一つ手にして、

     私は夫の笑顔を思い出している。

         ・ ・ ・ confident 

降り注ぐ陽光を浴びて、つやつや光るみかん。

たわわに実るみかんの木の下で、木に付いたみかんに手を伸ばし、

木漏れ日を受けながら ハサミを入れる亡き夫の姿が 今私の頭の中で、

        shine 後光が差すかのように輝いて見える。

         ・ ・ ・

20080221_nec_0030

写真は夫が亡くなる前、12月にミカンの収穫をした所

・・・年が明けた1月、夫死去。

(あの時夫を見上げていたように、

      みかん畑の一段下がった畑から )

  ~陽光~                2008・2に撮影

   

みかんの実は全部取らずに、冬場餌の無くなる鳥の為に

少し残して収穫するのが夫流収穫法だったが、

この写真を撮った2月にはその実もすべて鳥が食べつくし、

             濃い緑の艶のある厚い葉だけをつけたみかんの木。

  降り注ぐ陽光が、木に注ぎ、葉がまぶしく輝いていた。

       ・・・・光の中に私は、亡き夫の姿を探す。

   

2009年10月 8日 (木)

雨の中の墓参り

先日、夫の月命日の墓参りに行って来た。

天気予報では台風の影響で大雨ということだったので、

今月は月命日の墓参りは、やめにしようと思っていた。

しかし、雨も小降りで大丈夫そうだったので、予定通り出かける。

(大雨でやめようと思ったのに、小降りになったりすると 

             何か、亡き夫が”来て欲しい!”と言っているようで)

いつもの道を、いつもお店に寄ってお花を買い、お寺に向かい車を走らせる。

               car・・・

風もなく、しとしとと雨が落ちている。車のワイパーも間欠のスローでOK!の雨。

運転しながら、私は亡き夫への手紙を頭の中でづっと綴っていた。

・・・rain

雨の日のお寺は静かだ。

 誰一人いない。本堂をお参りし、位牌堂をお参りする。

<安らかにお眠りください・・・合掌>

       傘をさして、お墓参り。

お彼岸の時の花が雨の中でうなだれている。

お花を取り換え、お水をあげて、ローソクに火を灯し、お線香に火をつける。

<静かな月命日です。 ありがとう! 私に安らぎを与えてくれているのですね。

                                           ・・・ 合掌>

<お線香が雨に濡れて消えてしまうといけないから、 しばらく傘をさしています。>

小さな声で、「この道」 を歌いました。

      noteこの道はいつか来た道、ああそうだよ・・・

 「島唄」も歌いました。

      note~・・・ささやかな幸せはうたかたの波の花・・・

       ~ ・・・島唄よ風に乗り、鳥と共に海を渡れ、

             島唄よ風に乗り、届けておくれ私の愛を・・・

               ~・・・           

歌い終わる頃、雨がほとんど気にならない位になった。

亡き夫が、”傘どうもありがとう! 雨はもう大丈夫だから!” と 言っているよう。

”気を付けて、お帰り!”

     お墓を後にする私の後ろから、声が聞こえた。

        ・・・静かな雨の日のお墓参りでした。

2009年10月 7日 (水)

どうしてますか?・・・追伸

追伸

もうすぐ、あなたのお誕生日です。

けれど、もうあなたは ここには「イ・ナ・イ」から、

              祝い酒もケーキもプレゼントも用意しません。

・・・でも

あなたがこの世に誕生したことを感謝して合掌します。

あなたが生まれ、縁あってあなたと私が出会う事が出来、

 こうして共に 二十年あまりの年月を歩めてきたことに感謝します。

そして、

 たくさんの贈り物を私の心の中に残してくれたことに感謝します。

    

あなたのおとうさま、おかあさまに伝えてください。

 あなたを生んで下さりありがとうごさいましたと・・・。

 あなたにたくさんの愛を注いで下さりありがとうございました・・・と。

おじいさま、おばあさまも伝えてください。

 誕生したあなたにたくさんの愛をありがとうございました・・・と。

みんなさまの愛があなたに引き継がれ、あなたかから私へ。

そしてあなた亡き後、今私の中でそのぬくもりが、

            やさしく私の心を温めてくれています・・・と。

                      

                              大きなおめめ

 

2009年10月 6日 (火)

どうしてますか?

○○さまへ

今どこに居ますか?

     どうしてますか?

痛みから解放されて、自由にしてますか?

あの時、私があなたに歌った歌は聞こえてましたか?

あの時、一緒に歌っていてくれましたか?

     ・ ・ ・

先に逝った、みなさまにちゃんと逢えましたか?

突然そちらに行ったあなたを見て、みんなびっくりしてませんでしたか?

あなたに愛を注いでくれていたおじいさまの作ってくれた紬の着物姿を

               おじいさんさま、おばあさまは何と言ってくれましたか?

おかあさまは、優しく迎えてくれましたか?

おとうさまは、何と声をかけてくれましたか?

      

やりたい事、出来ていますか?

好きなものは食べられますか?

彼方の好きな枝豆・やきとり・カレー・お寿司・すき焼き、

            日本酒にビール、たばこはそちらにありますか?

彼方の好なティラミスとミルフィーユのケーキはありますか?

もう、栗むしようかん食べましたか?

   素敵なレストランはありますか?

・・・・・confident

釣りは出来ますか?

車はありますか?

          もう、「秋を探しに!」行きましたか?

      

そちらでも時は流れていますか?

あなたは、あなたのままですか?

もう私の事、忘れてしまいましたか?

         いつの日か、私がそちらへ行ったらまた逢えますか?

      

・・・聞きたい事が山ほどあります。

でも、あなたがそちらで、永遠の安らぎを得たというのなら、返事はいりません。

   

                                大きなおめめより

2009年10月 5日 (月)

マイペース

ふだん一人でいるせいか、マイペースで時間を過ごしている事が多いので

たまに友達に会うと、のんびり派の私は

        <何て、せかせかしているんだろう!>と感じる事が多い。

<そんなあせっていろいろやらなくたっていいのになー!> などと、

落ち着かない友達を見ている。

あれもやらなくては、これもやらなくてはと 何やらとても忙しいらしい。

何がそんなに忙しいの?・・・仕事のしすぎ?

            スケジュール詰め込み過ぎだよ!

         ・・・think

 追い込まれて仕事をすることの嫌いな私は、

依頼された仕事の納期をかなり余裕を持って相手に伝える。

特別急ぎで頼まれれば、何とかしようと頑張るけれど、それ以外は無理はしない。

手仕事なので、一日に自分の出来る範囲は限られている。

自分に余裕がないと、いいデザインも浮かばないし、

                 仕事も納得のいくいい仕事が出来ない。

慌てると必ず、どこかでミスってやり直しなんていうことになる。

結局無駄な時間を費やす事になってしまう。

     「骨折り損のくたびれ儲け」っていうことになるだけだ。

・・・マイペースが一番。(人に迷惑がかからないのなら)

  

 そう言えば、亡き夫も自分のペースを崩さない人だった。

何があっても慌てず、一呼吸置く余裕があった。

”俺は男だからなー!” と 言いながら煙草に火をつける。

「武士足るもの・・・」ではないけれど、どっしり構えた自分を演出することで、

自分がこれから何をすべきか、冷静に考えていたのかもしれない。

2009年10月 4日 (日)

自分の方が!

”自分の方が大変な思いをしている!”

こんな自分本位な言葉を聞いて私は、ガッカリした。

・・・think

先日ある集まりの作業中、その人がある人に要求をしている。

その要求内容に、困惑している人を見て、その人が

”簡単じゃん!、ここをこうやって、こうして、こうするだけなんだから”

自分の専門分野でもないのに、さも簡単に出来るように言っている。

     (当然、言った人はそんなことやった事がない)

傍にいた私は、自分の専門に近い内容だったので、その作業が

いかに難しい内容か想像がついた。そこで、

”ちょっと、それは大変すぎて、そこまで要求したら

  やる人がかわいそうだよ!” と言ったら、返ってきたことばは

”自分の方がもっと大変な仕事をしている!” だった。

<・・・何でやったこともなく、その仕事の本当の大変さを知らないのに、

     どうして、そう断定した比較が出来るの!あまりにも自己中心的な発想よ!>

心の中で私は、思った。

確かにその人もかなり大変な仕事をしていた。しかし、その仕事と

この仕事と どう比較出来ると言うのだろう。

そういう問題ではない。

少し、尊敬していた人の発言だっただけに、ガッカリだった。

        ・・・think

~自分は大丈夫だろうか?

<自分の方が悲しい思いをしている、辛い、寂しい思いをしている>

自分が心の中でそう思うだけなら、まだいいけど、その事に甘えてはいないだろうか?

比較なんて、初めから出来ない。

その人が置かれている状況、環境、立場等の違い、持っている力量の差もある。

「自分の方が・・・」と考えている以上、

      人の痛みや、苦痛、悲しみに寄り添うことは出来ない。

他人とかかわりを持たず、一人で生きるならば、

別にそんな事どうでもいいかもしれないけど、そうもいかない。

せめて、「自分方が・・・」 と いう発想は

         心の中で思っても、表に出さないでいたいもの。

2009年10月 3日 (土)

チョットした大切な習慣

結婚してから亡き夫や亡き夫の家族から教わった習慣。

チョットした大切な習慣で、私が大事にしているもの。

   ・ ・ ・

それは、それまで自分の育った家庭では行ってこなかったもの、

まったく知らなかったもので、初めはカルチャーショックの様なものを感じたものの、

今は自分の中で根付いている。

 そんな習慣を自分が今、やっていると、その時々に亡き母の顔や、亡き夫の顔が

浮かんでくる。

 習慣とはチョットしたことで、その多くは亡き母の個人的なこだわりだと思うけど、

その母の教えをしっかり守っていた夫の姿を 私は愛おしいと思った。

            自分もそんな姿を大切にしたいと思って、受け継いでいる。

別に大したことではないけれど、こんなことをすることで

架空のものになってしまった家族を実感しているのかもしれない。

・・・confident

・お洗濯ものは、東か南向きに干す。(西はお浄土の方角だから)

・お洗濯ものは必ず、一度たたんでから身につける。

・食は大切だから、食べるものを作るのに手を抜かない。

・お鍋の中の物をおたまですくう時、決して向こう側に向かってすくってはいけない。

  必ず手前に向かってすくう。(向こうに向かってすくうのはお墓にお水をかける時だけ)

・歳時記を大切にする。

・季節の初物を食べる時は、東を向いて”ハッ、ハッ、ハ!” と happy01 笑ってから頂く。

・お箸は箸置きに必ず置く。

・袋菓子等は、必ずお皿に出して食べる。

・家の中でお座敷以外は、必ずスリッパを使用する。

 (私がよく慌ててスリッパを履かずに家に入ると、亡き夫はその度ごとにスリッパを

        手に持って来て、”大きなおめめちゃん どうぞ!”と差し出してくれた)

・これは実家でもやっていたけど、「おはよう!」、「おやすみ!」、

                          「ただいま!」のあいさつはきちっとする。

まだまだ沢山あるけど、どれも今考えると何とも微笑ましい。

2009年10月 2日 (金)

思い出を語ること

これは自分の経験上の話で、根拠がない事、あくまでも、私の中で

感じている事なので他の人には 当てはまらないかと前置きしておきます。

 人は昔の思い出話を語ることが 多くなると、

何となくその人が遠くに旅立つ日が近いように 私は思えてしまうのです。

      ・・・think

 夫の母の場合も、夫の父の場合もそうでした。

昔、こんなことがあったとか、自分はこんなところで育ったとか

いろんな事を語って聞かせてくれるのです。

それが、突然に語り出したのか、何か話の流れでそうなったのか、記憶には

残っていませんが、時には何回も同じ話を耳にしました。

夫の父も母も突然にやってきた別れだったから、特別意識してこの話を

伝えておかなければと思ったということはないと思います。

  

 ・・・父、母が逝ってしまった後、私は思いました。

<何かを伝えて置きかったのでは?>

<自分が生きてきた証みたいな物を残しておきたかたのかな>

     (自分では気が付かないうちに忍び寄ってくる旅立ちを前にして、

              それを意識することはなく、思い出を語ったのでは?)

父母の死後、数年してから脳梗塞で突然逝ってしまった夫の伯父の場合も同じく、

亡くなる1年ほど前から若い頃の思い出話を私にたくさんしてくれました。

             ・・・父、母の時と、同じく。

 そんな事が何度も重なって、人は自分の思い出話を多く語るようになった時、

<もしかしたら・・・> なんて思うようになってしまいました。

それからの私は、自分でも意識して、自分の思い出話はあまり口にしないようにしようと

心に決めています。

 夫はあまり思い出話を口にする人ではなかったのですが、後になって思うと

亡くなる1・2年ほど前から、子供の頃の同じ話を夫から、

                       何度か聞かされたことがありました。

”前に聞いたよ”・・・なんていうことは言わないで聞いてましたが。

心の中では、<ダメよ、思い出話ばかりしては・・・危ないから>

          と念じていました。(あくまでも、根拠はないのですが・・・)

 まあ、こんな事は結果論というか、亡くなってしまったので、

そんな私の知らない時代の事が語られたという記憶に残る話だけが思い出された

ということなのかもしれませんけど。

こう言う私だって、子供の頃の話をよくしましたからね。

   wink

 思い出話をすべてを否定している訳ではありません。

たまに、のんびりと昔を懐かしむのは良いことだと思います。

ただ、それに浸りきらないようにしたいということ。

”あの頃は良かった!”だけでなく、

   「あの頃があって、初めて今の私が存在する。」 

         「あの人たちが居て、今の私がここにある」 ということを

忘れずに認めて、懐かしんでいきたいなと考えます。

       (過去のいい事・いやな事全部を含め、感謝しながら・・・)

いつも <今の自分が、一番輝いている>と思いたいだけです。

              shine

     自分の思い出を多く語るより、出来れば

            自分の今や未来を語る人になりたいです。

2009年10月 1日 (木)

自分で決める事

夫の死があって、いろいろなことで迷いがあった時、

今、前のように本音で相談できる夫がいないから、自分ひとりで決断しなければならない。

決めた事が不安でこれで本当に良いのか、迷う事もある。

同じような体験をした人はこんな時どんな決断を出すのだろう?・・・聞いてみたい。

そんな時もある。

 しかし、人によって置かれている状況がそれぞれ異なる。

その状況や立場違いによって、答えが変わるだろう。

他人は、やはり、世間一般の意見としてとしか、答える事は出来ないかもしれないから、

参考程度に。 ・・・結局最後は、

<自分が、これでいい!>と納得して決めた事が 一番いいのではないだろか。

自分で決めるということは大変ですが、大切なこと。

自分で決めたのなら決めた事に対して 自分が責任を持つ事が出来る。

大袈裟にいえば、自分の人生観が問われるところ。

自分がその事に対してどう考えているか。

自分がその事をどれだけ大事に考えているか。

         一生懸命、考えるのって とってもいいことだと思う。

出した、答えに対して、他の人が何と言ったっていいです。

<自分は、こう考えて、この決断を出した。> という確固たるものがあれば、

    堂々とした自分でいる事が出来ます。

         自分に自信が持てます。

自分自身で事を決める・・・これもまた夫との死別後生きること。

合唱の中での歌声

合唱は何人か、何十人かが集まって歌を歌う。

全体のハーモニーがとても大切。先日ある先生がいいアドバイスくれた。

   notes

合唱ではひとりの声がでしゃばり過ぎてはいけない。

自分だけ ”あー!気持ち良かった!”という風では ダメなんですよ。

お仏壇の所にある、おりんのようにチーン!と鳴らした音がスーッとその場を離れて

上に登って行くように、出した声が小さい声でも

          遠くに響いて行くような声でなければいけないんです。

大きな声を出せばいいというものではありません。

たとえ小さな声しか出せなくても、遠くに響く声が出せれば それがいいのです。

       notes

なるほどー! 私なんか つい調子に乗って頑張り過ぎるからダメなんだ。

どちらかというと 自分だけ ”あー!気持ち良かった!” の口だと

 反省しながら聞いていた。

確かに、おりんの音はとても澄んでいて、小さな音でもリーン!と部屋中に響き渡る。

鳴らした瞬間に音がその場を離れ、上に登って行く。

      ( おりんの音は毎日聞いているから、得意分野・・・ダゾ!)

               リ~ン!・・・澄んだ音色

 しかし、この遠くに響く声というのがなかなか難しい。

口先だけでなく、複式呼吸と腹筋を使って、体という楽器を鳴らさなければならない。

喉で歌ってはいけない。もう何年もヴォイトレに通っているが、

いまだに なかなか思うようにいかない。

たまに、<今の声、響いてる!>って感じる事はあるけど、

                それが遠くまで響き渡っているかは疑問?

先日もヴォイトレの先生に、”口を大きく開けすぎです。” と 指摘を受けたばかりだ。

口をあまり大きく開け過ぎると、声が前に進みにくいし、ことばもはっきりしなくなる。

”オオ~イ!”と遠くに居る人に声をかける時の感じがいい。

口を開けすぎず、喉の奥に大きな空間が出来て(喉が開いて) 遠くまで届く声となる。

  

口から喉、そしておなかの方に向かって一本の筒が通っている様な感じで、

その筒を通って歌声が出てくる感じ。

      この筒が楽器みたいな物らしいのだが・・・なかなか上手くいかない。

 この感じで歌うのが難しくて、苦労しているところなんです。

理屈は分かってもなかなか自分の思うようにならない。

         ・・・フフフ~ンnotes と ただ口ずさんでいるだけなら簡単なんだけど。

でも、会場の一番後ろの席まで鳴り響くような声を出せるように 練習あるのみです。

   体で覚えるまで!

« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »

最近のトラックバック

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31