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2009年8月20日 (木)

夫の人生って!

毎日をいろんなことにつまずきながら、過ごしている。

そんな言い方が私の夫が逝ってしまってからの生活を示すのに、当てはまっている。

  

 元気にしていた頃の夫の姿を思い出しては、

<なぜ、突然あんな病魔が夫に降りかかったのだろう?>

<夫の人生は、何だったのだろう? 頑張っていた毎日は なんだったんだろう。

                ・・・幸せな旅立ちが出来たのだろうか?>

昨日までここにいた夫が、もう二度と姿を見せる事はないと思うと、

自分が悲しいという気持ちもあるが、<夫の人生って!> と 考えると夫の人生に対し、

無性にやりきれない思いがする。

”突然の死というのは、最期まで彼が精一杯生き抜いたという事じゃないかな!”

 と彼の友人が言ってくれた。そして、付け加えて

”突然というのは、突然逝ってしまうことで、

 残された人への悲しみを少しでも減らしてあげたいという「彼の愛」だったんだろう。”

・・・そうなのかなー。(私)

死別の悲しみについては減らされているかどうかは 疑問なところだけど、

彼が最期まで精一杯生き抜いたということは、本当にそうなのかもしれないと

時が経つにつれ、思えてきた。言われた当初は、

<そんなことない、彼は生きたかったのにその思いを奪われてしまった。

  まだ、やりたい事はいっぱいあったんだ。何を持って、生き抜いたというんだろう?>

という気持ちが心のどこかにあった。(今も少しは残っているけど)

  

 しかし、亡くなる直前まで、確かな足跡が残せた生き方は、

「彼は生き抜いた!」 という表現の中に真意があるように思う。いや、そう思うことで、

亡くなった夫の人生が確かなものだったと思えて救われる。

 「この世に生を受け、みんなに愛されて、慕われて、両親を自分の手で見送り、

  自分の思うように生き抜き、自分の子供を抱く事はなかったけれども、

  幸せな結婚生活(?)と言ってくれて、

  最愛の妻(自分で言うのはおかしいのは分かっている)に最期を看取ってもらい・・・」

 

夫の人生は、50代半ばと 終わりがちょっと早かったけど、彼が生き抜いた人生だった。

彼に悔いがあるとすれば、もう少し年月が欲しかったということ。

でも、これが彼の定められていた運命だったのかもしれない。

・・・

”彼は最期まで生き抜いた!”

と 言ってくれた夫の友人さんには本当に感謝している。

その言葉で亡き夫は、悔いの残る気持ちを捨てる事が出来、

      今満足の微笑みを浮かべている事だろう。

                ・・・私はそうであると信じたい。

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