トップページ | 2009年3月 »

2009年2月

2009年2月28日 (土)

私の出会った<おくりびと>

アカデミー賞を取ったことで<おくりびと>の映画の話題がいっぱいです。

でも今の私にはまだ、この映画は重いので見ていません。

おくりびとと聞くと、二年前に亡くなった兄の納棺時の納棺師を思い出します。

  

兄は自宅で闘病生活をしていて、自宅で息を引き取りました。

納棺師が来る前に家族で、生前兄が気に入っていた洋服が着せられていました。

 

”このお洋服は御主人がお好きだったお洋服なんですね。”

”靴も履かせてあげましょう。” 

と やさしく語りかける納棺師。

”それではこれから亡くなられたご主人様のお清めです。”

奥さまはこちらへと兄の枕もとに義姉が座る。

”さあ、最期の膝枕ですよ。” と 兄の頭を義姉の膝の上にのせる。

お子様方、お母さまはこちらにとその両側に案内する。

           私ともう一人の兄は左右の手の位置に座る。

”それではみなさんで、お清めをしてあげましょう。” 

手渡されたガーゼで兄をそれぞれがいろいろな思いを込めて丁寧に拭ってあげる。

納棺師はゆっくり、私たちにお別れの時間を作ってくれる。

そして、納棺。

”御主人の好きな食べ物はなんですか?”

急に質問されたので、兄の家族はびっくりして顔を見合せて

思わず、昨日喜んで食べていたという ”カレーライス!” と 答えた。

”では、それがあればそれを入れてあげましょう。”

「でも昨日のは食べちゃって残ってないし」 と 誰かがつぶやいていると

”そうですかー、他に好きな物があったらそれを入れてあげてください。”

あれが好きだった、これが好きだったとみんな口々に言う。

”すぐに食べられるように封を開けて、入れてあげてくださいね。”

枕もとに置かれたギターを見て

”御主人は音楽が好きだったのですね。楽譜か何か入れてあげましょう”

義姉はこれでもいいかしらと、ギターのピックを入れた。

”御主人は学者さんでいらしたんですよね、論文とか本(薄い物)とかは?”

”ありますか?”

”さみしくないように、みなさんの写真も入れてあげましょう。”

  

納棺師は、やさしく、穏やかに兄の家族に語りかけるように話しかけ、

はじめは涙に濡れていたみんなの顔も、楽しく過ごした日々を思い出し

やさしい笑顔になり、棺に納まった兄の周りを取り囲んでいた。

兄は好きな食べ物・よく弾いていたギターのピック・最期まで復帰を願った仕事の論文・

そして何よりも大切な家族の写真で埋め尽くされている。

心に残る納棺の儀だった。

  

 納棺師の死者と残された家族へのいたわり方が

           仕事という枠を超えた思いやりに感じた。

                これが、<納棺の儀>だと心に残るものだった。

      :

誠に残念なことに、

その一年後、私はこの時の納棺師のことばを ひとつ、ひとつ思い出しながら

    <我が夫の納棺の儀> を することになってしまった。

                                                     

2009年2月27日 (金)

決断は一人でということは

夫の死後、いろいろな場面で決断を下すこととなる。

それまでは ”どうしようか?” と 

必ず二人で話し合って決めてきたのに、今はそうはいかない。

自分ひとりで決断を下さなければいけないとなると、とても重い責任を感じた。

悲しみに涙すると同時に世帯主としての責任も背負った。

<そうか、一人になるというのはこういうことも伴うんだな。> ・・・重圧!

  

自分の思うように出来るからいいような気もするが、それ以上に

社会の圧力を自分ひとりで受けるような感じが重い。

自分で決めたことには自分ひとりで責任をもたなくてはいけない。

まちがった選択は自分の立場を悪くする。

<時には張ったりで生きなくてはいけない時も来るだろうなー>

これから先もまた、決断の時が幾度となくあることだろう。

決断に迷うこともあるだろう。

その時、決して無理な早期決断をせず、ゆっくり考えよう。

亡き夫が後ろからそっとアドバイスしてくれるかもしれない。

冷静になり、深呼吸して 心の中の耳を澄まして、その声を聞こう!

          間違った判断をしないように。

                                       

2009年2月26日 (木)

亡き夫・最期の声がふたたび

いろいろ考えて、自分なりに夫の死を受け入れ

気持ちもやっと落ち着いて、ここまできたのに。

まだ、やってくる。

  

突然夫の叫びが聞こえる ”やるゥー!”

夫の病状が急変し、緊急手術をするかどうかという時、

        医師が夫に ”手術をしますか?” と 聞いた時の返事だ。

手術をしなければ、このまま・・・。でも手術もとても危険で

手術中亡くなるかもという手術だった。私は手術を決断しお願いしたが、医師が

”御主人は今意識がはっきりしておられます。御主人の意見も聞きますか?”

と聞いてくれた時の夫の返事です。

      大きな声で ”やるゥー!”と言った。力強い声だった。

        絶対に手術は成功すると思える声だった。

 (手術中亡くなることはなかったものの、手術後 話が出来ることなく旅立ってしまった。

        でも、痛みから解放されたおだやかな顔の夫を見ると

          <結果的には手術は成功したんだ> と 私は思っている。)

  

その声が今、また私の頭の中で何度も繰り返し聞こえてくる。

亡き夫は今、私に何を伝えたいというのだろう?

   ”やるゥー!”=”生きたーい!”

   <僕の分まで生きてくれ> と 言っているのだろうか?

   <僕のことを忘れないで> と 言っているのだろうか?

   それとも私の歩みが遅いから、

      <もっと頑張れるはずだ、がんばれ!> と 言っているのだろうか?

それとも、まだほかの何かを伝えたいのだろうか。

今日は夫が私におぶさっているのだろう、みょうに肩がこる。

                                         

2009年2月25日 (水)

ウォーキング<姿勢と足の伸びの関係>

最近あまりまじめにウォーキングしていなかったからか

肩こりがひどいので近くのショッピングセンター内の リラクゼーションルームに行った。

そこで、”少し猫背ですね!” と 言われてしまった。

         日頃から姿勢には気を付けていたのでショック!shock

猫背を治すには胸を張ることを心がけることとアドバイスされた。

  

そこで今日のウォーキングは胸を張る姿勢を 第一に気を付けて歩く。

そこであることに気がついた。

ここのところ歩いていても後ろに回った足が伸びないと 気になっていたが

うまく直せなかった。ところが胸を張って歩いてみると、きれいに足が伸びている。

時折、ショーウィンドウに移る自分の歩く姿を見てみる。

     いい姿勢でウォーキング出来ている。

念のため背を丸めて歩いてみると、やっぱり足が伸びていない。

<胸を張る> たったこれだけのことなのにおもしろい。

・・・胸を張ると足がきれいに伸びる。

  

冬は寒さのせいでどうしても背が丸くなってしまう。

  春近し、胸を張って足を伸ばし美しいウォーキングスタイルを!!happy01

2009年2月24日 (火)

やっとしました!・・・携帯機種変更

何年振りかでやっと携帯の機種変更しました。happy01

もう、そろそろ変えたいなと思ってから一年ぐらいたってしまった。

電気屋さんで、携帯ショップでちょこちょこ手にとってみてはいたのだけれど、

なかなか気に入った物がなくて今日まできてしまった。

ほとんど、家で仕事をしている私にはあまり携帯の必要はないのだけれど、

最近はメールがコミュニケーションに欠かせないので持っている。

仕事では写メールが活躍してくれているので

カメラ機能がある程度気に入ったものであることが機種変更の第一条件だった。

あとはやっぱり、使いやすそうな物。

 

やっと、条件をある程度満たしてくれるのが見つかったので機種変更というわけ。

しかし、いざ携帯を使おうとしたら、カメラ機能が良くなりすぎていて

使用方法を読まないと使えそうもない。メガネをかけて説明書を読み、そして携帯の

ヘルプ機能も使ってみる。今度は携帯画面の文字が小さすぎて

メガネをかけたうえに虫めがねの登場となる。実に情けないお話です。weep

  

早く使い方をマスターしないとせっかくのカメラも使いこなせないよー!

外出先で虫めがねというわけにはいかないでしょー。やっぱり!

2009年2月23日 (月)

ストレスと体重の関係は?

今日習い事をしているお教室でダイエットの話になった。

その時、”そういえば大きなおめめちゃんはずいぶん痩せたよね!

                        何かダイエットしたの?” と 聞かれた。

確かに一年前と比べると10キロぐらい痩せた私は ”ストレスです” と 答えると、

”ストレスは太るんだよ!” と 断定的な反論をされてしまった。

心の中では<だって、ストレスだもん!>とつぶやく。

  

夫の死は、私とってこれまでにないストレスだったと思う。

食欲が戻ってくるのに2か月位かかった。食欲が戻っても前より食べられない。

前のようにおいしいと思って食べられるようになるのにはそれからまたしばらくかかった。

  

やっぱり、ストレスが体重を減らした一番の原因だと思う。

食べ物はおいしいと思って食べないと身にならないという。

   ただ、何か食べなくては体が持たないと味わうこともなく

            食べ物を口にしていたのではだめなんですね。

2009年2月22日 (日)

未定が予定・・・”明日への道”

朝起きて<今日何をしようか> と 一日の大まかな予定を立てる。

でも一週間先、一か月先の予定は立てない。

約束事があるときは仕方なくスケジュールに入れるけど、

必ず ”変更があるかもしれません。” と 加えておく。先の保証はないからと、

逃げ道を作っておく。

人生予定どおりにはいかないものね。選ぶ道も変わっていくかもしれないし。

 これは突然の夫の死により、毎日を何をして生きていったら良いのか

  わからなくなってしまった時に考えた私のとった、一つの対策でした。

  

今日やること、やろうと決めたことを一生懸命にこなしていくと、

不思議と明日への道が見えてくる。

そして、次の日にやること・やりたい事が出来て来る。

仕事でも家のことでもお買い物でも、どんなことでもいい。

ただ、時間の過ぎるのを待つだけだと見えてこない「明日への道」も

今日出来ること一生懸命やることで、明日が開けてくる。

     ”なるようになる”という言葉どおり 道は出来ていくようだ。

一人だから出来る気ままな生き方かもしれないけど、

これもまた、夫からの贈り物かな?

 夫へ

  ”贈り物ありがとう。

  やりたいことをおもいっきりやって、後の人生楽しんでいいお土産もっていくよ!”

                                                  

  

2009年2月21日 (土)

突然の夫の死が私の考え方を変えた

明日は必ずやってくるとは限らない。

太陽は昇って、朝は必ずやってくるけど、必ず迎えられるとは限らないのだ。

夫の死が私の考え方を変えた。

夫は突然、明日という日を迎えることが出来なくなった。

まだまだやりたい事がたくさんあっただろう。

仕事の手帳には翌日からの予定が いろいろ書かれていた。

・・・しかし、夫の時計は止まった。

まだまだやりたい事、私にもたくさんあったのに。

夫の死により、来ない明日もあるのだと知る。

だからこそ、思う。 ・・・今日を、今この時を心残りのないようにしたい。

     生きているその時間を大切にしたい。

  

しかし、今は考えられるけど、先の予定を入れることが出来ないというか不安になった。

明日がないかもしれないというのもあるけど、

この先ずっと、夫のいない生活であることを 想像するのがいやなのかもしれない。

          ・

          ・

でも与えられた生かされいる時間は大切にしたい。

その一日が終わる時、今日はいい日だったと眠りに就きたい!!

                                               

2009年2月20日 (金)

思い出を捨てられなくて

夫の死後、いろいろかたずけようとするのだけれど

なかなか思い出を捨てられないでいる。処分できない。

でも、いつまでも持っていても仕方ないし、何とかしなくてはと思っている。

  

亡くなった直後にある程度は

”もう、こんなもの置いておいても、夫が帰って来る訳ではないし” と

ちょっとふてくされて処分した。

でも、気持ちが落ち着くにしたがって、それとは反対に出来なくなってしまった。

<これを着てどこそこへ行ったなー>・・・とか

<これを使う時、あんなこと言っていたなー>・・・などと 思い出してしまう。

別にそれを見て涙してしまう訳ではないの。

でもそう思うと処分できなくて、またしまいこんでしまう。

  

時が経てば、いつかすんなり処分出来る日も来るだろう。

その時でもいいかな・・・今は思い出しかないし

       まだ、亡くなって一年だもの。あせらなくたって。

思い出を心の中だけに置いておくことが出来る日まで。

などと、かたずけられない言い訳をする。

                                                

2009年2月19日 (木)

”足るを知る”という言葉に反応

昨日のブログに<求めない>ということを

書いていたら、”足るを知る”という言葉が浮かぶ。

”足るを知る” は 我が家の菩提寺の若和尚様が 

亡き夫の初七日の法要でお話ししてくださった。

  

亡くなってしまった事、喪失感だけを嘆くのではなく

            満たされていることもあることを知る。

不足と、”あれが足りない・これが足りない” と 言っていたら、

それを手に入れた時点で 後これがあればと、きりなく追い続けることになる。

しかし、”自分は満たされいる” ”これで満足”と思えば幸せな気分になれる。

               ”足るを知る”

夫とは死別してしまったけど

夫が教えてくれた <心にゆとりのある生き方> が 今自分の中に受け継がれている。

そして、その愛は今、自分の中に満ちている。幸せなことだ。

(その話を聞いた時は頭の中が普通の状態ではない時だったから、

                               間違った解釈かもしれないけど)

                                             

2009年2月18日 (水)

<求めない> 雑誌のコラムを読んで

今日、美容院である雑誌で加島祥造さんという方の

求めない>で生きることが書かれたコラムを見た。

”あっ!そうか”と 私には衝撃だった。

求めない>で生きるっていいなと思う。肩の力が抜けた。

詩集が出ているそうだ、探してこようと思う。

 

夫の死の後、ずっと私は夫を亡くした喪失感から自分が生きる意味を求めてきた。

自分がなぜ、生かされているのかを求めてきた。

求めない> の コラムを読みそういうことではないんだなと思った。

探し回るのではなく、もっと肩の力を抜いて、無欲で前に向かって歩いていたら

きっと出会える。

 ”あっ!これだったんだ。私のやるべきことは” と 後から気づく。

むづかしい顔をして探し回るものではないのだ。

・・・これは私の勝手な解釈で作者の方には、申し訳ないかもしれませんが。

<求めない>と見えてくるものがあるという。

確かにそうかもしれない!

                                            

目的は何?・・・ウォーキングで体脂肪を落とすこと?

今日はどこを歩こうかな。

今のウォーキングの目的はウォーキングを始めた頃とはちがう。

  

最初は夫の死の落ち込みから自分を守るため。

これ以上自分の気持ちが沈まないようにする為のウォーキングだった。

今はこれからの自分のためにウォーキングしている。

健康のため、体脂肪を落とすため、スタイルを維持するために?

つまり、自分磨きのためにウォーキング。

  

・落ち込まないようにから自分磨きへ

前向きなのです。気持ちが明るいのです。

でも、私のウォーキングにはいつも買物のおまけが付いてくる。

途中、パン屋さんやコンビニに寄ってパンやお菓子を買う。

ミネラルウォーターやお茶を買えばいいのに すぐにお菓子に目がいってしまい、

毎日ウォーキングすると家にお菓子がいっぱいです。

・・・これだから体脂肪がへらないんだ。 いったい何のためのウォーキング?

  

それにしても今日のスタイルは大きなマスクに、帽子を深くかぶり、

黒のパンツに黒のブルゾン・・・ちょっと、あやしーい!・・・へへ!

                                             

2009年2月17日 (火)

同期会のお知らせが届く

以前勤めていた会社の友達からメールが来た。

”同期会を開催します” とのこと。

二十年ぶりにみんなに会える。ワクワクする。

いいタイミングです、私にとっては。

今年に入り、ギアチェンジ出来き、気分もかなりやる気モードになっている。

夢をたくさん持っていた独身時代をちょっとだけ振り返り

スタートを切るのもいいかもしれない。

  

当時は月1・2回ほど同期の飲み会があったかな?

気の合う同期だったから、2組の夫婦も誕生した。

なつかしいなー!・・・みんなどんなふうに変わっているのだろう?

20年・・・みんないろいろあっただろうな?

でも、鏡を見るとちょっと不安。

       ・・・しょうがないよね、年を取らなかったらお化けだものね!

            今から待ち遠しーいhappy01

                                    

2009年2月16日 (月)

”春を探しに行こうか”

春を探しに行こうか!

毎年春近くなると、夫は こう言って、私をいろいろな所に連れて行ってくれた。

   ・・・私はこのほのぼのとした言葉が好き。

  

結婚して夫が私に与えてくれたものは心豊かな生活・感性豊かな生活。

独身時代の私はとてもギスギスした、心のゆとりのない生活をしていた。

     夫はこんな私を変えてくれた。

お休みの日はいつも二人一緒に行動していた。

季節の変わり目になると夫は

春を探しに行こうか” ”秋を探しに行こうか” と言う。

はじめは面白いことを言う人だと思ったが いつしか私はこのほのぼのとした言葉を

心待ちにするようになる。

   

昨年は季節が変わってしまうのが悲しかった。

最期に夫とともに過ごした冬が終わってしまうことが悲しかった。

これからやってくる新しい春を、もう夫は味わうことはないと思うとやりきれなかった。

でも今年は違う。

  また一緒に今年もどこかへ 春を探しに行こうと思っている。

         ”春を探しにいこうか!”

                                    

2009年2月15日 (日)

結婚生活の最後のカギは私が預かりました

亡き夫へ

二十年間の結婚生活、

やさしいあなたに出会えて、私はとても幸せでしたが

あなたは、幸せでしたか?

あなたを看取り送るという、妻として最後の

絶対にやらなければいけない役目を果しましたよ。

その後にやってきた、大きな悲しみ・切なさ・悔しさ・

やりきれなさ・その他諸々、すべて私が引き受けました。

今、思うのは、

心優しくて、涙もろいあなたにこの体験をさせることにならなくてよかった

       ・・・私でよかったと。

この大きな悲しみは、私があなたに犯した数々の罪の償いとして、受け止めます。

あなたから頂いた幸せのお礼として受け止めます。

ありがとう!

だから、これ以上は嘆きません。ありがたく頂戴します。

後のかたずけはおまかせください。

      最後のカギは私が預かりました。

            今の私はあなたの大好きな笑顔ですよ!

                                       

2009年2月14日 (土)

悲しみ受け取り方~(当事者=自分)と自分以外の人

自分の受けた悲しみは、自分が責任を持つ。

自分以外の人は、その時からしばらくは悲しみを共有してくれるが

いつまでもという訳ではではない。

悲しみの受け取り方は 当事者(=自分)と自分以外の人では違うということ。

このように言う私も振り返ればそうだ。でも、それが当り前のことだと思う。

  

すべての人の悲しみをいつまでも受け入れていたら、

悲しみでいっぱいになって、辛くて、せつなくて生きていけなくなってしまう。

共に泣いてくれるのは

悲しみのスタートラインに立たされ、重くて容易にスタート出来そうもない様子にある私を

自分以外の人がみんなで”よいしょっ!”と 後押ししてくれる感じかなと思う

 ぬかるみにハマった車をみんなが押して、抜け出せるように。

         弾みを付けてもらった車はそのまま動き出す。

            後は自分ひとりの力で動いていかなくては。

  

ここから先また、いくつものぬかるみに遭うだろう。

でもみんなはいつまでも付いてきてはくれないのだ。

方法は自分で考え、砂をまいたり、板を置いたりしてぬかるみを脱出するしかない。

            ・・・アドバイスは貰えるかもしれないね。

自分たち夫婦の問題は結婚生活がそうであったように

  この悲しみも自分たち二人のものだから!・・・私一人で引き受けよう。

   そのうち、こんな凸凹道走るのも、楽しいと思える日も来るかもしれない。

   

あの時、いっしょに悲しみを受け取り、いっしょに泣いて後押ししてくれた方に

ありがとう!の感謝のことばを 何度もつぶやく。

                                    

2009年2月13日 (金)

義姉・・・その時だから見えたもの

その時だから見えるものがある。

<義姉の本当の優しさ>

ふだんからとても気のいい人なのだが 今回は本当の優しさに触れたように思う。

 

 私が夫を亡くしたその日から何日間か、夕食を作りに来てくれた。

車で1時間半ぐらいかかるのに。材料持参で来てくれ

”何も作る気がしないでしょ” と 夕食を作って一緒に食べていってくれた。

義姉も仕事を持っていて、大変なことであったに違いないのに。うれしかった。

義姉が来てくれていなかったら、

その後の行事を無事に終えることが出来なかったと思う。

何ものにも代えがたい本当の優しさに触れたように思う。何度も言うけどうれしかった。

                             

2009年2月12日 (木)

キツ~イ現実の中で私を支えたもの

突然の夫の死という厳しい現実の中で私を支えたもの、気持ちの癒されたもの。

まだまだ、たくさんあるけど感謝でいっぱいです。

  

・突然の訃報にご夫婦で駆けつけてくれ、一緒に泣いてくれた友

 

・夫の友人の”よく知らせてくれました” と 海外赴任先からかけてくれたTEL・手紙

 

・お隣の奥さんが差し入れてくれたクリームシチュー

 

・通夜、告別式に来てくださった人達

 

・友人の手紙

 

・<カヴァレリア・ルスティカーナ>のCD

 

・仕事

 

・若和尚様が教えてくれた”足るを知る”の言葉

 

・夫の愛車

  

・倒れる前の日の夜二人で見た<のだめカンタービレ>のビデオ

  

・携帯に残った夫の動画

 

・夫の友人の”あなたなら、出来る!” という励ましのことば

 

・夫と一緒に植えた庭の花

                                         

2009年2月11日 (水)

ウォーキングと私・・・エッ!ダイエット対策?

残念ながら違うんだな、始めた理由は。

確かに一年前までは日ごろの運動不足がたたって体脂肪率33%ぐらいで 

少し肥満?・下半身デブ。・・・でもこれが理由じゃないの。

  

アトリエにこもって仕事をしていると どうにもならないこの戻らない現実

時に大声で叫びたくなる。

”カレ ガ シンジャッタ ヨー!”

いくらなんでも さすがにそれはできないから 歩くことにした。ただ、黙々と歩く。

出来るだけ何も考えないように歩くことにだけ集中する。

姿勢を正して、胸を張って、テンポよく、腰骨の動きを意識してということだけ考える。

歩き始めて、しばらくすると

やり切れない思いはどこかに消えている。

  

むづかしい顔をして歩いていてもいけないから

口を少し横に引いて、口角をあげて。・・・少し微笑みの顔を作ってみる。

すると気分が軽くなってくる。笑顔の効用である。

嘘でもいいから笑顔を作ってみることは 気持ちを明るくしてくれる。

でも、一人で笑って歩いていると

”危ない人”になってしまうから そこはほどほどに、あくまでも微笑み程度に!

  

気分が良くなってくるとまわりが見えてくる。

世の中は自分の世界だけではないことに気付き、自然が見えてくる。

<空の青さが、季節の花が、鳥の声が>

体が温まってくると やる気が起こってくる。・・・がんばれるような気がしてくる。

”そうだッ! 私にはもうこれ以上ない恐い体験をした。

 これから先はは恐れるものはない。どんなこともこれに比べたら きっと越えられる。”

そんな気持になってくる。そして夫の”がんばれよ!”という声が 

どこからか聞こえてきた。

ウォーキングは今も続けている。  ・・・おまけも付いた。 <体脂肪率27%>

                           

2009年2月10日 (火)

なかなかテンションが上がらない

今まで楽しかったことが楽しくない。

世界から色が無くなってしまったように

熱が出た時食べ物の味が全く分からなくなるように味気ない。

何をやってもつまらない。

TVを見ていても画面が動いていくだけだし、

今まで仕事をしているときに聞いていたラジオもわずらわしくて、

今は音のない部屋で仕事をしている。

好きでやっていた趣味のコーラスもテンションが上がらず、

誘ってくれた仲間に申し訳ない。

  

大事な人を突然失うということが いろいろな形で私に攻め込んでくる。

自分一人だけ楽しんではいけないという罪悪感を感じることもあった。

日々の感動を分かち合う相手がいないということが こんなにも生活をつまらなくする。

”これ、素敵だね!”

”きれいな花が咲いたね!”

”おいしーい!”

なんでもないふだんの会話の中に 幸せを感じていたんだね。

  

それでも家に閉じこもっていてはいけないと外に出て一歩を踏み出す。

 私が楽しんだら、私がおいしいものを食べたら

きっと、彼もいっしょにあの時のように感動してくれると思って。

一年たった今は、少しずつ色がついてきたよ。

       ・・・でもまだテンションは上がらない。

                                            

2009年2月 9日 (月)

パソコンに向かって

一年前、今までのを使う気がしなくて 新たに今使っているこのパソコンを買った。

      その時パソコンを買った訳はdown

亡き夫に逢いたくて、どうしても逢いたくて どうしたらいいのだ。

今は写真でしか・・・

そうだッ!

とりあえず今までのアルバムを整理しよう。・・・これがきっかけだ。

  

20年間撮りためた写真をパソコンに取り込む。昔のはSDカードではないので、

ネガの読み込みやスキャンで取り込んだ。

かなりの量だったが 写真を撮ったその時々が思い出され、

心の中でしか話せないけど 夫と会話しながらの作業で気持は落ち着いた。

<こうしてパソコンの中に入れておけばいつでも逢えるね。>

このアルバムは今、私のお守りです。

   (もちろんバックアップしてありますよ)

   

さ~て、次は何をしようか?

そうだ夫の最期の2日間、病院での会話は 絶対に忘れてはいけないこと。

忘れないうちにきちっとそれをドキュメントファイルとして残しておこう。

夫が痛みを訴えた、その日の朝からの出来事を時系列に 思い出す限り正確にね。

医師から聞いたことはしっかり手帳にメモってある。

そのメモも見て記録していった。

夫の戦いぶり、私の心の動き、医師とのやりとり、治療方法

少ししか出来なかったけれど、夫との会話も。

  

それを書き終えると 今度は夫のこと、夫を失った私の日を追うごとの心の動き

今までの生活のことなど、いろいろ書いてみたくなり、昼間の仕事が終わると、

早くに夕食を済ませ、パソコンに向かう日々が続いた。

この作業は、写真の整理の時以上に夫との会話が弾み、とても楽しかった。

気がつくと、夜12時を回っていて、あわててベットになんてこともあったりして。

写真も入れよう、あれも書きたい、こんなことも書きたいと 次々と題材が出てきた。

3か月ぐらいかけて、一冊のファイルが出来上がった。

何年かしてこのファイルを読んだら

あの時こんなこと考えて乗り越えていったんだなと思えるものが出来た。

   お別れの言葉も書きました、お礼の言葉も書きました。

    それまで頭の中でとめどなく、考えていたことを

          書くことによって、頭の中が整理できたようです。

  それまでとは違った自分になれた気がしました。

                                                

2009年2月 8日 (日)

悲しみの中で見つけたもの

配偶者の死・夫の死がこれほどこたえるものだとは・・・

頭の中ではいつも夫のことを考え続けている。何をしているときも考え続けている。

  

亡くなってしばらくの間は、夫の楽しそうな笑顔が思い出されるだけで泣けた。

こらえきれなくて声を出して泣くこともしばしば。

毎日、毎日、考えているといろいろな考えが浮かぶ。

               なんとかこの現実を受け止めようとさせる。

この悲しみの大きさは、夫が私に与えてくれた幸せの大きさなんだ。

結婚生活は20年で終わってしまったけど、どこに行く時も

いつも一緒に行動していた私たちは、他の夫婦が30年・40年と過ごすところを

凝縮して過ごしたということではないのか。

       ひとりになったんじゃない、ひとつになったんだ。

そうだ、夫と私はいつも一緒なんだと思うと うれしくも思えた。

今までは夫が会社に行っている時は離れていたけど、今は、いつも私の中にいる。

こう考えることで 永遠の別れのすぐあとにやってきた悲しみを

                       乗り越えられたような気がする。

                                                

喪主と書かれた名札をつけて

結婚して20年目、こんなにも早く喪主としてこの場に立つとは考えてもみなかった。

嘘みたいだった。

”千と千尋”に出てくる、”夢だ、夢だ”というせりふを 心の中でつぶやいていた。

  

夫の突然の死に驚いた多くの人が弔問に駆けつけてくださり、

また弔電や献花も寄せてくださった。

会社の人たち、以前勤めていた会社の同僚、大学時代の友人、大学時代の

クラブの仲間、近所の人たち、私の友人他。

・・・うれしかった、何物にも代えがたい優しさを感じた。

遠くて来てもらえないと思っていた人たちまで足を運んでくれた。本当に感謝している。

      人の温かさを心から感じた。

   

来場者一人ひとりにお別れの花を供えていただき、

夫はきれいに供えられた花に囲まれて とてもやさしい笑顔で眠っていた。

永遠のお別れです。

  20年間、しさとたくさんのしあわせをくださり、ありがとうございました。

  

葬儀を終えて、帰った家は主がいないひっそりと冷え切った空間でした。

でも、持っている花瓶全部出して、皆様からいただいたお花を家の中あちこちに飾り、

お花に囲まれると次第に気持が癒され、少しずつ落ち着いてきました。

  

時間は戻らない 前に進むしかないのです。

みんなが支えてくれています。

夫がよく言っていた”なるように、なるよ!”という言葉どうり、

ゆっくりでもいい、前に向かって進んで行けば なるようになると自分に言い聞かせる。

迷ったり、間違えそうになった時は 進むべき道を示してくれると思います。

くじけそうになった時は きっと、後押ししてくれることでしょう。

   ゆっくりでもいい、マイペースでいい、

       前に向かって進もう!

             でも、悲しい時はおもいっきり、泣いちゃうよ。

                                             

私のとなりに

夫が亡くなった翌日、不思議なことが起きた。

夫の車に乗って買い物に行った時、立体駐車場でのこと。

入口で係員の人が”お連れ様は降りてください” と いった。

車には私しか乗っていないのにと思っていると、また、

”お連れ様は危ないですから降りてください” と こちらを見て言う。

 私は思わず、“見えますか?” と 言ってしまった。

  

ここはよく夫と二人で買い物にきていた所、

心の中で  一緒に車に乗ってきてくれたの? と つぶやく。

その時、これからどうしていったらよいのかと、不安と恐怖でいっぱいだった気持が

ふぁ!っと軽くなった。

     これからは私のそばにいつもあなたがいてくれる。

きっと乗り越えられる、がんばろう、いっしょに!

         こうして私の新たな人生がスタートした。

                                       

2009年2月 7日 (土)

人生には”まさか”という坂があると言うが

昨年の今頃、夫は突然旅立ってしまった。

そのことが起こる前の日まで普通に仕事をし、いつもと変わらぬ生活をしていたのに。

朝、夫の”病院に行きたい”という声で起こされた。

おなかの痛さが普通ではないと言う。

歩くのも大変な様子だったので、”救急車呼ぼうか?” と 聞くと

自分の車で行けるというので、運転は私がして病院に行った。

先に連絡してあったので救急で診てもらえた。

  

血液検査、レントゲン、CT検査と次々おこなわれた。

検査が終わると医師が

”今すぐ入院してください。”と言う。

・・・どうしよう、大変なことが起こったのだろうか?

入院の手続きを済ませて病室に案内してもらうと

なんと、ICUだった。

少し、ショック。

・・・それって、もしかしたら大変なことなんじゃないの?

ここでまた医師に呼ばれ、詳しい病状を聞く。

”大変危険な状態です”

・・・そんなことあるはずない、そんな恐ろしいこと起こるはずない。

夫の所に行くといろいろな処置がなされていたが話は出来た。

先ほどよりは痛みが落ち着いたと言う。

・・・やっぱり、治る、絶対に良くなる。

ICUは面会時間しか病室にいられないので、またねと言って家に帰った。

家に帰っても落ち着かない。

夫の会社に連絡して、入院準備をしてバックに詰め、

気がつけば15時近い。朝から何も口にしていない。

とりあえず、コヒーを飲む。座ってなんていられなかった。

      ・・・次の面会時間まで、家の中をただ、うろうろとしていた。

時間になり病院へ行くと、今度は先ほどより表情がかなり和らいでいた。

聞くと痛みもだいぶ落ち着いてきたと言う。

・・・やっぱり、良くなる。必ず、治る。

笑いも交えた会話も出来、このまま良くなっていってくれることを祈りながら、

この日の面会を終えた。

ところが、20時頃病院からTEL。

夫の様態が急変したと言う。

何が起こったのだろうか?・・・そんな、先ほどはあんなに落ち着いていたのに。

病室に行くととてもあわただしく医師が動いていた。

   

緊急手術がおこなわれた。

午前3時ごろ手術は終わったが、話が出来る状態ではない。

意識がはっきりしていなくても耳は聞こえているはずと、夫の耳元で何時間も歌った。

夫と一緒に歌った歌。夫の好きな歌。

しかし、夫は逝ってしまった。

・・・現実であるはずがない、夢だ、嘘だ。

現実はきびしい。まさかが起こった。     ・・・なんと、ICUから始まった。

                                 

気持ちのギアチェンジ

昨年暮れからお正月にかけて自分の中で何かが変わった。

突然、自分の頭の中でギアが切り替わったかのように前向きになれた。

なぜなのだろう?

夫から何かメッセージがあったのだろうか?

とにかく自分の中の思考回路に変化が起こったのだ。

でもまだ、具体的に何をしようとか、何が出来るとかいった

大きなステップを踏むところまではいっていない。

ただ、急に気持が軽くなり、自分にも”明るい明日”があると強く感じ、

ここからまた、新たなスタートが出来るような気がしてきた。

去年が少々、”キツーイ!”一年でありすぎたから

そろそろこの辺りで、というところかも。

自分のペースでゆっくりと自分のこれからの役回りを探していこうかな。

                                       

トップページ | 2009年3月 »

2015年12月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ