無料ブログはココログ

« 思い出って何! | トップページ | 魔女の宅急便 »

2009年7月31日 (金)

・・・ながれる涙

長い病気療養が続き、看護に汗を流しながらも死別という辛い最期が待っていた人と、

 私のように何の前触れもなく、何が起きているのか考える暇もなく、死に別れる事に

なってしまった人と、流した汗の量と流した涙の量は同じだという。

どんな死別であっても死別の辛さは変わらないということなんだろう。

 

 肺がんで余命宣告された私の兄は、健康診断で異常を認められ、再検査で始まった

闘病生活は1年半。中でも最期の半年ぐらいが一番キツイ時だった。

歩くのも大変になってきたが在宅療養で、週一度病院に通院するというような生活が

続く。そんな中、仕事を持っていた義姉の頑張りは、大変なものだった。

それでも私たちには弱音を吐く事もなく、兄に対しても本当に良くしてくれていた。

本当に感謝している。

 いつかやってきてしまうであろう死別への恐れ、日を追うごとに進む病状に不安も

多かったに違いない。精神的にも肉体的にもかなりの負担があったと思う。

遠く離れた所に住んでいた私は、なかなか手伝う事も出来なく、何かあると母が

泊まり込みで看病に行っていた。母が行っても何が出来る訳でもなかったらしいが、

”病気の兄の話し相手になってくれることで、兄の心のが落ち着いているようです。” と

義姉は母に感謝してくれた。

 そんなに頑張っても病気の進行は止まらず、悲しい現実はやってくる。そして、

長い看護を続けた義姉に母に流れる涙は 留まることを知らないかのように流れ続けた。

・・・これまでのいろんな思いが涙となって流れ出る。

・・・これから先のいろんな思いが涙となって流れ出た。

<長い時間かけて、死別の覚悟してきたから大丈夫!> なんていうことはない。

       ・ ・ ・

 その翌年、兄と同い年の私の夫が逝ってしまった。

・・・私の夫の死は突然やってきた。

それでもたった二日間ではあるが、時間は与えれれた。

でもまさか、その与えられた時間が本当に夫と過ごす最期の時間になるとは

思ってもみないことだった。

 死別の覚悟などもちろん出来る訳がない。非情だと思った。・・・ウソだと思った。

どう考えても信じられない出来事だった。

 病院に行く、前の日まで普通の生活をしていたんだ、到底受け入れられるはずがない。

でも現実は、担架に横たわり動く事のない夫との帰宅となり、

そして二日後、棺の中で眠る夫が我が家の玄関から、

            もう二度とこの家に戻る事のない外出となった。

 死を受け入れようと受入れが出来なかろうと あふれる涙は留まりを知らず。

・・・ウソだと思っても涙は流れ続ける。訳が分からなくても 涙は流れる

        ・・・悔しいけど、本当のところは現実を理解してしまっているから。

  

       突然の死に対して、悔しい夫の思いが、悔しい私の思いが、

                        たくさんの涙となって流れ出た。

                       

« 思い出って何! | トップページ | 魔女の宅急便 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533735/45742844

この記事へのトラックバック一覧です: ・・・ながれる涙:

« 思い出って何! | トップページ | 魔女の宅急便 »

最近のトラックバック

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30