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2009年4月10日 (金)

一年数か月を経過して

死別後の一年間は、悲しみ・寂しさ・悔しさ・切なさといった、

夫を失った事に対しての思いが私を苦しめていた。

  

 一年数か月を経過した今は、夫がもうここにはいない事実は絶対に

変えることは出来ないということなのか・・・その思いは少し変わってきている。

  嘆きが消え去った訳ではないけどね。

次第に自分と自分の生活に、目が行くようになる。

今までも少しづつ感じてきたことだけど、

”一人というのは こういうことなのか!” と 次々にいろいろな場面で、気づかされる。

二人で居たとしても、自分のやらなければいけないことはあった。

でも、2人でやっていたことや どちらかがやらなければいけなかった事は

全部、今は私の仕事となる 。

今迄のように 夫がやってくれるとか、

助言をもらったり、一緒に考えることはもう出来ない。

そして、一から十まで私が行動するということは

結果がすべて自分の責任ということになる。

*庭の草取りひとつとっても、自分がやらなければ、誰も取ってくれる人はいない。

  サボっていたら雑草だらけ。とても安らぎの庭とは いかなくなってしまう。

 

一人というのは自分の動き一つ一つが、そのままいろいろな場面に反映し、

結果は全部自分が生み出したものと わかりやすい。

評価は簡単だ。自分が良く出来たか、ダメだったか・・・すぐに判断出来てしまう。

・・・生きるていく上で ごまかしが効かないということ。

夫婦というオブラートに包まれた中に居た時と比べるとストレートに自分に返ってくる。

  

 自分の生き方・生活がごまかせないというのは

ある意味ガラス張りの部屋の中で生活しているようなもの。

この結果はすべて自分が生み出したものとして提示されるのは、キツイ時もあるよね。

でも、重圧であると同時に励みでもあり、ある意味楽しみでもあると思っている。

こうして一年数か月を経過して、少しづつ自分の世界が作られてきている気がする。

                                          

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