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2009年3月 4日 (水)

不思議な夢

私はよく夢を見る。夫が亡くなる一年ぐらい前に記憶から

なかなか消えない不思議な夢を見た。

その時期、余命宣告された兄が闘病生活を送っていた。

そのことを気に病んでいたために、その夢を見たのだろうと思う。

          

それは眠りながら死んでいくというのはこんな感じなんだと 

自分でその感覚を知る夢なのだ。

  

みんなに囲まれて私が眠っている。

周りのみんながいろいろなことを言っているのだが 何を話しているのかはわからない。

ただそこに眠っている私を上からまた別の私が見ている。眠っている私は

<このまま眼を開けずに眠っていたら死んでしまうんだなー> と 思っている。

     ・・・変な夢だ。

<でも 悲しくもないし、みんなと別れる寂しさもないな>

何の感情も感じない、それどころかそこにいる私は 

   感情と言う言葉も持ちあわせていないのだ。死別する事に対し本当に何も感じない。

ただ、とても眠くて

<このまま、目を開けないで眠っていたら死んでしまう。

                 眠りながら死んでいくとはこういうことか?>

ということだけ感じている。

・・・そこで目が覚めた。不思議な夢を見たと、とてもいやな感じだった。

           

兄の闘病があったから、私は死に対しとても恐れを抱いていた。

本人が死に対してどう向き合っているかと考えると 妹として、とても辛かった。

だから、私の潜在意識の中で 逝ってしまう人がすべての感情を持ち合わせないと

思うことで、せめてもの救いとしたかったのかもしれない。

           

去りゆく人が 別れの悲しみや後に残した人や物に心残りまで持って逝くのは

あまりにも辛すぎるでしょ。

だから、その分、悲しみは残されたものがしっかり引受て、・・・たくさんの涙を流す。

逝ってしまった人が持ちあわせるはずだった心残りも

        残されたものが引き受けて、・・・悔しがり、嘆く。

つまり、残された者の悲しみ・悔しさ・嘆きは

            逝ってしまった人の分と二人分=二倍 と いうことだ。

だから、近しい人ほどその重みは大きくて

立ち直るのに時間がかかるのではないのかと思う。

自分がこのように引き受けることで

 夫が、兄が 安らかに逝けたと思えば、悲しみも悔しさもやるせない思いも

          すべて愛する人への愛の一つの形 なのだからと思えて、

                       心を落ち着かせることが出来る気がする。

目の前にいなくてもまだ、思いやることが出来ることは

変な言い方かもしれないけど、”うれしい!” sun 気分が晴れる。

                                                 

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