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2009年6月

2009年6月30日 (火)

ピアノと夫と私

ここのところピアノの演奏を耳にする機会が多い。

・・・憧れのピアノ! ・・・癒される音色!

  

 そう、私は幼いころからピアノが弾けるようになりたくて、中学に上がる頃まで、

事あるごとに親におねだりしたが 経済的理由と親の音楽への不理解で残念にも

ピアノを習う事は実現しなかった。

 大人になって自分で稼いだお金で自由にいろいろな物を手に入れられるようになって、

初めにキーボードを買った。・・・子供の頃の満たされなかった夢を満たす。

と言っても、正式に習った訳ではないのでなかなかまともな演奏は出来ないけれど、

それなりに楽しんでいる。

 亡き夫の実家には、ピアノとエレクトーンがあった。

               子供のころからのあこがれの楽器が目の前に!

ピアノを見ると、うれしくて、時間があると弾いて遊んだ。

(そう、腕前は残念ながら、遊ぶ程度なのです。)

時には、亡き夫も巻き込み、2人で伴奏とメロディーとを それぞれに担当し弾いたり、

私が弾けるようになった曲を聞いてもらったりした。亡き夫も小さい時に少し弾いた

程度なので、私と実力は似た様なもの。

       ”あ!間違えた。もう一回初めからやって!”

       ”あっ!ダメだ、、もう少しテンポを遅くして!ついていけない”

                ・・・happy01大騒ぎをしながらの連弾だ!

楽しいひと時だったよね・・・でも、夫が亡くなって私はピアノを弾く事が無くなってしまった。

      think 何となく気が向かない。

また、そのうち気持ちが落ち着いたら、鍵盤を叩いて、遊んでみようかなと思う。

                    そう!・・・遊ぼうという気持ちの余裕が出来たら・・・。

2009年6月29日 (月)

ラジオ体操の歌

note新しい朝が来た!希望の朝だ!~

   note喜びに胸を開け、大空をあおげ~・・・

早朝、車で出かけた。久しぶりにラジオでもと思い カーステレオのスイッチを入れたら、

この詩で始まるラジオ体操の歌が流れてきた。

 亡き夫が朝寝坊した時、よくこの歌を歌いながら私は夫を起こしに行った。

階段を上がりながら私は、

   ”notesあた~らしい、あーさがきた!きぼ~うのあさ~だ!”

   ”もう、朝ですよ~!、起きてくださ~い!”と声をかける。

<懐かしいな~!>と聞き入ってしまった。

           ・・・この曲を感傷的な気持ちで聞く人はそうはいないでしょう。

少し前までの幸せな朝を思い出すと少し目頭が熱くなった。

・・・この曲で泣ける人もめずらしいかも。

  

次に、体操部分の音楽が流れてくる。

よく聞いていたら、ラジオ体操の曲は <日常生活が見えてくる歌だな~!> と感じた。

いろいろなメロディーの中に、ゆったり朝ごはんを食べている風景、

さあ、一日活動の始まりよ!と序奏があり、パタパタとお掃除する姿が見えたり、

仕事が一区切りついて、お茶しているところがあったり、

まな板の上で包丁をトントンして、お料理を作っているところがあったり、

何か思い悩むような場面があったり、気を取り直して、また頑張ろうと元気になったり、

運転しながらそんな風景がピアノの癒される音色に乗って思い浮かぶ。

      ・・・この曲、面白い!

体操をしながら聞いている時は、こんなこと思った事はなかったけど改めて、

一つの曲として聞いていたら、いろんな日常が見えてくるようで 想像の世界が広がった。

  

亡き夫と過ごした、かけがえのない幸せな日々を 私はこの曲の中に見ていた。

これを作曲した人はどんな事を思いながらこの曲を作ったのだろう!

                    健康に過ごせる喜びを歌ったのだろうか。

2009年6月28日 (日)

そう簡単ではないのですよ!

”大きなおめめちゃん、なかなか体重戻らないね!”

今日、友達にこんな事を言われた。

<死別の悲しみ、苦しみから立ち直るのはそう簡単にはいかないんだよ!>と 

心の中で私は答えた。

  

 そう、私は夫の突然の死から3~6か月で体重が10kgぐらい減った。でも、今は

少しづつ、食生活も元に戻りつつあるので、現在はその時と比べると2kgぐらい体重が

増えてきている。

それでも、夫が生きていたころに比べれば、かなりスマートになっているかもしれない。

           (このスマートになった私を夫に見てもらいたいけどね!)

当時もまあ、標準体重だったけど、体脂肪がオーバー。肥満の数値の32%を指して

いた。でも体重が減って、ほぼ標準の26%になって不幸中の幸いという感じ。

                             (下半身デブが解消されました。)

 夫との死別後の食事は、自分が頑張っていろいろな事をやらなければ!と その体力

維持の為にただ食事を取る感じだった。しばらくの間は、食事を取っている時も

おいしそうな物を前にした時の夫の笑顔が思い浮かんでは、込み上げてくる涙が

止まらず、栄養の吸収どころではなかったと思う。

夫が好きだった間食のお菓子類もその時から半年ぐらいほとんど食べる事もなくなった。

食べ物の総摂取量はかなり減っていたと思う。

            一気に体重が減ったのは、これが一番の理由かな?

   

 悲しくて、せつなくて、悔しくて、やりきれなくて・・・、その気持ちをぶつけるところもなく、

<どうしたらいいの?> と ただひたすら歩きまわったのが

現在日課としているウォーキングに繋がっていった。体を動かしていると気持が少しづつ

晴れて行く。気分が少しづつ前向きになっていくのがわかった。

それまでは運動という運動をほとんどしなくて、仕事もアトリエで座りっぱなしという生活の

運動不足も 夫の死をきっかけに始めたウォーキングで解消された。

 時が過ぎ、少しづつ死別のストレスが癒えてくると、食生活も元に戻ってくる。

おいしいと味わう余裕も!

   

 体脂肪が減った過程は悲しみが理由ということで納得いくものではないけど、今は

せっかく減って、標準値に近くなった体脂肪も亡き夫が私に

”健康でいてくれよ!”と言って、与えてくれたものに感じ、これを維持するように

適度な運動も続け、食べ過ぎににも注意しようと心がけている。

          まだまだ、元気に頑張って生きなきゃいけないものね!

2009年6月27日 (土)

自分が望めば!

”お前が望めば、人生は美しくなる!”

先日(6/21)の題名のない音楽館で聞いた言葉がここ一週間、私の頭の中に

残っていた。この言葉は佐渡裕氏が、バーンスタイン氏から言われたことばだそうだ。

   

 自分がそうありたいと望めば、道は開ける。

物の見方、考え方を変えるだけ(発想の転換)で、自分が美しいと感じるものに、

自分の身を置く事が出来るようになると私は解釈した。

         (勝手な私の解釈で間違っているかもしれない。)

 負の環境を嘆いているだけでは、暗い人生が待つだけ。

しかし、それを他の人が体験できないチャンスと取れば、何かエネルギーが湧いてくる。

それを一つの個性と考えれば自分にも自信が湧いてくる。

物事の考え方一つで自分の人生が変わっていくということ。

 

 自分の置かれたどうやっても変えられない負の環境を、負と捉えず、

他にはないチャンスと見て、チャレンジ!

人生は限られた時しか与えられていない。早くその事に気づいて、挑戦していった者が

「美しい人生」を手にすることが出来る・・・与えられたチャンスは逃すな!

           ”自分が望めば、人生は美しくなる!” いい言葉を耳にした。

2009年6月26日 (金)

旧友が大活躍してたよ!

先日「長沢セツ・モードセミナー」の事をブログ記事にした時、調べていたら、私が

通っていた時、同期入学し、一緒に絵を描いていた友達がイラスト界で

大活躍している事を知った。あれから気になって、その旧友(Mちゃん)のことを

ネットでいろいろ調べてみた。

・・・pc

 Mちゃんは当時からイラストレーター志望で、一生懸命絵を描いていた。

ある日、遅刻してきたから 

”どうしたの?” と聞くと、

”昨日、徹夜でイラスト描いてて、朝うとうとしちゃった!”

と、眠そうな目をしてそのイラストを何枚か見せてくれた。当時の私は、絵に対して

そこまで情熱がなかったので、

 <夢中になり徹夜してしまうほど絵を描く事が好きなんだ!>

<これ位絵を描く事が好きでないとイラストでプロを目指すことは出来ないんだろうなー>

と感心し、あの細い体のどこにそんなパワーが潜んでいるのだろう?

                  ・・・かなりの刺激を受けた。

 また、夏のある日、Mちゃんの下宿に何人かで泊まり込み、

”みんなで何か一つの作品を作ろう!” って言って、夏の海をテーマに徹夜で

パネル一枚のイラストを仕上げた思い出も。

構想から描き上げるまで、いろいろ議論を交わし、色づけが終わるころには

朝になっていたという訳。一枚の絵はみんなに分けられないからと 次の日、

<みんなで描いた作品を写真にして記念に持っていようね!>

と、その絵を囲み、セツの中庭でみんなで写真を撮ったりして!

  

 そのMちゃんが今やイラスト界で大活躍をしている。色々な人のMちゃんの事を書いた

ブログを読んだけど、みんなに憧れられるほど、活躍している。

イラストの本も出しているようだ。

 数知れないほどいるイラストレーターの中で名前が売れるほどになるのは大変なこと

だっただろう。腕を磨くはもちろん、出版社へ作品を持っての売り込み等々、

売れるまでは、かなり頑張ったんだな~と思う。

 イラストを続けている事は知っていたが、ずっとご無沙汰だったので、

ここまで売れているとは・・・。

セツを卒業したばかりの頃の私は、イラストを見るといつもイラストレーターの名前を

チェックしていたんだけれど、最近イラストレーターの名前までチェックしていなかった

から、彼女の活躍を知らなかった。

 これだけ売れているのだから、きっと、どこかでMちゃんのイラストを

目にしていたと思うけどね。(冷たい友達ですよね!)

  

本当にびっくりしましたよ。すごいですね。

・・・Mちゃんの頑張りにショックです。スタート地点は一緒だったのに

                        ・・・今の自分が急に小さく見えて。

   

 しかし、私が今こうして夫を亡くし、停滞しているこの時期に

急に長沢セツ・モードセミナーの事を思い出したり、当時一緒に学んだMちゃんが

イラストレーターとして活躍している事を知るというのは、偶然開かれたページではなく、

亡き夫か神様が 私に何かを伝えようとしているのではないだろうか。

ずっと、全く頭の片隅にもなかったのに急に頭に浮かんだ、私のスタートライン。

・・・忘れかけていた何かを思い出すよう言っているのか?

仕事への大いなる夢を持っていた原点に立ち返り、

       もう一度やり直す時が来た事を教えてくれているかのよう。

 ~ book ~ 「長沢セツ・モードセミナー時代の私」 ~

          この開いたページを大切に、ここでもう一度じっくりと考えてみたい。

2009年6月25日 (木)

心の健康の為に!

夫の死があってから、何となく色々な事を我慢してきたというか、

押さえてきた部分がある。

 <もう、夫はいないんだからこんなことをしても・・・>

 <一人だから、これを買ってもしょうがないかな?>

本当はやってみたいのにやめてしまったり、本当は買いたいのに我慢してしまう。

突然の夫の死が私にも、もしかしたら明日は無いかもという気持ちを植え付けた。

そんな気持ちが <・・・・・しても、無駄かな?>と思わせる。

  

 その時々は ほんの些細なことなんだけど、積み重なって来ると自分でも気が

付かないうちに、次第にストレスとなるのかな?

<何の楽しみも、もう得られないのか!>という考えが自分を追い込んで行く。

そしてドカ~ン!と凹みに入る。

そう、無駄と思い始めるとあらゆるものが無駄になってしまうからだめなのですね。

 なるべく、そうならないようにと、逆の発想に切り替えて、

  <明日は無いかも知れないから、今を楽しもう!>

  <私は、今 生きているんだから、やりたい事はやって、本当に欲しいものは

     手に入れたらいいよ!>

と、自分に言って聞かせる。(もちろん、お金の許す範囲で)

一人だから、もったいないではなくて、一人だからこそ、ちょっと贅沢かもしれないけど

それを買い自分の満足を得、心の支えにしてはどうだろうか。

            我慢しすぎは、心の健康の為に良くない!

2009年6月24日 (水)

小さな(?)ウソ

時々、ウソつきになる私です。

今日も一つウソをつきました。(懺悔のブログみたいね)

 習い事をしているサークルの友と話をしていた時、

夕食を何時頃取るのかという話になりました。

”17時から18時の間位かな”と 私が答えると、

”御主人と一緒に食べないの?”と、聞いてきたのです。

思わず、私は、”そうね!”と答え、加えて、”仕事で遅くなる時は、先に食べてしまうの!”

と言ってしまいました。(夫はもう死んでしまったのに!)

                  <私は嘘つきだな!>と思います。

時々、こんな小さな(?)ウソをついてしまいます。

ホントの事を言えばいいのにと思いますが、なんとなく

<深い付き合いの人では無いからいいかな!> と ウソついてしまうのですが、

ちょっとだけ後ろめたいです。

でもここで、”主人は亡くしました!”と私が言ってしまうと、

 ”エーッ!いつ?、知らなかったわ。 どうしたの?ご病気?、長く休んでらしたの?” 

なんていう質問が きっと次々に飛んでくることでしょう。それに答えるのも

<近しくない人に対しては今更わずらわしいかな!>

と思うところもあるし、その後きっと、

”かわいそうね!”となるだろう。ここから後の付き合いもそういう目で見られるんだろう

と思うと考えちゃうから、瞬間的にウソが口から出たんだと思います。

 実につまらないことだとも思うけどね。

        時々、こんな調子でウソつきになる私です。

2009年6月23日 (火)

続いてる、スロージョギング

先週(6月10日)のためしてガッテンの放送からずっと続いています、スロージョギング。

ウォーキングは一年ちょっと続けていますが、それにスロージョギングを加えて

やっています。

 ジョギングは「私、いかにもスポーツしてます!とアピールし過ぎる感じがして嫌なの」と

先日書いたけど、スロージョギングって 何か面白くて続けている。

スロージョギングという分野を知らなかった頃は、

<ジョギングなんて無理だわ、私には!> なんて思っていたのにね。

  

 人に見られない所はジョギング、前方に人が見えるとウォーキングに切り替えて

全体で1時間ぐらい。スロージョギングはなるべく10分×3回になる様に走る。

でも最近は続けて走りたくて、なるべく人と逢わなくて、防犯上安全な所を探して

走っているような状態です。

  

結構楽しいです! ・・・ジョギングがこんなに続いた事は今までにありません。

・・・人と逢う事がなかったら一時間近くは走れるかも?

速筋を使わない事で疲れにくいというのに加え、”ゆっくりでいい!”というところが、

気持ちをリラックスさせてくれているのもありますね。

走り終わると、汗びっしょり!かなりそう快感が得られます。

 でも、これからの季節は、coldsweats01汗かきの私には汗をかきすぎてしまって、

ちょっとカッコ悪いからウェアとか何かいい方法を考えないといけないかも!

2009年6月22日 (月)

「長沢セツ・モードセミナー」

ふと、この名が頭に浮かんだ。懐かしいな~!

・・・突然なぜ!「セツ」の事が思い出されるのだろう?

      ? ・? ・?

あの学校で生活は、その後の私にかなり影響を与えてる。

         「長沢セツ・モードセミナー」 面白い学校だったなー。

 学校と言っても、机に向い先生の話を聞くというのではない。時間になると、アトリエで

10枚ほどのB4サイズの画用紙をべニア板のガバンに乗せ、ひたすらクロッキー。

10分間で人物を鉛筆の線一本で描く。モデルのポーズを変えて、

自分の好きなアングルを探し、台の上から、椅子の上から何回も繰り返す。

話をする事もなく、ただ、画用紙の上で鉛筆を走らせる音だけがアトリエに響く。

 先生も混じって、顔のデッサン・モデルデッサン・水彩画・石膏デッサンと授業が始まると

ただ黙々と描いているだけ。・・・先生の講義があって教えてくれるというのではないのだ。

 定期的に開かれた合評会でみんなの作品を一同に並べ、その時初めて、セツ先生が

それぞれの絵について評を言ってくれる。

 みんなの作品を見て学ぶということがこの学校の面白い所だった。私は、なかなか

いい評は貰えなかったが、人の描いたものを見て学んだ事はとても多かった。

  

 長沢セツ・モードセミナーといって、欠かせないのは、「コーヒーブレイク!」

・・・休憩時間になると吹き抜けロビーの2階にあるサロンにみんな集まる。

カウンターの向こうで先生方が入れてくれるコーヒーを買い、先生を交えみんなで楽しく

会話しながら時間を過ごす。会話は弾み、いつも笑いが絶えない。

今でもその時の楽しかった様子が目をつぶると、見えてくる。将来の夢、イラスト、

絵画のこと、ファッションの事など、いろいろ語り合った。

       confident・・・いつもみんなパワー全開だったような。

                特にセツ先生の周りはいつも賑やかだった。

 ある時、私は ”今日は、お金がなくて朝食抜きでした。” と コーヒーを飲みながら、

セツ先生を交えて会話をしていたら、先生がフランスパンのチーズトーストをその場で

すぐ作って下さり、

”これ、食べなさい!”と私にくださったことがありました。心優しい先生でした。

  

 そんな、長沢節先生は<今どうしていらっしゃるのだろうか?> と 

ネットで調べていたら、ある方のブログに1999年6月23日に亡くなられたと

書かれていました。・・・・・知らなかった!・・・誠に、残念なことです。

  

 いつもキャップをかぶり、スリムなパンツ姿の先生、眼鏡の向こうにある瞳は、

茶目っけたっぷりでした。

笑顔で ”何だ、お前!” と、いつも気さくに声をかけてくれて!

長沢節先生の御命日の近くに、セツ・モードセミナーの事を思い出したのも

何かのお導きと感じます。

  大変遅れてしまい申し訳ありません。

          セツ先生! ・・・ごめんなさい。     

            長沢節先生のご冥福をお祈りいたします。

                                     合掌

2009年6月21日 (日)

車は、天国の夫に送ったよ!

 あるべきところに一台の車が無い。

我が家の駐車場に車が入っていない。(先日、売ってしまったから当たり前なんだけど)

その空間が妙にが広く感ずる。

何だか、夫が乗って出かけていて、まだ帰ってこないという錯覚に陥る。

        ・・・変な感じだ。

 ちょっと家を留守にして帰って来た時、駐車場が空になっているのを見て、

<まだ帰ってないんだ!>と、何度も思った。

 今朝、お仏壇に手を合わせている時にふと、頭に浮かぶ。

      ・・・<そうかー、亡き夫が乗って行ったんだなー!> と 思えばいいんだ。

亡き夫との思い出が詰まった車をなかなか手放なせず、一年半も手元に置いたけど、

夫は待っていたのかもしれない。きっと今頃は、先に天国に行った おじいさま、

おばあさま、お母さま、お父様を愛車に乗せて、ハンドルを握る夫は

<いい車だろー! とても気に入って買った車なんだ!> なんて自慢しながら、

実家までドライブしているかもしれない。

みんな笑顔でニコニコしながら会話をしている様子がここから、私にも見えるようだ。

 <車をそっちに、送るのが遅れてごめんね!>

              思わず、そんなことばを 私は頭の中でつぶやいた。

   

   亡き夫は、きっとこの時を待っていたのだろう!

        ・・・そう思うと次第に私の心の靄は晴れて行く。

2009年6月20日 (土)

やっぱり、この仕事が好き!

亡き夫の愛車が無くなって凹んでいる私に、仕事の依頼の電話が入る。

  

”どんなデザインにしようか?” お客様とあれこれと話をする。

”こんな感じは?こんな素材を使ったらどう?” と やり取りが。

会話をしながら、いろいろなデザインの構想が頭に浮かぶ。電話を切ってから、

仕事の話をしている時を楽しんでいた自分に改めて気づいた。

 やっぱり、私はこの仕事が好きなんだ。夫の死から仕事をしていても、以前より

楽しめない。それどころか苦痛を感じる時もあったけど、仕事をすることで、

悲しみから救われていたところもある。

こうして、仕事の話をお客様としている自分は いつもよりテンションが上がっている。

沈んだ気持ちも、瞬時にしてどこかへ消え去っている。

 この気持ちを大事にしなくてはいけないと思う。辛い事があっても、こうして何かに

打ち込む事が出来る機会のあることに感謝しよう。

      ・・・ほんの少しの楽しみでも、心は救われる時がある。

2009年6月19日 (金)

沈んだ気持ちが解放される時!

その事以外何も考えず、何かを夢中でやっている時は 沈んだ気持ちから解放される。

  

 夢中で仕事をしている時、夢中で庭の手入れをしている時、

                ウォーキングしている時、スロージョギングをしている時。

入り込み過ぎて、自分が疲れているのか、どうなのか良く分からなくなってしまうぐらい

夢中になって・・・。特にウォーキングやジョギングの時などは、疲れた自分に

もう少し歩こうとか、走ろうとかまた新たな負荷を与えてそれを達成する事が、

妙な安ど感となっている。亡き夫への謝罪の気持ちが疲れている自分に負荷を耐える。

それを受け入れる事で私は心の解放を得ているように感じているのかも知れない。

  

 疲れ果てるほど歩いたり、走ったりすると、体はフラフラなのに、気持ちは晴れている。

流れる汗が、沈んだ気持も一緒に流してくれているようだ。

特に、最近始めたスロージョギングは気分を爽快にさせてくれる。

         ・・・今の自分には体をこきつかう事が 薬になっているみたいです。

2009年6月18日 (木)

決断の捺印

いよいよ決断!車の売買契約書に捺印。

・・・売ることにした。 半年考えて出した結論だから、間違いはないはず。

  

 夫と死別後、すぐはとても手放す気にはなれなかった。

でも今日、夫の死後一年半私を支えてくれたこの車に感謝してお別れです。

いつかは、手放さなくてはいけない車だ。

<これでいい!、これでいいんだ!>とようやく決断。

次のステップを踏むにはこれでいい。何度も繰り返し自分に言う・・・大丈夫だよ!

  

 もう、振り返らないようにしようと思う。

           ・・・思い出は大切に心の中にしまっておこうと思う。

 夫が逝ってしまい夫との永遠の別れがあり、

そして次に夫と仕事休みのほとんどを費やし、夫と二人で一生懸命手入れした

夫の実家と実家の畑を亡き夫の兄弟に譲ることを決断し、辛く、悔しい気持ちを

心に封じ込め、印を押した。

今、また夫との思い出の車を手放す。

   

     あの時から大切なものが一つ、一つ私の前から・・・・・無くなっていく。

   

これが、本当に夫が死んだという事なのだろう。 ・・・現実は厳しいんだね。weep

でも、「夫の死」以外は、すべて私が考え抜いて、この方法が<私にとって一番いい!>

と結論を出し、最後の決断の印を捺印したもの。

 それでも悲しみが無い訳ではないし、悔しくない訳はない。切ないし、何ともたまらない

気持ちも引きずる。

でも、こうすることが一番いい道と自ら決断を下したという事が

その後の自分を支えていく。

  ・・・自分で・・・決めたことだから、・・・これが一番いい方法だったから・・・

「自分で決めた」という事が 過去を振り返りそうになる自分の支えとなり、

今何とか前を見る事が出来きている。辛さも 切なさも 悔しさもみんな

「戻る事の無いこの現実へ」であって、これらの決断結果ではなく、

その決断をしなければならなくなった・・・「夫の死」に対してである。

   

 いずれの日にか、夫の死への気持ちが癒えて来た時、

こうならざるを得なかったこの状況に対する辛く、切ない気持も消えていくのだろう。

 しかし、凹みは当分の間は引きずりそうだ think

 

2009年6月17日 (水)

愚痴って、嘆いて 次へGO!

・・・私は元気です!

人前ではいつもそんな顔をして、私は立っている。

突然夫に死なれて、まだ一年半。

    心から笑えた日が何日あっただろうか?

    心から楽しめた日が何日?・・・??     ・・・本当に数えられるほど。

 元気に見せていないと自分がダメになってしまいそうに思うのと、

”あの人は、夫を亡くしたかわいそうな人なのよ。” って見られるのも不本意だからと 

虚勢を張っている。 ・・・だから、人と会う事が多いと とても疲れる。

 でも、何かいつもと違う事して気分転換をすると少しだけ、心が重たくなった自分から

抜け出せる気がして いろんな場所に機会があれば出かけるようにしている。

実際、何か夢中になれる事に出会えると、いい充実感を得る事が出来るのも

本当のところ。

  

 しかし、こんな状態だから、人と会話があった時、自分とは違う世界のことを話して

いるように、聞こえる時がある。今の自分は、

<亡くした夫の存在を どう自分の中に置いていくかという事が最大の課題>

という世界に居るから、それ以外の話にはどうしても心から入り込む事は出来ない。

普通に暮らしている人から、夫の事、家族の話が楽しそうに出た時など

当然交わる接点がないのだ。

    ・・・そんな時はそれが仕方の無いことだとわかっていても気が重い。

ただ、その場を繕うための笑顔を作り時間が過ぎるのを待つ。

家に帰り一人になると、ホッとする。語る相手も今はもう居ないが、愚痴や嘆きを呟く。

<今日の話題は、私には入り込む事が出来なかったよ!>

<どうして、あんな話ばかりするのかなー>

しかし、愚痴っても嘆いても現実は何一つ変わらない。

<じゃあ!自分はいったいどう接してもらいたいの?> と 考えると、

今の自分の話をしたくもあり、語りたくもなしと・・・わがままな自分がいつもそこにいた。

  

 そうなの!・・・相手が悪いのではなく、自分自身が勝手に住み分けをしてしまっている。

<この人達と自分はは違う。この人たちは夫がいて幸せな家庭がある> と 勝手に、

住む場所の世界を分けてしまって、自分から相手の話を受け入れていないだけみたい。

<幸せな家庭生活、夫の自慢じみた話は聞きたくない>と

夫と死別した自分を守るためにバリアーを張る。

それが、虚勢を張っていない本当の自分の姿で、家から表に出て人と接しているけれど、

心の引きこもり状態」の私・・・といったところが正解か?

  

 人にはいつか愛する、大切な人との永遠の別れが必ずやって来る。

今、こうして別の世界に住んでいると思える人も、 いずれいつかは今の私と同じ体験を

するのだろう。

本当は違う世界も同じ世界も最初から無く、ひとつの世界。

              でも、夫との死別体験の時期がちょっと違っているだけ。

ただ、それだけなんだから自分の置かれた現状を嘆くことなく、

守るべきバリアーもいらないはず。今の自分を出していればいいんだ。

 自然体で、無理をせず、今の自分のままでもいいから、機会を逃さず、輪の中に

足を踏み入れた方がいい。

人と接していたら、そのうち、心の引きこもり状態も溶けていくかもしれない。

何のわだかまりもなく、会話をすることが出来るかも知れない。

いけないのは、家から外に出なくなってしまう事。

 「 外に出て多少傷つくことがあっても、一人で愚痴って! 一人で嘆いて!

   ・・・それでおしまいにすれば、それでいいじゃない!

                 気楽に考えて、毎日アンテナを外に向けようよ!」

最近、少し精神的引きこもり気味の自分にかつを入れる

2009年6月16日 (火)

私の庭木の害虫対策

梅雨に入り、雨は少ないものの気温がだいぶ上がって来た。

そろそろ、注意しないといけない季節だ。

     ”何を!”って、もちろん庭木の害虫の事。

  

 先日テレビでも東京の公園や民家の庭のサザンカの木に「チャドクガの幼虫の毛虫」が

密集して大量発生して、葉っぱを食い荒らしたり、知らないで近づいた人が刺されて、

腕に赤い発疹がいっぱいプツプツ出来ている様を流していた。

 幸運にも我が家では、今までチャドクガは発生した事は無い。

その代り、ここからの季節、垣根の白樫やハナミズキの葉に

「イラガの幼虫(毒針を持った毛虫)」が付く。

             正式名称は「ヒロヘリアオイラガ」だったかな。

  

 今年は剪定して風通しを良くした時期が良かったのか、雨が少なかったからなのか、

まだ我が家にイラガの発生は無い。

ヒロヘリアオイラガの幼虫」・・・ 

 (刺されるとピリッ!とした痛みが最初に来るので通称”電気虫”と私たちは呼んでいる)

チャドクガほどではないが発生時は一枚の葉っぱに無数の毛虫。

ヒロヘリアオイラガは黄緑色で黄色っぽい筋が背中にあり、短い毒針を持った毛虫。

刺されると強烈に痛くて、その後 赤くはれ、かゆみがなかなか引かない。

 *刺されたと思ったら、絶対にこすらず、すぐにセロテープとかガムテープで

   ペタペタ軽く叩いて針を取り、水で流すとその後の経過が、ひどくならなくて済む。

 ヒロヘリアオイラガ若齢幼虫(2~10ミリの小さい時)は葉脈を残して食べるので、

毎日の水やりの際、注意深く葉っぱを見て、葉脈だけになって透けている葉っぱが

あるかどうか確認する。

    透けた葉っぱの裏側や その近くの葉っぱの裏側には、

              <ビッシリ小さな毛虫がウヨウヨ!>という訳です。

見つけ次第、薬(スミチオンを水で薄めた物)を散布する。

一本木に発生したら、他にも見落としている木もあるかも知れないから 

他の白樫全部に散布。特に葉の裏側に!

(この小さい時期に退治しておくとかなり有効!)

 これがヒロヘリアオイラガ終齢幼虫(2~3センチほどの大きさ)になると、

集団行動から、一匹づつになるので見つけにくくなる。

それに木のいろいろな場所に散らばるので見落として刺され易い。

(幼虫は葉の色とほぼ同じような色をしている。)

   

 大きくなったこのサイズの幼虫は、葉っぱ全体を食べるようになるので、

欠けた葉っぱの裏に目を配ると探し易い。後は木の下や周辺を丹念に見る。

黒緑っぽい糞が落ちている時は木の葉の裏側を探してみると必ずいる。

イラガが小さいうちは1~2ミリほどの小さい種の様な糞だが成長に従って、

糞も大きくなり、5~6ミリ位のギザギザした丸い糞が落ちているようなら、

3~4センチのイラガが居ると思って間違いない。

 葉に直接触れないように葉っぱの裏を丹念に探して、殺虫剤を散布するか、

柄の長い火ばさみでつまみとって退治する。(長袖、手袋、帽子、マスクは忘れずに)

 とにかくイラガは葉っぱと同じ色をしているので見つけにくく知らないで枝の剪定して、

触れてしまうと大変痛いし、後で腫れて痒くなるので注意。

   ・・・この時期の剪定は、切りたい枝の葉っぱの裏を見て

                      イラガがいないか確認してからね。

  

 一回の薬剤散布ではダメで、この時期と後2か月ぐらい過ぎたらもう一度散布が必要。

(二度繁殖期があるみたい?)

ここからの季節はこのイラガとの奮闘が続く。

  

 これに比べるとモッコクに付く「ハマキムシ(葉巻虫)」は 刺されないだけいいかな! 

モッコクの葉巻虫が5月に一度かなり発生したけど、先月選定時に葉巻虫の付いている 

葉っぱと 葉と葉がくっ付いた枝は全部取ってしまい、

木全体の風通しもかなり良くしたので その後、今までの再発生は抑えられている。

今度見つけたら、すぐに、オルトランの水溶液を散布しようと思っている。

  

 害虫駆除もなかなか一筋縄ではいきません。

毎日、水やりの時に気を付けて、害虫がついていないか、木を見てあげて、

早めの対策が一番のようです。

アリが木に頻繁に登って行くようなら

   ”エー!アブラムシがビッシリ!” 何ていう事もありますからね!

2009年6月15日 (月)

スロージョギングにトライ!

6月10日のNHKの「ためしてガッテン」でスロージョギングの特集があった。

血糖、血圧、尿酸値などの数値を下げ、生活習慣病改善効果があるという

スロージョギング。・・・脳の活性化にもいいらしい。

  

 いろいろいい事がいっぱい有るみたいと放送翌日から今日まで5日間ためしている。

(スロージョギングの詳細は、「NHKためしてガッテン・スロージョギング」検索を!)

スロージョギングとは簡単に言えば、文字どおりゆっくり走る。

しかし、ある筋肉を使わないように走る。

    筋肉には瞬発力のある速筋持続力のある遅筋があり、

          その遅筋だけで走れば長く走れるという訳だそうだ。

実際には足のふとももの前の筋肉(速筋)を使わないで走るのだ。

速筋を使わない事で、疲労の原因となる乳酸の発生が抑えられ、ジョギングが苦手な人

でも走ることが楽しいくらい長い距離を楽に走れるようになるという。

  

足は蹴り上げずに地面を押しつけるようにゆったりした気持ちで

一緒に走る人がいればニコニコお話しながら走るぐらいがちょうどいいということだ。

きつかったら歩いてもOK!  ・・・一日30分を目標(10分X3回でもOK!)

 テレビを見ていたら、なんだかためしてみたくなった。

本当に苦しくならないのか? 次の日、実際に走って見た。・・・いける! ホントだ!

これぐらいの距離を普通に走ったら、本当に心臓がドキドキになるのにというところまで 

走ってもまだ大丈夫。これなら、苦手なジョギングもいけそうかな!って言う感じ。

 速く歩くウォーキングと速度はあまり変わらないが、消費カロリーはウォーキングの

1,6倍ということだ。効率がいいから、時間をかけなくても出来る計算になる。

 問題は自分の体が健康面で、これを受け入れてくれるかどうかということだと思った。

            ・・・急に走って、どこか悪くなっても困るしね。

様子を見ながら、少しづつトライしたらいいかなと思う。

  

 スロージョギングを続けた人たちの声で

<悩みが無くなった>・<怒らなくなった>・<決断力がついた> という意見も

挙げられている。スロージョギングが脳にも何らかの作用をもたらすらしいと、

今 研究中ということだ。

  

 しかし、ジョギングって いかにも ”私スポーツしてます!” って感じで、

周りにアピールし過ぎる感があり、どうもやりにくい。(自意識過剰か?)

        ・・・やはり、私にはウォーキングがいいかな。

さりげなく、体を動かしたい私にとってはお買いものついでのウォーキングの方が

人目を気にせず出来て、気が楽です。

2009年6月14日 (日)

車の下取り価格

今の車を手放し、新しくハイブリッド車の購入するかを考えるにあたって、

一応下取り価格の査定をしてもらった。

 買ってから4年半、来年の2月に2度目の車検、無事故車。

買った時の3分の1以下の金額だったので、ガッカリ。

”えー! もう少し何とかなりませんか?”と 交渉したが、

”車の価格は走行距離にもよりますが、3年で購入価格の半額あれば、良い方です。

 後は1か月に約3万円ぐらいづつ下がっていきます。” と 言われてしまった。

<そうなんだー!> 他の物もそうかも知れないけど、使ってしまったら、価値が下がる。

そのスピード速さに驚いた。

でも、そういう価格設定のシステムになっているんだとしたらしかたがないのかな。

まだチョッと納得できないけど!

  

・・・それでは、

今、売って新車を買うのと後5年乗ってから買うのと比較してみる。

たとえば、今の車を100万円で下取りに出し、新しく200万円の車を買うとする。

今売れば、200万円ー100万円で100万円で購入できる。

5年後の場合は、下取り価格0円になり、200万円+税金で購入。

単純計算でも、ハイブリッド車に乗り換えたいなら、エコカー減税もある今が断然お得

ということになるけど、そう単純にはいかないと思う。

今、新しくしても5年乗ったらまた<次のが欲しくなってしまうかも!> ということも

頭に入れておかなければね。

そうなると、どっちが得かは「その車に何年乗るのか?」 という事になる訳で、

あまり、考えすぎても結論は出ない事になる。要するに今、その車を

売りたいのか、売りたくないのか」ということと、

新しく車を「買う予算があるかどうか」という2点が決断のポイントですよね。

    

 その「売りたいか売りたくないか」が、私には難しい判断だから、査定して検討しようと

思ったのに これでは、考えがグルグル回ってしまって、”答えが出せな~い!!”

  

・・・車の下取り価格の設定はディーラー側にとってうまく出来ている様な気がする。

もちろん向こう側が決めるのだから、当たり前なのだろう。

次の車を考える人に一見、買って何年かしたらその車を下取りに出して、

新しい車に乗り換える方が有利だと思わせる価格設定。ディーラー側が新車を

販売しやすくしている様にも思えてくる。

      でも、一番得なのは一台の車を廃車になるまで乗り潰すこと!

                            それは分かっていますけど・・・ネ!

2009年6月13日 (土)

衣替え

遅ればせながら、そろそろ半袖の物が必要になり、タンスの中の衣替え。

これまでに暑い日があったから少しは出してあったけど、本格的に!

  

押入れの中の衣装ケースからクローゼットのタンスへ。

一生懸命運ぶのは、夫の夏服。

Tシャツにポロシャツ、サマーニット・・・着る人もない亡き夫の夏服を私は夫のタンスに

しまう。 <何をやっているんだ>と 思いながらも続けている。

季節が変わるごとに、何回この意味の無い作業を続けるのだろう。

でも、・・・私には意味があるのかもしれない。

これをしないと夫の物が本当に無駄なものになってしまいそうで、いやなのかも。

  

 冬物の一度も袖を通す事のなかったセーターをしまい、着る人のいないTシャツを出す。

”今日はどの服を着ようかな?”と 私の服装を見て、彼なりに私とのコーディネイトを

楽しもうと、その日着る服を探していた亡き夫の事を思い。confident

2009年6月12日 (金)

YOKOHAMA

Yokohama<横浜>・・・夫と何回行っただろう。

買い物、食事、野球観戦の他、街の散策。

             ・・・船に乗って食事をした事もあったなーwine

   

 横浜が好きだった亡き夫。学生時代を横浜で過ごし、就職してしばらくの間、横浜に

住んでいた亡き夫。港町横浜の異国情緒漂うところが好きだったようだ。

同じく港町の神戸にも住んでいたことがある夫だったが

やっぱり、横浜をホームと感じていたみたい。

  

baseball プロ野球も横浜ベイスターズの大ファンで二人で何回か横浜球場へ応援に!

応援グッズを持って、ベイスターズのタオルを肩にかけ、もちろんビールを飲みながらの

野球観戦。テレビでは味わえない雰囲気に大いに盛り上がり、二人とも大きな声を出し、

応援する。私たちが行った時はほとんど横浜が勝った。

       ・・・いつも最下位あたりをウロウロしているベイスターズなのにね。

    ホームランが何本も出た時も。

      ホームの試合は結構ベイスターズが勝つ事が多いのかな。

  

・・・そんな私たちの思い出の詰まった街、横浜!

夫が亡くなる半年前、一昨年の今頃の三渓園の散策と

横浜球場でのセパ交流戦のナイター観戦が夫と行った最期の横浜になってしまった。

”また、買い物に行きたいね!”と 言っていたのにね。

 今度は私が一人で、横浜の街を歩く事になっちゃった。夫が亡くなってから、

夫と歩いた道をもう一度と 思っているのだけれど、なかなか行けないです。

 開港祭で盛り上がる横浜のニュースを見る度に<横浜に行かなくちゃ!> と

思ったけど、まだ、足が向いていない。

   

ヽ(´▽`)/ 楽しい思い出がいっぱいの横浜、夫の笑顔がいっぱいだった横浜の街。

・・・私も大好きな街です。 そろそろまた横浜の空気が吸いたいです。

2009年6月11日 (木)

負けました!

夫の死から少しづつ前に進んでいるつもりだが

       まだまだ停滞してしまっている私のようです。

・・・負けました!

今住んでいる私の家の近くに私と同じ仕事をしている人がいる事をタウン誌て知った。

その人はタウン誌の写真を見る限りでは、私よりも少し若い人。

タウン誌にはホームページアドレスも紹介されている。ホームページも覗いて見た。

こんなものか(失礼しました!)というものだったが、

            <積極的にPRしているなー、私は負けている>と思った。

「人の人生に勝ち負けは無い」と 私は考えている。

         ここで負けたと言っているのは自分にという事。

  

・・・私はなかなかそこまで積極的に宣伝していない。

アトリエには看板も出していないから、近くに住んでいる人も私がこんな仕事を

しているとは知らない人がいるだろう。

 今は結構、口コミで入る仕事で仕事量が適量になるので これでいいかなと

それ以上の事をしていないが、先の事を考えると、宣伝も必要かなと思うところもある。

近くで同じ仕事をしている人に、先行されてしまうとなんとなく、ここで自分に焦りを覚える。

現状に甘えてのんびり?仕事をしている自分は・・・これでいいのか。

  

 自分もやらなければ・・・でも 今の私にはそこまでのパワーが今一つ出てこない。

夫の死という現実に甘えているのだろうか?そんなことも思ったりする。

夫が生存中に看板を出してやろうかという話もでたのだが、

”そこまで、しなくてもいいんじゃないの!”という夫の意見があり、今でも看板は無い。

現状から抜け出そうとしない、私。

         ・・・やはり、私は自分に負けているような気がする。

・・・しかし、私はホントのところまだ、毎日、毎日を乗り切るのにイッパイ、イッパイと

いうところだ。

 

 夫の突然の死が無かったら、私はいったいどんな風に仕事をしていたのだろうか?

note・・・あなたの夢をあきらめないで~note と歌う 「夢をあきらめないで!」という歌が

昔あったけど、私の夢は何だったのだろう?

夫の死のショックがあってからか、どこかに置き忘れてしまってしまっているような

気がする。そんな事をいろいろ考えさせられた

タウン誌の広告だった。

2009年6月10日 (水)

月命日の墓参り

月命日のお墓参り、今月は仕事の関係で少し遅れて今日になってしまった。

最近少し、気分が停滞気味の私、本当は月命日の日に行こうと思えば、

何とかなったのだけれど、その日どうしても体が重くて

            <今月は行かなくてもいいかな>なんて考えていた。

でも、私の心の落ち込みがひどいこんな時は きっと亡き夫が待っている時に違いないと

思い、今日になって出かけた。いつものように時々、歌を口ずさみながら車を走らせる。

     ・・・途中、意味もなく何回か涙がこぼれた。

     

 梅雨に入って、雲行きもあやしい。天気予報ではお昼位から雨が降り出すと言うので、

庭に咲くあじさいを切り、お供えしようと持って、9時には家を出た。

お寺までは車で1時間弱、雨が降り出す前にお墓参りが出来るはずだった。

 しかし、お寺に着いたら、ポツポツと雨が降り始めた。

<まあこれくらいなら、大丈夫かな!>と、お参りを始める。

  

 まずは、本堂をお参りして、次は位牌堂にお参り。

外に出ると、先ほどとほぼ同じぐらいの雨。

<良かった!これで、お墓参りのお線香が消えなくて済む>

と、思いながら、持ってきたあじさいの花束を

<お庭に今年もきれいに咲いたよ、ありがとうね!>

と お供えして、お水をあげ、ろうそくに火を灯しお線香に火を取っている時だった。

 急に大粒の雨が降り出して来た。次第に傘に当たる雨音が大きく激しくなる。

お線香をあげて、手を合わせていたら rain どしゃ降りになってしまった。

<月命日に来なかったから、寂しかったの?>

<私が最近、頑張っていないから悲しかったの?>

rain 雨が降るといつも、なんだか亡き夫が雲の上で涙を流している様に 私には

思えてならない。しかも、今日は大泣きcrying

・・・お線香の火が消えてしまいそうなのでしばらく ろうそくとお線香に傘をさして、

  <ごめんね、遅れちゃって!私は、元気に頑張るからね!

                      だから、もう泣かないでね!>

そう 心に思いながら、その場にじっと立っていた。

風はなかったのに、地面から跳ね返る雨で膝から下が数分で、もうビショビショ。

まさに バケツをひっくり返したような雨だった。

   

車に戻り、濡れた靴下を脱ぎ、サンダルを拭いて出発。

ワイパーは最速、かなりの雨で視界も悪いのでスモールランプを点灯して、

少し速度も落とし車を走らせる。しばらく車を走らせると空が明るくなってきた。

雨もほとんど止み、車のワイパーもライトもOFFにする。

  

<先ほどの雨はなんだったんだろう。やっぱり、〇〇○が雲の上で大泣きしてたんだ>

その後、家まで雨が降ることはなく、それどころか昼過ぎから、薄日か射してきた。

2009年6月 9日 (火)

亡き夫の大好物・・・枝豆

出回ってきました、亡き夫の大好物の枝豆。

まだ、ハウス物だと思うけど、地場産の枝豆がお店に並ぶようになった。

いよいよ、我が家に枝豆のシーズン到来!

早速買って、茹でて塩をふり、主人の御仏前にお供えです。

  

・・・茹で方にこだわって自分で枝豆を茹でるほどだった亡き夫。

亡き夫の言っていた通りに、慎重に茹でる。

  豆の歯ごたえが少し残っている程度に!

枝豆を入れた鍋が沸騰したら、タイミング良くざるにあげ、

熱いうちに塩をまんべんなく振り出来上がり。

(お下がりを頂きましたが、旬のものに比べると風味がまだ足りないですが、

    初物でおいしかったですdelicious。)

晩酌にこれさえあれば、ご機嫌な夫でした。

          枝豆をつまみにビールを飲む夫はもう、ニコニコ!

             ”最高だね!” 毎回この台詞が出ましたね。

 そんな夫が一番喜んだのが、新潟に転勤で行った時でした。

おいしい枝豆がたくさんありました。種類が豊富なのです。それまで、枝豆にいろいろ

種類があるとは知らなかった私は、新潟に行って、スーパーで悩みました。

どう見ても枝豆が並んでいるのですが、POPには 「香り豆」 と書いてあるのです。

<カ・オ・リ・マ・メって何?、枝豆じゃないの?>

これは、やっぱり私には枝豆に見える。・・・think 悩んでしまった。

 そこで店の人に確認。枝豆の数ある品種のひとつでした。早速、購入して茹でていると、

名前の通り とってもいい香りがしてくる。口にすると、香りが味を一層引き立てる。

味も今まで食べていたものより濃い感じがする。 

夫は”おいしいなー!これ!” と感激しまくり。

他にも、・だだちゃ豆(山形が発祥みたいけど、新潟にも)

     ・茶豆(薄皮がほんのり茶色がかっている)

     ・丹波の黒豆の枝豆

      (9月~10月頃の枝豆のシーズンの終わり頃出回る。)

ちょっと思いつくだけでもいくつか挙げられるけど、どれも、かなりおいしかったです。

今住んでいる所だと枝豆のシーズンは8月末頃までなんですが

新潟では、10月まで枝豆を楽しめたのが 亡き夫には何よりもうれしかったようでした。

ほぼ、毎日のように枝豆を食べた私たちでした。

             それも大盛りで!

・・・でも新潟の人たちも枝豆が、大変お好きなようで

打ち豆とかいう、保存食にして冬場まで食べていました。

     ・ ・ ・

 枝豆のおいしい新潟では、当然のこと大豆もお豆腐もとっても、おいしかった。

特に豆腐は、大豆の香りがして味が濃く、最高においしい。最近の豆腐は水っぽい

物が多いけど、ここのは適度な歯ごたえがある。

    ・・・噛んでいると大豆の風味が感じられてくる。

 同じ値段でも新潟の豆腐は今住んでいる所のものと比べ物にならないほどおいしい!

新潟ではどこで買っても当たりハズレがあまりなかったから、

             新潟の豆腐=おいしいと私たちは結論を出したのです。

      

 最近は、時期になるとこちらのスーパーにも 新潟産の枝豆が並ぶようになりました。

地場産の枝豆に比べると、少々価格は高めですが、あの味を又、味わいたくて 

見つけるとついカゴに入れてしまうのです。

       (さすがに豆腐は物産展の時しかお目にかかれませんが)

 後、一か月ぐらいしたら、また新潟産の枝豆が店頭に並ぶと思いますが、

今から楽しみです。

そんな枝豆は、いつからか亡き夫にも負けないほど、私の大好物にもなっていました。

2009年6月 8日 (月)

音の持つ楽しさを発見!

昨日、先輩のピアノコンサートに行って来た。

ゲスト(サティー学院会員の方)とのジョイントコンサート。

会場は、街中から車を30分ほど走らせた、郊外にある緑に囲まれた小さなホール。

  

 だんだん山が近くなり、木々の緑が濃くなり、車がすれ違えないような

細い道になってくる。

<こんな所に音楽ホールがあるのかな?> と少し心配になるような所だった。

ホールまでの緑に囲まれた景色が日常の世界から

          徐々に音楽の世界に案内してくれるかのよう。

  

notesサティーとラヴェルのピアノコンサート

サティーの演奏会はピアノの連弾から始まった。

演奏を聴いていたら次第にサティーとラヴェルの音の不思議な世界に引き込まれていく。

 何かいつもと違う感覚が私の中にふつふつと沸く。

・・・音って不思議だ!(再発見!) どうしてこんなにいろいろな表現ができるのだろうか。

もちろんピアニストの素晴らしいテクニックと感性が

                   音楽を表現しているということなのだろうけど。

ただ、一つ一つの音が組み合わさり、音の長い短いがあって、強弱がついて

音楽が作られているのだけなのに、不思議な世界へ連れて行かれるような感覚を

覚えたり、楽しく聞こえたり、一人寂しくその場をさまようかのように聞こえたり、

実におもしろいと思いながら私は、聞いていた。

一つの音がポーンと放り出されるだけでは 何にも感じないかもしれないけど、

いくつかの音が音程を持っていろいろに表現されることにより、

                       聞き手の中にさまざま感情が生まれてくる。

・・・notes・・音が語りかけてくる様だ。

音に言葉なんて無いのに、・・・どうしてこんな風に感じるのだろう?

音の信号を、脳が感じ取るのだろか?

<この音とこの音の組合せは楽しいという事、

        この音とあっちの音の組合せは悲しみだよ!>

そんなふうに脳が判断するのだろうか?  ・・・実に面白いな!

そんな音の持つ面白さと、話を聞いたり、本を読んだりという自分の経験が交わると

今度は情景が見えてくる。自分が行った事もない いろいろな世界を

旅する事が出来るようだ。

・・・ピアノが奏でる音により、不思議な世界を旅した感じ。

 長いこと音楽に触れてきたけど、私は今まで、こんな単純な疑問を持った事は

なかった。

それだけ、今日の演奏が音の持つ楽しさを表現していた演奏だったのではと思う。

(もう一つ、昨年の夫の死から物の見え方・考え方が

                     少し変わった私だというのもあるかもしれない)

   ・ ・ ・notes・ ・notes

 そんな、昨日のコンサートは演奏を聴きながら、

音の楽しさを満喫出来た素敵なコンサートだった。

2009年6月 7日 (日)

梅の実(その二)

引き続き青梅の我が家の利用法を紹介。

梅酒、梅ジュース、梅の蜂蜜漬け、梅肉エキスです。

・・梅酒

  (青梅1kg、氷砂糖500g、ホワイトリカー1,8L)

①梅を洗い、下手の部分を竹串の先を使って取る。

 布巾で一粒づつ周りについた産毛と水分を拭き取り、

 梅のエキスが出やすいように針でプツプツと刺す。

②容器を洗い、きれいに水気を拭き取り、

 ホワイトリカーを少し入れ、容器を廻しながら、全体にいきわたらせ、捨てる。

        (容器の殺菌の為)

③氷砂糖と梅を交互に入れ、ホワイトリカーを注ぐ。

 これで蓋をし、冷暗所に置く。半年から一年で出来上がり。

 一年以上置いた方が香の深い梅酒になる。

  

・・梅シロップ(青梅、氷砂糖適量)

  (適量というのは保存瓶の大きさに比例。

         保存瓶に青梅と氷砂糖を入れ、7,8分目位の量)

① 梅酒作りと①、②までは同じ

②保存用の瓶に梅と氷砂糖を交互に入れ、最後は氷砂糖で梅の実が隠れるように。

 水分が上がってくるので ビンの上部には3,4センチほど空けておく。

 (氷砂糖を適量としたのは甘みはお好みという事ですが、

   極端に少ないとカビ易いので注意)

③蓋をして冷暗所に置く。上がって来た水で梅の実が隠れるまで毎日点検し、

 ビンを揺すり梅全体に汁が回る様にする。

 (何日たっても梅のエキスが出て来ない時は、

    氷砂糖を足すか、ホワイトリカーを少し足す。)

氷砂糖を主にして、ホワイトリカーはアルコールですから

            あくまでも殺菌程度のほんの少し、足し過ぎない様に。

④梅の実が浮いてくるので時々、揺すって梅に汁を絡ませる。

   (これをしないと、カビが発生しやすい)

 一か月ほどで澄んだ薄茶色の梅シロップの出来上がり。

  

・・梅の蜂蜜漬け(青梅、蜂蜜適量)

 ①、②は梅酒作りと同じ

③保存用の瓶の上部に3,4センチほど残し梅を入れる。梅が隠れるまで蜂蜜をそそぐ。

 水が上がってくるので、上部を2センチほど空ける。

 蓋をして冷暗所に置く。

④毎日点検して、時々ビンを揺すり、全体に上がって来た汁を絡ませる。

 (梅の実が空気に触れたままになっていると カビが発生するので、必ず行う)

 一か月ほどで出来上がり。

     はちみつのドロドロが無くなり、さらっとしたシロップになります。

  

*梅ジュースも梅の蜂蜜漬けもお好みの濃さに水で薄めて頂きます。

甘味があるのに、後を引かずさっぱりしたジュースです。

(梅の実はエキスが出きっているので食べません)

汗がいっぱい出たスポーツや作業の後には疲労回復効果もあっていいですよ!

これからの季節、夏にはピッタリの飲み物です。

 * でも甘いから、飲み過ぎて、糖分の取り過ぎにならないように!

  

・・梅肉エキス(青梅適量)

①青梅を洗って水分を拭き取る。

②一粒づつ、梅をすりおろす。

③すりおろした梅をふきんを使ってしぼる。この黄緑色のしぼり汁が梅肉エキスの材料。

    注意・・青梅は体に毒なのでしぼり汁を飲まないように!

④しぼり汁を土鍋(酸が強いので金属でない方が良い)に入れ、中火にかけ、

  かき混ぜながら煮詰める。

⑤黒っぽい色になり、糸引く様なとろみがついてきたら

 梅肉エキスの出来上がり。ビンに入れて保存。

梅肉エキスは疲労回復にいいようだ。かなり、すっぱい。

梅肉エキスを2、3 滴水で薄めて飲むと私には胃もたれにいいような気がするが

人によってかもしれない。

殺菌効果があるという事で、薄めた物をあせもに塗ると少ししみるけど、いいみたいです。

どれも私の実感なんですが。

2009年6月 6日 (土)

梅の実(その一、梅干し作り)

スーパーの店先に梅の実が並ぶようになった。

<この季節になったんだなー!>と 少し寂しい。

         夫が亡くなった昨年から梅に触れてないからかな・・・。

  

 結婚してから一昨年(夫の亡くなる前の年)まで20年、

毎年この時期に行ってきた私の行事、梅干し作り。

昨年から、自家製の梅干し作りはしていない。

               ・・・たぶんここから先も作ることは無いだろう。

        

 亡き夫の実家にあった梅の木の実を夫と二人で収穫し、どっさり取れた梅の実で、

梅干しのほか、梅酒・梅シロップ・梅の蜂蜜漬け・梅肉エキスといろいろな物を作って、

楽しんだ。梅干しが一番手間がかかったけど、面白かった。

  

 梅干し作りには青梅よりも少し熟し黄色みがかった熟した梅の方が

果肉の柔らかい梅干しが出来上がるが、熟してくると梅の実が木から落ち易いので

タイミング良く収穫しないといけない。しかし通いで収穫に行っていた私たちには、

なかなかそれは難しかった。・・・でも青梅でも十分大丈夫。

  

それでは、まずは私の梅干し作りから、

①あく抜きを兼ね、大きめの容器を用意し、

 一晩たっぷりの水に青梅をつけて置くと少し黄色みをおび、いい感じになってくる。

   (一晩置くと梅のいい香りが漂ってくるconfident!)

②水につけた梅を洗って、ひとつづつ丁寧に水気を拭き取る。

   (水気があると塩漬けの際に、カビが発生しやすい。)

③大きめの梅干し漬けの容器(梅漬けは酸の強い水が出る為、

   プラスチックはさけて、酸に強い、陶器のかめが良い。)

 を良く洗い、容器に熱湯をかけてきれいに水気を拭き取り

 水気を拭き取った梅を入れ、

 塩が絡みやすいようにの表面を湿らせる程度の、ほんの少しホワイトリカーを入れ、

 分量の塩(梅の重さの15%位)を入れ混ぜ合わせて2・3日置く。

  (時々容器を揺すって上下を返して、一律に塩がなじむようにする。

   この時手でかき混ぜると、雑菌が入り易いので容器ごと揺すって。)

 すると梅から出た水分が上がってくる。

④別の梅干し漬け用の陶器の容器に移し替え、重石を載せ、本漬け。

 2・3日すると梅の実が隠れるくらいの水が上がってくるが

 この時点で梅の実が隠れないようなら、塩が少なすぎたか、重石が軽すぎるので、

どちらか見極めて、塩を足すか重石を調整する。

 (重石が重すぎても、梅がつぶれてしまうので 

              水がたっぷり上がってきたら、少し軽くする)

 それでも駄目な時は、梅の実が隠れるぐらいまで

白梅酢を足すかホワイトリカーを少し入れる。

 (梅の実が出たままにするとカビが発生してしまうので注意

          塩分が少なめの梅干し作りはカビ易いので、特に注意

・・・ここまでの過程が一番大変なところ、とにかくカビが発生しないように、

毎日点検して、梅の実が 上がって来た水に隠れているか確認

梅の実が顔を出しているとカビてしまう。

・・・ここを無事通過すれば、ほとんど成功!

 そのまま7月の赤しその葉が出まわるまで置く。

⑤7月の半ばぐらいになると、赤しその葉が出回って来るので

 赤しその葉(梅1kgに対し、3・4束)の準備。

 良く洗った赤しその葉の水気を取り、大きめのボールか

 すり鉢に赤しその葉を入れ塩もみし、あく抜き。

 塩は80g位を2,3に分けて入れ、よく塩もみする。

     ・・・すると黒っぽい紫色の水(あく)が出てくる。 

 十分揉んだところで水気をよくしぼり、黒っぽいあくの水は捨てる。

 白梅酢(カップ1)(=④で漬けた梅から出て来た水)を混ぜる。

 すると、一瞬にして とってもきれいな鮮やかな赤の汁が絡んだしその葉になる。

 (一瞬の発色に”ワッ!”と思わず声が出るほどきれい。)

⑥ ⑤であく抜きしたしその葉を塩漬けした梅の重石を外し、

 梅の上に載せ、また重石を載せて土用の頃まで置く。

 この時、梅漬けにたっぷりの水分があるようなら、

 赤しそを入れる前に梅の実が隠れるくらいの梅酢は残して、

 この透明な水分=白梅酢をビンに取って置とよい。

 後で色々使える。

 白梅酢は殺菌効果があるので、薄めて飲むと胃の調子が悪い時、さっぱりします。

 (くれぐれも、塩辛いので取り過ぎないように!)

⑦赤しそを入れた壺の中では、梅酢はきれいな赤色になり、

 漬けた梅が7月の土用頃までには赤く染まっていきます。

 7月の終わりの土用の頃になったら。

 容器から出して、梅干し用の平たいざるに梅を並べて

 梅の土用干しをします。三日間天気の良いさそうな日を選んで、

 三日三晩干します。しその葉も汁けを取り干す。

 ・・・雨に当てないようにお天気に注意!

 *この時残った赤い汁が赤梅酢で、ダイコンやカブを

         これでつけるときれいなピンク色の浅漬けが出来ます。

土用干をすることにより、果肉の柔らかい梅干しに仕上がる。

⑧時々一つ一つ裏返して、梅全体に日が当たる様に。

 (梅の実は日に当てるとだいぶ皮が軟らかくなってますので

          ひとつひとつ、丁寧に皮を破らないように注意して!)

⑨梅干しと一緒に保存するしその葉を残して

 少しだけゆかりを作ります。

 カラカラに干しあがった赤しその葉は包丁で細かく

 刻むと「ゆかり」の出来上がりです。

 <ゆかりは夏の食欲の無い時に、ご飯に振りかけたり、

 おむすびを作る時、ご飯に混ぜるとおいしく頂けます。>

⑩土用干しの終わった梅干しは、ほこり落しと殺菌を兼ねて、

 ホワイトリカーに一粒づつくぐらせて梅干し保存用の壺にしまいます。

 赤しそは干してカラカラのままで梅の間に入れて置きます。

  

 保存用の壺の蓋をして冷暗所に置き、一か月もすると、梅干し全体がしっとりとして、

味が馴染んできます。手間のかかる梅干しですが、自家製の梅干し作りも楽しいです。

作り方はビン漬けといった他の方法もありますが 我が家はこのやり方で、

作っていました。

 出来上がった梅干しは、おむすびriceballの具に使う他、

いわしなどの青魚を煮る時に生臭さを取る為に潰して入れ、いわしの梅干し煮にしたり、

山芋の千切りに梅肉をまぜ、酒のつまみにしたりとたくさん出来た梅干しを

いろいろな料理に使っています。

 他の青梅を使った他のメニューはまた明日紹介します!

2009年6月 5日 (金)

燃費向上には根拠があった

先日、いつもと違うガソリンスタンドで、偶然入れた

ハイオク・・ENEOSヴィーゴで燃費が上がった事をブログに書きましたが、

その後どうも気になってエネオスのホームページを覗いてみた。

 初めに目に入ったのは「燃費の向上と加速性の向上」という文字。

<何だ、ハイオクヴィーゴで燃費が急に上がったのには根拠があったんだ。> と、

本文に目を通した。

・・・メーカーによれば、「ENEOSヴィーゴ」で「燃費最大3%向上、加速性最大5%向上

  Newヴィーゴは摩擦調整剤の配合によりピストンなどエンジン内部の摩擦を減少、

  エンジン出力を向上させる。

  従来のハイオクと同じスピードで走れば燃費最大3%向上、

  従来と同じアクセルワークで走れば加速性最大5%向上。」

と書いてあった。

     (注・私はエネオスの廻し者ではありません)

何も知らないで、通りがかりのスタンドで入れたガソリン。

<いつものハイオクより、リッター10円ほど高いな!> と 

損した感じしか持たなかったがこんな特徴が隠されていたとは。そして偶然にも

自分でもそれを実感することが出来た。

・・・この車に乗って三年半で最高の燃費記録を出した。

      

 固定観念から、抜け出せずいつも同じパターンでしか行動してこなかった私。

もっと、いろいろな事に目を向け、積極的にいろいろな情報を手に入れることの重要性を

知らされた感じがする。

 時には自分の生活パターンを変えてみるのも

            <新発見の喜びを知る>には有りだろう。

情報は多すぎて選択が難しくなってしまうが、適当な量の情報と正しい選択は、

自分の狭い世界を広げ、生活向上に役立つということだよね。

2009年6月 4日 (木)

思い出の写真をペンダントに!

タウン誌で面白いお店を見つけた。

思い出の写真を元に特殊な技術で金属に刻み込んで、オーダーメイドでキーホルダーや

ペンダント、携帯ストラップを制作してくれるという。

記事を読みながら、亡き夫の写真をペンダントにしようと思った。

   ・・・そしたらお守り代わりに身に付けていられる。

金属に刻み込んであるから、写真のようにしわになったり、ヨレヨレになる心配も無い。

持ち歩くのにも小さくていいし、水や雨に濡れても大丈夫。

   

・・・早速、お気に入りの亡き夫の写真をセレクトして、

SDカードも念のため持ってタウン誌の中のお店に出かけた。

(写真のスキャンでOK!でした)

 写真と一緒に好きな文字も入れられるというので夫のイニシャルと旅立ちの日を

入れることにした。

写真を刻み込むペンダントヘッドの型を選び、パソコンで写真のどの部分を使うか決め、

文字をどの場所に配置するか確認する。

30分ほどで出来上がるというので、その間に買い物を。

なんだか、夫とデートする前のように心がウキウキ!

どんなふうに仕上がるのか、楽しみ。

          ・・・ペンダントとご対面!

さりげなく刻まれた写真、角度によっては 光線の具合で

何が刻まれているかよくわからない。・・・でも、そこがいいのです。

写真だから、あまりはっきり分かってしまうとアクセサリー感覚で身につけるのは、

はずかしいけど、角度によって見えたり、見えなかったりぐらいだと

Tシャツやブラウスの上から、抵抗なくアクセサリーとして身につける事が出来る。

   ・・・自分だけに見える秘密の写真みたいで、ワクワクする。

  

いいものが出来てうれしいhappy01

<これでいつも一緒に どこにでも行けるね!> ペンダントに語りかけてしまった。

2009年6月 3日 (水)

ガソリンのメーカーと車の燃費

車の燃費って、ガソリンのメーカーによって・・・変わるのかな?

  

 いつもシェルのハイオクを入れているんだけど、今日出先でガソリンが少なくなり、

給油ランプが点灯。

 これぐらいあれば、家まで大丈夫かなと思っていたけど、メーターのメモリが

「empty」になってしまって、取り合えず、バイパスを降りてガソリンスタンドを探した。

いつものシェルスタンドが見当たらなかったので、

       エネオススタンドでハイオク(ヴィーゴ)を20L給油。

次のインターからまたバイパスに乗った。

いつもと同じように運転していたつもりだったが、しばらく、走らせて燃費計を見て

 ビックリ!  ・・・18.4km/L を印していた。

いつもは、燃費がいい時でも13.5km/L ぐらいしかいった事がないのに、どうして?

もう少し走っていたら、19,0km/Lまで上がった。

<エー!ウソでしょ!すごい、記録だ!>って言う感じ。

ガソリンは満タンにすると燃費が悪くなるけど、

         今回20Lの給油ということで軽かったからかな?

それとも、エネオスのハイオク(ヴィーゴ)がいいのか?

車の流れが良く、スピードが一定で程よくアクセルを踏んでいたという事もあったけど、

そういつもと違うという運転ではなかったから、

      ・・・やはり、ガソリンかな?

燃費の最高記録にひたすら感激した私です。

今度から、ガソリンは「ENEOS」にしようかな。・・・なんて思ったりして!

2009年6月 2日 (火)

麦秋だ!

用事があって郊外に車を走らせた。

少し離れた山の深い緑と近くの空地の雑草の若緑、広がる田園風景。

車のフロントガラス越しに癒される風景が目の前に広がって来た。

  

そんな中、心地よく車を走らせていたら、

  ”「麦秋(ばくしゅう)」だ!”  思わず言ってしまった。

あたり一面の、小麦の畑が茶色く色づいている。

               小麦が実りの季節を迎えている。

 新緑の季節から初夏へ向かうこの時期は緑がいっぱいなのに、

そこだけ実りの秋のよう。 何だがこのチグハグな景色が実におもしろい。

  

 そういえば、かつて亡き夫とドライブしていた時に、

こんな茶色に色づいた実りの小麦畑を見つけた私が、

”あっ、麦秋だね!”というと、

”やっぱり、言ったね! きっと、言うと思ったよ!” と 

亡き夫に指摘されたことがあったなー。

 どうも、毎年この風景を見ると私はいつも、「麦秋」という言葉を口にしていたらしい。

やはり、今年も言ってしまった。

  

・・・新緑の中の茶色、初夏なのに実りの秋=「麦秋」

       おもしろい名づけを 私はなんとなく気に入っている。

2009年6月 1日 (月)

心の隙間を埋めるもの

 一年半前に、夫が突然の病に倒れ、回復することなくたった2日で死んでしまい、

我が家に大きな空間が出来てしまった。

それと同時に、私の心の中にも ドスン!と大きな穴が出来た。

 今日までいろいろなもので、その穴をカバーして、少しづつその穴が小さくなってきた。

けれど、継ぎ剥ぎだらけで、隙間はまだいっぱいある。

・・・そんな時は、心の支えがあれば、そんな隙間があっても何とか大丈夫かなと思う。

  

 人が、宝石を買ったり、いい着物を買ったり、ブランドバックを買ったりと

普段よりちょっと贅沢な物を手にするのは、単なるファッションだけでなく

それを持つ事で、心にゆとりが出来るから。

つまりそれが心の支えになって、自分に自信をつけ、

宝石が単にきれいと言うだけでなく、この宝石を持つ事が出来る自分に

心の豊かさをもたらす。豊かな心は心の隙間を埋めてくれる。

   

心が満たされていれば、どんな事も耐えられるということだろうと思う。

心の隙間を埋めてくれる、私の心の支えはいったい何なのだろう?

  

亡き夫とともに過ごしたこの家、夫が好きだった車。

夫との思い出・・・そして、自分の仕事か。

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