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2009年9月26日 (土)

ギ・コ・チ・ナ・イ

ぎこちない・・・すらすらと運ばない。なめらかでない。

  

 最近はあまり感じなくなってきたけど、夫と死別後、私の生活のすべてにこのことばが

当てはまる。  ・・・一つ一つが ギ・コ・チ・ナ・イ。

この生活は夫の死で私の人生すべても「無」になってしまったように思えた所から、

スタートした。 

  「無」の中から何かをするというのは、大変なこと。

今まで、何も考えずやってきた日常が、すべて何かの定義づけが無いと出来ない。

何でその事をするのか、自分に言い聞かせないとやれない。

             ・・・そこに変な気負いもある。

自分のしている事をもう一人の自分が見ているような、不自然な毎日。

                    ~ eye

食事は生きる為・・・食べる事は生きることなんだ。私は生きてまだまだ

                      やらなければならないことがたくさんある。

            それも自分で何でもやらなければいけないのだから!

仕事は生活の為・・・もう生活を支えてくれる人はいないのだから。

      何もしないでいたら、この現実に耐えられないから。

      仕事が楽しみに繋がるかも知れない。仕事をして、強引にでも別の事を

                     考えることで、深い落ち込みに入らなくて済む。

このような事は一例に過ぎないけど、何をするにも、

<○○だからやろう> <○○になるからやっておこう>

と 何か定義をつけ、自分に言い聞かせないと 動けない。何をするにも、考えてしまう。

これは自然な行為ではない。

いろいろ考えながらするので、なかなか一つ一つの行為が自分の物にならなくて、

すべての事がしっくりこない。

   「実にぎこちない毎日」 というところが表現として当たっている。

  

・・・そんな毎日も、お庭や公園の草木に触れて癒される。

自然の中に、安らぎがあるのは、

    木々や草花、鳥や虫たちが文字通り、自然に生きているからだと思う。

季節になれば、花を咲かせ、葉が芽吹き、紅葉し、落葉する。

「ギ・コ・チ・ナ・イ」毎日の中で、こんなふうに自然に生きているものに触れると、

忘れていたこと、

「人として自然に生きる事とはどういうことか」 を 思い出させてくれる。

”肩の力を抜いて、あまり考えすぎないように、

           なるがままに身を任せることも、時には必要よ!。

 理屈ではなく、その時々の温度に合わせた行動も あっていいのよ!”

                  confident

     この「ぎこちなさ」を感じる事がなくなった時が、

               楽しい人生を送ることに繋がるのでしょう。

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死別後の心の動き」カテゴリの記事

コメント

大きなおめめさん はじめまして

一月前程前からブログ読ませていただいております。

私は8ヶ月前に結婚生活23年で夫を亡くしました。闘病生活3年弱でしたが夫は亡くなる10日程前まで会社勤めをしており急変し逝ってしまいました。
子供は今年社会人となり親としての一応の責任は果たしたかな?ってところです。
したがって子供の為に頑張るって気持ちにもなれない。自分の為だけというわけにもいかない中途半端な未亡人です。

ギコチナイって気持ち凄く感じております。

今日、夫方の親族の五年祭に行ってきました。(私は仏⇒神に嫁にきました)
夫の闘病生活が暗くならないためにも明るく元気に見えるよう振舞う癖が身に付いてしまい、<もう大丈夫>って親族には思われているようです。
実は、夫に代って行かなければいけないって言い聞かせて超がんばってきました。
もうすぐ一年祭の準備をしなければいけない。プレッシャーです。

〇〇したいからするって事は無くなってしまってます。

mada madaさん ようこそ!

はじめまして!お声を聞かせて頂けてうれしく思います。

御主人さまは本当に最期まで頑張られたのですね。
神様はどうしてこんなに生きる事に一生懸命な人を連れていっていまうのでしょう。
とても切ないです。

でも、mada madaさんが振舞い癖といえ、元気にされている姿を思い浮かべて安心しました。
作り笑顔でも心は少し安らぐことがあります。

泣きたい時は思いきり泣いてください。
しかし、最後はほほ笑みの笑顔を作ってくださいね。

御主人は、mada madaさんが頑張っている姿を
傍で見守ってくれていると思います。

大きなおめめさん 優しい言葉をありがとうございます。confident
何もしたくないと思っていても、次から次からしないといけない事がやってきて、私はただそれを頑張ってこなしているという毎日を送っています。
たしかにギコチナイですね~sweat01専業主婦だった私が社会に出るためのリハビリを夫がさせているようにも感じます。
実はいろいろあって気持ちdown不安定になっていました。
大きなおめめさんの言葉が私を少し楽にしてくれました。
いろんな方のブログを見させて頂いてきましたが、コメントを書いたのは初めてです。
お返事を頂いて、なんだか暖かい気持ちになりました。
ブログってこんな繋がりもあるんですね
ありがとうございました。clover

ponちゃんさん おはようございます!
 
本当に! 
夫がいた時は二人でやっていた事が今は、一人ですべて
やらなくてはいけないから、大変ですよね。
それも、”どうしようか?”って相談する相手がいないのですから、
自分が鍛えられていくのがわかります。
ponちゃんさんがおっしゃるように、まさに、
>社会に出る為のリハビリかもしれませんね。

こうしてブログで、出会えたお友達から、私自身もたくさんの事を
教えて頂き、励まされています。
このブログも私のデビュー作、初めてのことで不安もありながらのスタートでしたが、ブログから
学ぶこと、得るものもたくさんあり、見えない相手ではありますが、心のつながりを持つ事ができるんだなー!と思っています。

最も最近は見えない相手(亡き夫)と接する事に
慣れてきましたからね!confident

大きなおめめさん おはようございます

犬の散歩から帰ってパソコンつけ優しいコメント読ませていただきました。
今日は良い日になりそうな気がします。

夫や子供達にせがまれて飼った犬で 元気だった時は毎朝夫が散歩をしておりましたが 今は朝夕両方私の仕事にされてしまった。
散歩のおかげで家族以外の人と会話ができたり収穫したばかりの野菜をいただいたり、小さな幸せを味わったりしてます。

大きなおめめさんのいうように、夫も見守っていると思いたいです。

mada madaさん sunおはよう!

秋晴れのすがすがし朝です!
こうして新しい友が出来た事に、感謝しています。

犬のお散歩ですか、私のウォーキングコースの公園も、
ワンちゃんたちを連れた人たちがたくさんいます。
ワン友でしょうか?、みんな声を掛け合って、楽しそうにしているのを見ると微笑ましく思います。

人と人だとなかなか声をかけにくいですが、
かわいいワンちゃん連れだと知らない人でも、声をかけるタイミングがつかみやすくて、お友達を作り易いのでしょうね。

御主人からの素敵な贈り物ですね!

こちらこそ、感謝です。
勇気をだしてコメントさせてもらつて本当に良かったです。

私は友達の中でも結婚も出産も一番早かった方で、結婚後の友達も専業主婦だったため子供の母親ってことから始まった友達たちです。 みんな夫亡き後も善くしてくれるし話も聞いてくれるのですが 何せ未亡人にも一番乗りしてしまつたものだから、心の底からは理解はしてもらえない歯がゆさがあるんですよー

犬の散歩は飼い主の名前も知らないが犬の名前は知っていたり、犬によって家族関係がわかったりしてて、夫が散歩しなくなつたら
「旦那さん どうかしたの?」とか言われ、ごまかすのが大変だったり 亡くなった事が人づてにだんだん広まり3ヶ月くらいまでお悔やみや質問で憂鬱でした。

でも、妙に人懐っこい食いしん坊の犬なので
おやつをくれる人とかをよく知っていて日によっては三人にジャーキーやらプチトマトやらソーセージをもらっます。その都度 立ち話してて、「これって散歩?」みたいな感じになりますcoldsweats01
お蔭様で犬までデブなんです。
地域がら年配の方(親世代)ばかりなんですよー 私もすっかり隠居仲間になりつつあります。

夫が生涯で一匹だけ飼った愛犬だからなおさら可愛いんですかねーheart04

少し前にコメントさせていただきました。あれからもずっと拝見していてゆっくりーなさんとのやり取りもいつも頷きながら読んでいました。昨日はパソコン見れずで今日見たら
同じように夫亡くされてまだまだ悲しみ中で
色々な思いをされながら、それでも頑張ろう
って方がおられてコメントされていて、私も
同じ思い伝えたくなってしまいました。うちにも突然にいなくった主人を凄く慕い、今も
まだ私達と同じように悲しみに耐えている犬
がいます。そして、何か、遺された私達を守ってくれてる感じもします。本当はあまり外にも出たくないけれど犬の散歩の為には出ますが、私もまだまだぎこちなくって不安定な状態です。今日はこちらのブログ拝見して少し心が軽くなりました。ありがとうございました。

mada madaさん、今晩は!

死別の体験というのは、私もそうでしたが、当事者でないと分からないです。夫を亡くした、一年前に夫と同じ年の兄を亡くしたのですが、兄の時も初めての家族との別れで、かなり落ち込みましたが、夫の時は、それとはまた違った深い悲しみがありました。

一緒に暮らしている人がある日突然に逝ってしまうとは、
どういうことなのか?
経験の無い人には、本当のところは、理解できないと思います。
(自分も、夫と暮らしていた頃は、そんなこと恐ろしくて、理解しようともしませんでした。)
それでいいんだと思います。皆の悲しみを理解していたら、
辛すぎてつぶれてしまいますものね。
お友達に全部理解してもらえなくても、お友達の優しさに触れられただけでも良かったのではないですか。幸せな事だと思います。

自分の気持ちがせっかく少し落ち着いてきた時に、
”エッ!ご主人・・・”なんて声掛けられたら、ちょっと辛い!think
顔で笑って、心で泣いてでしたね。

ワンちゃんのメタボには気をつけましょう!

matuさん 今晩は!

<夫との別れは誰でも必ずやってくる。
自分の所はそれがちょっと早かっただけだった。>と 
夫の死を特別なものでないように自分に何度言い聞かせても、私は自分だけが特別、こんな悲しい思いをしていると思いました。
しかし、あちこち、いろいろブログを検索していたら、当然のことながら自分だけではありませんでした。みんなそんな状況に置かれても何とか自分の生き方しています。
<自分も・・・!>と思いました。

くじけそうな私がいたら、チェックを入れてください。
出来るだけそうならないように、頑張りますが。

matuさんの場合は、そんな時、ご主人のワンちゃんが
きっと、励ましてくれるのでしょうね!
ワンちゃんと一緒に外に出て、いい空気イッパイ吸ってくださいね。少し、霧が晴れるかもしれません。

大きなおめめさん ホントに友達はありがたい存在です。
私の母親は15年前に他界しており愚痴を聞いてくれるのは友達ですから大切にしたいと思います。

ちなみに夫は大きなおめめさんのお兄さんと同じ肺癌でした。基本通院での抗癌剤治療を続けておりました。
最期まで辛いながらも仕事にも行け父として夫して頑張って生きました。
私も妻として精一杯支えたと自負しております。
大きなおめめさんの義姉も同じだとおもいます。

mada madaさんへ

教えてくださってありがとう!
兄も仕事に復帰する事が目標で、闘病生活一年経過した頃、通院しながら仕事復帰をしました。(私たちの目からはとても、復帰できるような状態ではないと思いましたが)
ちょうど今頃の季節です。大学に勤めていたので、夏休みが明けてから仕事復帰をしました。しかし、一か月しか務める事が出来ず、また入退院を繰り返しながらの闘病生活に戻り、お正月明けに旅立ちました。

mada madaさんのご主人の頑張っていた姿が、私の兄のその時の姿と重なってしまいます。
(ごめんなさい。勝手に重ねてしまって!)

亡くなられた御主人もmada madaさんも
精一杯その時を生きたのでしょうね。
悲しい思い出かもしれませんが、宝物だと思います。

兄の頑張った姿を私も宝物として
心の中に大事にしまってあります。
   あの頑張りは決して忘れない!

大きなおめめさんへ

お兄様も正月明けに旅立たれたのですね。
夫もなんです。

仕事おさめまでちゃんと仕事をし正月明けに肺に溜まった水を抜き癒着させる治療をする予定でした。
どうにも辛くなり食事が取れなくなったため三日に緊急入院し水を抜く処置をしたのですが病巣が急激に広がっており長くないと私に告げられました。
とにかく苦しくないように… 主治医に最期のお願いをしました。
意識がもうろうとする中ででも娘の成人式の振袖姿を見せたいというだけが目標となりました。(写真の前撮りで見てるんですけどね)

成人式の前夜、準備の為付き添いを当時大学生の息子に頼み帰宅したのですが翌朝未明に病院から呼ばれ私だけ病院に急いで駆けつけたのですが間に合いませんでした。
夫にも後悔が残らぬよう娘は姉に頼み成人式に出席させてから振袖姿で亡き父との対面となりました。

私や娘に最期を看取るのは耐えられないだろうと夫が息子を選んだのかも…
もう一日早く亡くなったら娘は成人式には行けなかったから夫はぎりぎり頑張ったのだろう…と思うことにしました。

これで善かったんだと自分に納得させなければその後のドトウの日々を乗越えらられなかったと思います。

ダラダラと自分の事ばかり書いてしまったsweat01

大きなおめめさんのブログに巡り会えね、同じ思いを抱えて乗越えて頑張っているんだーって勇気が湧いてきます。

私もいずれは大きなおめめさんや義姉さんのように そっと癒しそつと力になってあげられるようになりたいです。
 

mada madaさん おはようございます!
仕事前のメールチェックタイムに読ませていただきました。

死という現実は、とても非常なものですが、mada madaさんの
御主人の最期の様子を伺っていてこんなことを思いました。
「ことばではない心で通じ合える愛がある」
御主人からmada madasanへ、息子さんへ、お嬢様へ、そして、みんなからご主人さまへのの温かい愛。
涙が出るほど心に響いてきます。
「ことばではない心で通じ合える愛」
それは、後に残された私たちの生きる力となることでしょう。
果しきれなかったものも、お互いにいろいろたくさんあったかも
しれないけど、人として、一番大切なものを受け取ることが出来たような気がしてきました。
 
愛はパワーを私たちに授けてくれますね。
夫を連れて行った非常な神様と言ったことばを
取り消さなければなりません。
神様、ごめんなさい!

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