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2009年5月

2009年5月31日 (日)

”出来ないかも・・・”

亡き夫との思い出の詰まった車の話。いろいろ考えて、

<やはり一台を手放そう!明日にでも手続きに行こう!

           いつかはやらなければいけない事なのだから。>

いつ手放してもきっと、その時は辛いのだから。

それならば何らかのメリットが少しでもある今(フルモデルチェンジ前)がいいと

自分に言い聞かせる。・・・辛い決断だ。

   

 車の洗車と内部の掃除を念入りにして、いろいろ入っていた荷物をすべて取り出して

車を持って行くばかりにした。

・・・この車が無くなる。まだ、十分に乗れるのに!

        急に、予想外の涙がこぼれたweep。切なかった。

本当にいいのかな?・・・また不安が一層増してきた。

             まだ、手元に置いておきたいという気持ちがよみがえる。

昨日の夜は、手放す事に決めたのに・・・

  

夫の突然の死は、自分の力ではどうする事も出来なかったが

亡き夫との思い出のたくさん詰まった車の先行きは 自分の考え一つで好きなように

出来るのではないか。

亡き夫も私もとても満足して購入した車。まだまだ、十分走る車。もったいないよ!

問題は、車には乗っても、乗らなくても税金や保険などの経費が掛かることだけ。

それだったら、頑張って働けばいいんじゃないか。

振り出しに戻ったこんな考えがまた、私の中にやってきた。

  

・・・後で後悔の無いようにしたい。

亡き夫の代わりにまだそばに置きたいという心情的な面と

車には経費がかかるという現実面との間で、心は、大きく揺れ動く。

 ・ ・ ・

なんだか、今はこの車が無くなってしまったらと考える事すら耐えられなくなってしまった。

お金の問題と心の問題。

どちらか一方だったら、すぐに結論を出せるのにと思うと

        何も考えたくない!とわがままな自分になってしまった。

        <あー!出来れば考えたくないよ、こんなこと。>

結論はまだ、先送りしようかな・・・

7月に出る、次のハイブリッド車の発表を待ってもいいかな?

         ・・・でも、持っている車の価値は時間と共にdownwardright  迷うよ~!

2009年5月30日 (土)

紫外線といえば

最近紫外線の強さを肌で感じるように思う。

(と言っても、紫外線を感じている訳ではなくて、日焼けを感じているんだと思うけど。)

  

 雨上がりの晴天! 

こんな日は空気中のチリやほこりなどが洗い流されていて、紫外線の量が多いという。

空気中を漂うこれらの物質が紫外線をある程度吸収しているから、それが無いとなると

ストレートに紫外線が地上に届くという訳。

 ”空気が澄んでて、気持ちがいいわ!”なんて

紫外線の事を考えると言ってはいられない。

       ・・・think

 晴れた日はもちろんのこと、曇っている日でも少し、外で作業をすると

手や腕などに刺激を感じる。

”あっ!日焼けしてる!”っていう感じ。私は、

     日焼けすると赤くならずにすぐに黒くなるタイプ。(変なところで効率がいい)

   

* 先日、TVで紫外線の事話していたけど、

   紫外線は目で感じただけでも、脳が<メラニンを作れ!>と 

                    指令を出すので日焼けしてしまうそうだ。

 だから、肌が衣服で覆われていたとしても、目に太陽の光が入ってくれば、

太陽の光を浴びていない所も日焼けするというのだ。

        (マウスを使った実験でも証明されているということだ。)

そこで、サングラスの重要性を伝えていた。

 その番組で興味深かったのは、幼稚園の子供がサングラスをして通園してくる姿

だった。園庭でお遊びする時もサングラスをしている。

人が一生のうちに浴びる紫外線の半分以上を、

15歳だったか、18歳か忘れてしまったが、それ位までに浴びるということだそうで、

細胞の代謝の活発な幼児期に紫外線から身を守ることで、

細胞に傷がつかないようにして将来皮膚ガンにならないように、

気を使ってのことだそうだ。

 園長先生がいろいろ勉強して、そのアドバイスをしたということだった。

ちなみにその幼稚園では、木陰を作ったり、お砂場に屋根をつけたり、

園庭まで行く通路に紫外線を吸収するテントの様なネットを吊っていた。

かなり紫外線を意識しているので、びっくりだった。

通園時だけでなく、外で遊ぶ園児はもちろん帽子をかぶり、サングラスをかけていた。

   

 最近は日焼けし過ぎると皮膚ガンの心配までするんだと聞き入ってしまった。私の

子供の頃は真っ黒になって遊んだけど、やはり紫外線の量が違うのかな。

 (夏休みが終わると、クロんぼ大賞なんていうコンクールもあったよ)

皮膚ガンとまでは、いかなくてもシミやしわになり易くなるから

出来るだけ、紫外線を浴びないようにしたい。

サングラスも車を運転する時ぐらいしか使わなかったけど、ふだんも、使ってみよう。

紫外線防止の手袋、日傘、マフラーも必需品になりそうだ。

  

 また、健康な骨を作る為に、日光浴がかかせないというが、

それも、手の甲に一日10分位、浴びるだけで十分なんて言ってたから、

ちょっとしたお買い物に行く時とか 通勤でバス停とか駅までの歩行時間で足りるらしい。

だから、通常の生活をしている中では あえて日光浴しなければと考える必要も

ないということだ。

 とにかく、紫外線の浴びすぎには、美容と健康の為にも注意した方がよさそうね。

2009年5月29日 (金)

ウォーキングで肩こりも解消

晴れている日は日差しがだいぶ強くなって、紫外線も心配なので

最近のウォーキングは夕方から。

仕事で疲れていても、運動の後の整理体操のように程よく歩くことで、

適度に体を使うと体の調子も良くなる。

 でも、ここのところ少し仕事が忙しくて、ウォーキングが思うように出来なくて、

肩こりもひどい。仕事のせいかもしれないけど、ウォーキングをしている時は、

あまり肩こりが気にならないから、

   やはり、ウォーキングは肩こりに効果があるんだと思う。

 聞いたところでは、

     * 腕を振って歩くことと、

    * 歩いて足首を動かす事が体にいいという事らしい。

確かに胸を張って、足を伸ばし、腕を振ってと、正しい姿勢で歩く事は、

全身運動で、血行が良くなる感じがする。

気持のリフレッシュと肩こりの改善の為に出来るだけ、歩こうと思う。

  

新緑の中のウォーキング!

・・・今は歩道の街路樹のやまぼうしの木が白い花を空の向かっていっぱい咲かせ、

若葉茂る木の上部に白い帽子をかぶせたよう。 まさに木の名前そのもの。

<花水木の様な華やかさはないけど、素朴でいいな!>

なんて思いながらのウォーキングだった。

 

2009年5月28日 (木)

やっぱり、心が痛いな!

やはり、まだ早かったのだろうか?

数日前から始めた、死んでしまった夫の物の整理。

   (遺品という言葉はまだ、怖くて、私には今、こうしてここに書くことすら抵抗がある)

 整理をしている時はまだいいのだけれど、一区切りして、やり終えた後がいけないの。

<何でこんな事をしなければならなくなって、しまったんだろうか?・・・・・どうして!>

なんていう気持ちになってしまう。ふだんの片付けとは訳が違う。

   <片付いて、すっきりして気持ちがいいね!>とはいかないのね。

本当に いや~な気分がやってくる。

             どうしようもない気持ちになってしまうの。

<なぜ私が今、しなければいけないの?>

・・・・・困ったものです!

やれるかと思ったんだけどなー。 ・・・・やっぱり、心が痛いなー!

   

 以前TVのある番組で、亡くなった人の部屋を片付ける事がどうしても出来なくて、

そのままにしていた人へのアドバイスとして、

”こうして生きていた時と同じようにしておくと、

 亡くなった人はこの世に未練が残り、なかなか成仏出来ないんですよ!”

という言葉があった。その時は夫と見ていて、

”じゃぁ!亡くなったお父さん、お母さんの物、早く片付けてあげないといけないね!”

なんて、2人で会話して、亡くなった両親の物の整理をしたけれど、

いざ、我が夫の死となるとそう簡単には割り切れない。

<「成仏」って何!>

<死んじゃったって、どういうこと!>・・・って感じ、なのです。(私の心の声としては)

  

 自分の心の支えは今残っている、夫の私物しかない。

やはり、心の底ではまだ触れたくない、そのままにして置きたい部分なのかもしれない。

心の支えが要らなくなるぐらいまで、自分が立ち直ればいいのだけれどね。

まだ、ダメだったようだ。

 また、ウォーキングで心の中を「リセット」した方がよさそうです。

2009年5月27日 (水)

リフレクソロジーで心の休養

仕事や草取りなどで手の疲れが溜まって来て、

聞き手の親指の関節の所が、動かすと少し違和感が出て来た。

先日は庭木の剪定でハサミ使っていっぱい頑張っちゃったし、

                    ここのところ、ちょっと関節使いすぎたかな。

 以前にもこんな事があって、仕事に支障をきたしたので

その時、整形外科で診察を受けたら、

”使い過ぎで、治療をするほどではありませんが 骨が少し変形してますね。” と 

言われた。確かに、右と左では親指の形が違っている。

それからは、使い方を気を付けているが 指先を使う仕事なので

どうしてもこの部分が疲れやすいのだ。

  

 そこで今日は、ハンドリフレクソロジーを受けに行くことにした。

肘から指先までのマッサージなのだけれど、

手や指には体の反射区がいっぱい有るそうで、ここをほぐしてもらう事で、

肩こりも少し改善する。

ハーブの香りが漂う中、ゆったりとした気分でちょっぴり贅沢な時間を過ごす。

マッサージそのも心地よい良いのだけれど、何よりも心のリフレッシュが出来る。

         ・・・まさに、リラクゼーションルーム!

 でも、そこで働く人たちの力強い指先のタッチを

心地よいと感じながらも、毎日一生懸命指を使っている

<この人たちの、手指の骨は大丈夫?> などと、心配になってしまった。

もっとも、マッサージを職業としている人もたくさんいる訳だから、

上手く使えば問題ないのかもしれないけど。

きっと指や骨に負担をかけない、コツがあるんだろうな!

                    今度、行ったら聞いてみようと思う。

2009年5月26日 (火)

夫の声が届いてこない

3月7日のブログ「2台の車をどうする」でも書いたが

亡き夫の車と私の車、2台の車が我が家にはある。

 

 突然の夫の死から、もうすぐ一年半になろうというのに

車を一台にすることがまだ、出来ないでいるのだ。

どちらの車にも亡き夫との思い出が強く、2台の車に守られているという安心感もあり、

どちらか片方を手放すという1台を、まだ選べない。

それならば、2台両方を手放し、思い切って思い出を断ち切り、再出発の為に

新しい車(ハイブリット車)1台にする選択も考えている。

     (今2台を下取りで出せば、ほぼ一台の購入価格になる。)

     

 そんな状態に私がいるのに このうち一台は、この秋にフルモデルチェンジ車を

発表するという。モデルチェンジされれば店側の買い取り価格は大幅に下がってしまう。

ずっと手元に置いて、乗り潰すつもりならいいけれど、

             手放す事を考えるなら、今が最後のチャンス!

遅くとも今年の8月までには考えないといけない状況に

追い詰められているといったところだ。

    

・・・そんな事もあって、新車の発表会に足を運んだ。

この車ならいい!と、手放す事になる2台の車への

    思いを断ち切れるという車に出会えればいいなと思っている。

しかし、そう思いながらも 心の中の迷いはまだ消えない。

<本当にそれでいいの?手放したらもう二度と

 亡き夫との思い出が詰まった車には乗れないんだよ!

出来る事なら、このまま2台の車を持ち続けたい気持が本当のところなのだが、

それはむずかしいだろう。

どちらか片方に残して置いた時はどうだろう。

それでも、私の気持ちは安定していられるだろうか?

今の私には自信がない。

 新しい車で新規一転と切り替える為にと仮定した上で

         モデルチェンジする方の車をとりあえず先に、手放そうか?

          ・・・それだったら、なんとか乗り切れるかもしれないが、

大丈夫だろうか?

あの車に初めて乗った時の亡き夫の嬉しそうな顔が思い出されると、

  <待てよ!> と 不安

本当に、私にとってはとっても難しい選択なのだ。

この車が我が家の駐車場から消える、その事を想像するだけで何とも切ない気持に・・・。

     

 亡き夫との思い出がいっぱい詰まった車の扱いは

         ・ ・ ・どれがベストの選択なの、どうしたら良いの?

夫の声が聞きたい、亡き夫に教えてもらいたいと思い、

亡き夫とドライブに行った所を、一人車を走らせた。

でも、私の所に夫の声は届いてこない。 ・・・亡き夫の声は、聞こえてはこなかった。

2009年5月25日 (月)

時代はハイブリット!

地球温暖化やガソリンの高騰などもあり、時代はハイブリットになりつつあるようだ。

  

 トヨタ車では「新型プリウス」が発表されたが、

レクサスも7月に「レクサスハイブリッド」を出す。

でも、今所有している2台の車は、どちらもガソリン車。

今、使用している車種でハイブリッドが出れば、すぐにでも買い替えを考えるけれど、

その車種はまだ、ハイブリッドの予定がないそうだ。

   

  5/23・24と新型プリウスの店頭発表会の案内を頂いたので、

時代の車を見ようと昨日、出かけた。

話題の車の発表とあって、販売店の5個あるテーブルは商談中でいっぱい。

担当セールスとの予定時間前に着いてしまったので、

とりあえず、試乗車を見学して待つ事にした。

前もって、カタログ、インターネットでいろいろチェックしてきたが、

実際はどんな感じを受けるだろう?毎回新車を見に行く時はワクワクする。

2代目のプリウスは今、乗っている車を購入する時にどちらにしようか迷ったので、

試乗したことがある。その時、走りとか静かな走行とかには満足したのだが、

スタイリングとインテリアが今一で、ドライブを楽しむには物足りなくて、

結局別の車を購入。

・・・しかし、今回は迷うところだ。

  

 新型プリウスはハイブリッドシステムは言うことなく満足。

”トライアングルシルエット”とやらで空気抵抗減を追及したスタイルはなかなかいい感じ。

ただ、内部が決断するところまでには、もう一歩かな?

そんなことを考えながら見ていたら、約束の時間になり、担当セールスがやってきた。

 

2009年5月24日 (日)

おむすびが食べたいな!

ここのところriceballおむすび食べてないなー。

夫が亡くなる前は、夫がお弁当に持って行ったので、

毎日のように作っていたriceballおむすび。

 (夫は、食事中仕事で呼び出され、お弁当箱で食べかけになると後が嫌だといって、

   ~おむすび3個とおかず~ という様な お弁当を持って行った。

              おむすびは好物で毎日でもいいねと言った亡き夫。

  ~自家製の無農薬の梅による自家製梅干し入り~

  食べたい時に手軽に食べられ、その時のお腹具合で量も調節できる。

  時には10時頃、小腹が空いたとおむすび一個、

  残業がある日は3時のお茶の時におむすび一個と 好きなように食べていたようだ。)

そんなriceballおむすびも 夫が逝ってしまってから、

何となく作れなくて食べていない。

     

 おむすびが好きな夫は、お休みの日に時々、大きなriceballおむすびをにぎってくれた。

夫の作るおむすびは、大きいといっても厚みがあるという意味。三角形の大きさは

コンビニサイズより少し小さいけど、厚みは倍ぐらい。

安定感のあるどっしりとしたriceballおむすびだった。

       その厚みのあるriceballおむすびが食べたいな!

・・・にぎり加減もなかなか上手。

学生時代、お寿司屋さんでバイトした事があるっていってたからかな。

ご飯を握るのは同じだものね!

おむすびを握る力加減が丁度いいのだ。 ・・・硬すぎず、柔らかすぎず!

”○○の作ってくれたriceballおむすび、おいし~い!”と私。

”そうだろ~!”と 夫は ニンマリ!

  

・・・・・自分で作るとなかなかあの感じにならない。

やっぱり、人に作ってもらうおいしさ!というのも加わるからだろうか?

夫はもうこの世にはいないんだから、「無いものねだり」してもダメですよね。

 しょうがない・・・自分でまた、「夫のriceballおにぎり」に、トライしてみようかな。

2009年5月23日 (土)

虫が付く前に、庭木の剪定

 ワサワサとたっぷり茂った庭木。重そうなくらい若葉を付けている。

中の方まで枝が込み入っている様なので剪定をしようと思いたった。

日差しが強くならないうちにと早朝から作業に取り掛かる。

  

 脚立を立てて、のこぎりと剪定ばさみを持って作業開始。

この時期はまだ、毛虫・アブラムシなどが発生していないようなので、作業がやり易い。

(毛虫がいると軍手をしていても、刺されてしまうし、

 気がつかないでいると、木の間に顔や手を入れて刺されてしまうので、

 虫がいるかどうか葉の裏など見ながらかなり注意なければいけないのだ。)

木全体の形を整える事が庭木としては一番大事だが、

hairsalon葉っぱ全体に太陽の光がうまく当たる様に、枝の間引きをする。

つまり重なる枝を取り除く。そうすることで、木の中まで風通しが良くなり

虫が付きにくくなる。(虫がついても薬がかけ易い)

hairsalon枝を切る位置も考えなければいけない。

切った所から、数本の新芽が出てくるので、その時のことを頭の中にイメージしながら

枝先だけだったり、幹近くからだったりと剪定していく。

 時には少し離れた所から枝ぶりを見て、切る場所を決める。

・ ・ ・

 昨年は夫の急死があって、この時期にはまだ立ち直れず、

庭木の剪定どころではなかったから、かなり伸び放題になっていたので、

ビシバシ切った。

とりあえず、マテバシイとモッコクの2本の選定が終了。

   

・・・ひと汗かきました。

コーヒーを飲みながら、リビングの窓越しに見る2本の木は、

     なんだか床屋さんに行って来たばかりの夫のようで、少し照れていたbleah

2009年5月22日 (金)

どう整理していったらいいのだろう?

夫が逝ってしまってもう少しで一年半、

そろそろ少しづつ夫の物を整理していってもいいかなと思うようになってきた。

  

 でもたくさんある夫の物をどこから手を付けていったらいいのだろう。

仕事関係の物、趣味の物、衣類etc.

この中で一番量が多いのはやはり衣類関係。

おしゃれな?(単に、買い物好きな夫だったのかな?)亡き夫は私よりも衣装持ちだった。

背広だけでも夫専用の洋服ダンスに目一杯入っている。

いったい何着あるのか、私は数えた事もない位だ。

今迄にも、何着かは処分したのだけれども、背広はほとんどネームが入っているので

処分ににも気を使う。ネーム部分を切り刻んでと、なかなか大変な作業だ。

しかも、夫が着用していた思い出があるだけに、どれを残し、どれを処分するかと

選択がなかなか出来なくて、仕事がはかどらない。

 思い切って全部とまでは、まだ割り切れないところがあるのが作業を手間取らせる。

・・・あー!考えるだけでも選択するのは大変だ。

どうしよう・・・?think

  

 それでは、先に仕事関係の物からがいいかも。

仕事の事は取り合えず、私と接点が少ないから逆に整理しやすいかもしれない。

年代の古いものから取りかかった。

”いろんな仕事をしたんだね!”

”頑張って、お仕事したね!”と 亡き夫に感謝しながら

”今、そちらに送りますからね”と言って整理する。

  <会社では、大変なこといっぱい有ったのに、仕事が楽しいと言って、

                       一生懸命頑張ったものね。>

 <あなたが書いた書類、一枚一枚きちんと目を通してから

  感謝を込めて、整理しますからね。>

全部片付けるのにはかなりの日数が掛かりそうだ。・・・それは、当然のことだろう。

人一人の人生の重みがその中に詰まっている。

          そう簡単に、処分する訳にはいかないもの。

・・・少しづつ、少しづつ

・・・・・・・お別れをしながら、時間をかけて!

2009年5月21日 (木)

古びた絵本と昆虫図鑑

夫の実家を亡き夫の兄弟が見る事になったので、

いろいろ片付ける為に、最後に実家にいった時、

実家にあった亡き夫の本棚から面白いものを見つけた。

本棚の一部が前後に本を入れるようになっていた。その奥に入っていたのだ。

  

 古い絵本十数冊、昆虫図鑑・小学校の理科の教科書。

こんな物が取ってあるなんて夫はたぶん知らなかったと思う。私は一度も聞いた事が

ない。夫の両親の死後、夫と通った実家だが、簡単な部屋の掃除と庭の手入れ、

畑の草刈や木々の手入れに追われて、あまり細かい所まで片付けが出来なく、

目に触れなかったのだ。

きっと亡き夫の亡き母が大事にしまって置いたのだろう。

  

 絵本はもう50年ぐらい前の物。表紙のカラーもセピア色に変わっている。

でも十数冊どれも、とってもきれいな状態で残っていて、

「なんでも鑑定団」に出してみたくなるくらいの物だ。

 当時の絵はとても凝っていて、何か絵画的な印象を感じるようなタッチで、

色彩も今の物とは違うのでなかなかおもしろい。

・・・

<この絵本を幼き頃の夫は母に読んでもらい、育ったんだ>

と思うと 何とも愛おしい気持ちになる。

この絵本を大切に残していた母の愛の深さを知る。私はこんなに大事に大切に

育てられた夫を早くに送ることになってしまい、

夫の亡き母に申し訳ないという思いでいっぱいになった。

        

 子供の頃、虫が大好きで暗くなるまで昆虫を追っかけていた話を

夫から何度か聞いた事があった。そんな子供時代を送った夫は 

昆虫の名前をいろいろ知っていた。

 蝶々を見れば、”これは○〇ちょうだよ!”とか

庭先に来た、トンボを見て、”あっ、〇〇トンボだ!”

などと、私の知らない虫の名前をスルっと口にする。

亡き母の残したこの昆虫図鑑に、私はその答えを見た。

     当時の夫は、この本を食い入るように見ていたのだろう。

     ・・・本を抱え、夢中に読みふける幼き姿の夫が目に浮かぶ。

この本は 我が子を思う母の宝物でもあったのだろう。

 そんな時代は私は知らない世界だけど、夫はこうして

生まれ育ってきたのかとこれらの本からいろいろ知ることが出来たような気がした。

        

 亡くなった人の物を整理していくことは、

その人がどんな人生を送ったのかを教えてくれ、その人の存在を見つめ直す事になる。

知らなかった夫の事を知り、亡き夫がより身近に感じられるように思えるが、

今の私には切なくもある。

<見たくもあり、見たくなし>というのが正直なところかもしれない。

  

 でもやっぱり、この絵本と図鑑は風を通してから、

我が家の本棚に引っ越しし、またしばらく、大事にしまって置くことになりそうだ。

取って置いても、しょうがないのかもしれないけど!

2009年5月20日 (水)

車の中は演奏会

亡き夫の仕事のお休みの日、私たちは、

実家へ、買い物・ドライブへとほとんど車で出かけていた。

車の中には吹奏楽のCDが数枚いつも入っていた。

 (何かと雑音が多い車内では管弦楽より吹奏楽の方が聞き取りやすい為。)

  

 ”この曲は演奏会で演奏したことあるよ!”とか

 ”このクラリネットのソロ演奏したことある?”

 ”この部分のユーフォニュームがいいよな!”とか

吹奏楽を学生時代に経験していた私たちはCDを聞きながら、

何だか自分たちがその中で一緒に演奏しているかのように感じていたのかもしれない。

時には、二人で口(くち)楽器を。

 ”パーンパンパンnoteパパパーンnote”などと、

互いに気に入った楽器のメロディー部分を担当して口楽器二重奏をする。

  (もちろん郊外の交通量の少ない道での話。)

 ”あれ、次はどんなだったかな?”

 ”音、外れてるよ!”  何て言う時も。

楽しかったよ! 人にはとても聞かせられないけど。

そして、眠気が襲って来た時は、「行進曲」で元気づける。

   

こうして私たちの車の中の演奏会はお休みの度ごとに開かれた。

  

そんな演奏会も もう二度と開催されることはないが、

夫の最期に、私は演奏会を・・・

夫の意識が遠のいていきそうになった時、耳元でこの時一緒に歌った行進曲で

元気づけようといろいろな歌に交えて、行進曲も何曲か歌っていた。

    ”・・・また一緒に歌おうよ!、目を覚まして!”

あの時ベッドの周りにいた人はきっと、

<何んでこんな時、これなんだ?>と思ったことだろう。

・・・そのかいもなく、夫は逝ってしまったけど、

夫の葬儀の時、私は本当にnote最期の演奏会として

モーツアルトの「クラリネット協奏曲」を流してもらった。

繰り返し流れるクラリネット協奏曲を聞きながら、

  心の中で私は、夫と一緒にずっと クラリネットのメロディーを歌っていたthink

2009年5月19日 (火)

「キャンディード序曲」がオープニング曲

notesTV朝日「題名のない音楽会」のテーマ曲に使っている

キャンディード序曲」は、私の再スタートのオープニングテーマ曲でもある。 

  

 昨年3月終わり頃か4月始めだったと思うが 佐渡裕さんの「題名のない音楽会」が 

スタートした時、この曲がテーマ曲として使われるようになった。

夫と死別し、私にとっては言葉では表せないほど辛いちょうどその時期だった。

TVから聞き覚えのある曲が流れて来た。

題名のない音楽会の新しいテーマ曲だった。

notes・・・キャンディード序曲notes

 この曲は私にとって、とても思い入れの強い曲。

夫の葬儀の時、夫の大学時代の吹奏楽部の友人が

”これを一緒に入れてあげてください!” と 言って、一枚のCDを差し出してくれた。

”大学時代の吹奏楽演奏会とコンクールの時の物です。”

 しかし、CDは棺の中に一緒に入れてはいけないと係りの人に止められてしまったので、

私が頂いた。夫が亡くなってすぐにはとても、聞く事は出来なかったけど、

数か月して、このCDを無性に聞きたくなった。

 <夫がこの中に居る・・・・・!

   若かりし頃の夫がこの中で確かに演奏している。> 

そう思うと、たまらなく聞きたくなったのだ。

いい曲が入っていた。元気が貰えたような気がした。

   ・・・このCDをわざわざ持って葬儀に来てくれた

        亡き夫の友人の心遣いに改めて感謝した。・・・

その演奏に夢と希望に満ち溢れた、若いエネルギーを感じた。

その中の一曲が「キャンディード序曲」だった。私はこの曲が気に入り、

心の安らぎをも感じた。

  

 その曲があの時、TVから流れた。私は思わずTVの前に座り聞き入った。

<何という偶然だろう。ここでテーマ曲に使われるなんて!>

と 一人で感動してしまった。うれしくなった。

頑張ろう! 周りのみんなが応援してくれている。>

 (自分勝手な思いだけれど、TVの人は関係ないのに、

    その時はTVの中の人たちまでもが自分を励ましてくれているように思えたのだ。)

それからしばらくの間は、このCDを何度も繰り返し、繰り返し聞きながら、

仕事をしたり、車を走らせたりしていた。

  

再スタートラインに立った私の中にnotesキャンディード序曲notes が流れていた。

2009年5月18日 (月)

縁は偶然が重なって

亡き夫とは、私の小学校の時の先生を通じて知り合った。

 

 久しぶりに先生にお目にかかった時、先生が、

 ”音楽が好きで学生時代は吹奏楽をやっていたこんな人がいるけど、どう?” と

紹介してくれたのだ。同じく吹奏楽をやっていた私は、趣味も合うし、写真の感じもいい人

だったので、会う事に。

 実際に会った彼は、写真に映し出されたどうりの穏やかで、優しくて

人当たりのいい人だった。話をしてみると、実に面白い事にいくつかの偶然が重なった。

  ・吹奏楽でやっていた楽器は?・・・クラリネット

  ・パートはどこ?・・・ファーストクラリネット

  ・顧問の先生は?・・・○○先生

   (顧問の先生というのは、出会った時 住んでいた市は互いに違ったけど、

    吹奏楽を始めた中学校の頃には同市内に住んでいた事を知ったので

    聞いてみた。学年も、通っていた学校も違うのに、同じ先生に指導を受けている

    なんて、おもしろい。

    <偶然にも同じ先生に>の、この先生は当時、コンクール入賞常連校指導者

     として 地元では少し名の通っていた先生だ。)

”エー!本当に!”個性的な先生の話題に花が咲いた。

”こんな偶然もあるんだね!”と 二人で盛り上がった。

 他にも、「私が学生時代の下宿していた場所の近くに、当時もう就職していた夫が、

住んでいた」 なんていう偶然もあったりして、出会いの日の、話は尽きなかった。

  

 偶然の重なりが、縁という事だったのかな。

出会いはいくつかの共通点から始まった。

同じような道を歩いて来たから、互いを理解し易かった。

     ・ ・ ・

夫との出会いの日が懐かしい。

新緑のまぶしい、22年前のちょうど今頃の話。

2009年5月17日 (日)

「エル・キャピタン」スーザ作曲

17日(日)の朝日TVの「題名のない音楽会」で

吹奏楽特集・コンクールの課題曲の変遷をやっていた。

 ここで驚いたのが、この全日本吹奏楽コンクールの第一回の課題曲は、

「行進曲 エル・キャピタン」だったということだ。

この行進曲は、私が中学校で吹奏楽を始めた時、

一番はじめに教わった行進曲noteでした。

  

 吹奏楽の顧問の先生は、大変厳しい先生で 入部早々の新入生に、

楽譜をしっかり覚えさせるために、全曲暗譜させて楽器を使ってではなく、

音階名で一人ずつ歌わせた。

 それまで音楽を専門に勉強した事のない私にはとんでもなく難しい、

なかなか覚えられず苦労した。その為、今でも少し覚えていて歌えるほどだ。

楽器での演奏だったら、たぶん全部出来ると思う。

当時それだけ練習したし、その後の吹奏楽生活の中でも幾度となく演奏した、

思い出深い行進曲だ。

 それが第一回の吹奏楽コンクールの課題曲とは本当に驚きです。note

     ・・・ちなみに第一回は昭和三十一年だったそうです。

頑張れば、いいこともあるね!

先月、気合いを入れて仕事した私のお勧めデザインの作品をお渡ししたお客様から、

”大変評判がよかったわよ!”と 周りの人の反応を知らせてくれるメールが入った。

  

 自分のデザインイメージを出すのに、何度も試作品を作り直して、

かなり苦労して仕上げたものだったので、その一言は、本当にうれしかった。

         ・・・頑張れば、いいこともあるよね!

 努力が報われた感じで、とてもいい気分になった。

<又、頑張っていいものを作ろう!> と制作意欲が盛り上がる。単純な私です。

  

 でも、自分と依頼者だけでなく、第三者からのいい評価は何よりも励みになりますね。

うれしいものです。

早速、いつも私の仕事を応援してくれていた亡き夫に報告しました。

夫も喜んでくれていると思います。

2009年5月16日 (土)

・・LoFt・・の散策

「LoFt」が近くにオープンしたというので 久しぶりに「LoFt」に行ってみた。

(LoFt には、三十代の頃までは時々行っていたけど、それ以後最近まで、行ってない。)

  

 いろいろな雑貨が並ぶ店内は、カラフルでとても明るい。

見ているだけでも、それを使った時のイメージとか、部屋に置いた時の様子が

想像出来て楽しい。

  

パンが好きな私は、携帯のストラップの並ぶ棚に釘付け。

おいしそうなパンがいっぱい並んでいた。思わず微笑んでしまった。

<本物そっくり、おいしそう!>

とってもかわいい、おいしそうな携帯ストラップ、・・・どれにしようかな?

  

写真立てのコーナーでも お気に入りを見つけた。

何枚かの写真が入れられるようになったもの。

<これに夫の写真を入れたいな!>

   

 店内にあるいろいろな商品には、こんなのがあるんだと感激したり、驚かされたり

感性豊かなバイヤー達が一生懸命探し集めたのだろう、

使ってみたくなるような物があちこちにあった。

 以前務めていた会社の同僚がこの店のオープンに携わっているというので、

どんなかなとちょっと見てみようかなと立ち寄ったが、

たまにはこんなお店に足を運ぶのもちょっと、楽しいかなと思う・・・LoFt・・・散策だった。

2009年5月15日 (金)

心の底で消えない、期待!

夫との死別の悲しみと夫がいない日常は 何とか克服出来ても、

容易に消えないものがある。

どこかで期待している、この気持ち。

頑張って毎日を過ごしていたら、いつか帰って来るのではないか> と。

又、期待が消えてはいないのと同時に

何年待っても、もう逢う事は出来ないんだよな~> と ボーっと考えている。

 

<ここから先ずっと逢えないって、どういうことなんだろうか?>

なんて振り出しに戻ったようなことも、答えの出ないまま 頭の中で、言い続けている。

   ・・・答えを出そうとはしていない。

心の底で期待している訳だから、その先をあまり考えたくないということだろう。

   ・・・かといって自分の中で悲しんでいる訳ではない。

  

こんな心の底の期待が消え去る日が来るのはいつなんだろうか?

それとも、いつか逢えると思い続けていていいですか?

”夫よ!返事をください!”

       ・ ・ ・

そういえば、こんなこと前にブログで書いたような気もする。

      ー2009・4ブログ 「信じている自分が そこにいた」ー

前に進んでいないかな?・・・物事はそう簡単にはいかないようだ。

2009年5月14日 (木)

悲しみが懐かしさに変わって

仕事をしたり、家の事をしたり、こんな風にブログを書いたりといろいろな事をしながら、

日々を過ごしていくうちに、気が付けば、夫の事を悲しんでいた自分から、

時には夫との思い出が懐かしいなと思う自分に変わっている。

 

 何をしていても夫の事が頭から離れなかった一年前と比較すると今は、

夫の事を考えるその割合も 少し減ってきているようだ。

  ・・・これが忘れていくという事なのだろう。

 そのうち、思い出そうとしなければ、思い出せない日も来るかもしれない。

今そんなことを考えると まだこだわりのある私にとっては、少し寂しい気もするけど。

それが普通の事なのかもしれない。

  

しかし、夫の死によってポッカリ空いてしまった空間が なかなか埋まらないのには参る。

いろいろな場面で、夫の死による喪失感が私の心の中にやって来る。

これって夫が、

 ”僕の事を忘れないで!”って言っているのかな?

           忘れる訳ないのに・・・。

2009年5月13日 (水)

実践の中に、道がある

物作りの仕事をしている為か、私は仕事の中に生きるヒントを見出す事がよくある。

  

 自分でデザインしておいて、

<これ、どうやって作ったらいいんだろう?> と 考え込んでしまう時がある。

一つとして同じものを作るという事が無いので、

凝ったデザインのものになると、考える時間も増えてしまう。

そんな時は、とりあえず思いついた出来る所から取りかかる。すると、

仕事を進めるうちに、

<そうか!こうすれば仕上げられる> と やり方が見えてくる。

  

 考えている時は、平面中心の思考なのか、立体の想像力が今一の私なのか、

そこに重なり合ったり、交差したりする箇所が見えないこないのです。実際にやってみて

初めて見えて来る。

<ダメだ!やり方が分からない>と言って 手を着けずにいたら、いつまで経っても

やり方見つけられない。そして、この先もずっと出来上がる事はない。

  

・・・昨年、夫を突然の病で亡くした時、

目の前が真っ暗になり、何がどうなったのか突然の出来事に、訳が分からなくなった。

 <どう生きていったらいいの?・先が見えない!> と 思ったけど、

こうして今なんとかやっている。

 とりあえず、今日一日に出来ることをしよう、

次の朝を迎えると又、今日しなければいけない事を・・・

そのように一日一日を過ごしていくうちに、ひとつづつ、解決方法も見えてくる。

そして自分自身も何かを掴んでいく事が出来た。

   ・  ・  ・

 考える事と実践は二つで一つ。どちらが欠けても中途半端。

考えたら、まずはやってみる、実践は実を結ぶ。

   道は必ず開けてくる! と 自分自身に言い聞かせる。

                                                   

2009年5月12日 (火)

新しい自分を見つける為にかな?

亡き夫の母が口癖のように

”お金は使わないと、入ってこないのよ!” と言った。

 亡き母いわく、有効な上手な使い方が前提だけど、

「お金は使って、回さないことには新たなお金を 生み出してくれない」 と 言うのです。

  

 確かにお金儲けをするには、お金を動かさないことには、何も始まらない。

そうは言ってもこのご時世、使うと出ていくばかりで、

            一向に私の所には入って来ませんけど・・・。

  

 でも、この言葉から思いついたのだけれど、

今、私がこうしてブログを書きながら

夫と死別後の自分の気持ちを吐き出しているのは、

               新しい自分を見つける為のような行為だなって。

自分の内なるものを外に出してしまう事で、

その空いたスペースに、また何かが入ってくる。

      そんな、気がする。

        ・・・・・変われるかな? 

        (私は変わらなくてはいけないと思っている。)

夫の死という現実が変えられないのなら、自分が変わっていくしか、方法はないから。

                                                

2009年5月11日 (月)

方法は?=夢を持つ事+夢を見る事

 学生時代から夢を持って生きる自分でありたいと 思い続けている。

この夢とは、将来はこう在りたいという希望・目標みたいなもの。

      (明るい?)未来への架け橋。

今(夫の死後)はこの夢を持つ事に加え、夢を見る事が未来への虹の架け橋。

・・・この夢とは、想像の世界を広げて、夫の死と夫が存在しない現実をどう解釈し、

自分で納得出来るようにするかという夢(幻想)。

現実逃避という事ではなく、喪失感を埋めるために想像の世界で夢を見る。

他人がどう思うと関係の無い自分の心の中だけの世界。

 

たとえば、

 <夫は今ここには居ないけれど、私たちが住むこの現実と並んで存在する

  空(くう)の世界に居て、向こうからはこちらの事がよく見えている。

  今私が 何を考え、何を思っているかもすべてを知ることが出来ている。

  ただ、私のすぐ隣に居るのに、こちらからは、見えないし、気配すら感じ取ることは

   出来ないだけ。・・・・・夫はいつも隣に居る!

 

 こんな夢を見る事で、明るい気持ちになって過ごせるなら、

たとえ幻想の世界だったとしてもいいんじゃないかな!

現実の中で死というものは体験した事がないから、死んだらどうなるかなんて、

当然 誰もわからない。

自分が、夫を亡くした喪失感から抜け出せる為の一番いい夢を見る事は、

 十分、今の私の支えになる。

  つ ・・・ ま ・・・ り

      夢を持つ事+夢を見る事=明日に向かう方法

               (ng 夢に溺れてしまう事)

                                     

2009年5月10日 (日)

いい人が先に逝くのはなぜ?

昨日行われた、忌野清志郎さんの葬儀の様子をTVでやっていた。

 私たちの青春の一ページには 彼の音楽が流れている。特別なファンではないけど

もう、いなくなってしまったと思うと少し寂しい。

突飛な格好をしていたけど、本当はシャイで、気が優しい人の様だった。

献花に訪れた人たちは口々に

”いい奴だった”と言っていた。

       

 人々から ”いい人だったのに!” と言われて、見送られる故人が多い。

特に若くして死を迎えた人には多いような気がする。

そんな人たちは、早くも、もうこの世の修行が終わり、神様が自分の傍に来てほしくて、

呼び寄せたんだって・・・誰かが言ってた。

  

 ・・・我が夫もいい人だったよ。

    (自慢するわけじゃないけど)

 誰にでも優しく、思いやりがあり、いつも微笑みを絶やさず、

言葉使いが丁寧で、人の痛みが分かって、涙もろく、

何かをしてあげれば、必ず感謝の言葉を忘れない。

職場ではわからないけど、私の前で怒っている彼を見たことが、ほとんどない。

  (何回か道理から外れた事をする人に怒ったことはあった。)

        ・・・なんか自慢してるみたいね!

だからと言って、神様に「早く傍に来て欲しい」 と 呼び寄せられてしまい、

           私の前から消えてしまうなんて!

              ・・・やっぱり、私はさみしいよ!

でも、そういう事なら「祝福!」して挙げなければ、いけないんだろうね。

  

 そんな、神様が早く傍に呼び寄せたいほどの人(夫)と

いつもいっしょに居られたた事は、私にとって言葉で語りつくせないほど

幸せなことだった。彼との結婚生活には、感謝の気持ちでいっぱい。

20年間どうもありがとう!幸せをいっぱいありがとう!

まだ、まだ、修行の足りない私はもう少しこちらで

 嘆き、苦しみ、いろんな感情と闘いながら、

     新たな自分を見つけられるように・・・ 頑張ります!

                                        

2009年5月 9日 (土)

どこからか、みかんの花の香りが!

本日は雨上がりの晴天sun

 垣根の白樫には、新芽が勢いよくワサワサと茂る。

ここのところ続いた雨が、木々には恵みの雨だったのだろう。木々だけではなく、

芝生の中の雑草も頑張ってしまって、あちらこちらからちょこちょこと顔を出している。

草木の生命力には頭が下がる。また草取りしなくては・・・。

  

 昼間は紫外線が強そうなお天気だったので、アトリエにこもって仕事。

夕方から、少しウォーキングに。 風もあまりなく快適なウォーキング日和。

 しばらく歩くと、どこから懐かしい香りが漂う。

<なんだろう?> と 目を横にやると、

道路脇のその家の庭にみかんの木が植えられていた。

・・・住宅地にもみかんを育てているうちがあるのだ。

白い小さな花をたくさんつけたみかんの木は、あたりに甘い香りを漂わせている。

<これだったの!>

懐かしい香りはみかんの花の香りだった。

  

 夫の実家で、夫と草刈りをしていた時に

<”みかんの花の香りを頂きながら、草刈をするのもいいね!”なんて、言ってたなー。>

などと、ウォーキングの途中、香りを楽しみながら、

           目を閉じて少し思い出をたどってしまった。

2009年5月 8日 (金)

ただ、自分たち(自分)の為に!

昨日夫の実家での私たちの作業の様子を

紹介しましたが、思い出しました。

「誰の為にでも無く、ただ自分たち(自分)の為に!」 と 打算無く過ごすという事を。

   

 私たちは ただそこに行って、自然に触れ、いろいろな作業をすることを

楽しんでいたのです。

それは正直やりたくない時もあったけれど、行って汗を流すと 

<来てよかった!> と 思えた。

 何も考えず、背丈近くまで伸びたススキや葦・セイタカアワダチソウを

草刈り機でひたすら刈り込む。山芋や葛などの蔓もの植物が草刈り機に絡みつき、

なかなか大変な作業 (゚ー゚;

”今だから出来るけどという体力勝負の作業だね” と 汗びっしょりになり、もうヘトヘト。

木の選定をし、木を切り倒し、慣れない農作業をする。

そして刈り終わった畑を見て、草の香りを感じ、自然の恵みをたくさん頂いて、

都会では決して味わう事の出来ない

爽快な達成感みたいなものを得ていたのです。

           ただ、自然に触れ、安らぎを得ていたのです。

       

 少し田舎の、それも通りから入った所にある実家は

時折来る、電気やガスの検針員の人ぐらいしか、敷地内に入って来る人はいません。

つまり、どんなに手入れをしたところで誰が見る訳でもないのです。

だから、誰の為にやるという事ではないのです。

しいて、誰かの為にとしたら、この家と場所を愛した亡き父と亡き母の為と 

この木々たちの為に!

 次の休みに、私たちがそこに行った時、

手入れされた庭や畑を見て、癒されるだけなのです。

それでも、私たちは十分な満足を得ていた。

   

・・・こういうことですね。私は忘れてました。

今は夫は逝ってしまって一緒に得る事は出来ないけど、

自分がこれと決めた事をしっかりやって、

      自分自身がそれを成し遂げる事満足と充実感を得る

それが毎日を楽しくさせてくれることを!

  

・・・先日、2009・5・3ブログ「誰の為にでもなく・・・」の記事に書いた、

                    嘆きと愚痴はここで改めて反省です。

         

2009年5月 7日 (木)

安らぎは自然から得て

亡き夫の実家は小高い山の中腹に建っていて、

山の斜面に ほんのわずかな畑があった。

ここは、自然に囲まれた静かな所に住みたかったという亡き夫の両親の、

ご自慢のお気に入りの場所だった。

  

 今、住んでいる街中から、1時間半ぐらい車を走らせる。

 家の周りは木々に囲まれ、鳥のさえずりが聞こえ、ふきのとう・わらびの山菜が採れ、

山の斜面の畑には狭いながらも いろいろな果樹が植えられていて、

すもも・梅・栗・みかん・キウィー・柚子・かりんの木々が 季節ごとの恵みを私たちに

与えてくれた。

 まだやる気マンマンの若かった夫の両親だったが、私と夫が結婚した2年後、

相次いで突然亡くなってしまったので、家と畑の管理を夫と二人でその後ずっとしてきた。

・・夫も私も農業の経験は全くなかったけど、それなりにね。

  

 夫のお休みの日はほとんど、お弁当持参でそこに行き、草刈りや木々の手入れ、

時には野菜を育てたり、季節ごとの自然の恵みを収穫したりして過ごしてきた。

(ここで過ごした多くの時間には、私たちの結婚生活を語るに欠かす事の出来ないほど、 

 たくさんの思い出が詰まっている。)

  

  ”ここに、来ると空気が違うね!”と 夫は良く言った。

    ・・・確かに、大きな深呼吸をしたくなる。 

 いろいろな色の木々の緑に囲まれて 森林浴状態。

自然に囲まれていると、日頃のストレスなんて どこかにいってしまって、

<人間なんてこの自然と比べたら、ちっぽけなものだ> と 

日頃つまらないことで凹む自分が馬鹿らしくも思えた。

・・・まさに、心のリフレッシュ!

ここで一日、夫と二人汗びっしょりになりながら、いろいろな作業をし、

爽快な疲れを感じ休日を過ごす。

 でも、夫には日頃の仕事の疲れを取って欲しいので、

到着後、まずは マッサージ機で体をほぐしてもらい、

時には ”少し昼寝もどうぞ!”と 言う。その間私は、家の中の掃除や片付けをする。

 つなぎを着て地下足袋を履き、麦藁帽子に軍手、草刈り機を担いで、

上から下まですっかり変身。

”こんなことしてるなんて、日頃の私たちを見ている人は 想像できないよね、きっと!” 

と 夫と二人、微笑む。

身も心も「変身」した私たちは、作業を楽しんだ。

 庭の草取り・木々の選定、畑の草刈りだけでなく、

時には土手が崩れたと見よう見まねの土木作業もする。

家の周りの木が育ち過ぎたと大きな木を切り倒した時、倒れた木が電話の引き込み線を

切ってしまって、慌てて電話局へ連絡した事もあった。

 スズメバチの巣を見つけて、大騒ぎをしながら

完全防備で巣を取った事もあった。怖かったよ!

二人で力を合わせていろんな作業をしながらも、

ここに来た時に、楽しめるようにと庭の花壇に花を植える事も忘れない。

  

 ここに来るとやりたい事が次から次に出てくるし、

5月から10月頃までは、草刈が待ってはくれない。

毎回、作業の締めの言葉は、

”もう、切りがないからやめようか!”

・・・自然の中で、心地よい疲れを感じ、草木のエネルギーを 目一杯充電して、

実家を後にする。

      

   帰りの車の中で二人で食べた、アイスクリームの味が 今は懐かしい!

2009年5月 6日 (水)

すっかり、新緑の風景に・・・(休息)

連休最後の休み、少し雨が降っていたけど、

空もだいぶ明るくなってきている様なので 久しぶりに車を走らせた。

 

 一か月前、満開の桜を見せてくれていた桜並木が

向こう側が見えないほどの若葉に覆われている。

新緑が雨に濡れ、少し色濃く移り、

その時とはすっかり変わった風景を見せてくれていた。

華やかな色の無くなった桜だけれど、道路を挟んで対面する植え込みのつつじが満開で

濃いピンク色の花が風景に色を添えている。

季節の花のバトンタッチです。・・・花の色もだんだん濃くなって。

2009年5月 5日 (火)

片想い!

夫が逝ってしまい、こうして夫の事を想う気持ちは、

片想いの時の感じに似ているように思う。 

今の私は、(亡き夫に)片想い!

一人私が 逝ってしまった夫に想いを告げる。

現実にはいないから、どんなに想っても その想いは届かない。

 (届いているかもしれないけど、私にはわからない)

でも片想いのいいところは、

 私があきらめない限り絶対、 愛に終わりがないこと。

想いが強くなるに従って相手(夫)が 今まで以上に素敵な人になる。

自分の中で相手に対する気持が 自分に都合のいい方にだんだん膨らんでいく。

相手を一人で勝手に想っている訳だから 相手に対し、打算など存在しない。

    (勝手な思いなんだから、見返りを求めちゃダメなのよ!)

そう、自分だけで楽しむのが片想い。

やっぱり、今の私は、片想い。

そんな「夫への片想い!」 も 悪くないかもと思う自分に なれればいいかな!

2009年5月 4日 (月)

見なければよかったかな!

昨日のTVで「象の背中」という映画をやっていた。

主人公(役所広司)が肺がんで余命半年と突然宣告され、

延命治療を受けずに、残された人生を精一杯生きようと決め、今までの人生の中で

悔いを残したまま別れることになった人たちに再会し想いを伝え、

最期は家族の愛に見守られながら、ホスピスで終わるというあらすじの映画。

  

内容が内容だけに 見ようか、どうしようか迷ったが 結局見てしまった。

でも、見なければよかったかな! 

考えてはいけない「・・たら、・・れば」が頭に浮かでしまった。

突然の病で逝ってしまった夫の場合と全く違うし、

物語だからと、淡々と見ていたら weep 急に泣けた場面があった。

  

 ホスピスのベッドに眠る主人公のそばに、

奥さんと子供たちが布団を並べて寝ていた場面だ。

  私の夫はICUに入ってしまったので、ずっと一緒に居てあげる事が出来なかった。

様態が急変した時に そばにいてあげられなかったのだ。

急変前の面会時間が終わって帰る時、夫はもっと居て欲しそうな顔をしていた。

  <何であの時、私は帰ってきてしまったんだろう。

      規則はあるが、どうにかなったのではなかったのか?>

そばにいてあげたかった・・・・・

こんなことが思い出されて、悔いながら泣けてしまった。

   

 もし、夫が突然の病死でなく、余命半年と

宣告されたとしたら、どうなっていたのだろうか?

夫は男っぽい性格だったけど線の細い所があったから、

余命宣告されても最後まで自分らしく生きたいと頑張る主人公のようには、

いかなかったと思う。

だから、神様は夫に考える余地を与えない様に、

         突然という死を選んでくれたのではないか。

少し、早すぎたけど、「突然の死」は・・・夫にとってはいい最期だったのでは?

などと考えたりして・・・集中して、映画を見ていなかったような私でした。

          

 それにしても、役所広司さんの演技力はすごい。

顔もごっそり痩せ、病気でやつれたがん患者表情を見事に表現していた。

目の演技には訴えるものを感じた。

・・・で、何でゴールデンウィークにこの映画なんだろう?

       家族が集まるこの時に、家族愛を伝えたかったの?

2009年5月 3日 (日)

誰の為でもなく・・・

まだ、凹んでいるのかなー。

何か分からないけど、なかなか浮上出来ません。

  

せっかくおいしい料理が出来上がっても、誰の為でもなく、自分の為だけ。

”これ、おいしいね!”と いって食べてくれた夫に また食べてもらいたいです。

何をするのも、誰の為でなく、自分の為にだけ。

  

庭の草を一生懸命取って、庭をきれいにして いったい誰が見てくれるというのか?

今日は、妙にそんな事ばかり頭の中に浮かんできて困ります・・・・・凹

  

 こんな、泣きごと言ってはいけないと分かっていても

思いっきり嘆きたい気分です、今は。

なにも 頑張ることを放り出したい訳ではなくて、

           今まで横に置いてきた愚痴を吐きだしたいだけ。

  ・・・分かっています。十分承知です。これが現実、これが私に課せられたものだと。

この一見何の望みもないような毎日に

        何か希望が潜んでいる事も信じています。

それでも、この嫌な気分は私からやる気を遠ざけるようです。何がいけないのかな?

ここのところ、仕事が忙しかったのと、ウォーキングをしてないからかな。

<もしかして、ストレス溜まってる?>

少し、ウォーキングで汗を流してくれば、また、元気が戻ってくるかな。

・・・そしたらまた、もう一人の自分が登場して、

 <「誰の為なんて」そんな打算的な事考えている様じゃ、ダメ! ダメ!   

   「誰の為なんて」どっちでもいいの!

   自分がそれをして満足なんでしょ、それがすべてなんだよ。>

          ・・・と、忠告してくれるね!

  

今日は祭り会場まで、歩いていこう。

一時間ちょっとのウォーキングです。

               

2009年5月 2日 (土)

<ゴールデンウィーク>か・・・何しよう?

ゴールデンウィークという事で、TVでは旅行の

お勧めスポットとやらを盛んに放送している。

<関係ないしー!>とチャンネルを変えるがそこでも・・・

旅行にこの時期、一人で行っても たぶん、つまらないと思うし、今はその気も無い。

とりあえず、5月3・4・5日とお祭りがあるから、そこにでも行ってみましょうか。

   

 昨年も一人で見に行った。私はお祭りが好きなので

お祭りの太鼓の音や、おはやしの音がしてくると じっとしてはいられない方なの。

だから、夫がいた時もよく一人でお祭りに出かけた。

 夫はサービス業だったので連休も仕事で連休中、1日しか休みが取れなかったからね。

もちろん、夫の休みの日も二人でお祭りに!

昨年は、夫の死があったから 何かお祭りの気分でもなかったけど、

そこに行けば、私と一緒でお祭りが好きな夫に会えるような気がして出かけた。

      そこには夫はいない事は分かっているのに。

           ・・・でも、そう思いたかったの!

街には たくさんの人が溢れていたけど、

やはり、夫の姿はそこにも見る事は出来なかった。

 <つまらないけど、しょうがないかな!>

 <来年のお祭りも再来年も、これからずっとお祭りに二人で参加することは

                                          出来ないんだ>

そんなことを思いながら、

亡き夫の好きだった焼き鳥を買って、家路に着いたのを思い出す。

・・・やっぱり、今年もお祭りに行きましょう!

あの頃と同じことをしていると、少し、気がまぎれます。

                                             

2009年5月 1日 (金)

出会えたブログに助けられ

昨夜は、凹んだ気分が眠りに就くのを許してくれなかったので、

ちょっと、ブログ散歩をした。

そしたら、ひとついい記事に巡り合う事が出来た。読み終えて、

感動のコメントを入れる。・・・その記事に感動し、涙があふれ出た。温かい涙だった。

そして、先ほどまで気の滅入っていた自分はどこかに消えていた。

  

出会えたブログのおかげで、私は

<今日もいい一日でした>と眠りに就くことが出来た。

インターネットのある時代で良かったと思う。

もし、これが無かったら ひとり死別の落ち込みと戦うのは きつ過ぎるかもしれない。

                                                               

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